その珍妙な色の髪、覚えているぞ
金属同士のぶつかる音が、早朝の砂浜に響く。
町中ならすぐにでも近所の家の窓が開いて罵声の二つ三つ浴びせられそうな騒音も、町から仲間外れにされたかのような場所に建つ家の付近なら心配する必要は無い。
「ふはははは、なかなかやるではないか!!」
「くっお……っとと! やっぱ本職には届かないな」
振り下ろされたロンメルトの大剣を、右手に握った剣で受け流す。こんな重いものまともに受けたら、俺の剣なんか簡単にへし折られるに違いない。なんたって受け流す際の最小限の衝撃でさえ、腕が持っていかれそうになるくらいだからな。
「そうであるな。剣の腕、という意味であれば未熟と評する他無いが、どう動くのが最善かを直感的に判断する……野生の勘めいた部分は見事の一言に尽きる」
「はっは。確かに野生に帰りそうになったことは何度かあったな」
遭難とかよくあったからな。
夜に草陰で隠れ、獣の気配に怯えながら眠ったり。脱水症状になりながら彷徨っていると、数キロ先の川の音が聞こえたり、色々あった。そりゃ勘も鋭くなろうものだ。
日本広しといえど、休日に自分の小遣いで遭難しに行く子供はそうはいないだろう。それが人様に自慢できることなのかどうかは分からないけど。
「いけー、そこだー、今こそ奥義・無限斬撃陣を使う時!!」
「そんな技使えないから!」
さっきから智世のヤジがめんどくさい。別に何てことない動きにいちいち大仰な名前をつけてくる。剣を振ると同時に「出たー! 秘剣・一刀両断!!」とか言われるのは堪らなく恥ずかしいです。
「ふはははははは! 隙ありぃ!!」
しまった!
智世のネーミングセンスに気を取られた瞬間、剣から右手に衝撃が伝わり、握力を奪われる。そして呆気なく弾き飛ばされた剣が砂浜に突き刺さった。
「くっそぉー。勝てるとは思ってなかったけど、もうちょいイケると思ったのになぁ」
「我が10年の研鑽、そう易々と追いつけるものか! フーハハハハハハァ!!」
「次に会ったらリベンジするからな!」
勝てるとも、勝てるようになれるとも思っていない。ただ今日の仕合で10分は打ち合えると思っていたのに6分程しかもたなかったから、今度こそ10分行ってみせる、という意味でのリベンジだ。
ロンメルトの剣の腕は尋常じゃない。才能に溢れ、その上で弛まぬ努力を重ねたロンメルトに純粋な剣技で勝てる人間なんて、この世界にはいないんじゃないかとさえ思っているくらいだ。
「頑張れよ。王様ならきっとノーナンバーの希望になれる」
「ふっははは! 任せておけ!」
俺達はここでまたお別れだ。俺と智世は今日の午後からセレフォルン王国に向かう船に乗り、ロンメルトはしばらく故郷で過ごした後、ガルディアス帝国を回って餓獣を倒し、魔力を持たないノーナンバーでも戦えるんだと示すための旅に出る。
国境をまたいでいる以上、そう簡単には再会できないだろう。
「そろそろ時間であったな。父上を呼んでこよう」
ロンメルトが家に入っていった。
「悠斗、本当に強かったんだ」
「負けたけどな」
「でも、なにやってるのかよく見えなかった。だが待っているがいい、すぐにボクもその領域に辿りつく。アカシックレコードに介入できるボクに不可能は無い」
「ならまず剣を持てるようになる所からだな」
俺とロンメルトが手合わせを始めた途端に興奮して自分もやるやる騒いでいたけど、俺の使ってる比較的軽い剣を持ち上げるのですら、腕をプルプルさせていた。アシストアーマを装着していないロンメルト以下だ。
「くっ、聖剣さえあれば! あれは持ち主と認めた者には羽のように軽いから」
「……ガガンそんな事言ってたかなぁ?」
まあ、智世の言う聖剣と、ガガンの語る聖剣は全くの別物なんだろうけどさ。どっちも妄想と空想の入り混じった物という意味では似たようなものだけど。
今度ガガンに会ったら頼んでみるか、羽のように軽い剣。
「やあやあ、待たせてしまったね。いや研究が完成間近だったものでね、つい熱中してしまってたよ」
「完成したんですか!?」
「ああ、とうとうね。これも君達の協力あってこそだよ」
おお、ついに完成したのか。
よかった、結局見れないまま旅立つ事になるのかと、それだけが心残りだったんだ。
「準備があるから、君達は港で待ってておくれ。この研究のお披露目をもって、盛大に見送らせてもらうよ!」
何をしてくれるんだろう。ワクワクするな。
マクリル先生に別れを告げて、港に向かって町中を歩く。その間ずっと頭の中はお披露目の事で一杯だ。2週間もじらされてきたからな。
「なんだろ。ボクの中では花火が盛大に打ち上げられる予定」
「シチュエーション的にはそんな雰囲気だけど、餓獣を使った研究の結果が花火っておかしいだろ」
「ううむ、余は餓獣を追い払う類のものであろうと思っておるのだが、どうだろうか」
お、それは有り得そうだ。色んな餓獣を必要としたのが餓獣の共通点を探していたからなら、そこから共通する苦手な臭いとかを見つけられそうな気がする。
でもそれでどうやって盛大に見送れるんだ?
「やっぱ見てのお楽しみってことだな」
ミャーミャーと最近聞きなれてきた海鳥の鳴き声が聞こえてきた。水揚げされた魚を狙ってか、港は常に海鳥が集まっている。
そして港でひと際大きく、武骨な補強が施された船。あれが俺達が今から乗るセレフォルン王国行きの船、セント・リディア号だ。豪華客船というには防御力優先すぎる外見だな。
「それはそうと、さっきからずっと気になってたんだけどさ……なんだその恰好」
「かっこいい?」
「かっこよすぎて引くわ」
昨日、旅立ちの準備をしようと町へ買い出しに向かった。
そこで最低限の衣服しか持っていなかった智世が駄々っ子の如く暴れ、俺から服を買うための金を獲得した。それはいい。女の子だからな、かわいい服も欲しいだろう。
その結果がこれだよ。
「そんなデザインの服着てる人なんて見たことないぞ?」
「オーダーメイド。実は10日前から注文はしてた」
つまり昨日の駄々っ子は事前に決めていた作戦だったわけだ。
服っていうか……コスプレじゃないのかコレは。右側が白で、左側が黒の何故か裾がギザギザしたロングコートに、同じく白黒のブーツ。魔力色に合わせた真紅のワンピースにマフラー。っていうか暑いだろ。
そしてなにより気になるのが……。
「なんで右腕に包帯巻いてるんだ? ケガなんてしてなかったよな?」
「右腕の疼きを抑えるため」
「……なんでその右腕に鎖を巻きつけてるんだ? っていうかさっきからジャラジャラうるさいんだけど」
「右腕の「ヤツ」を封じるため」
「誰だよ!? てかお前つい昨日まで何にも巻いてなかったろ!!」
腰にクロスするように巻いたベルトといい、痛々しいくらいカッコいい。そして発言以外は割とおとなしい智世には、さして似合っていなかった。
ただ、奇抜な恰好ではあるけど、もっと奇抜な恰好の人間がその辺を普通に徘徊していることがままある異世界では意外と注目は集めなかった。それが不幸中の幸いかな。
「むむむ、よもや鎖にこのような使い方があろうとはっ!? これは一度迷宮都市に戻り、鍛冶師にアシストアーマのデザインを変えてもらう必要はあるかもしれぬ!」
「邪魔なだけだから、やめとけ」
それに鎧に鎖なんか巻かれたら、喋ってうるさい動いてうるさい最低最悪の騒音人間が誕生してしまう。
「それにしても遅いな、マクリル先生。もうすぐ出港の時間なのに」
「うむ、準備に手間取っておるのだろうか? だが間に合わなかった場合は止む無しである。また遊びに来るのだぞ。その時にまた見れば良い!」
「そうだな。よし智世、そろそろ船に乗っておこう」
自分の格好で悦に浸っていた智世を引きずって、港と船を繋ぐ板を渡る。
その手前で検問をしている人にチケットを渡すと、とくに荷物を探られることもなく通過できた。っていうか出港する前に降りると言っただけでロンメルトも簡単に通過していた。ゆるいな、おい。
「しかし海かぁ。なんかこう、今までのパターンとしては海の餓獣王なんかが出現しそうで嫌だな」
「ふはははは。その心配は無い、海王フォカロルマーレは既に討伐されておるからな!」
そうだったのか。
確か地皇アガレスロックが撃退されて、天帝フルフシエルが封印されていたわけだから、討伐されている個体がいてもおかしな話じゃないか。
「昔のオリジンがいた時代に倒されたってことか」
「いや、そうではない」
おっと、これはあれだな。
あのお方がやっちまったってパターンだろう、そうだろう。もうなんとなく分かってきたよ。
「倒したのは鐵のオリジンである。余はそう聞いた」
「やっぱりね」
会った事なんて一度も無いのに、とんでもない噂ばっかりどんどん届くんだもんなぁ。もう嫌になってくるよ。あっさり言ってくれるけど、俺達が餓獣王にどれだけ苦労させられたことか。
なんて思っていると、後ろから声をかけられた。
「すまんが、そこで立ち話をされると通れんのだ」
「あ、すいません」
人1人分の幅しかない船への渡し橋の上で立ち話なんて、迷惑でしかない真似をしてしまった。
道を譲れるスペースが無いから、三人で急いで橋を渡る。
「急かすようで申し訳なかった」
「いやこっちこそ邪魔な所で止まっててすいませんで……した…………」
謝ろうと振り返って、驚いた。ロンメルトにいたっては感激に震えてるくらいだ。そういえば憧れてるんだったよな。
それにしても、ガルディアス帝国に縁ある人とは知っていても、まさかこうして再会することができるとは思ってもみなかった。
「おおお、その珍妙な色の髪、覚えているぞ。確か……悠斗といったか!」
「はい、お久しぶりです。ゲンサイさん」
後ろで縛った黒髪。肩にかかる自慢の羽織。腰にはこの世界でもいまだお目にかかった事が無い、日本刀のような剣。
異世界なのにザ・サムライな男こそ、俺と琴音が初めて異世界に来た時に出会い、セレフォルン王都へと導いてくれた人物だった。




