さあさあ乾杯といこうではない
「ごめんなさい……」
煙を見た瞬間にわかったよ。また料理に挑戦しやがったな、と。
「ふはははははっ! なかなか愉快な娘ではないか!! しかし見事な料理(?)である。これは餓獣の対する兵器として使えるのではないか?」
「……それだ!」
「それだ! じゃねーよ」
俺もちょっと考えたけども。
「ふふふ、理解が早くて助かる。そうこれこそがアルティメットウェポン、その名も……えー、あー……悪夢の口づけ!!」
完全にたった今思い付きで名付けてたな?
そしてロンメルトは「おお!」と目を輝かせている。信じるなよ。これはただの失敗作だから。食べられることも無かった気の毒な被害者達だから。
「王様も驚いただろ? いきなり実家から煙が出てるんだもんな」
「いや。驚いたと言えば驚いたが、余はてっきり父上がまた実験に失敗でもしたのかと」
「おいおいやめておくれ、まるで小生がいつも失敗ばかりみたいに聞こえるじゃないか」
「適当に注文してきたよ」と言いながらマクリル先生が席につく。
俺達がいるのは、最近評判のいいレストランだ。木造で明るい色に塗られた内装は、石の建物が多いガルディアス帝国では珍しいらしく「かわいい」「清潔感がある」という評価を獲得しているとか。また、お酒類を扱わないことで酒臭いおっさんを完全シャットアウト。外食といえば騒がしい酒場、というイメージを覆した、静かで穏やかな雰囲気が売りの店だ。
もっともその頑張りも空しく、アルコール無しでも1人でやかましいのが入店してしまったのだが。
ロンメルトが入ってきた瞬間の店長の顔は、占いで最低最悪な一日になると出たかのような表情だった。
「そもそもだね、研究とはそういった失敗から問題点を模索することによって成功に近づけていくものなのだから、過程での失敗はつまり成功でもあるのだよ?」
「ふはははははっ! 父上はいつもそれであるな!」
「いや、先生は何も間違ったことは言ってないと思うんだが……」
いつもそれ、なのはお前が一向に理解してくれないからだと思うぞ。
マクリル先生も小さくため息を吐いてそれ以上の反論をしようとしなかったし。さすが育ての親、無駄だと一瞬で諦めた。ん? 軽い育児放棄じゃないか?
「先生、諦めないでくださいよ」
「小生も頑張ったんだよ? あの子を引き取ってから15年、ずっと頑張った。でもね、同じ言葉を話しているはずなのに何故か言葉が通じないんだ……」
だめだ、疲れ切っている。精神が擦り切れてしまっているっ!
「おお、飲み物がきたぞ! さあさあ乾杯といこうではないか! 乾杯っ!!!」
「早い早いっ!」
せめて俺達がグラスを取るまで待てんのか。お前しかグラス掲げてないだろ。
「それじゃあ改めて。君達の迷宮攻略と再会、ロンメルトの帰郷を祝して……乾杯!」
「……ボク部外者?」
「トモヨくんとの出会いも祝してっ!」
慌ててマクリル先生が付け足した。いや仕方ないよ、だって先生と出会ったの2週間前だもん。だからそんな不服そうな顔をするな。
「ふっはははははは、良いぞっ良い気分だ!! 迷宮を攻略したというのに、ユートのことが気がかりで今一つ喜べなかったからな!!」
「そりゃ、悪かったな」
「なに、お主に非はあるまい?」
「あんな怪物にちょっかい出したんだから、俺が悪いだろ」
異世界から地球に移動することは不可能ではない。結果的に智世の命を救う形にはなったものの、仲間の命をも危険にさらして得られたものが、そんな情報1つだ。これを失敗といわず何という。
「うむ、あの黒マントは恐ろしい相手であったな。お主が消えた後はさすがに死を覚悟した。あのような怪物がいようとは、世界は広い」
「そんなに?」
ああ、智世とマクリル先生は見たことないもんな。
「テロス・ニヒ。あいつの魔法は正直よく分からないな。なんでも消すのは、空間属性の魔法だと思えば説明がつくんだけど、それならジルでも食えるはずなんだよなぁ」
空間属性って可能性は、今回俺が地球に飛ばされたことで一層高まったけど、それだけじゃ説明しきれない事が多すぎる。
「まあとにかく、危険な未確認生物とでも思っておけば大体合ってるよ。見かけても近づかない、見つからない、声をかけない、だ」
「なんの標語? それに未確認生物とは追い求めるべきもの。F岡探検隊」
「俺もあの手の特番は大好きだけど、ダメ。マジで死ぬから」
ていうか例えが古いな。ネットの動画でしか見たことないぞ。
「お主の行き先をコトネが知っていると言わねば、今頃余は外大陸であった」
「琴音はセレフォルンの王都に向かったんだよな? リリアも一緒か?」
「うむ。リスの子もそちらに着いて行った。竜騎士も母国に帰ったが、鍛冶師は迷宮都市に残ったようだ」
おおよそ予想通りだな。
ユリウスは琴音についていったのか、連れて行かれたのか。やたら可愛がってたから無理矢理の可能性もある。
リゼットはもう故郷に着いたのかな? 相棒のドラゴンの病気がちゃんと治ればいいけど。
「話について行けない」
「あ、ごめん」
ロンメルトとの話は必然的に迷宮都市での内容になるからな。マクリル先生は息子が関わっているからかにこやかに聞いているけど、智世にはまるで理解できない退屈な話だ。
「フゥハハハハ! よろしい、では余が話してやろうではないか!!」
「それはいい。病室で一度聞いてる」
「……む」
そこまで細かくは話してないんだけどな。自分で自分の話をするのって、ちょっと恥ずかしかったし。
「それで、君達はこれからどうするんだい?」
「セレフォルン王国行こうと思います」
それはもう決めていたことだ。
俺の当面の目的は、琴音と智世を地球に帰すこと。その方法を見つけることだ。肝心の琴音と別行動してちゃ、いざ帰れるって時に本人がいない、なんてことにもなりかねない。
まず琴音と合流する。
「なら、船旅になるね」
「船!」
智世が目を輝かせた。
そういえば海を見たことがなかったんだから、船も初めてに決まってる。俺も初めて乗った時は興奮したなぁ。最後には船酔いでテンションが最底辺まで下がってたけど。
「そう。世界最大国家でかつ帝国主義が主流のガルディアス帝国が今までセレフォルン王国とオルシエラ共和国を攻めきれなかった理由。それは3か国の国境が険しい山脈で隔てられているからなのさ」
なるほど、それで船か。ここは港町だから、山を越えたり平地まで行って回り込むより早いってことだな。
「平地を行くとなると、一度迷宮都市の近くまで行かなければならないからね。王都までとなると1ヶ月近くかかってしまうけど、船なら3日でセレフォルン王国に入り、そこから王都まで10日もかからない筈だよ」
2倍以上も違うなら、決まりだな。
「ちなみに山を越えた場合は?」
「うーん、そもそも越えようとする人がいないからねぇ。騎獣も使えないし、一ヶ月半から二ヶ月くらいじゃないかな?」
「長い、やだ、船乗りたい。ウミダーー」
わかったわかった。
「じゃあ海路で行きます」
「そうかい。明日小生が船のチケットを取ってきてあげよう。他国の人間が取ろうとすると、またひと騒動起きるかもしれないからね」
「買うときに審査とかあるんじゃないですか?」
仮にも国境を越えようっていうんだ、普通の遊覧船のようにチケットは買えないだろう。現に今マクリル先生が横流ししようとしているわけだし。
「ははは。こう見えても一定の信用はされているのでね、心配はいらないよ」
そうだった。なんでこんな辺境で研究生活しているのかは知らないけど、元々マクリル先生はガルディアス帝国皇帝の側近だった人だ。見限られたとはいえ王子を預けられていることからも、その信頼は見受けられる。
そんな人に、そこいらの役人が疑いをかけるなんて処刑してくださいと言っているようなものだ。マクリル先生はそんな人じゃないけど、貴族にはそういう権限が与えられているらしいし。
「じゃあ、お願いします」
「うんうん! 任せておいて!」
迷惑料も兼ねて、お金は多めに渡しておこう。研究に役立ててほしいと言えば受け取ってもらえるだろう。
「ううむ、ならばもう数日もすれば別れの時になるのだな。残念である」
「琴音達と合流したら連絡するから、また皆で集まって今度こそ打ち上げをやろう。な!」
「であるな!! よおし、送別会もかねて、今宵は盛大に盛り上がろうではないか!! フゥーハハハハハハハハハッ!!!!!」
どこまでも多目的化が広がる今日のパーティー。
騒ぐ俺達。その声を聞いて入店をやめる来客達。
そして店長がそっと頭を抱えていた。




