決めたんだ
「……なんだと?」
ウソだろこのガキ! 俺達に何の恨みがあるんだよ!?
諦めずに懐中電灯の光をウロウロさせてみるが、明らかにさっきまでとは反応が違う。怪しそうに観察してやがる。
まだ多少の警戒が残ってる内に、琴音の縄を切っておく。逃げる準備をしたことで、さらに疑惑の目を向けられた。これはもうダメ……かな? オル君も回収しておこう。
「ほらっ」
どうだ、とばかりに懐中電灯の光に飛び込んできたガキ。しまった、オル君に気をとられていた。
スポットライトよろしく照らされるガキ。怒りに震えるローブ男もといアンゴル。
「逃げろ!」
「逃がすな!!」
琴音の手を掴み、全速力で男達と反対の方向に走り出す。
その時俺の脳裏にある疑問が浮かんだのだが、それは琴音も同じだったようだ。
「ねぇ、出口ってこっちで合ってるのかな? 私連れてこられた時は、目隠しされてたから分からないんだけど」
俺もわかってないよ!
だけどあの人数を突破して反対側になんて行けないんだから、今は二分の一の確率を期待するしかない。出口、出口、頼むから出口!!
「あ……」
それはどっちの声だったのか。
俺と琴音は懐中電灯に照らされる岩壁を見つめる。
「惜しかったな。大したものだったぞ少年。よく頑張ったが……運だけは無かったようだな?」
追いつかれた。逃げ場は無い。
振り返れば熊を抜いた13人の男達。その顔にさっきまでの油断は無かった。
全員が各々武器を構えこちらを警戒している。
「っお前ら武器はしまえ! 何の力も使えない子供だ、必要ないだろう」
アンゴルの言葉にハッとなって武器を下げる男達。万一にも殺してしまってはいけないという事か? それでも奴の言う通り、俺は彼らの包囲を越えられないだろう。
「諦めておとなしく捕まっていろ、別に殺そうって訳ではないんだ。……その手のケガも手当しよう」
こいつら、なんで力づくで捕まえようとしないんだ? 何かを警戒してる?
武器を下げて懐柔しようと説得……腫れ物を扱うように、無茶をしないように。そんな雰囲気だ。
もしかして、例の《力》を使う条件が揃いそうになってるとか?
それくらいしか、奴らが俺を怖がる理由が思い付かない。
だけど何が? さっきまでとの違いは何だ。
縛られていない。いや、自由になった時は、奴らは冷静だった。琴音と手を繋いでいる? ……離してみても反応は無い。ナイフ、は違うな。それは自由になった時と同じことが言える。
待てよ、あいつ今なんて言った? ケガの手当?
ナイフで切った手を見ると、かすかに奴らが動揺したのを感じた。
で、このケガをどうするんだ? いや、血か? そういえば血に力が宿っているとか言っていたような。
舐めてみるか。
「待てっ、やめろ!!!」
ペロッと舐めてみたが、特に何も起こらない。
アンゴルが腰を抜かしたように座り込んでいるから、着眼点は合ってた筈だ。何が足りなかった。
だがそれを考える時間は与えてもらえなかった。
殺到した男達に殴られ、組み敷かれる。
何人もの大男の体重で取り押さえられた体は、どんなに力をいれても動かない。
「放せっくそ!! 琴音ぇ!」
「悠斗くん!!」
琴音も再び捕えられ、オル君も摘み上げられた。
もうどうにもならない。万策尽きた。
だが。
「は、な……せええええええええ!!!」
「な、なんだこいつ、逃げられる訳ねぇだろ」
動けなかろうと、策がなかろうと、琴音だけは連れて行かせない!
あの神社にあった黒い鳥居の先が危険だと、10年前から分かってたことだ。なのに俺は無策で突っ込んだ。付いて来ている人の事なんて、これっぽっちも考えずに。琴音の静止の声だって、ちゃんと聞こえてた。
おれがもっと慎重になっていれば、琴音はこんな世界に来ることなんてなかったんだ。
だから俺はこの世界に足を踏み入れる時に決めたんだ…………琴音は必ず家に送り届けるって。必ず守りぬいて、ただいまを言わせてあげようって、決めたんだっ!!!
「琴音を、放せぇっ!!!」
その時、青い光が洞窟を満たした。そして次の瞬間、琴音を捕まえていた男が何かの突進を受け、岩壁に叩き付けられる。
「なんだと!? 馬鹿な、なぜ……!? 力を目覚めさせる条件は揃わなかったんじゃなかったのか!!?」
光が徐々に収まり、男を吹き飛ばしたものの姿が露になる。それは昨日森で虎から俺達を救ってくれだ、小さな青い小鳥だった。
チチッと気持ちよさそうに鳴くと、小鳥は軽く洞窟の天井付近を旋回し、当たり前の定位置であるかのように、俺の頭の上に乗っかった。
「ひい!!」
謎の存在にビビった男達が俺を解放して逃げ出す。そうしなければ今の突進を、今度は自分が食らうことになると悟ったんだろう。解放されて立ち上がった俺の頭の上から、小鳥の誇らしげな鳴き声が届く。
小鳥に感謝しながら、琴音の元に向かう。この小鳥、もしかして……。
その小鳥の出現に一番困惑しているのは、間違いなくあの男。スタラダ商会のアンゴル。
「確かに血は飲んだようだが、命の危険を感じるほどの状況ではなかった筈だ! なぜ覚醒できた!?」
そうか、やっぱりこの小鳥こそが俺の《力》なのか。
そして覚醒の条件は、死にそうな時に自分の血を飲む……シビアすぎない? この世界の人達はどうやってるんだろ。俺は無意識に達成してたみたいだけどさ。
小鳥が始めて出現したのは虎に襲われた時だ。間違いなく命の危機。そしてあの時俺は体当たりと木にぶつかった衝撃で口の中が血だらけだった。それを飲み込んだ時、俺は小鳥を生み出してたんだな。はは、とっくに目覚めていた訳だ。
「よろしくな」
「チチ」
一日かけてようやく俺達は出会えた。そう思った途端、もともと知っていたかのように、この小鳥の情報が流れ込んで来る。
EXアーツ《理を喰らう鳥》 ジル
「ジルっていうのか。俺は悠斗だ……って通じてるのかな、これ」
もちろん、と言ったような気がした。
「悠斗君……その子、昨日の?」
「ああ、こいつが俺の力だったみたいだ。全然気づかなかったけどさ。ジルって名前らしい」
もう一つ仰々しい名前がついてるけど、どういう意味だろう。結局名前しか解らなかったし。
だけど今はジルを信じて戦うしかない。向こうは完全に臨戦態勢を取っている。頼むぞ、ジル!
「まさかそれはEXアーツなのか……? 武器の形状でないだけならまだしも、生きているだと?」
もう新しい単語はお腹一杯なんだよ! いけ、ジル。たいあたりだ!
チチッ?(え? なに?)そう聞こえた気がした。
「はっ、まだ使いこなせていないなら勝機はある! やれ、お前たち!! 手足を切り落とし耳を千切り鼻を削ぎ目を抉り喉を潰せ! 子供さえ作れればいい!!」
ジルさん、あんなこと言ってるんだよ!? 助けて下さいジル様ぁぁ!!?
自分の力に懇願していると、男達が持っていた武器を振り回す。まだかなり距離あるのに、と思っていたら、そいつらの武器が光って、いろんなものが飛んで来た。
それは火の刃であったり、氷の矢であったり、風の弾丸だったり。こういうの映画とかで見たことある。ファンタジーに興味が無い人でも自然と知ってるあの言葉。
「受けるがいい、未熟な魔導師。これこそが《魔》獣にあらがう方《法》……《魔法》だ!!」
やばい、死ぬ。そう思って琴音を庇おうとした時、ピィーーとジルが鳴き声を上げ、魔法の波に飛び込んでいった。
だが止めようという考えは浮かばない。思い出したのだ。
そうだ、陛下(虎)の時もジルは電撃の中に飛び込んで、そして気が付けば陛下を倒していたんだったと。