うっかりさんだなぁ
交番ほどの大きさの詰所から8人の兵士が飛び出してきた。
関所にいた兵士と合わせて、合計12人。その全員が警戒心をあらわに剣を抜く。
「ふっ、そんな粗末な武器がボクに届くとでも? アカシックレコードに接続されたボクには、君達が次にどう動くのかも知り尽くしているというのに?」
「おいやめろ、煽るな。しばらく厨二禁止」
「なら後は任せる。ボクの手を煩わせないでおくれ?」
どういう設定になってるんだ、お前。
とにかくコイツに喋らせていると、どんどんマズイ方向に進んでいきそうだから、手を煩わせる気はさらさら無い。
それにしても凄い自信だったな。もしかしてとんでもない魔法に目覚めてたりするんだろうか?
しかしどうしよう。
目の前の兵士達は完全に俺達を敵として認識している。
確かに敵国の身分証を出したのはまずかっただろうけど、まだ実際に戦争になってるわけじゃない。
迷宮都市シンアルでの交流も大して規制されていなかったんだし、ガルディアス帝国にセレフォルン王国の人間が1人もいないなんてことは無いだろうに、どうしてここまで警戒されてしまったのか。
「妙な真似はするなよ!?」
妙な真似なんてするつもりはない。
この場で抵抗するのは簡単だ。なぜEXアーツでもない普通の剣しか出さないのかは不思議だけど、仮に魔法を使ってきたところで12人程度にやられやしない。
なんせ剣も魔法もジルが食べて終わりだ。手段を選ばないなら人間だってペロリ……やらないけどね。
だけどそれをすると、この町全てが敵に回る。逃げても情報が伝達されればガルディアス帝国の国内にいる内は全て敵だ。それは困る。
いや、そもそもスパイって誤解を解かないと、それこそ戦争の引き金になりかねない。
「俺は……」
間者じゃない。
事実だけど、それをどう説明すればいいのかも分からないまま言い訳をしようとした時だった。
「やあー! 待ってたよ君達!」
「先生!?」
「マクリル先生!」
突然関市の向こうから現れた白衣の男性に、兵士達がざわめいた。
先生?
「彼らは小生めの客人だけど……何かあったのかい?」
「は? 先生の? いや、しかし」
「もしかして渡国許可証を出さなかったんじゃないかな?」
「……はい、あの男がセレフォルン王国のギルドカードのみを提出してきたので」
兵士を掻き分け俺達の前までやってきたのは、50代くらいの白髪まじりの金髪の男性だった。笑顔だけで人から好かれそうな優し気な人だ。
「やっぱりね! そうだろうね! だってほら、君のパスはここにある」
そう言って白衣のポケットから取り出したのは、仰々しい紋章の押印された羊皮紙だった。
「うっかりさんだなぁ! 何度も言ってるだろう? ここはセレフォルン王国じゃないんだから、ちゃんと持っておかないと駄目だってさ。ほら、もう忘れてはいけないよ」
「ご、ごめんなさい?」
どういうこと?
いや、助けてくれようとしてくれてるってことは分かるんだけど、何故?
「そういったお知り合いで?」
「いやぁ、息子の友人でね。とっても強いから餓獣の調査を手伝ってもらってるんだよ。昨日着いたばかりだから紹介が遅れてしまって……申し訳ない」
兵士達が「なんだ、そうだったのか」と武器をしまう。
だが俺達をスパイだと叫んだ兵士だけは油断なく口を開いた。
「では念の為、彼の名前を言っていただけますか?」
ドキリと心臓が高鳴る。
やばい、無理だ。知ってるわけがない。いやでも兵士だって……あ、ギルドカードに書いてるんだった。
どうしよう。このままだと、この親切な人にまで迷惑がかかる。いっそ自己紹介でもしてやろうか? それなら怪しいなりに、証拠は無くなる。
「ユート君、だよ」
おお? え?
「そっちの子は知らないけど、どうしたの?」
「ボクは迷い人。悠斗に導かれてここに来た」
「迷子かい? いいよ、君もウチにおいで。歓迎するよ」
「ありがと」
兵士は当てが外れたためか、呆気に取られていた。
だが兵士よ。多分俺の方がもっと驚いてるぞ。なんで俺の名前知ってるの?
あと智世、ナイスアドリブ。まんざら嘘でもないけど。
「通っても構わないね?」
「あ、はい」
兵士さん、驚きのあまり智世のチェックを忘れてやしないかい? まあ楽だから何も言わないでおこう。
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関所と町の中間に位置する海辺の家。
俺と智世はそのリビングに案内されていた。
家の中は物で溢れていた。
まるで無差別なコレクターのように、武器、服、おもちゃ、家具、文明にそぐわない機械めいた物まで、まるで統一性のない物品が部屋の中を支配している。
そんな中かろうじて確保されたテーブルの前に座り、ふらふらと障害物をよけながら飲み物を持ってきたマクリル先生なる人と向かい合う。
出された紅茶(?)を一口飲み、ようやく質問できる空気になったところで訊ねる。
「どうして俺の名前を知ってたんですか?」
「おや? 言っただろう、君は息子の友人だとね」
息子……。ってことは男の知り合いのお父さんなのか?
男の知り合いというと、ケイツ元帥は年齢的に有り得ないから除外するとして、ユリウス……は親が逃げて行方不明だから連絡を取ってるわけがないか。ロンメルトのお父さんは国王のはずだし。白衣といい、ごちゃごちゃ物で溢れた家の中といい、ガガンっぽいかな。
「小生の名はマクリル・アレクサンドル。ロンメルト・アレクサンドル=F=ガルディアスの育ての親だよ」
外れた。
そういえばロンメルトは魔力が無いことから王家を追放されたと言ってたな。そしてその後ロンメルトを育てたのが、王様の側近だった人。うん、言われてみればマクリルって名前だった気がしてきた。
それにロンメルトの育ての親といえば、ロンメルトの身体補助鎧の設計者にして、俺が今使っている疑似EXアーツの開発者でもある人物だ。
そうか、この散乱してるのは発明品か。納得。兵士が先生って呼んでいたのも、そういう事か。
それにしてもロンメルトの父親か。なんていうか、息子がアレだからもっと豪快かつアホっぽい人を想像していたけど、まるで反対だったな。
むしろ繊細で知的な感じだ。でも発明家というよりは、優しい校長先生みたいな雰囲気だ。先生っていうのも、最初はそういうことだと思ったくらいだし。
「王様の……」
「はは、手紙でも書いていたけど、本当にロンメルトのことを王様って呼んでいるんだねぇ。それも含めて大した喜びようだったよ」
俺のことは手紙で知っていたのか。
オリジンだってことも書いていたのかな? 書いてたんだろうな。それを知っていれば俺の髪を見て同一人物だと判断するのは難しくない。
それでも移動時間とか不自然だろうに、オリジンパワーってことにして納得させたのか?
「手紙はね、毎日のように送られてきてたんだよ。日に日に元気の無くなっていく様子が文面からも読み取れて心配していたんだけど、君達と出会った日からまた元気になってね。ついには1日に3通も届く日があるくらいだよ、あっはははは」
送りすぎだろ。何かある度に新しく書いて送ってたのか。
アイツならやりかねないな。
「今朝がた伝書バードで届いた手紙で君が行方不明になったと聞いて驚いたものだけど、その日の内に関所で捕まりかけていたものだから、また驚かされてしまったよ」
「その節は助かりました」
「いやぁ、息子が世話になったんだ。これくらい恩返しにもならないよ」
でも実際助かった。マクリルさんがいなければ、かなり面倒なことになっていた筈だ。
言いふらすのが大好きなロンメルトの口の軽さに、まさかこんな形で助けられるとは予想もしなかった。
「セレフォルン王国に帰る時にも必要だから、そのパスはあげるよ」
「いいんですか?」
「もちろんさ。国境を超えるのにも、その後の身分証明にも欠かせないものだからね。正規の手順を踏めば、そう苦労も無くもらえる物だから気にすることはないよ」
これがこの世界のパスポートってわけだ。それも互いの国から認可された。
そりゃ簡単に手に入る許可証も持たずに、険悪な関係になってる国内をうろついていれば兵士も警戒するよな。
「元々ロンメルトが迷宮都市にいる間に戦争が起きて帰れなくなったら大変だと思って用意した物だけど、もうこっちに帰ってくるらしいから必要も無くなったんだよ」
「じゃあ、ありがたく頂きます」
ロンメルトはガルディアス帝国に帰ることになったのか。
ということはパーティは解散したってことだよな。うーん、バラバラになる前に打ち上げとかしたかったのに。まあ真っ先に離脱させられた俺が言うことじゃないけど。
行方不明になったって手紙に書いていたって言っていたし、地球に戻ったとはゼルクから聞いていないのか、いまいち理解できなかったのか。
なんにせよ皆がバラバラになったってことは、俺がいつ帰ってくるか分からないから一度解散しようって流れになったんだと思う。
となると琴音はどこにいるんだ?
迷宮都市か、もしくはセレフォルン王都か。普通に考えれば所在が分かりやすいように迷宮都市で待っていそうだけど、地球に戻ったと知っているなら王都で待つはずだ。琴音もあそこが出口だと思っているはずだからな。
「ロンメルトはいつ帰ってくる予定ですか?」
「うん? そうだね。カケドリを使ったとして、2週間はかかるんじゃないかな?」
2週間か。ちょっと長いけど、ここはロンメルトの帰還を待って、琴音の行き先を聞くべきだな。その……伝書バードとかいう微妙な名前のモノを使おうにも住所とか分からないし。
「ロンメルトの帰りを待つなら、この家にいるといいよ。部屋は……少し散らかっているけど余っているからね」
その「少し」がどの程度か気になるな。
でも連絡が取りやすくなるし、有りがたい話だ。部屋代はいくら払えばいいだろう。と聞いた所、マクリルさんはお金は要らないと言いながらも、いい笑顔で付け加えた。
「でも、ついでに研究の手伝いもしてくれると嬉しいな」