ウミダーーーーーー!!
「思ったのと、違う!」
「俺に文句言ってもしょうがないだろ。っていうか背負ってもらっておいて文句言うなっ」
どこまでも続く荒野は、どこまで歩いてもやっぱり荒野のままだった。
いくら病気が治っても、何年も入院生活をしていた智世にそんな荒野を歩き続ける体力がある筈もなく、わずか30分でだだをこね始め、今は俺の背中にへばり付いている。
「どうせならお姫様抱っこをされてみたかった」
「無茶言うなよ……」
恥ずかしいし、いつまで歩くか分からない状態で人1人抱え続けるのはさすがに厳しい。
今だって退屈しのぎのつもりなのか、リズムよく足をバタつかせるもんだから余計に体力を消耗してるっていうのに。
「ええい、足を動かすな!」
「ボクが悪いんじゃない。この虚無の時間がボクの精神を攻撃している、その反撃の為に仕方のないこと。ねーオル様。あ、ご飯食べますか?」
「みぎゃ」
「や、やめろっ! 俺の頭の上で虫を食べさせるな!!」
「のわわわわ」
頭頂部でくつろいでいるオル君にエサをあげようとする智世を、体を揺さぶることで妨害する。まったく、なんて恐ろしい真似を……頭が虫の残骸と体液まみれになったらどうしてくれる。
というかなんで智世はオル君に敬語を使ってるんだ? もしかしてこのメンバーで一番ヒエラルキーが低いのは俺なのか?
「ピィーー!」
重要な事実に気づきかけた瞬間、空からジルの鳴き声が聞こえた。
「やっと町が見えたのか……」
「おー」
「ぎゃう!」
空を飛べるジルに上空から探してもらっていたのは正解だったな。俺の場所からでは何も見えないし、気づかずに通り過ぎていたかもしれない。
舞い降りたジルが俺の肩にとまり、東にクチバシを向けた。なるほど、そっちか。
頭にオル君、背中に智世、そして肩にジルを乗せて東に進む。
……あれ、俺ってば乗り物扱いになってない?
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プップー、まもなく港町ー港町ー。お降りの方はボタンを押してくださーい。
俺の体にボタン無いけどね。
っていうか俺は乗り物じゃないけどね!
「ウミダーーーーーーーー」
「うわっ!? なんだよ、いきなり耳元で叫んで!」
「海に来たらこう叫ぶのがマナー」
「マジで?」
「マジ」
「「ウミダーーーー!!」」
うん、たぶん騙されてるな俺。
目の前には一面の青。
空も青ければ海も青い。ついでに言うとジルも青い。俺もか。
「これが……海」
「もしかして初めてなのか?」
「リアルで見るのは初めて。ほとんど家から出なかったし、入退院くりかえしてたし」
そうだったのか。
海水浴場があるなら、行ってみてもいいかもしれないな。まあ餓獣がそこら中にいる世界で、なにがいるか見えない海中に入る度胸があればだけど。
「波打ち際くらいなら安全だろうし、行くか!」
どっちにしろ泳げる気がしないしな、智世は。
いつの間にか砂に変わっていた地面を走り、水辺に駆け寄る。
「変な臭い」
「潮の香りだろ? いい匂いだと思うけどな」
「なるほど、これが。海の香りはプランクトンの死骸が腐った匂い。いい匂いって言った? ねえ今いい匂いって……」
「ウミダーーーーーー!!!」
余計な情報をドヤ顔で披露する智世を背中から引きずり下ろす。
なんだろう。知りたくなかったような、微妙に得したみたいなこの不思議な気持ちは。でもドヤ顔はやめろ。
「ふっふふ、本当にしょっぱい」
「おい、プランクトンの死骸じゃなかったのか」
「我が血肉となれることを光栄に思うがいい」
「気にしないのかよ」
「微生物なんて空気中にもたくさんいる」
いや、まあ……そうですね。
「海はもういい。地球と大して変わらなさそうだし」
「そうだな。生物はどうか知らないけど、海は地球と同じだと思うぞ」
それはそれで不可解な話だけどな。異世界とは一体なんなのか考えさせられる。
地面も、海も、こうして呼吸できているってことは空気も同じなんだろう。人間も同じに見える。なのにドラゴンがいたり、餓獣がいたりと生態系が一部だけ極端に違うんだよなぁ。
それがすごく不思議だ。
不思議なんだけども、いい加減に異世界っぽいものを見たくて仕方ない智世が腕を引っ張ってくるから考えるのはまたの機会にしよう。
「早く、町」
「わかったわかった。言っとくけど、町だって中世ヨーロッパって感じで大してファンタジー感は無いぞ?」
「なん、だと」
芝居臭い驚き方だな。まあ心底ガッカリしてる感も漏れ出てるけど。
「空飛ぶ船は?」
「見たこと無いかな」
「魔法少女の宅急便は!?」
「それは……もしかしたらあるかもしれない」
風の魔法で飛んでる人はたまにいるからな。でも、俺も挑戦したからわかるけど、あれはなかなか難しいんだ。今度飛んでる人を見かけたらコツを教えてもらおう。
「じゃあ、じゃあ……空飛ぶ……空飛ぶ…………ええと」
「なんでファンタジーがイコール空なんだよ」
それはむしろSFの領域じゃないのか? 空飛ぶ車とかさ。
「獣人とかファンタジーっぽいんじゃないか」
「獣人、ケモ耳、奴隷、ハーレム……悠斗は鈍感な方?」
なんか変な方向に進み始めた。
しかし鈍感? なにを指して鈍感なんだ?
「勘は、いい方だと思うぞ?」
「よし、鈍感。よしっ」
なんでだよ。そしてなにが「よし」なんだ。
「楽しみになってきた。行こ」
「行くけど……意味がわからん」
どうしてかテンションを上げて歩き始めた智世を追いかける。
岩場と砂場の入り混じる海岸の先には、セレフォルン王都ほどではないにしても大きな外壁に囲まれた町が見える。
とはいえ港町という場所柄から完全に囲ってしまうことはできなかったのか、海岸沿いは簡単な関所があるだけで良く見通せた。
まだまだ遠くに赤い屋根の多い町並が見え、その少し手前の海岸にポツンと建つ家未満小屋以上な建物。そしてそこからずっと手前に関所がある。
あれ? 関所って通れるのか?
一応俺は討伐者ギルドのカードを持っている。何を隠そう迷宮塔を登りまくったおかげでZランクだ。完全攻略が認められれば最高のXランクももらえるだろう。
だけど智世は当然ながら身分証になる物が無い。
Zランク討伐者の保証で入れるかな?
とにかく試してみるしか無いか。さすがにこんな荒野しか無い場所で、身分確認ができないくらいで追い返されたりもしないだろ。
「止まれ」
関所の兵士の呼び止められる。
赤い鎧が標準装備らしい。魔法文化の世界で鎧っていうのも珍しいな。どっかの王子様みたく魔法が使えないならわかるんだけど。
「何か自分の立場を証明できる物はあるか?」
「俺はギルドカードが。この子は……ちょっと持ってないんですけど、マズイですか?」
「いや、こんなご時世だ。手配されている罪人でないか確認するのに時間を取らせるが、それで通せる」
まあ餓獣から逃げる最中に落とす、なんてこともあるかもしれないもんな。
時間がかかるみたいだけど、通れるようで安心した。安心して、油断した。
「こ、このギルドカードは!?」
あ、気づいちゃった? いや、Zランクだからって特別扱いとかはしなくていいんだよ? いやーまいっちゃうなぁ。
「貴様、セレフォルンの人間か!! よくも堂々とこんなカードを出せたものだな!」
「え?」
ええと? 確かにギルドに登録したのはセレフォルン王国で、カードにもそう記載されているけど、それがどうかしたのか?
いや待て、今の言い方からしてここはセレフォルン王国じゃないってことだよな。セレフォルンの兵士は赤い鎧なんて着てなかったし。
とりあえず大陸外じゃなかったみたいだけど、となると残る候補はオルシエラ共和国かガルディアス帝国。
オルシエラだといいなぁ。だってほら、ガルディアスってセレフォルンと戦争直前だって話だし。
うん、なんとなく気づいてる。
俺はなんで考えなしにギルドカードを出してしまったんだろうか。
「スパイかもしれん! 捕えよ!!」




