それでは早速エクスプロージョン
唐突に意識が覚醒する。
前回、初めて世界を渡った時に感じた寝起き直後のような気だるさは感じなかった。テレビの電源をオンオフするみたいな感覚で、突然意識が途切れたと思ったらいきなり覚醒したのだ。
智世は……腕の中で規則正しく寝息をたてていた。
「顔色が良くなってる……よな?」
すやすやと気持ちよさそうに眠っている。さっきまではまさしく虫の息といった状態で、本当に息をしてるのかと不安なくらいだったのに。
なにより分かりやすい変化として、智世の髪……魔力の影響を強く受けて変色するという左こめかみの部分が真っ赤な色に変わっていた。
智世は魔導師になったんだ。
そして穏やかな呼吸から、完治したかどうかはともかく一命を取り止めたのは間違いない。
良かった。本当に良かった。
あとは地球に帰る方法を見つけて、琴音共々送り届ければ全て解決する。……帰った時に中田が逮捕されてなければいいけど。
「むにゃ……」
「なかなか起きないな」
前回は俺と琴音はほぼ同時に目を覚ましたのに。俺はもう既にオリジンだったからスムーズだったってことなのかな?
なら智世が起きるまでに周囲の様子を探っておこう。どうも一筋縄ではいかなさそうだからな。
世界を渡って放り出される場所は、前回と同じくセレフォルン王都付近の森の中だと思ってたんだけど。
「木なんて一本も生えてないや」
見渡す限りの荒野。植物なんて、岩場の影に申し訳程度に草が生えているくらいしか無い。
セレフォルンにも荒野と呼べる場所はあったけど、どちらかというと荒地といった感じだった。この辺り植物少ないなぁ程度の場所とは違って、ここはどこまでも荒野が広がっている。
どこだ、ここ。
討伐者としてセレフォルン王都の周辺は一通り見たけど、こんな風景は無かった。こんな風景になりそうな環境の土地すら心当たりが無い。迷宮都市への道中も同じくだ。
まだ行ったことの無い土地。
あるいは……そもそも違う国なのかもしれない。オルシエラか、ガルディアス。違う大陸だという可能性は考えたくないな。そうなったらお手上げだ。
何にせよ、まずは人里を探そう。ここがどこかなんて、この場所でいくら考えたって分かるわけがない。
「う、んん……」
「起きたか? 体の調子はどうだ?」
「起きた。体は……なぜか絶好調。軽いっ、まるで自分の体じゃないみたいだ! くらい絶好調」
なんだその例えは。
「ここは? どうしてアナタが? ボクの体はどうなったの?」
「悠斗だ。名前教えただろ?」
「わかった悠斗、質問に答えてほしい」
「……まず場所から言おう。ここは残念ながら異世界だよ」
智世がバッと起き上がって周りを見渡した。
その表情があんまり期待に満ちていたものだから、俺はすぐに察した。ああ、こいつ帰れないかもって部分を忘れてるなぁ、と。
「……思ったのと違う」
「それは俺もだ。こんな荒野に出るとは思ってなかった。最後ドラゴンの攻撃で門が破損したのがまずかったのかもしれない」
あの門がどういう物なのかは全く分からないけど、ドラゴンの爪で一部が削り飛ばされていたからな。なにかしら影響があってもおかしくはない。
もしくは琴音と通った時とは違って、勢いよく飛び込んだからという可能性もある。助走がついていた分、遠くに飛ばされたとかさ。
「ドラゴン?」
「そう、ドラゴン。あの回廊を守ってるんだとさ。……知ってるんだろ?」
「知ってる。ボクはあそこでドラゴンを見たことがある」
ああ、やっぱりな。確定した、智世は10年前のあの日俺達と一緒にドラゴンに遭遇した人間の1人だ。
「あの時一緒にいた男の子が俺だよ」
「!! そう、ボク達は自由に生きているようで、運命に縛られている操り人形」
「中学生くらいの子はわからないけど、もう1人の女の子……琴音っていうんだけど、その子もこっちに来てるぞ」
「運命」
「運命多いな」
こいつにかかれば大体が運命で説明されるんじゃないか?
「でも、どうして異世界? ボクは……」
どうやら帰れないかもしれないって話を思い出したみたいだ。
いないと分かっていても無意識に母親を探してしまったのか。辺りをキョロキョロ見回して肩を落とした。
「……手術が失敗したんだ。死にかけてる智世を助けるには、異世界に来るしかなかった。こっちに移動する時に体が正常な状態で作り替えられるって話だったからさ」
「……」
どうして何も言わないんだろう。
知らない間に色んなことが起きたのに。死にかけて。親と離れ離れになって、異世界にいるっていうのに。
「……そう」
それだけ?
「怒っていいんだぞ? 異世界には行かないって決めた直後に親から引き離したんだからさ」
「仕方なかったこと。感謝はしても、怒るなんてありえない」
まあそうかもしれないけど、理屈と感情は別問題だろ。俺なら自分の知らない所で人生の分岐を決められるなんて我慢ならないぞ。
「来てしまったものは仕方ない。それならそれで、思い切り楽しむだけ。それにボクは帰ることを諦めたわけじゃない」
「ああ。探そう、帰る方法を」
「うん。それまでは異世界を満喫する。それでは早速……エクスプローーーーーーーーージョンッ!!!!」
「出ない」
「この世界の魔法ってそういうのじゃないからな」
っていうか初っ端から凄そうな魔法に挑戦したな。ファイアボールとかでいいじゃん。なんでいきなり周囲一帯を吹き飛ばそうと思った?
魔力色が赤だから、本当に出るんじゃないかと一瞬本気でビビったぞ。
「どうすればいいの?」
「死の危険を感じてる状態で自分の血を飲むんだよ。そうすると……なんていうのかな、最初から知ってるみたいに使い方がわかるんだ」
「なるほど」
こいつ躊躇なく自分の手を噛みやがった!?
「すごい。知識が湧いてくる……これがアカシックレコード」
「いや魔法の使い方だけだからな。って、なんで成功してるんだ!? 死にかけてないのに!」
「死にかけた時の事を思い出しながらやってみたらできた。死にかけるのは慣れてる」
世界のシステムを騙せるくらい正確に思い出せるって、どんだけ死にかけたんだ。でも、それなら自分の手を噛むくらい怖くもなんともないのかもしれない。
「で、なんでショック受けてるんだ」
「思ったのと違う、パート2」
「なんだそりゃ。どんな魔法なんだ? 使ってみせてくれよ」
「もっと劇的な場面でお披露目したいから、ヤダ」
なんだそのこだわりは。
まあいいや、ちょっとやそっとの危険なら、俺とジルでどうにでもなる。テロスやらドラゴンやらは例外だ例外。普通に考えれば無敵に近いはずなんだよ? 俺の魔法はさぁ。
「それじゃあひとまず町か村を探そうか。場所がわからないと始まらないからな」
「わかった」
すたすたと歩き出す智世。その方向に人里がある保証なんて無いけど、行く当てもないからそっちでいいや。
「そうだ。その前に噛んだところの手当てしないと」
一応、応急手当できる程度の道具はガーランド袋の中に入ってるんだ。
ああくそ、せっかく日本にいたんだから、色んな物を袋に入れて持って来たかったなぁ。絆創膏とか便利なのに。
「もう治った」
智世が止まらずに歩き続ける。
なんだ、思ったより軽く噛んでたのか。それでも治ったってことは無いだろうけど、絆創膏みたいなお手軽なものは無いことだし、本人がいいって言うならいいか。
「そうだそうだ! オル君を出しておかないと、また不機嫌になる」
「オル君?」
「俺の相棒のサンドアーマードラゴンだ!」
ジャーン、と袋からオル君を出して掲げる。
智世の視線は期待から一転、おそろしく冷ややかだった。
「それはトカゲ。厨二病おつ」
「お前に言われるとは思わなかったよ!?」