いいえ、今夜はカップ麺よ
人気の無い神社の敷地内ならまだしも、町中を歩くとなると恥ずかしいなぁ、この服装。田中に頼んで適当に服を持ってきてもらえば良かった。
後悔しても、田中はもうバイクに乗って帰ってしまった。あいつオートバイ持ってたのか、羨ましい。
腰の剣はガーランド袋に隠しておいた。
地球に戻ってきても、魔法のアイテムは問題無く使えるようだ。そうだよな、魔法が使えたんだから。
ついでにガーランド袋に入っていたオル君も出しておく。
「違うんだオル君、忘れてた訳じゃない! 色々ありすぎて出してあげるタイミングが無かっただけなんだ!!」
「みぎゃ……」
俺の必死の弁解も、冷たい眼差しを向けてくるオル君に通用しなかった。
「そして今度は親に弁解……かぁ」
いまいち踏ん切りがつかなくて、もたもたしている内に随分と日が落ちてしまった。多分もう父さんも帰ってきているだろう。
足を止める。
ありふれた一軒家。二ヶ月ぶりだけど全く懐かしくなんてない。それもそのはずだ、引っ越して数日で異世界に迷い込んでしまったんだからな。
だけど間取りくらいは覚えている。
リビングの明かり。複数の人間の気配……はは、気配とか感じるようになっちゃってるよ。
両親がそろっているのなら、きっと鍵はかかっているだろうなと思いながら玄関のドアノブを回してみると……回った。
そうか、鍵をかけると俺が戻ってきた時に入れないもんな。ずっと開けっ放しにしていたのかな? 不用心な。
扉を開く。
カラン……と小さな鐘の音が響いた。泥棒対策か、それとも--
音を聞きつけ、2人分の足音が慌ただしげに近づいてくる。
「……ただいま」
「あ……ああ……おかえりなさい、悠斗……」
「よく、よく帰ってきてくれたっ」
久しぶりに見た両親の顔は、ひどく疲れた様子だった。
一体どれだけ心配をかけてしまったんだろう。きっと俺程度の人生経験では想像することすら不可能なくらい、心労を与えてしまっていたに違いない。
同時に、それほどまでに大切に思われているんだということを実感させられて、知らず涙を流していた。
「ただいま……ただいまっ」
確かめるように、何度も繰り返してしまう。
ドラゴンを探しに行くと言って、数日間家を離れることは何度もあった。道に迷って、1週間くらい遭難した時もあった。夏休みを利用して3週間近く親戚の田舎に泊まりこんだこともあった。
二ヶ月という帰還は、そんなに特別長い時間じゃない。
なのに、そのはずなのに、なんて温かな気持ちになるんだろう。
長年の願いが叶うよりもずっと、心が満たされていく気がするのはどうしてだろう。
これが、家族というものなんだな……。
それを手放して、俺はまた向こうに行くのか?
今度こそ、二度と会えなくなるかもしれないのに、行くのか?
だけど同時に、あの世界で命を預けた仲間を、共に夢を見た友達を思い浮かべてしまう。
「父さん、母さん……」
どちらかを、選ばないといけないのなら俺は--
「大切な話があるんだ」
▽△▽△▽△▽△▽△▽△
二人は俺の荒唐無稽な話を黙って聞いてくれた。
田中にしたのと同じ話を、もっとこと細かに、その時の気持ちも、考えも、全てを込めて語り尽くした。魔法について話す時にはジルも呼び出して見せた。
その全てを二人は一切の言葉を挟まずに聞き、話し終えた俺に一言こう言った。
「がんばったな」
「信じるの?」
「その小鳥がいなかったら、もうちょっと苦労したかもしれないわね」
「まったくだ。ジル、というのだったかい? よく悠斗を守ってくれた、ありがとう」
ジルは父さんの感謝にピィッと力強く答えると、もう自分は必要無いねと言うように虚空へと溶けて消えた。
「10年か……」
「え?」
「お前がドラゴンドラゴンと騒いでいた時間だよ。熱心なはずだ、自分の目で見ていたんだからね」
俺にとっては、夢や幻想なんかじゃなかったからな。実在すると知っていなければ、わざわざ山奥に登ってまで探したりはしない。
それを理解できない両親には、その点でも心配をかけていたんだろうな。
「良かったじゃないか。見れたんだろう? ドラゴンを」
「違うわよ、アナタ。倒したのよ」
「おお、そうだった」
「夢が叶ったのよね? おめでとう、悠斗」
「まだだよ! ドラゴンと友達になるのが新しい目標なんだからさ! さっきも話したけど、仲間に竜騎士がいて--」
そこまで話して、ハッとなった。
ドラゴンと友達になる。リゼットのように、相棒になる。それはこの世界では叶わない願いだ。
「やはり、行くんだな……」
「父さん」
「どうして失踪していたのか、何をしていたのかなんて話で『大事な話がある』なんて言わないだろう」
なんだ、父さんには全部お見通しだったのか。
「そんなっ!? やっと帰ってきたんでしょう? お友達だってきっと自分で帰ってくるわよ! なにも悠斗が迎えに行かなくたっていいじゃない!!」
普段は怖い母さんが、こんな顔をするんだな。俺がさせてしまってるんだな。
でもごめん母さん。琴音の事が無くても……俺は向こうに戻る。
「危ない所なんでしょう!? まだ……これ以上お父さんとお母さんに心配させるつもりなの!」
「よしなさい」
そしていつも母さんに逆らえない、情けないなぁといつも思っていた父さんが母さんを止めた。
「悠斗は、私達を安心させるために生まれたんじゃないんだ。安心させるために生きているんじゃないんだよ」
「でも、でも……」
「好きに生きなさい、悠斗。お前は昔から、夢を語っている時が一番いい表情をしているんだからね」
親は、誰にでもいる。特別そのことを考えたことなんて無かった。
でも、今なら解る。俺は父さんと母さんが大好きだ。もう会えないなんて、絶対に嫌だ。こんなにも俺のことを思ってくれる両親に、なんの孝行もせずにいなくなるなんて、あってはならないんだ。
どっちの世界にも別れたくない、大切な人がいる。
だけど俺の夢は、憧れは、あっちの世界でしか見つからないんだ。
「きっと帰ってくるよ」
両親と別れたくない。あの気のいい友人とだって、もっと馬鹿な話をしたり遊んだりしたい。
それも、俺の夢なんだ。なら諦めるなんて、俺らしくないよな。夢をあきらめる俺なんて、俺じゃない。
「異世界に行く道があって、異世界から帰ってくる道が無いなんておかしいんだ。絶対に見つけて、いつでも自由に帰ってこれるようにする! 存在しなければ、作ってでも帰ってくる!!」
それが不可能じゃないことは、あの回廊の存在が証明している。
そして証明されているなら、何年かかっても見つけ出してみせる。難しくなんてない、少なくとも俺には10年間の実績があるんだからな。
「ドラゴンだって、見つかった! 見つけるよ……必ず」
その方法を探すためにも、この世界じゃダメなんだ。俺の願いは全て、あの魔法の世界でのみ叶うんだ。
だから俺は、異世界に行く。
「だそうだ。お前も知ってるだろ? 悠斗の諦めの悪さは」
「ええ……そうね。ドラゴンなんていない。馬鹿なことに時間を使うなって、何度言っても聞かなかった子だものね」
「諦めの悪さは、10年間文句を言い続けた母さん譲りだと思うけどね」
「面白いこと言うじゃない……」
しまった、いつもの母さんだ!? しおらしいモードはもう終わっていたらしい。
っていうかセリフといい雰囲気といい、テロス・ニヒに通じるものがあるんだが!? 俺の母さんは怪物クラスなのか!
「せっかく帰ってきたんだから、アンタの好きなもの食べさせてあげようと思ってたけど、無しね」
「えええええええええ!? そこはおふくろの味を用意してくれる所じゃないの!?」
「無し、よ」
そ、そんな馬鹿な……。
「やれやれ、こうなっては母さんはテコでも動かないぞ。仕方ない、出前で寿司でも……」
「いいえ、今夜はカップ麺よ」
「「え……」」
これはこれで日本の味だなぁ。と思いながら、その日はインスタントラーメンをすすってダンボールの転がる部屋で寝た。
思っていたのとかなり違う夜になったな……。しょんぼり。