ボクが世界を掌握したあかつきには
「ロードオブ……なんだって?」
「聖域に繋がる道(ロードオブサンクチュアリ)」
「……さっきと微妙に違うんだが?」
適当だよな? 適当に名前つけたんだよな?
「……そう、この空間は常に変化し続ける不安定なモノ」
「不安定なのはこの空間じゃないと思うけどな」
主にお前の頭の中とか、その辺りが怪しいんじゃなかろうか。
「あと、そのロードは道じゃなくて王様とか貴族の方じゃないのか?」
「え」
「……」
「…………ごほん」
いぶかし気な視線を遠慮なく浴びせてやると、少女が咳をした。
それで誤魔化してるつもりか? と思ったら、そのままうずくまってゴホゴホと苦し気に咳を繰り返す。
お、おい。本当の咳だったのか!?
「大丈夫か!?」
「……ボクの中に眠る魔王の魂が暴れただけ、もう収まった」
「どこまで本気か分かりにくいから、それやめろ」
病気なのか? いや厨二病とかそういう意味ではなく。
パジャマ着てるし、そういえばここに来る途中で誰かを探している風な女性がいた。この娘を探していたのかもしれないな。病気なのに抜け出してきた的な感じで。
その風貌から異世界の関係者、何か超常の存在を思わせられたから失念していたけれど、白い髪の赤い眼って思い切りアルビノの特徴だ。
「その……アルビノだからか?」
「関係無い。アルビノは直射日光に弱いだけ、別に病弱って訳じゃない」
そうなのか。なんとなく体が弱いイメージだったんだけど、偏見だったみたいだな。
「じゃあ……風邪とかか」
「病名は小難しすぎて忘れた。明日手術する」
それで願掛けに神社に来たのか。
で、この回廊に迷い込んだと。回廊? ということはこの人もオリジンになる可能性があるのか?
ふむ……? アルビノの少女。回廊。
記憶がざわつく。脳が震える。俺はこの子を知っている?
「難しい手術らしい。お先真っ暗、この無限の回廊のように先が見えない、僕は永遠の迷い人……」
「ゴールはあるぞ? ごく普通に戻れるし」
浸っているところ悪いけど、この回廊は数キロも歩けば出口がある。その先はもう異世界だ。
「この聖域回廊(サンクチュアリ・ロード)を知っている?」
「ナチュラルに修正してきたな。知ってるぞ、ここを抜ければお前の好きそうな剣と魔法の世界だ」
「ふぉぉ……!」
その変な声は喜んでいるのか?
普通は信じないんだろうけど、この回廊の存在がすでにファンタジーだからな。異空間があって、異世界が無いなんてことはない。
仮にこの回廊を知らなくても食いつきそうな性格みたいだし。
「魔法……魔法使えるの!?」
「ふっ……」
今日は大忙しだな。見せてあげな、ジル。
レッツ、ショータイムッ!
「ふぉぉぉおぉぉおぉぉ!!」
本日二度目のジルワールドに大盛り上がり。
魔法の存在をべらべら話していいのかって? 別に魔法を秘匿している秘密組織があるわけでもなし……無いよね?
「ぼ、ボクも行きたい! 魔法使いたい!!」
「いやダメだろ。そんな病弱な体で生きていけるほど平和な世界じゃないぞ」
心配して探している親もいるんだし、とは言わない。だって俺もそれに関しては人のコト言えないもの。
「なら、明日の手術が成功したら連れて行って欲しい!」
しまった、面倒なことになってきたぞ。
俺は琴音を連れ戻すために戻るのに、また1人連れて行くのか? それに連れて行くだけ連れて行って、あとはご自由に、とはいかないし。
けど、俺と全く同じような気持ちで異世界を望んでいる人間へ、俺にダメだと言う資格はあるのか?
「いや、ダメって言っても勝手に行くか。もう行き方は言っちゃったんだし」
「それは当然。でもどうせなら案内があった方が安心」
意外としたたかだった。
想像してみよう。なんの力にも目覚めていない女の子が、あの密林に放り出されたら……ああ、想像するまでもなかったな。
俺が連れて行くか、勝手に1人で行くかの違いでしかないのなら、俺が連れて行くべきだ。
むしろここで会えたことを幸運に思うべきなのかもしれないな。あと10分も来るのが遅ければ、俺が気づけない奥まで進んでそのまま異世界にゴーしていたかもしれない。
「もうこっちには帰って来れないかもしれないぞ」
「貴方は帰ってきたんじゃないの?」
「俺は、ちょっと特殊な事情なんだよ。好きで戻ってきた訳じゃないし、帰って来る方法もまだちゃんと見つかってないんだ」
ひとまず帰ってくることが可能だということが判明した段階だ。
「帰って、来れない……」
そうだ、思いとどまっておけ。
あんなにも心配して探してくれる親だっているんだ、おとなしくしとけ。くっ、ブーメランで自分に帰ってきた。
「明日の手術、夕方の5時に終わる予定。すぐ近くの市立病院だから来てほしい。その時まで考えてみる」
「……」
「来なかったら勝手に行く。ボクが死んだら貴方のせい」
「わかった、わかったよ!」
なんて脅し方してくるんだ。
あれ? 似たようなことをさっきテロスにやったな、俺。
「できれば病室まで来て、異世界のことを教えて欲しい」
「悪いけど、俺もこっちにいる内に親とかと話をしておきたいから……明日の朝にでも行くよ」
そして可能な限り話そう。面白そうだなんて理由で行くべきじゃないということを。
「そう。ボクも……お母さんとお父さんのこと考えないといけないね」
「ああ、よく考えろ。二度と会えなくなるかもしれないんだからな」
だから俺も、帰ってきちんと話をしないとな。う……気が重い。
「じゃあ明日」
「待て待て、お前の名前を聞いてない! 病室が分からないだろうが!」
「そうだった。ボクは1025号室の、赤巻 智世。世界を智るもの、レッドスパイラル。もしくはアカシックレコードと覚えてくれればいい」
「覚えにくいわ!」
ちょっとカッコイイ名前だと思ったけど、調子に乗りそうだから黙っていよう。
「俺は伊海 悠斗だ。雑木林でお前の母親っぽい人が探してたぞ。ついでだから送ってやるよ」
もうこの場所ですることも無いしな。
「ありがとう。お礼にボクが世界を掌握したあかつきには半分あげる」
「いらないし、魔法覚えて何する気だ」
世界平和のためにも連れて行かない方が良さそうだ。
「お、出てきたな……って、1人増えてるじゃねーか」
「中にいたんだよ」
「マジかよ! なんで俺だけ行けねーんだ!?」
「くふふ、選ばれし者だけがたどり着ける、それが聖域回廊」
ここに来た人間の4人中3人が選ばれし者だけどな。むしろ通れない田中の方が変なんじゃないかって気がしてきた。
「お前らが消えて大騒ぎになった時に、俺の証言でここも探されたけど、誰も通れなかったからな。そういうことなのかもしれねー。ああくそ、一回くらいは見てみてーなぁ」
え? そんな騒ぎになったのか?
どうやら田中にも随分と迷惑かけたみたいだな。好きで行方不明になったわけじゃないけど、悪いことをした。
「そうか、誘拐犯扱いされたんだな……」
「されてねーよ!!」
「智世!」
さっき見かけた女性が駆け寄ってきていた。
やっぱり母親だったのか。あれ、俺たち誘拐犯扱いされたりしないよな?
「どこ行ってたの! 明日手術だっていうのに!!」
「ごめんなさい。ちょっと……迷ってた」
母親がすばやく日傘で智世を覆う。そうか、直射日光に弱いんだったな。
「……貴方達、智世の知り合い?」
「へ? いや俺達は--」
「そうです。明日の朝もお見舞いに行くんで、よろしくお願いします」
知り合ったのはたった今だけど、病室に行くなら友達ってことにしておいた方がスムーズだ。今まで一切話題に出てこなかった二人組の男とか、怪しい限りだと思うけど。
しかも1人は変な服装だし。そう、俺だ。
やっぱりというか、母親が智世に目配せした。本当か? と。
「じゃあ、また明日。約束」
「ああ、約束だ」
智世は母親の視線に態度で答えた。
とりあえず納得したのか、母親は智世の手を引いて歩き出す。林の中ということもあって、すぐにその姿は見えなくなった。
それを見計らってか、田中が声をかけてくる。
「約束って?」
「明日もう一度会って、決意が変わらないようなら異世界に案内するって話だよ」
「はぁ!? いや確かに俺も行けるもんなら行ってみたいけど、そんな気軽に行けるもんじゃねーんだろ!?」
「だから一日考えさせるんだよ。明日の朝、病室に行って説明もする。剣があって魔法があるってことが、どれだけ危ないことなのかをな」
田中には言わないけど、戦争が起きる可能性だってある。
ロマンとか夢だとかを度外視して冷静な判断をするなら、絶対に行くべきじゃない。
「あの鳥居の向こうに行けるってことは、いつでも自由に異世界に行けるってことなんだ。ちゃんと話して、納得して諦めさせるよ」
「それがいいと思うぜ、俺も」
「じゃあ俺も帰るよ。親と……うう、話してくる」
「へへへ、修羅場だな。帰る前に連絡しろよ。見送りぐらいはしてやるかやらよ」
心配してくれた友人を無視して行ったりはしないさ。
さあ、帰ろう。二ヶ月ぶりの我が家へ。
……腰の剣どうしよう。




