外道すぎる
「俺達……が?」
常軌を逸した力の持ち主。自分がそうだと言われても、そんな力があるようにはまるで感じないんだがこいつは俺達をそのオリジンだと確信しているらしい。そういえば魔力色がどうとか言っていたな。
「そうだ。魔導師の力の源《魔力》は左のこめかみ辺りで生成されている。普通は何の影響もないが、伝承によれば魔導師はあまりに魔力が濃く、多いせいで、漏れ出した魔力で髪の色が魔力の色と同じになってしまうらしい」
そういえばこっちに来て目が覚めた時、俺と琴音は髪の色が一部変わっていた。こいつの話が本当なら、俺達はその時にオリジンとやらになっていたという事か。
髪を染めればごまかせそうだけど、この自信満々の口振りからして、こっちの世界には染髪剤が無いんだろうな。
「もっとも、その隔絶した力も使い方がわからなければ持ち腐れ。もちろん教えるつもりも無い。使われれば、我々程度の魔力ではなすすべ無くやられてしまうのだからな。無知とはいえ偉大なる魔導師の力を私は侮ったりはしない」
「ん? あんたらも魔力ってのを持ってるのか?」
さっきの歴史では、戦う力がないせいで滅びかけたとか言っていたと思うんだが。
「その通り。偉大なる魔導師、その子孫にも魔力は宿っていたのだ。絶滅間際だった我らの祖先は魔導師の血族となる事で、以後1200年を生き抜くことが出来た。今この世界に、魔力を持たない者などいない」
ふむふむ。まとめると、大昔に世界を救ったのは俺達と同じ異世界人で、この世界の人々はその子孫で、魔物と戦う力を受け継いでいる。だがその力っていうのは、オリジナルほどは強くないってとこか。
「俺達がそのオリジンならさ、優遇しろとまでは言わないけど、もうちょっと歓迎してくれてもいいんじゃないの?」
恩人の同郷なんだしさ。
まだいまいち俺たちが捕まっている意味がわからない。
過去の英雄と同じ力を持っているとはいえ、この世界の人達も似たようなことはできるらしいし。もう戦争か何かで兵器扱いするくらいしか思い付かないけど、肝心の力の使い方は教えてくれない。
「お前たちにはわからないだろう、徐々に力を失う恐怖を。にじみ寄る滅びへの不安を」
何か大げさな事言い出したけど、お前さっき金目当てだって言ってたよな。
「おお、偉大なる魔導師、その血は我らに救いの力を与えてくれたが、それは代を重ねるごとに薄れ、失われゆく有限の力だったのだ。わかるか?」
「我々の中の魔導師の血は1200年の内に薄れてしまったのだよ。魔物と戦うことが難しくなるほどに、ね」
自分達が捕まっている理由が良くわかった。
水で嵩増しするように世界中に広まったオリジンの血。
しかしそれは水増しを続け、水そのものと変わらないくらい薄くなってしまったのだろう。
そして俺達はそんな消えゆく世界に追加された原液。
「酷すぎるだろ……外道すぎるっ。俺達に子供を産ませて商品にするつもりか!!」
「うそ……なにそれ。そんなのって……」
「残念ながら正解だ。娘の方は貴族の子を産んでもらい、男の方は自分で言ったように、適当な女に産ませた子供を販売する。君達の間で作っても凄いのが出来上がりそうだが、それは一通り終わってからの実験になるかな」
人間のクズすぎるだろう、こいつっ!!
もうこれ以上聞くこともないし、聞きたくもない。時間も無い。
今すぐ、何がなんでも脱出する!
「行け!! 我が相棒、サンドアーマードラゴン!! こいつらを食い殺せ!!」
「なに!!?」
洞窟の壁まで行った時から、壁と背中で隠しながら解こうとしていたオル君の縄をようやく外せた。
魔物の存在とオル君の縛り方の念入りさから予想するに、こいつらはオル君を魔物だと勘違いしている。いくら手のひらサイズとはいえ、持ち主がドラゴンと呼べば警戒し、時間を稼げるかもしれない。
案の定「みぎゃー」と威嚇するオル君にびびって近づけない男達。
その間にバッグからもう一本のボールペンと、草を入れていたビニール袋を取り出す。くそ、手が縛られてるからやりにくい!
ボールペンの両先端を外し、ストロー状にする。そしてビニール袋の中の草と、ちょっと出来てた水をぐちゃぐちゃ混ぜて出来上がり。
ボールペンストローを口にくわえ、草汁を半分まで吸い上げると、ナイフを持っている男に近づいて……発射。
「ぐわっ!!? なんだこれ! くせぇ!?」
突然顔面にかかった草汁に男が驚いてる隙に、転がるように体当たり。ナイフをもぎ取るのに成功した。もちろん男も攻撃を受けていることは分かっているだろうが、目を開ければ草汁が流れ込むぞ。顔を洗って出直してこい。
あとは奪ったナイフで縄を切るだけだが、さすがに俺が何をしようとしているのか気づいた男達が、慌てて取り押さえに向かってきている。オル君はもう諦めたらしく、防御モードになっていた。
「ふー……づっ!!」
ナイフで縄を切る。悠長にやっている時間はないから、思い切り。
覚悟していたけど、勢い余って自分の手まで切ってしまった。だが痛いながらも自由になった手でナイフを持ち直し、足の縄も切断。
これで動ける。
「ちっ。自由になったとして、力の使い方を知らなければ普通の人間だ。捕まえろ」
ローブ男は想定外の事態にこそ焦っていたが、すぐに冷静さを取り戻して指示を出す。
だが、なめるな。
おれはドラゴンを探して山を越え、谷を越えた。
誰も見たことが無いものを探すため、誰も近づこうとしない危険地帯を、人外魔境を進み続けたんだ。
ドラゴンに会うために、様々な苦難を乗り越えてきた俺を、なめるな。
「出てこい! 俺の力!!」
叫び、同時に懐中電灯を取り出し、点灯。
「な、なんだあの光は! まさか……既に力を!?」
ゆっくりと懐中電灯の光をローブ男に近づけると、慌てふためいて光から逃げる。怖いだろう? お前たちにはこれが、魔物を倒すオリジンの力としか思えないんだからな。
このまま琴音を連れて逃げたいところだが、それをすると懐中電灯がハッタリだとバレる。力があるなら逃げずに戦えばいいのだから。
「効果が気になるなら、この光に触ってみろ。知った時には死んでいるだろうがな」
そう言って、今までゆっくりだった懐中電灯の光を、すばやく連中に向ける。すると面白いくらい慌てて散り散りになってくれたので、その隙に熊っぽい男を蹴り倒し、太ももにナイフを突き刺した。
「ぎぃやああああああああああああ!!」
熊の絶叫が洞窟内に反響し、男達と琴音が恐怖に固まった。
命を奪う度胸は無いけれど、ドラゴン探索で野生動物と戦うことは何度かあったから、これくらいはできるんだよ。人間を躊躇無く刺せるかは判らなかったから、熊っぽい人を狙わせてもらったけど。
だが彼の犠牲のおかげで、連中は完全に怯えきっている。あとは一言脅せば逃げ出してくれるだろう。
奴らがやろうとした事は絶対に許せないが、このまま戦ってボロが出ると本末転倒だ。ローブ男の言っていた「力」とやらが手に入ったら、改めて仕返しさせてもらおう。
「今すぐ逃げ出せば、見逃してや--」
クスクス……と子供の笑い声が響く。この声、神社の雑木林にいた男の子か?
辺りを見渡すと、いた。
さっきまでローブ男が座っていた木箱の上に、真っ黒なマントをかぶって顔すら見えない小さな影。
「どうしたの? ストラダ商会の商人さん……アンゴルさん、だっけ? せっかく魔導師を捕まえるチャンスをあげたのに、どうして捕まえないの?」
なんで商人があんな森にいたのかと思ったら、こいつが情報を売りやがったのか!
「話が違う! 力の使い方は知らないんじゃなかったのか!!?」
「ホントだよ」
心外だなぁ、とため息とつき、男の子は俺が今一番言われて困る事を、言った。
「あの光は……形は違うけど、ただのランプの光だもん」