貴方も導かれたの?
ザクザクと等サイズの丸石の道を歩く。
神社では当たり前のことだけど、異世界ではわざわざ地面の石の大きさを揃えるなんて有り得ないことだから、感心させられるような妙な気持ちになってくる。
そんな風に地面の石コロすらも、ここが地球の日本なんだと伝えていた。
テロスが言ってた「やり方を変える」っていうのは、リゼットを地球に飛ばすことだったんだな。そして居場所を知りたければ--とでも言うつもりだったんだろう。
殺さないと言っておいて空に出たのはわざとじゃないと信じたい。俺が割り込んだから座標がズレたととか、あるいは嫌がらせか。
なんにせよ、俺は地球に帰ってきた! 1人で!!
「意味無いんだよぉぉーーー!」
俺は別にあの世界に永住でも問題無かったんだ。帰さないきゃいけないのは琴音なんだってのに!
いや、ここはポジティブに考えよう。
地球に帰るのは不可能じゃない。とりあえずそれだけはハッキリした。
向こうに帰るのは……またあの黒い鳥居をくぐれば行けるだろ。
とはいえせっかく帰って来れたんだ。親にも話をしないといけないし、色々やってからでもいいよな。
さて、まずはどうしようか。
「伊海……か?」
声は神社の入口である階段からだった。
今まさに階段を登ってきた様子で固まっている色黒肌の金髪男。
「中田……いや、間違った。田中……」
「間違って無かったぞ!? あれか! 間違って正解言っちゃったって意味か!!?」
およそ二ヶ月ぶりに会ったクラスメイト(一日だけ)は、特に変わった風もなく別れた時のままだった。ただ、服装だけが少し厚手になっていて、時間の流れを感じさせられる。
「いや、んな事はどうだっていいんだ! お前どこ行ってたんだよ!? 柊は!? つーか変な服着てっけど、コスプレか?」
質問責めだな、当たり前か。
いきなり目の前で消えて、二か月間音信不通で、またいきなり帰ってきたんだからな。しかも変な恰好で、一緒に消えた琴音も連れずに一人で。
説明するべきか? するべきなんだろうな、この様子からして結構心配をかけたみたいだし。
「うーん、でもなぁ。ドラゴンを見たことがあるって話を信じなかった奴に話してもな……」
「--まじ? そういう系の話なのか?」
ガッツリそういう系だな。これ以上無いってくらい、そういう系だ。
だがお前と出会ったあの日、ドラゴンの話をした時とは違って今回は証拠になるものを持っている。
括目せよ!
「ジル、カモーン!」
「ピイ?」
「うおっ!? な、なんだ!? どっから出てきた、その鳥!!」
手品じゃないぞ?
それを証明しようとするかのように、ジルが田中の周りを旋回する。もちろん何の証明もできていない。
「なぁ、もし俺が魔法を使えるようになったって言ったら……信じるか?」
「はぁ? はは、馬鹿にしてんのか、信じる訳……」
ジル、まだ雷残ってるよな? ペッしなさい。
ペッとジルが超小型の電撃を空に向かって吐き出した。
「嘘……だろ」
む、疑り深いヤツめ。いいだろう、徹底的にやってやる。
ジルよ思い切りやってしまいなさい。
「うおおおおお!! すげぇぇぇーー!!!」
地面がせり上がり、形を変え、そこには見事なドラゴンの石像が出来上がっていた。って……
うおおおおおおおおおお!!? ジルすげぇぇぇぇぇ!! 欲しいぃーーー!!
「マジか! マジなのか!! すげぇ……魔法だ!! すげぇ!!」
理解してもらえたところで、俺は俺達が過ごした異世界での日々を話した。
黒い鳥居の先に伸びる回廊を進み、異世界に迷い込んだこと。
そこは魔導師によって魔法が持ち込まれた世界で、俺と琴音もまた魔導師だったこと。
そのことから、悪だくみをした商人に狙われたこと。
あの雑木林にいた子供が、想像以上にえげつない怪物だったこと。
セレフォルン王国で世話になったこと。
王都に向かってきた地の餓獣王、アガレスロックを倒したこと。
ドラゴンを探すついでに帰還方法を求めて迷宮塔を登ったこと。
その塔のある町で、多くの仲間と出会ったこと。
空の餓獣王、フルフシエルと戦ったこと。
そしてテロスによって、意図せず地球に飛ばされてしまったこと。
「どんだけ大冒険だよ。俺なんか二か月間、普通に学生してただけだってのによ」
まあ日本では過ごしようのない強烈な日々であったことは否定しないよ。
「けど、そうか……あの鳥居がなぁ。お前らが目の前で消えた時はまさかとは思ったけどよ、異世界とはな」
「そういや田中は通れなかったのか?」
「中田な。お前らが消えた後、俺も鳥居はくぐったけどよ……俺は普通に林の中に置いてけぼりだったぜ?」
ということは、鳥居をくぐったからオリジンになったんじゃなくて、オリジンだから鳥居をくぐれたと考えるべきなのかな。
ま、鳥居が何をもって通れる人間を識別してるかなんて、今は関係ないか。
「柊を迎えに戻るのか?」
「そりゃあな。俺は向こうの方が性に合ってるから、こっちでケジメをつけてから戻るつもりだよ」
「……もう、こっちには帰ってこないのか?」
「気軽に戻る方法が見つかれば帰ってくるかもな」
「見つからなければ……淋しくなるな」
驚いた。
田中はなんだか昔からの知り合いのように話せているけど、実際の付き合いなんてたったの数日でしかないのに、そう言ってくれるのか。
今日ここにいたのも、俺と琴音を気にかけてくれていたからこそだろう。悪いけど頻繁に神社に通うほど信心深い人間には見えないしな。
本当にいいヤツだよ。
「帰れたら連絡するからさ、その時は今度こそドラゴンハンターやろうな」
「バーカ、お前小遣い貰えないんだろうが」
そうだった。くっ、向こうのお金ならゲーム機なんかいくらでも買えるくらい持ってるっていうのに。向こうで宝石を買ってきて換金とかできないかな?
「いつ戻るんだ?」
「親に断りを入れるくらいしか、こっちでやっておかない事も無いし……まあ数日は思い出にでも浸りながらゆっくりしようかな」
「なんかジジ臭ぇな」
悪かったな。
「とりあえず本当に鳥居からむこうに戻れるのか、一回見に行ってみるか」
さあ帰ろう、として回廊に行けなかったら大変だ。
回廊から地球側に戻って来れるのは、10年前のことで確実だし、確かめておくべきだろう。
「やべ。今度は俺も通れたらどうすっかな」
「大冒険の始まりだな、一緒にドラゴン探そうぜ」
確かこっちの方の雑木林を進んだ所だったかな?
「俺はあれから何度も様子を見に来てっから、場所はバッチリだぜ。任せとけって」
じゃあ案内は任せるか。
あの時は子供……ていうかテロスを追いかけていたから、どこをどう通ったかなんて覚えてないしな。
しばらく落ち葉の絨毯を踏みしめながら歩いていると、遠くの方で何かを叫んでいる人がいた。
「--! ----!!」
俺の母親くらいの年齢の女性だ。
遠くて何を言っているのかは聞き取れないけど、子供が迷子にでもなったのかキョロキョロ忙しなく周りを見回している。もし子供を見かけるような事があったら確保してあげよう。
……またテロスが出てきたりは、さすがに無いか。いや、言い切れないのが怖い。
そんな心配とは裏腹に、迷いなく進む田中の前に見覚えのある黒い鳥居が現れた。
「……よし、行ってみるか」
「いきなりだな! ま、待てよ、まだ心の準備が……」
「どうせお前は通れないだろ」
「やっぱそう思うか」
こんな無機物が気まぐれで通す人間を選んだりはしないだろうからな。
とはいえ、ちょっと緊張するのは確かだ。
もし、行けなかったら……。そんな嫌なイメージを払拭するように、思い切って飛び込むように鳥居をくぐる。
「ありゃ、あっさり」
なんという事も無く、普通に異世界へと繋がる石の回廊が目の前に広がっていた。
田中は……案の定、来れなかったみたいだ。
なにはともあれ、この回廊に入れたのなら異世界に戻れるのは確定と言って良さそうだ。
テロスも早く戻ってこいって言ってたくらいだからな。戻る方法が無い、もしくは難しいならアイツが迎えに来ていた筈だ。
じゃ、確認もできたし戻ろうか。
「貴方も導かれたの?」
それは全く予期していない事だった。
人? 人がいる。
白い髪に赤い瞳の、浮世離れした雰囲気を醸し出す同年代の少女だ。
あるいはこの回廊の主、と思ってしまいかねない。
この少女がパジャマ姿でなければの話だが。
「この……聖域へと至る回廊へと」
…………何その痛々しい名前。