早く帰ってきてね
「まさか、とは思うけど今の言い方……僕を捕まえようって言うの?」
振り返ったテロスの雰囲気が変わった。
「そうだね、確かに僕は君達の故郷に行く方法を知っているよ? それを聞き出そうという気持ちも、理解できないわけじゃないさ。でもね?」
ふと、子供の頃の出来事を思い出した。
1人でゲームをしていると時々母さんが相手をしてくれたんだけど、手加減してもらった状態で勝ったくせに調子に乗りまくって、母さんを弱い弱いと馬鹿にした結果、怒って手加減が無くなったのだ。それはもう滅茶苦茶やられて、おまけに説教まで食らった。
なんで今そんなことを思い出したのか。
簡単だ。今のテロスの雰囲気が、まさにあの時の母さんのようだからだ。
「属性を理解した、その程度の力で僕に勝てると思ってるの? その程度で満足しちゃうの? それはちょっと……嬉しくないなぁ」
ぞわっと全身に鳥肌がたった。
一瞬、土下座でもなんでもして謝ろうとしてしまった。いや、そうするべきなのかもしれない。
だけど……。
「ここに方法が無いなら、もうコイツから聞き出すしか無いんだっ!!」
もしかしたら見つかるかもしれない100階への道もテロスが握っている。
結局、コイツをどうにかしないことには琴音を帰してやることができないんだ。
「みんなは離れていてくれ」
「悠斗君!?」
「どっちにしたって、もう戦える状態じゃないだろ? だからテロス、みんなは関係ない。これは俺の暴走だ」
だから俺が負けても、どうか仲間達は見逃してやってくれ。
「馬鹿を言うな! 私は最上階まで付き合うと言ったのだ! ここは最上階ではない、ならば私達はまだ運命共同体だ!!」
「リゼット……」
でも、ごめん。
片鱗しか見たことがなくても解る。武器で戦う限り、テロスには触れることもできない。リリアの時魔法なら通用するかもしれないけど、もう魔力が残っていない。
俺がやるしかないんだ。こんなチャンス、次はいつ来るかわからないんだから。
「ねえ深蒼のお兄さん、僕はお兄さんにもっともっと強くなってもらいたいんだ。なのに弱いままで調子に乗っちゃうから、ちょっと怒ってしまったんだよ」
テロスが幼子に言い聞かせるように語る。
イラつくのは事実だが、その力量差が大人と子供ほども離れているような気になってきた。
いや、そんなはずはない。世界属性は間違いなく反則的に強い。テロスが強いにしても、そこまで極端な差は生まれるものか。
「だから僕は今、どうすれば僕と同じくらい強くなってもらえるか考えてみたよ」
テロスが腕をあげる。
その手の先にはリゼットがいた。
「彼女を殺してみようと思うんだ。ほら、復讐のためなら頑張れそうでしょ?」
「ふざけるなっ!!」
剣を抜く。魔力を込める。
これでこの剣は、あらゆる力を切り裂く魔剣と化した。テロスの力がなんであれ、世界に存在するものである以上はこれで破れる!!
「良かったね。先にガラクタで実験していて」
剣が、半分になっていた。
折れたんじゃない。テロスに斬りつけたと同時に、消えた。
セレフォルンの城の時と同じだ。
触れたものを消す障壁。本当に消えたのか、どこかに転移したのかは解らない。ただ1つ言えることは、俺の魔法が通用しなかったという事。
「なんで……」
「剣で心が切れる? 時間を食べれる? 一見無敵のようだけど、少し万能な程度の力なんだよ、それは」
世界に存在していても、干渉できないものはある。そういうことなのか。
「もう解ったでしょ? お兄さんの攻撃は僕には届かない……勝てないんだよ。まだ、ね」
テロスが歩き出す。
その先には変わらずリゼットがいる。だけど止められない、触れることすらできない。
だけど、このままじゃリゼットが--
「テロス!!」
「なぁに?」
「仲間を殺すなら、それより先に俺が死ぬぞ!!」
俺は自分の首に剣を押し当てて叫んだ。
史上最高にみっともない脅迫だろう。
けれどテロスは俺を必要としている。なんの為にだか知らないが、俺が死ぬのは困ると明言していた。
「あは。今のはちょっと面白かったよ」
カラカラと無邪気に笑う化け物。
「お兄さんは本当にやりそうだね」
ああ、やる。
自分の喉に向けた剣先が震える。剣を握っているのは俺の手だけど、その剣が喉を貫くかどうかの主導権を握っているのはテロスだ。
怖い。だけどこれは俺の無謀の結果だ。死んでも死なせない。
自殺する人は、ある意味とんでもない勇気の持ち主だな。
怖い。死にたくない。
頼む、考え直してくれ。殺さないから死ぬなと言ってくれ!
「いいよ、わかった。殺さない」
安心感に腰が砕けそうだ。
「だからやり方を変えよう。大丈夫、死なないから」
テロスが手のひらをリゼットに向ける。
なんだ、リゼットの周りの風景が歪みだした。殺さないと言った以上、殺さないんだろうけど、何をするつもりだ--
いや、させない!!
琴音の成長魔法の効果はまだ切れていない。間に合え!
「ユウト!?」
リゼットの体を突き飛ばし、歪な空間から脱出させる。その代償として俺は逃げられそうにないけど構わない。自業自得だ。
「ありゃ? まいったなぁ、お姉ちゃんの魔法を忘れてたよ」
景色が歪む。遠ざかる。
なんだこれは、吐きそうだ。
「ちぇ、わかったよぉ。誰にも何もしないから、早く帰ってきてね。深蒼のお兄さん」
かすかに聞こえるテロスの声。
その言葉が聞けて安心した。なんだかんだ、アイツは俺にウソをついていない。
眩暈がする。ああ、気持ち悪い。
だけどだんだん空間の歪みが収まってきたような気がする。
結局これはなんだったんだろうか。
帰ってこい、と言っていたってことは転移魔法の類か? アイツはいろんな人間に変身できるみたいだから、空間属性が使えてもおかしくはない。
景色がハッキリとし始める。
「空?」
青空だ。
なんだ、転移じゃなかったのか。ここはさっきまでと同じく、空の上だ。
やけに風が強いな。いよいよ歪みが収まり、意識もしっかりしてきた。
なるほど、空だ。そして風が強い……いや。
落ちている。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
あの野郎、足場の下に転移させたのか!? 帰ってこいって、落ちてからまた塔を登って来いって意味か!?
ていうか何が殺さない、だ。普通に死ぬだろ、これ!!
ものすごい勢いで地面が迫ってくる。
「じ、じじじ、ジルゥ!!」
傍らに見慣れた青い鳥が現れる。
ピイ、と一鳴き。体が風に包まれて落下が止まった。
「おおう、焦った……」
今の俺なら普通の風からでも力を得て空を飛べるとはいえ、ついさっき手に入れたばかりの力をそんな冷静に使いこなせるもんか。本気で怖かった。
パンツは……あぁ。
「下で待ってても合流できそうだけど、帰ってこいって言ってたくらいだし登り直すか……着替えた後に」
とにかく迷宮都市に降りよう。
そう思って下を見て、俺は涙を流した。
懐かしい風景だ。
灰色のビルも、アスファルトの道路も、そこを走る自動車も……今までなんとも思っていなかった物が、涙が止まらなくなるほど懐かしい。
はは、せいぜい2か月くらいなのに、こんなに感動するなんてな。
惜しむらくは、ここに琴音がいないことか。
くそ、こういうことだと分かっていれば、琴音と歪みの中に放り込んでやったのに。
「俺だけ、帰ってきちゃったな……」
真下にあった神社に着地する。
すべて、ここから始まった。この琴音の実家である神社の雑木林から。
俺は帰ってきたんだな。地球の、日本……この町に。




