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さすが伝説の怪物じゃ

 空。

 思い浮かべるのは、晴天の青空。だけど空はいろんな顔を持っている。


 晴れ晴れと笑顔を浮かべる時。涙を流し、地上を濡らす時。怒り、雷を落とす時。冷え冷えと凍てつく時、暴風となって暴れる時--


 俺達は、そんな空の機嫌をうかがいながら生きている。決して逆らってはいけない暴君を前にするように。


「空を……天候を支配できるのか」

「そんな、そんなのって……」

「か、かか……さすが伝説の怪物じゃ」


 なんなんだ、アガレスロックといいフルフシエルといい。

 餓獣? こんなもの、生物にカウントするな。やってることは完全に神そのものじゃないか。


「だけど、それはアガレスロックの時にだって思ったことだ。それでも俺達は勝った……勝てたんだ!!」


 地面に立って生きている俺達が、どうして地面を支配する相手に勝てるんだと。アガレスロックと戦う時にも考えたことだ。

 その大地を倒せて、空を倒せない理由があるか!


「琴音は王様を連れて下がれ! リゼット、いけるか!?」

「大丈夫だ。少し痺れるが、雷ならば耐えられるっ」


 結局アッドアグニとの時には使わなかった腰の剣を抜く。

 この剣は疑似EXアーツ。ジルと同じように敵の攻撃を吸収できる。どこまでできるかは不明瞭だけど、今はとにかく手が足りない。ガガンの腕に期待するとしよう。


「ごめんね、役に立てなくて」

「成長魔法だけで十分助かってるよ、後は任せとけ」


 ここには地面が無い。そうすると石を操ることはできないし、植物を育てても根を支えることもできない。実質的に琴音は無力化されている。ついでに言うと俺の地形操作も使えないな。

 俺と、リゼットとリリア、そしてユリウスの4人でやるしかない。


 琴音の成長魔法を受け直し、走る。

 リリアは後ろから補助に徹し、俺とリゼットが並走。ジルにはリゼットに向かう攻撃への防御を任せる。


「うわっと!?」


 飛んで来た雷を疑似EXアーツて斬る。

 斬ったと言うより、斬れたと言った方が正しいな。雷なんて目で見て対応できるわけがない。きちんとコントロールされているんだからと、光った瞬間に剣を前に出しただけだ。


 けど、できた。

 雷は吸い込まれるように剣に消え、バチバチと帯電している。持っていても感電しないようで何よりだ。


 さて、この雷は帯電するだけなのか、それとも飛ばせるのか。


「ものは試しだ、らぁっ!!」


 飛んで行けとイメージしながら剣を振ると、斬撃に沿うように電撃が飛んだ。元が電気だから切れはしないんだろうけど、歪な三日月の形を保ってフルフシエルの目指す。

 三日月型ってわかるくらいに遅いのは、自然発生との違いなのか、剣速に比例していまうのか。


 それに合わせてリゼットも雷を放った。真っ直ぐフルフシエルに向かっているということは、アレはリゼットの魔法「雷の道」によるものじゃなく、槍に溜まっていた電気だろう。でなければ「雷の道」の特性上、一番近くにいる俺に向かってくるはずだし。


 二筋の雷がフルフシエルに迫る。


 当たるか、と思った時……フルフシエルの背後で空が光った。


「そっちも雷かよ!」


 急いで振り切った剣を引き戻して前に突き出す。

 飛んでこない。でも雷を食った感覚があるってことは、リゼットの方に飛んでジルが食ったんだな。


 俺達の雷が当たった様子は無い。

 たぶん、フルフシエルの雷とぶつかって呑み込まれたんだろう。


「けど陽動は成功だな。やれ、ユリウス!!」


 回り込んだツヴァイリングヴォルフの牙がフルフシエルを狙う。さすがは犬、かなり遠回りをしていたのに、最短距離を走る俺達よりずっと早くフルフシエルの下に到達した。


 ガガチンッ、と牙のぶつかる音が響く。


「馬鹿な!? もう翼が治っただと!」

「くそっ、これだから化け物は嫌なんだよ! ズルばっかりだ!!」


 空に舞い上がったフルフシエルに悪態をぶつける。

 強い上に回復も早いなんて、ズル以外のなんだってんだ! せめて地上で戦え!


「ピュイィィーーー」


 これは、ジルの鳴き声じゃない。フルフシエルのでも無い、あいつのはもっとこう……ギョエエエみたいな気持ち悪い声だった。

 見上げればフルフシエルが妙な動きをしていた。なにかを避けた?


 避けられたソレが方向転換の為に動きを止める。

 あれは……フラッシュヴァルチャー? 俺と琴音で戦ったことがある、確かDランクの餓獣だ。そんな奴がどうしてここに?


 そうか、ユリウスが呼び出したのか。


 ユリウスと出会ったのが70階だったから、それ以降の階層で戦うのに低ランクの餓獣では役に立たないとツヴァイリングヴォルフばかり使っていたが、本来ユリウスの本には彼の友達の獣や餓獣がたくさん潜んでいる。

 あのフラッシュヴァルチャーのその内の一体ということか。


「あいつの速さなら捕まえられるかもしれない!」


 自分ですら制御できない速度で飛ぶフラッシュヴァルチャー。Dランクではあるけど、そのスピードはまさに閃光だ。Xランクだって逃げ切れるものか。


 フラッシュヴァルチャーの姿が消える。障害物の無いこの空間で自由に飛び回るフラッシュヴァルチャーの動きは、離れた場所から見ているにも関わらず、もはや目で追えるものじゃない。


 そしてフルフシエルの姿も消えた。


 え?


「は、はやい……」


 確かに考えてみれば、空の帝王が飛行で他の有象無象に負けるはずが無いのかもしれない。

 でもフラッシュヴァルチャーはコントロールすら捨てての加速だぞ。それをあの巨体で? しかも体が大きいおかげでフルフシエルの動きは辛うじて分かるが……コントロールできているとしか思えない。


「ユリウス、一度呼び戻せ! 琴音も一旦こっちへ、フラッシュヴァルチャーが戻ってきたら、成長魔法とリリアの時間魔法を頼む!!」

「わ、わかったぁ」


 琴音がリリアも下へトトト、と駆け寄ると同時にフラッシュヴァルチャーがその近くに舞い降りた。


 フラッシュヴァルチャーが来たってことは、フルフシエルが追ってきてるってことだ。

 ジルに風を吐き出させ、竜巻の防壁を築く。呼吸困難にならないよう、すぐさま解除するとタイミングを同じくしてフラッシュヴァルチャーが飛び出した。


「お主らにもかけ直しておくのじゃ」


 時間がゆっくりになり、なんとか二羽の怪鳥の動きを見れるようになった。

 いいぞ、縦横無尽に飛び回りながらも確実にフルフシエルに追従している。速さが増し、コントロールも可能になったフラッシュヴァルチャーの飛行は空の王者さえ上回って見える。


 そしてついにフルフシエルが翼を止めた。

 諦めた? 負けを認めた? その雰囲気からはフラッシュヴァルチャーを褒め讃える気配すら感じる。


 一瞬遅れて、フルフシエルに向かって飛んでいたフラッシュヴァルチャーが蜂の巣にされて死んだ。


「……」


 友達の死に、ユリウスが涙を流して穴だらけになって落下するフラッシュヴァルチャーを見送っていた。


 何が、起きた?

 カツン、と足下に何かが転がる。これは……氷?


ひょう……そういうことかっ」


 速さが仇となった。

 小さな氷の塊。普通に当たっても大したことはない、すこし痛い程度のもの。だけど超速でそれに突っ込んだことで、それらは氷の弾丸と化したのだ。


「デトラ! 上に向かって炎を吐け!!」


 普段は俺の言うことなんて聞かないツヴァイリングヴォルフだが、降り注ぐ雹にマズイと感じたのか指示通り空に向かって炎を吐いた。

 炎に飛び込んだ雹が溶けて降りそそぎ、ユリウスの涙を洗い流す。


「俺達は自力で避けるぞ」

「ジルでは防げないのか!?」

「降らせるところまではフルフシエルの力でやってるんだろうけど、降って来る氷は普通の物質だからな」


 ジルが食べて支配権を奪い取ったところで、氷は結局重力に従って落ちてくる。なにも変わらない。


「?」


 また何かが引っかかった。

 なんだ、なにが違和感になってるんだ。


 だけど考えている時間もなく、雹が俺達に降り注ぐ。


 常識的に考えて雨と同じように振って来る氷を全部防ぐなんて不可能なんだけど、リリアの魔法でゆっくりになった世界の中でなら不可能じゃない。


 氷の大きさは5センチ以上まで大きくなっている。こんなものが上空から加速をつけて落ちてきているんだ。当たったら洒落にならない。


 避ける避ける、時に武器ではじく。


「逃げるのじゃ! リーゼトロメイア!!」

「なに……あぐっ--!!?」

「リゼット!?」


 振り返った俺の目に飛び込んできたものは、吹き飛ばされるジルと、フルフシエルの鋭い爪に捕まれたリゼットの姿だった。

 爪がリゼットの肩や腹に食い込み、血をにじませる。


「くっは……」


 少し上に上がったところから地面に落とされたリゼットが苦悶の声を上げる。

 やばい、助けないと!


「が……ぁ?」


 目の前が真っ白になった。

 体が動かない。

 リリアと琴音が何かを叫んでいるけど、何も聞こえない。


 そうか。雷を喰らったんだな。

 焦げた自分の腕を見てそう判断できた。視界がチカチカする。


 断続的な映像の中でリリアが風の砲弾に吹き飛ばされ、ツヴァイリングヴォルフがフルフシエルのクチバシに貫かれる。ツヴァイリングヴォルフの背中から振り落とされたユリウスが床に転がった。頭を打ったのか、動かない。


 ああ、くそ。あいつはこの雹の中でも自由に動けるのか。

 無理だ。こっちは身動きできないのに、向こうはあの理不尽な機動力で飛び回って攻撃できるなんて、こんなのどうしようもない。


 もうまともに動けそうなのは琴音だけだ。


 俺は間違えたのか? 最初から一か八かで琴音の全力魔法を受けておくべきだったのか?

 後悔したところで、もうそんなことをする時間は得られないだろう。


 どうする、どうすればいい。

 倒せなくていい。全滅しないためには、生きるためにはどうすればいいっ!?


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 雄叫び。

 ロンメルト? 様子がおかしい。まさか琴音の魔法を受けたのか?

 ガガンが言っていた。アシストアーマを着けた状態で琴音の魔法を受けたら、体がどうなるかわからないと。


 琴音は、泣いていた。

 たぶんロンメルトに頼まれて嫌々やったんだろうな。あいつが、仲間が死ぬかもしれないことを進んでするわけがない。


 ロンメルトが駆ける。もう人間として有り得ない速度だ。

 降り注ぐ氷なんて鎧袖一触なぎ払い、知覚できなかったはずの風の砲弾を踏み台にしてフルフシエルに飛びかかる。


「がっ--あああああああああああああああ!!」


 雷の閃光がロンメルトを貫く。

 だが止まらない。下から救い上げるような剣閃がフルフシエルのクチバシをかち上げた。


 ヤツの口から転移ポータルが離れた。

 それを掴み、ロンメルトが着地する。そして転移ポータルを俺達に向かって放り投げた。


「逃げよ……」


 糸の切れた人形のようにロンメルトが崩れ落ちる。

 鎧の隙間から流れでる、血。雷によるものじゃない、あれが代償。あらゆる筋肉が断絶し、血管が破れているのか。


 俺の少し手前で転移ポータルは動きを止めた。

 死に物狂いで手を伸ばす。まだ琴音が動ける。これさえあれば、逃げられる可能性はあるんだ。


 渡すまいとフルフシエルが向かってくるのが分かる。この転移ポータルを掴んだ時には、あのクチバシで串刺しにされるのかもしれないけど、それでもロンメルトが命を捨てる覚悟で奪ってくれたポータルを諦めることはできない。


「ぅあああああ!!」


 俺とフルフシエルの間にリゼットが割り込んだ。

 即座に弾き飛ばされるがフルフシエルの軌道がずれて修正の為に一度上に飛び上がる。


 再びクチバシを突き出して特攻してくるフルフシエルだが、今度はリリアの時間停止がその動きを封じた。


「ぐうぅぅ、何秒ももたぬ! 急ぐのじゃぁ!!」


 手を伸ばす。


「あと、すこし……」

「ああダメダメ。ダメだよ、これは渡してあげない」


 横から伸びた小さな手が転移ポータルをつかみ取った。


「なんで……」


 なぜここにいる。いつからここにいた。

 何も無かったはずの場所に、さも当然のようにどうして立っている。


「テロス・ニヒ」

「久しぶりだね、会いたかったよ? 深蒼のお兄さん」


 俺はその黒いローブを二度と見たくなんてなかった。

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