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やられてなんかやらない

 天帝……フルフシエル。

 大地を支配する地皇アガレスロックの、空バージョン。


「あれと、同格だって言うのかよ……」


 迷宮の中であらゆる餓獣と戦ってきた。アッドアグニだって、強敵ではあるけど心底恐ろしいとまでは思っていなかった。それもこれも、アガレスロックという究極の怪物を知っていたからだ。

 あれに比べれば、と思えばどんな凶悪な餓獣も怖くは無かった。


 その前提が崩れる。


 今、俺達の前でヨダレを垂らしながら舌なめずりしているのは、セレフォルン王都の全戦力を集めても歯が立たなくて、俺と琴音も近づくことさえできなくて、未知の力に頼って自分でもよく分からない内に倒した……倒されていた相手と同格なのだという。


「ワシはアガレスロックを見たことが無いのじゃが……お主ら本当にあんなモノ・・・・・を倒しおったのか?」

「そ、そうだ! アガレスロックを倒したのだろう!? その時はどうやったのだ!」

「琴音の魔法で無理矢理限界まで自分達を成長させたんだ。けど、意識が吹っ飛んで……気づいたら勝手に倒してた感じだ」

「……それは最後の手段じゃな」


 ああ、そうするべきだ。


 あの時、俺達の近くには誰も居なかった。

 だからわからない。意識を失った俺達に、果たして敵味方の区別がつくのかどうか。もし意識を取り戻した時、俺の魔法で仲間が倒れていたとしたら……俺は……。


 使えない。

 使うとしても、それはもう使わなければ全滅すると確定した時だ。


 迷宮を突破し、俺達は間違いなく成長した。

 魔法の新しい使い方なんかは結局思い付かなかったけど、冷静さや判断力なんかの自力は、かなり身についたと思っている。


 琴音の魔法はあくまでも「成長」だ。ちょっと進化の領域まで足を突っ込んでいる気がしないでもないが、それはいつか到達できるかもしれないもの。アガレスロックを追い詰めたのは、紛れも無い深蒼のオリジンと常緑のオリジンの魔法なんだ。

 それに今は、頼りになる仲間もいる。



 試してやろうじゃないか、今の俺達がどこまで餓獣の王と戦えるのかを。


「……そうか、昔この塔を登って行方不明になった人達はコイツにやられたんだな。だけど俺達は、やられてなんかやらない!」

「そうじゃ! 餓獣王とて滅びる、それを証明してみせたのは他ならぬお主らなのじゃからの!」

「そうだよ!! 無敵じゃないんだもん、倒せるよ!」

「余は死ねん! ここで死んでは、ノーナンバーの希望になれぬではないかっ!!」

「アインソフ、私は必ず帰る。力を……貸してくれ」

「ーーっ!」

「「ワオーーンッ」」


 フルフシエルが俺達を見下ろす--違うっ。


「ジル!」


 ゴウと突風が吹き抜ける。

 やっぱり風か。ジルが大半を喰らったにも関わらず、この勢い。かなりの密度と量だな、食べきれない。


「あ、危ないところだった、ありがとう。しかしよくわかったなユウト」

「ん、なんとなくな」


 本当になんとなくだ。風は目には見えないし、ここは空で、木の葉や土埃といった風を知覚する方法が無いはずなのに、なんとなく分かった。


「うわぁ、亀さんは地面だったから、鳥さんは風を操れるんだね」

「まずいな、風じゃ琴音が支配できない……」


 アガレスロックを倒した最大の功労者は間違いなく琴音だ。琴音が魔法でアガレスロックから地面の支配権を奪ってくれなければ、そもそも戦いの場に立つことすらできなかったんだからな。

 だけど風……いや、大気か? なんにせよ琴音の魔法の水はかからない。


「なんじゃあ!? 竜巻じゃと!」


 今度は俺達を閉じ込めるように竜巻が発生した。だけど中央にいる俺達の場所は無風だ。いくらなんでもこんなにうまく無風状態になるか? わざとだとしたら、なんのために?


 閉じ込めてどうするつもりか知らないが、わざわざ待ってやる義理は無い。


「ジルが竜巻を食べたら散開しよう!」

「だが散らばっては風が防げないだろう!? 風を知覚できているのはユウトだけなのだぞ!」

「指示する! 一カ所にまとめて閉じ込めてきたってことは、一カ所にまとまってるとマズイってことだ!」


 どっちにしろ固まって防いでるだけじゃ勝てないんだ。


 ジルが竜巻を食い破ると同時に、俺が最前線になる形でバラバラに移動する。

 本来は前衛のロンメルトとリゼットだが、相手が空を飛んでいる以上手が出せないし、防御する上でも俺が前に出ないと。


「はあ、はあ……」


 しかしなんだろう、ほとんど動いていないのに息が苦しい。


「もしかして竜巻の中にいると呼吸しにくくなるのか?」

「あ! そういえば動物実験で窒息したって話聞いたことあるよ!!」


 気づかない内に危機一髪だったのか……。

 けど、手間をかけて空気を奪いにかかるってことは、空気中の成分まではコントロールできないのか、そもそも原理を理解できていないだけなのか。

 なんにせよ、いきなり酸素が減ったり増えたりしないのは良かった。それが可能だったら勝負にすらならない。


「王様! 右に3M避けろ!」

「ぬおおおお!?」


 ロンメルトが横っ飛びして風の砲弾を避けた。


「右4とか前1とかって感じで指示するぞ!?」

「ふええ、大変だぁ」

「ほら琴音! 左3 リゼット後ろ2 ワンコ伏せ!」


 次々と攻撃が飛んでくる。せめてもの救いは風をぶつけるという特性から、スピードをつけるための助走距離が必要だってことだ。指示してからでも十分避けられる。

 これがアガレスロックみたく、ノーモーションですぐ近くから攻撃が飛んできていたら詰みだった。


「こ、攻撃するヒマなど無いぞ!?」


 リゼットが大声で弱音を叫ぶ。その言葉の通り、避けるだけで精一杯だ。

 どうすれば……。


「ワシの魔法で支援するのじゃ」


 リリアが何か言ったと思ったら、次の瞬間世界が遅くなった。


「なぁ、なぁぁんんだぁぁ、こぉれぇぇ!??」


 俺の動きも遅い!? 覚醒したのかと夢を見たけど違うらしい。

 そうか、リリアの属性は時間だったな。つまりそういうことだろう。しかし違和感がすごい。


 他のみんなの同じらしく、驚いているのが見てとれる。


「リゼット、前4! 琴音、右1左2!」(実際のセリフは間延びしています)

「了解した」(実際のセリフは間延びしています)

「すごいよリリアちゃん! 全然余裕だよぉ!」(実際のセリフは--)


 本当にすごい! これなら反撃もできそうだ!


「時間の加速と減速はワシの魔法の基本じゃて。随時支援してやるから、好きに戦うがええ」

「フハハハハ! なんという世界! 全てが見えるよう--ぶふぁ!?」

「見えてないのかよ!?」


 余裕ぶっこいて突撃するから指示は要らないのかと思ったら……。

 まあフェイントみたいな弱い風だったから大丈夫だろ。しかしフェイントまで使うとは、やっぱり知能が高い。

 これだけ賢いなら制空権の有利も理解してるんだろうな。誘って地面に下ろすのは難しそうだ。


「力ずくで引き摺り下ろすしかないか! ジル、ドラゴンブレス!」

「ピィーーー!」


 アッドアグニとの戦いで少しだけ食べていた溶岩を吐き出す。

 ……今なにかが引っかかった。なんだろ、おかしなことは言ってないよな?


「馬鹿者! 相手の速さを考えんか!! ええい、タイム・ストップ!!」


 しまった。なにもかもゆっくりに感じるから忘れてたけど、フルフシエルは目で見えないような速度で飛べるんだった。

 だけどリリアの時間停止が避けようとしたフルフシエルを縛りつける。


 危うく貴重な遠距離攻撃を無駄にするところだった。おばあちゃん、ありがとう。


 そして溶岩のブレスがフルフシエルに吸い込まれる。

 微妙に動かれたため直撃とはいかなかったが、右の翼に当たった。どんなに凶悪だろうと生物だ、溶岩に触れてはタダでは済まない。


 翼が砕け、焼けただれ、フルフシエルが地に落ちる。

 剣が届く場所なら、ウチの前衛は頼りになるぞ?


「「もらったーー!!」」


 待ってましたとばかりにリゼットとロンメルトが飛びかかる。




 だがその剣が触れる前に、閃光が二人の体を貫いた。


「リゼット! 王様!!」


 その場に崩れ落ちた二人に、フルフシエルの爪が振り下ろされる。

 だが辛うじてユリウスの乗るツヴァイリングヴォルフに救出された。それぞれの口に咥えられて運ばれてきた二人の体はかすかに痙攣しているようだ。


「う……」


 先に気を取り戻したのはリゼットだった。

 打たれ強いロンメルトの方が遅いのは、きっとリゼットに耐性があったからだろう。なにせ今の攻撃はリゼットに馴染み深いものだったからな。


 空を見上げる。


 立ち込める暗雲は時たま明滅し、ゴロゴロと恐ろしげな音を響かせていた。

 二人はあの落雷を受けたのだ。リゼットは自分の属性だったから耐えられたみたいだけど、ロンメルトは大丈夫なのか?


 けど、そうか。

 俺達はなんて甘い考えを抱いていたんだろうか。


 地のアガレスロックが大地を操るんだ。空のフルフシエルが風を操るだなんて、まったく甘ったれていた。



 アイツは空の餓獣王、天帝フルフシエル。

 支配するのは当然……空だ。

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