この迷宮はこやつのために作られたのじゃよ
「あいたたたたた!?」
「我慢せい、男の子じゃろ? 棒と玉がついとるんじゃろ?」
「一言余計なん、いったぁーー!!」
よしできた、とばかりに背中を叩きやがった。お約束的な行動だけど、現実にやられたら堪ったもんじゃないんだよっ。
だけどリリア特製の傷薬の効果は本物らしく、早くも背中の痛みが和らいだ……気がする。
「ねえ? ホントに屋上に行くの? なにかいるんでしょ?」
「しかしさっきも言ったが、ワシが探した限りこの居住区には何の手がかりも無かったからのう」
91階から98階までは保存用の強化属性魔法が掛けられていなかったらしく、俺達が見た通り風化して何もかも失われてしまっている。
そして唯一保存されていた99階には本棚などもあったが、それらは非常に勉強になる価値ある品ではあるものの、地球への帰還に役立ちそうなものは無かった。
そもそも、リリアがこの迷宮に帰還の手がかりがあると睨んだ理由が、最上階に到達したと言われている人達が1人残らず帰ってこなかったことに起因している。
にも関わらず、この91階以降の階層に転移の術式は無く、命を落とすような仕掛けや敵もいない。
なら大昔に行方不明になった人達はどうして帰ってこなかったのか。どこに消えてしまったのか。
探していない最上階を怪しむのは当たり前だね。
「そういえば夢の内容に従って最上階には行ったのか?」
「馬鹿言うでないわい。なぜ危険とわかっておる場所にのこのこ行くのじゃ?」
「だよな」
最上階に行くのは簡単だ。階段登るだけなんだからな。
ただし、リリアの見た予知夢によれば、最上階には大きな鳥のようなナニカがいるはずなのだ。
という訳で、その鳥が危険なものだった場合に備えて現在治療中である。
果物と同じように補充されているらしい各種薬草を組み合わせたリリアの特製塗り薬……通称おばあちゃんの秘薬を患部に塗って休んでいるところだ。
ちなみに田舎のおばあちゃんの秘薬は医学的根拠が無いから、うかつに使うとえらいことになるぞ、気を付けろ!
「一度戻ったほうがいいのではないか?」
「でもそれでアッドアグニが復活してたら、泣くぞ?」
「や、やはり復活するのだろうか?」
ロンメルトがパーティに加入してもう一度1階から登り直した時は、ボスはしっかり復活してたぞ。大体1日ほどで復活するらしい。
アッドアグニほどの怪物が世界にそう何匹もいるとは思えないけど、あいつだけってことも無いはずだ。復活しないとは言い切れない。
「おそらく復活するじゃろうな。なにせほれ、この階層に到達したのはワシらが初めてではないじゃろ?」
そうだった。行方不明にこそなってるけど、90階を突破した人間は過去にもいる。なのにアッドアグニが居座っていた、ということはつまりそういうことだ。
「ではやはりこのまま最上階に向かうべきか」
「ふはははは、臆することはないぞ竜騎士! Zランクを打倒せしめた我らを何者が害せるというのか!」」
「油断するなと言う話だ、ロンメルト王子」
「などと言うておる間に……どうじゃ? 痛みが引いてきたのではないかの?」
言われてみれば、かなり楽になったな。ここまで早く効くとかえって気持ち悪い気もするぞ。
「すごい! すごいよリリアちゃん、全然痛くないよ!!」
「かかか、そうじゃろ。婆の特製じゃからのう」
唯一無傷だったユリウス以外は大喜びだ。
俺も不可解ながら、痛みが無くなったのは素直に嬉しい。立ち上がっても……うん、大丈夫そうだ。
「じゃ、さっそく行くか」
きっかり一日でアッドアグニが復活するとも限らないし、探し物に時間がかかるかもしれない。痛みが引いたなら急ぐに越したことはないだろう。
「この一番広い通路の突当りの小部屋に転移ポータルがあるのじゃ。そこから最上階に行けるじゃろう」
試したわけじゃないのか。いや、予知夢のリリアは転移ポータルを見つけて、帰れると思ったから最上階に1人で出てしまったんだな。
階段も無く、転移ポータルだけがあれば普通は試す。
リリアの案内通り、突当りの部屋では地上にある転移用のオベリスクを小さくしたものが怪しく輝いていた。
さて、鬼がでるか蛇がでるか。
一瞬の光が目を眩ませ、次に見えた風景はどこまでも広がる空だった。
「あれ? 最上階じゃなくて屋上に出ちゃったの?」
「いや、屋上でもないな」
ここが塔の屋上なら、せめて足下に床があるべきだ。
「え? へ!? じめ、地面が無いよぉ!? 落ち--」
「落ちてないから」
今俺達は空中に立っていた。
良く見れば薄っすらと幾何学模様が見えるから、透明なだけで足場はあるんだろう。俺、空なんか飛べないし。
「見ろユウト。ずっと下に見えるのは迷宮都市ではないか?」
「おお! 見ておるか皆の者ぉーー!! フハハハハハハハーー!!」
見えると言っても町規模で小さく見えるくらいだ。俺達が人間を見えていない時点で、向こうからだって見えるわけがない。
「なんと! 地平線が丸みを帯びておるのじゃ!! まさか世界は丸っこいのかの!?」
まだ世界は平らな地面だと思われてたのか……。待てよ、そういえば地球が丸いと証明されたのは、船で一周回って元の場所に戻れたからだっけ。なら人間の活動できる領域の狭いこの世界では、わからなくて当然なのか。
「異世界も丸いんだねぇ」
「太陽なんかも変わらないように見えるし、案外大して変わらないのかもな」
けど世界のなんたるかは今はどうだっていい。気になるのは、この場所がなんなのか、だ。
「空間魔法で足場を作っとるようじゃが、一体なんの為に……」
「ん、壁? どうやら途中で足場が無くなる心配は無いようだぞ」
いつの間にかリゼットが少し離れた場所で空中をペタペタ触っていた。そこに壁があるのか。なるほど、見えにくいけど壁があるらしい空中にも幾何学模様が浮かんでいる。
「つまりここは四角い部屋になってるのか?」
まだ四角とは限らないけど、壁伝いに歩いているリゼットの動きからして間違いなさそうだ。
上空の方には幾何学模様が見えないから、上は何もないのか。あるいは見えないくらい高い場所に天井があるのかもしれないな。
しかしリゼット勇気あるなぁ。こんな不確かな足場で躊躇なく歩き回ってるよ。
「うん、やはり四角く区切られているようだ」
「そっか。ありがとうリゼット」
で、どうすればいいんだ?
結局この空間にあるのは、帰るための転移ポータルと、俺達6人だけだ。
ただ、なんだろう。
ここにいると、何かが湧き上がってくる感じがする。何かこう、思い出せそうで思い出せないものがあるような、そんなもどかしさ。
いや、懐かしさ?
そんな訳ないか。来たことなんてあるハズ無いんだから。
「なんにも起きないねぇ」
「ううむ、つまらん。一度戻ってみんか?」
「そうだな。ふふ、もしここに転移ポータルが無かったらおしまいだったな?」
「うひゃぁ、こんな所に閉じ込められてた大変だよぉ」
ぞろぞろと転移ポータルに歩み寄る。
しかしおかしいな。リリアの予知夢だと、大きな鳥がいたって話だったんのに。
「あれ? 転移ポータルはぁ?」
「ど、どういうことだ!? 私は一度も目を離していなかったというのに……消えた?」
「フハハハハ、余は見えておったぞ! 何かが一瞬でかっさらって行きおったわ!! むむ? あれが無いとまずいではないか!?」
「上じゃ!!」
何かが俺達を照らす太陽を遮った。
そのナニかの影の中、正体を暴くために上を見上げる。
それは大きな鳥だった。
薄緑色の羽毛は、その一本だけで布団が作れるんじゃないかというほど大きく、クチバシは恐竜のプテラノドンのように鋭く長くて、わずかな隙間からずらりと並ぶ細かな牙を覗かせている。
足はやや長く、丸い尾羽とあいまって、まるで昔図書館で見た始祖鳥みたいだ。
そしてデカい。こんなサイズの鳥が空を飛んでいることが不可解で仕方ない。尾羽を含めると全長80Mはありそうだ。こんなの鳥じゃない。
ドラゴンが大きいのは理解できる。亀も、まあ大きいものがいても納得できなくもない。だけど鳥だろ? しかも飛ぶんだろ? 飛ぶことを諦めた地球最大の鳥、ダチョウですら2~3Mだっていうのに、ふざけてる。
そして思い出すのは、以前のロンメルトの言葉だ。
餓獣はランクが高いほど、デカい。
「なるほどのう、この空間の意味が……なぜ婆様がこの迷宮を作り上げ、人々の侵入を阻んだのかがようやっと理解できたのじゃ」
逃げたい。
本能的に感じる。こいつはヤバい奴だ。
だけど帰るための、逃げ出すための転移ポータルは、その巨鳥のクチバシに咥えられている。
「そして何故、上に登るほどに餓獣が強くなるのかものう。下から登る人間には、だんだんと強くなる敵で警告しておったのじゃろう。登れば危険じゃと。そしてそれでも登れるならば、こやつを倒してみせよと」
そして今、巨鳥がゴクリと転移ポータルを飲み込んだ。
「この迷宮はこやつの為に作られたのじゃよ。こやつを逃がさぬように、逃げても迷うように、他の餓獣に邪魔されるように……それと同時に人間達が近づかぬように、近づくなら倒せるよう育てるために。全てはこやつから人々を守る為なのじゃろう、婆様?」
奴の目が語っていた。
逃がしはしない、と。
「この、Xランク……空の餓獣王、天帝フルフシエルから世界を守る為に、のう」
悠斗の1/10フィギュア作ってみました。Galleryの貼ってます。




