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ミイラになってたりしないよね?

「思ったより小さいやつだったんだな」


 全長100メートルはある着ぐるみを脱いだアッドアグニの死骸は、せいぜいコモドドラゴンくらいだった。見た目もそんな感じで、コモドドラゴンの群れに混じってもバレないんじゃないかってくらいだ。

 あーあ、異世界初のドラゴンが地球のドラゴンもどき筆頭にそっくりなんて、なんかガッカリだな。よし、こいつはノーカウントにしておこう。ああそうだ。俺はまだ10年前以来、一度もドラゴンを見ていない。いないったらいない。


 そして死骸の胸のあたりに一体化している生物として不自然な物体。真っ赤な宝石のようなものが、多分あれだ。


「リゼット。これが竜玉か?」

「私も実物を見たことは無い。だが、炎のように揺らめく宝玉……ああ、きっと間違いない。ありがとう……ありがとう、みんな。これでアインソフは救われる……」

「よかったね! リゼットさん!」


 まだ傷が痛むのかフラフラと竜玉に歩み寄り、花を扱うようにそっとその手に包み込んで、涙した。

 キレイだ。

 これだけでここまで来た甲斐がある。


「みんな、怪我は大丈夫か?」

「フハハハハ、なんのこの程度!! あ、いたた」

「私も大丈夫だ。ひどく打ち付けただけで、後に残るような傷は無い」

「青くなってるよぉ、うう」

「「ワンっ」」


 全員直撃は避けられたのか、衝撃と、地面に転がった時の打撲だけで済んだみたいだ。それでも思い切りぶつかったから、どこか動きがぎこちないけど。


「行こう。リリアが言ってた通り91階以降が居住区なら、休める場所もあるはずだ」


 なんだったら治療器具もあるかもしれない。

 少なくともこんな蒸し暑い場所なんかより、万倍マシだろう。疲れたからってサウナで休憩する馬鹿はいない。


「うー……動きたくないけど、ここにもいたくないよぉ。悠斗君おんぶ……」

「ユリウス、ワンコに一緒に乗せてやって」

「毛皮暑いよぉ……」


 わがまま言うな。俺だって背中痛いんだよ。


 全員ふらつきながら、這う這うの体で階段を登る。

 よく考えると琴音が泣き言を言うのも仕方ないのかもしれないな。思い返してみると、どんな強敵相手でもなんだかんだ大した怪我をしたことはなかった。

 俺は洞窟でアッドアグニと遭遇した時に全身噴火を喰らってたし、そもそも地球で散々痛い目にあっていたけど、琴音はそうじゃないし。


 でもそう考えるとやっぱりオリジンてのは凄いんだろうな。人類を滅ぼせる相手と戦った時以外、傷らしい傷を負っていないんだから。

 もちろん油断すれば1階のウサギにだって負傷はするんだけど、逆に油断せずに真っ向勝負をする限りは、大体魔力量のゴリ押しでどうにでもなるからなあ。


 オリジンを倒すなら餓獣のZランク以上の実力か、罠やら不意打ちやらのからめ手が必要そうだ。俺自身警戒するのもだし、いつか鐵のオリジンと戦う可能性も考えて気にしておこう。

 ふと、テロス・ニヒを思い浮かべてしまった。あいつは明らかにZランク以上の強さがあって、しかも何か暗躍めいた動きをする。最悪だ。

 ああ、もう二度と見たくないあの黒マント。


「あ! 見えたよ扉」


 ツヴァイリングヴォルフに乗っている分、高い場所にいる琴音が声を上げた。

 俺達にはまだ見えていないけど、もう数段登れば見えてくるはずだ。しかし巨体で器用に階段登るなぁ、この犬。


 そして、見えた。


 ボス部屋とは異なり、数段貧相になった普通よりは立派程度の扉。

 あの先が91階。そこにきっと、リリアがいるはずだ。


「ミ、ミイラになってたりしないよね?」

「う、ん……結局半月以上かかってしまったからな……」


 きっと大丈夫、だと思う。ほら、時間操れるし。

 むしろ本当にアッドアグニと一緒にこの階層に転移してたのか、の方が心配だ。実はあの洞窟に死体が転がっていた、なんてことも有り得る。


 それもこれも、この扉を開けばわかることだ。


「開けるぞ」


 誰ともなく息をのむ。

 扉に手をかける。なんとなく開けるのが怖い気持ちもあるけど、開けないことには何も分からない。意を決し、勢いよく扉を押し開けた。


 廊下だった。


 ……そりゃそうだよな。

 まだ9階も残ってるんだから、ボス部屋みたいに部屋があってリリアがいるかどうかが一目でわかるなんてこと、ある訳なかった。


 だけどこの廊下は、餓獣が跋扈していた今までの階層とは違う。

 セレフォルンの城の廊下より少し狭いくらいの、完全に人間が活動するのに適した広さだ。迷宮のような別れ道もなく、いくつかの小部屋も大きくて学校の教室くらいの広さしかない。


「居住区、か。確かにそんな感じだな」

「やっぱりリリアちゃんの夢は予知夢だったんだよぉ!」


 なら、いるはずだ。どこかにきっと。


「探そう!」


 部屋を1つ1つ回っていく。

 1200年前にリリアのお祖母さんであり、空間属性のオリジン、リディア・ボルトキエヴィッチのよっと管理されて以来、ほとんど誰も到達していないだろう階層。

 部屋に扉などが無いのは、腐食によるものだな。良く見れば扉があっただろう部分の床に灰のようなものが落ちている。


 人の気配が感じられない。


 不安が募る中、階段が現れた。

 迷宮内の大きな階段ではなく、ごく普通の、それこそ民家のような階段が上へと伸びている。あまりにも今までと違っているが、おそらくこの先は92階になっているんだと思う。


 92階、93階、94階。

 探せど探せどリリアの姿は見つけられない。生活している痕跡すらない。真実、大昔の遺跡でも探索しているようだ。


 そして、99階。


 もしここにいなければ、もう--

 祈るような気持ちで階段を登りきると、その階だけは何故か扉が残っていた。決して素材が金属に変わったわけでもなく、ごく普通の木材のように見えるのに何が違うのか。


 一番近い部屋の扉に手をかける。


 そこは寝室らしい。壁に沿って装飾を施した立派な机と本棚が並び、奥にはダブルサイズの天蓋ベッド。彼女はその上で眠っていた。


「すぴー、すぴー……」


 ローブと帽子を床に脱ぎ散らかし、お腹を出して寝息をたてている。口からみっともなくヨダレを垂らし、その手には食べかけの木の実が握られていた。


 俺はベッドの側に歩み寄り、その幸せそうな寝顔を--


 ひっぱたいた。


「ふぎゃ!? な、なんじゃあ!?」

「……快適そうだな、サバ子」

「お、おお? なぜここに小僧がおるのじゃ? 雑草と、その他までおるのう?」

「また雑草って言ったぁ!!」

「……その他。短い間とはいえ共に戦ったというのに、その他…………」


 何故だと?

 決まってる。リリアを迎えに来るため。地球に帰る方法を探すため。そしてリリアに言わなければならないことがあったからだ。

 

 まだ状況を掴めていないリリアの両肩わガシッと掴む。

 突然のことに驚いた様子だったが、俺は構わずその肩を思いっ切り揺さぶった。


「お前ぇ!! 72階にドラゴンいるって言ったよなぁ!! なんだよアレ、あんなのドラゴンじゃねーよ!」


 俺がそもそも何の為に迷宮都市行きを決意したのか。

 それはひとえにリリアの手紙で72階にドラゴンがいると聞いたからだ。なのに、なのにっ!


「ミミズだったぞ、騙したな!!」

「ワシはドラゴンがおるとは一言も言うとらんわい。ドラゴンワームがおる、と言うたんじゃ。ええいガクガクするのをやめんか!」

「詐欺だっ!!」


 ドラゴンって名前に入ってたらドラゴンだろ!? いやコモドドラゴンはトカゲだけど、それでもせめて爬虫類であるべきなんじゃないのか!?

 しかもドラゴンっぽい部分って、火を吐く所だけなんだぞ! そんな理由でドラゴンなんて名付けやがって、ドラゴン舐めるな!!


 くっううう、どれだけ期待に胸膨らませて72階に行ったと思ってる。それがミミズだと知って、どれだけ打ちひしがれたと思ってる! この世界のミミズはどこまで俺を苦しめれば気が済むんだ!! なんの恨みがあるって言うんだぁーー!

 あ、オル君の餌ミミズだった。


「悠斗君、次の日一日中布団から出てこなかったんだよぉ?」

「かかか、知らんよ。勝手に勘違いしたんじゃろ」

「うるさい! それを言うならお前だって、この世の終わりみたな顔でなんか語っちゃってたくせに!」

「そ、それは!?」

「ありがとう……(キリッ)」

「や、やめてくれぃ! 仕方なかったんじゃ! 遺言になると思ったんじゃよぅ!!」

「俺の勘違いだって仕方ないね! っていうか勘違いするように誘導したんだろ、お前が!」


 俺と同じくらいの屈辱と絶望感を味わうがいい!


「すまなんだ。謝るから、その事はもう忘れてくれんかのぅ……」


 ……まあこの辺りで勘弁してやろう。忘れるのは無理だけど。


「しかし、ということは自力でここまで登ってきおったのか?」

「そうだよぉ! すっごい頑張ったんだからね!」

「リゼットも手伝ってくれたようじゃな。大変な道のりであったろうに」

「いえ、ご無事で何よりです」

「その2人も仲間なのじゃな?」

「ああ、王さ--ロンメルトとユリウスだ」


 リリアがロンメルトとユリウスを……特にロンメルトをまじまじと見つめた。


「お主、ノーナンバーじゃな」

「うむ、いかにも。余に魔力は無い。フハハ、流石は世に聞こえし第1期魔法士。見ただけでわかるか」

「まあ、の」


 リリアが探るように俺達を順に眺める。


「小僧、コトネ。立派になったのぅ。あのアッドアグニを退けるとは、もう一人前のオリジンじゃな」


 そう、なんだろうか? いや実物を見たリリアがそう言うのなら、そうなんだろう。ただ、最低限のレベルになったというだけだろうけど。

 だって話に聞くオリジンなら、アッドアグニを単独で倒せてもおかしくないし。


「リーゼトロメイア、ロンメルト、ユリウス。よくぞ力を貸してくれた。小僧達だけでは、ここまで来れんかったじゃろう。コトネの魔法があったにせよ、現代の魔法士が高位の餓獣を相手取ることは生半可なことでは無かったであろうに」


 しみじみと、どこか嬉しそうにリリアが語っている。

 1200年、このひたすら弱くなっていく世界を見守ってきた身として、強くなった人間を嬉しく感じているんだろうか。孫の成長を喜ぶお婆さんのように。

 見た目は幼女だけど。


「それで苦労して登ってきたら、おやつ食べながら居眠りしてるんだからなぁ」

「かかか、すまぬすまぬ。なかなか居心地が良くてのう。さすが婆様の別荘じゃ。果物が無くなったそばから転移してどこからか補充されるんじゃよ」


 ほれ。とカゴから木の実を全員に投げ渡す。おお、脱水状態の体に果汁がしみ渡る……。

 そして果物の入っていたカゴはというと、まったく減っていなかった。本当にどこから補充してるんだ、これ。


 ともあれ、どうやら快適な引きこもり生活を送ってたみたいだな。くそ、もっとゆっくり攻略してても良かったのかよ。


「ちと名残惜しいが、これでやっと帰れるわい。手間をかけさせたのう」

「一応他にも目的はあったしな。リゼットの竜玉も無事手に入ったし」

「おおそうか? ではあとは」


 リリアとは合流できたし、竜玉も手に入った。俺と琴音の目的はあと1つ。


「ワシもずっとぐうたらしとったわけではないのじゃ。ちゃんと探しておったよ。お主らが元の世界に帰る方法を、のう」



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