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なるほど石だけに

「おおーーーい!!」


 どこまで続くかも分からない石造りの通路に俺の声が反響する。


「誰かいないのかーーー!!!」


 だが返事が返ってくることは無く、静寂だけが支配していた。1人、むなしく立ち尽くす。

 くそっ、こんな罠ありかよ。






 ユリウスを加えての探索は気持ち悪いくらい順調だった。

 ボスがペットと化してしまった70階を抜け、71階に到達した俺達を迎えたのは石造りの簡素な通路。どこまで行っても変わらない風景は、うっかり元の場所に戻っていても気づかないかもしれないほどだ。


「これだよぉ! これこそ迷宮だよぉー!!」


 琴音がそんな風に興奮していたっけ。


 この階層で次に驚かされたのは、餓獣がほとんど出てこないことだ。

 ロンメルト曰く、餓獣はランクが上がれば上がるほど体の大きな種類が多くなるから、人が数人並べる程度の広さで行動できるものが少なかったのではないか、という話だ。


 そしてたまに出てくる餓獣はユリウスの説得にあっさり道を譲ってくれる。


 それを見て「わ、私の今までの苦労は一体……」とリゼットが打ちひしがれていた。リゼットは数か月かけて50階以上も登ってきてたからね。

 どんまい!


 そんなこんなで俺達は遊園地よろしく巨大迷路を楽しみながら、時たまガガンに言われていた餓獣を見つけては素材を確保しつつ、探索を進めた。

 

 楽しかったなぁ、迷路。昼食に戻ることも忘れて、アッチが正解だ。いやコッチだと皆でワイワイ盛り上がっていた。


 そして本当にゲーム感覚で進んで、あっと言う間に80階……ボスの階層までやってきたのだ。


 まさか70階のボスに挑むつもりでいた次の日に80階のボスに挑むことになるとは夢にも思っていなかったぞ。


 とはいえ武器も新調したばかりだし、本物のゲームみたくレベル上げができる訳でもない。

 ならもう行ってしまおう、ということで話が決まった。もしかするとユリウスの説得でまた素通りできるかもしれない、と。




 今にしてみれば、思いっきり油断していた。

 その結果がこれだ。


 ボスの部屋に繋がる扉を開いた瞬間に足下に発現した魔法陣。

 そして気が付けば迷宮の中に、1人で放り出されていたというわけだ。ほぼ間違いなく他のみんなも1人にされているだろう。


「ボスの部屋で全員バラバラなんて、冗談じゃないぞ……!?」


 ボスの部屋が迷路になっていて、かつバラバラに飛ばす罠。となれば何が狙いかなんて考えればすぐにわかった。


 間違いなく、ボスはこの迷宮内を彷徨っている。

 仲間と合流するのが早いか、ボスと遭遇して各個撃破されるのが早いか。


 特にヤバいのはロンメルトだ。琴音がいない状態でSランクと予想されるボスとなんか遭遇したら、1秒でぶっころだ。


「っ!!」


 薄暗くてよく見えないけど、この先のT字になった角の所に何かがある。

 物音をたてないよう気をつけながら、にじみ寄った。わずかに見えるアレは……服だ。だけど仲間達の誰とも違う。


「「なんだ、白骨か」」


 大昔の人かな。リリアが言うには、昔はこの辺りまで来れる人もいたらしいから、この階層まで登ってきて力尽きたんだろう。俺達もこうならないように、早く合流しないと……。

 って、今俺以外の声もしなかったか?


「「うわあああ!!?」」


 誰かいるぅぅぅ!

 

「その声は、ユウトか!!?」

「リゼット!? それにユリウスも!」


 光が弾ける。

 明かり代わりに電気の魔法を使ったんだろう。断続的ながら、申し訳程度の松明と合わさって周囲の風景が浮かび上がった。


 やっぱりリゼットだ。暗闇が怖いのか白骨が怖いのか、ユリウスがリゼットの足にしがみつくように寄り添っている。ちょっとお兄さんと場所換わろうか?


「良かった……じゃあ、あとは琴音と王様だな」

「ああ、一緒にいればいいのだが、別々だとするとマズイ」


 ロンメルトはもちろん、琴音も単独で戦わせるには不安があるからな。


「でもまあ、わざわざ分断したってことは、そんなに強いボスじゃないのかもな……ん? どうしたユリウス? 後ろ?」


 リゼットの後ろに隠れるような状態のまま、ユリウスが俺の後ろを指差した。

 もうすでに嫌な予感しかしないけど、仕方ないから振り返る。


 石の壁が盛り上がり、ボゴッと壁から生まれるように人型の塊が現れた。細胞分裂? この迷宮は単細胞生物なのか?


「ゴーレム!?」


 リゼットが叫んでるけど、さすがに見ればわかる。

 まんま壁と同じ材質の人型。目の部分だけが赤く光り、俺達を補足した。


「こいつがボスか!?」


 予想外な登場の仕方だったけど、こっちを狙ってくれるなら好都合だ。ここで仕留めてやる!


「待てユウト! 先に言っておくが、私の魔法は通用しないぞ!」

「え!?」

「電気は岩を壊せないのだ」

「でも落雷で木が砕けたりするだろ!?」

「あれは内部に水があるからだ。岩も、水があれば砕けるのだが」


 水といえば琴音だけど、いないしなぁ。そもそも、あの水かけたら敵もパワーアップしてしまうし。


「何か通用しそうなモノをジルに食べさせていないのか?」

「いや、食べたらすぐ使うし……」

「何故ためておかなかった!」

「覚えてられないんだよ!! 何をどれくらい食べてるかなんて!!」

 

 目録なんて無いんだぞ。だから基本的に食べたらその日の内に使ってしまうようにしてるんだ。


「剣、は効かないよなぁ?」

「ロンメルトの大剣ならば、あるいは」


 いないんだよ、ロンメルトもここにはいない。

 どう見ても異能を使ってくるような餓獣には見えないから、ジルに食べさせるものも無さそうだし。


「そうだ、餓獣ならユリウスの説得で……え? 無理? 意思が無いから? なるほど石だけに」

「ユウト……」

「ごめん」


 今のは俺が悪かった。

 ゴーレムも「サムいんじゃボケェ」とばかりに殴りかかってきた。おっと、危ない。


「じゃあ、ツヴァイリングヴォルフを呼んでくれ」


 実力はSランク相当だというのを証明してもらおうじゃないか。

 ユリウスが肯いて背中の本を取り出した。そして光と共に現れるツヴァイリングヴォルフのデトラとシトラ。


「「アオオーーーーーーーーン!!」」


 ユリウスがピシッと指差すと、ワンコは猛然とゴーレムに飛びかかり、その牙を突き立てた。あ、バカ。


「「キャインッ!?」」


 当たり前だろ、石になんか噛みつくからだ。


「炎とか吐けるんだろ!!?」 


 なるほど、とユリウスが手を叩くと、御主人様の考えをくみ取った右の頭デトラが炎の息を吐き出した。


「効いていないようだが?」

「……ちょっと焦げたな」


 だったら冷気だ。と思ったらワンコは既にユリウスの服を咥えて持ち上げ、逃げだしていた。諦め早いなオイ。


「私達も逃げた方がいいのではないか!?」

「お、おお!」


 その通りだ。戦闘手段の無い人間だけ残ってもしょうがない。


「ジル! 地形操作で足止めするぞ!」

「ピイ!」


 脇道があるかもしれないけど、とりあえずこの道を塞いでしまえば時間は稼げるだろう。なんだったらその隙に琴音達と合流して出口に向かってもいい。


「あれ?」


 だけど俺が望んだ結果にはならなかった。


「地形操作、できない?」


 ジルがなにか必死に念じているが、迷宮の床はピクリとも動かなかった。

 ウソだろ、まさか使いすぎて無くなったのか? そんな感覚は無かったのに……!?


「ユウト! できないならもういい、逃げるんだ!」

「くそ!」


 幸いにして、ゴーレムの足は遅かった。あの見た目で速かったら、それこそ驚きだ。

 また離れ離れになるわけにはいかないから、ユリウスをつれて逃げた根性無しのワンコを追う。ワンワン言ってるから暗闇でも大体の向きは分かった。


 と思ったら引き返してきた。


「勝手に逃げるな! バカ犬!」

「「キューン……」」


 それにしても何で引き返して来たんだ? この垂れ下がった尻尾からして、勇気を振り絞って戻ってきたという可能性は考慮するに値しない。


「あ、悠斗くーん!」

「琴音!?」

「余もいるぞ!」

「王様! よし、全員そろっ--」

「助けてーー! 石人間が襲ってくるよぉー!!」


 そっちもかよ!!

 1匹じゃなかったのか。ああ、なるほど。だからこの犬は逃げ帰ってきたのか。逃げた先にもゴーレムがいたから……。


「「くぅーん」」


 可愛く鳴いてもダメだ。図体ばかりのへっぽこめ。


「冷気だ、冷気! 理屈とかはとにかく、それで倒せるはずだから!!」


 仕方ない、といった様子でシトラが冷気の息を追って来た最初のゴーレムにぶつけた。

 するとビキッとゴーレムに亀裂が走る。


「おお! どういう理屈なんだユウト?」

「熱歪みだ! 石は熱した後に急に冷ますと割れるんだよ!」


 昔、マンガで焼いた石で調理するシーンを見て、キャンプする時に試してみたことがある。よーく焼いた石を、鍋の水にポーンッ。ああ、割れたさ。石とは別に、普通に鍋も過熱するんだと知らなかったのさ。石の破片だらけのスリルに満ちた食事になったさ。


「もう一体もだ!」

「「アオーーン!!」


 デトラが炎を吐き、すぐさまシトラが冷気を吐く。


「あれぇ!? ヒビが入っただけだよ!?」

「絶対じゃないからな、王様!!」

「うむ、余に任せるがよい」


 琴音の魔法を受け、ロンメルトが大剣を振りぬく。子供ほどもある鉄の塊はゴーレムのもろくなった身体を呆気なく粉砕した。


「やったぁ! あとは出口を探すだけだね!」

「まったく、一時はどうなることかと」


 ホントだよ。犠牲者が出てもおかしくない状況だった。

 もうあと10階だけとはいえ、こういう罠もあるんだと覚えておこう。


「者共、気を抜くでないわ! まだ終わっておらぬぞ!!」

「なに!?」


 ロンメルトの声に身構える。


 ゴトリ、ゴトリ。

 さっきと同じように壁からゴーレムが生み出される。


「くそっ! 何体いるんだよ!?」


 その問いに答えるように、一体また一体と壁からゴーレムが生み出され続ける。

 そして通路がゴーレムで埋まった。

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