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それでもお前さんは人間じゃ

「あ、気がついたよ」


 いち早く気づいたのは琴音だった。

 慌てておじいさんを寝かせたベッドに駆け寄ると、以前とは比べ物にならないくらい弱々しい姿があった。


 自分の状況がわからないのか、きょろきょろと視線を彷徨わせる。

 まったく覚えの無いリゼットとロンメルトに混乱し、記憶に残っていたのか俺と琴音とガガンにきょとんとし、そしてユリウスに目が留まる。


「おお、ユリウス……なんじゃ帰ってきておったのか。すまんのう、お前の大好きな木の実のクッキーを焼いてやりたいが、体が動かんのじゃよ」


 おじいさんが起き上がろうとしたが、力が入らないのか身じろぎ程度でまたベッドに身を預けることになった。

 そんなのいらないから、動かないで。と慌てた様子でユリウスが首を横に振る。


「ほほ、泣いておるのか? 大丈夫じゃよ、ワシは……眠るだけじゃ。起きることが無いというだけの、おだやかな眠り、じゃ」


 なおも心配そうに見つめるユリウスの頭を、おじいさんが撫でる。


「苦しくなんてないぞい。むしろ、今までの人生で楽しかったことが次々と思い浮かんできてのう、とても幸せな気持ちなのじゃよ?」


 それに、こうして最後に可愛い孫に会えたしのぅ、と微笑んで、おじいさんはベッドに横になったまま俺達の方に顔を向けた。


「約束を守ってくださったようで……。それに、まさか連れて来てくださるとは」

「ただの里帰りのつもりだったんだけど、何て言うか、その……こんなに早くとは思ってなくて」

「ほほ。そうじゃの。思っていたより、ちと早かった」


 もともといつ死んでもいいように廃村で過ごしていたからか、その声に不安や悔恨は無かった。


「そろそろ、聖霊様がお迎えにこられるようじゃ……」


 俺達の目にも判るほど、おじいさんの体から力が抜け始める。


「ユリウス。人と話せず、獣と話せる子よ。それでもお前さんは人間じゃ。獣だけではなく、人の友達も作りなさい。たくさん、たくさん作りなさい。一人ぼっちでは、おだやかな日々は送れても、幸福な日々は得られないのだからのぅ」


 ユリウスはぶんぶんと勢いよく頷いて俺の手を握ってきた。


 俺がその手を握り返すと、ユリウスがホッとしておじいさんに視線を戻す。同じように、おじいさんもホッと笑みを浮かべてベッドに自身の体を完全に預けた。


「そうか……そうか。ええ出会いがあったようじゃなぁ。ああ、安心じゃ」


 優しくささやき、ゆっくりと瞼を閉じる。

 そしてその目が開かれることは、二度と無かった。





 迷宮都市に戻ったのは、もう日も暮れた頃だった。


 遅くなった理由は単純。素人6人でできる精一杯のお墓を作っておじいさんを弔ってきたからだ。

 おじいさんは今、彼が望んだように他の村人達と寄り添うように眠っている。この先、あの村に墓が増えることは無いだろう。


 迷宮都市の門をくぐった時、ユリウスがピタリと動きを止めた。

 目の前には広く立派なセレフォルン通りが伸びているというのに、まるで森で道を見失ってしまったかのように佇んでいる。


 実際、道を見失ったんだろう。おじいさんが迷宮都市に行けと言ったから、ユリウスは迷宮都市に来たんだ。そしてそのおじいさんはいなくなった。

 ユリウスに道を示してくれる人は、もういないんだ。


「……」


 気が付けば、俺のズボンを小さな手が掴んでいた。


「なあユリウス、俺とコトネ……こっちの草っぽい子だけど、俺達は世界中の誰も来れない所から来たんだ。それで、そこに帰る方法を探してる。見つかれば、すぐじゃないかもしれないけど、もちろん帰る。そこにユリウスはついて来れないんだ」


 俺達と来るか? と聞けば、きっとユリウスは喜んで新しい道標に従うに違いない。ましてや俺以外はユリウスの言いたい事がイマイチ分からないみたいだから、なおさらだ。

 でもそれはずっとは続かない。

 俺は永遠にはこの世界で過ごさない。琴音を無事に送り返すと決めているんだからな。


 だから1人立ちしなくてはいけないんだけど、ユリウスはまだ7才程度。小学1年生に「人に縋るな」なんて言うのは酷を通り越して残酷ってものだ。


「俺の友達にユリウスが一人前になるまで見守ってくれる人がいるんだけど、そこで暮らしてみないか?」


 誰の事かって? とあるケツアゴのことだよ。独身で金があり、お人好しだ。ダメでもセレフォルンなら孤児院なんかも誠実に運営してそうだから、安心して任せられる。


「え? それはダメなんだってば」

「悠斗君? リス君なんて言ったの?」

「俺達についてくるって……」


 それが難しいから困ってるんだってのに、俺のズボンを握るユリウスの力は緩まるどころか強まる一方だ。


「それに俺達は危ない所にたくさん行くんだぞ」


 最悪、戦争に参加する可能性だってあるのに、こんな子供を連れていける訳が--


『な、なんだ!? 真っ暗で何も見えないし、なんかベタベタするぞ!!? うわっ! 臭いっ!?』

「ユ、ユウト! 食べられているぞ!!?」

「こらワンちゃん! ペッしなさい!」


 ペッされた。目の前にはツヴァイリングヴォルフ。地面に転がるヨダレまみれの俺。

 見上げればユリウスが無表情で俺を見つめていた--いや、無表情じゃない。かすかだがドヤ顔している。


(え? 危ない? 僕より弱いのによくそんなこと言えたね? ぷーくすくす)


 そんな声が聞こえた気がした。若干被害妄想も入ってるかもだけど、ちょっと思ってるに違いないっ。


「今のは無しだ! 不意打ちなんだからノーカウもがもがっ!?」

「おおおおお。今度は足までしっかり食われておる! わずかにはみ出たユートの足のばたつきが躍動感を醸し出しておるわ!!」

「解説してないでロン君も引っ張り出すの手伝ってよぉ!!」

「む、了解した」


 引っ張り出された。パンツまでヨダレでネトネトになっていて気持ちいいのか気持ち悪いのか。ああ、いやいや、気持ち悪い! きもちわるいぞおー。


「さっきまで真面目な話をしていた筈なのに、どこで間違えた?」

「だが真面目に考えて発言した方がいいようだぞ? ユウト。次は左右同時にいこうと待ち構えている」


 リゼットの言う通り、俺の頭上でデトラとシトラがスタンバイ済みだった。

 やっぱ仲いいじゃん。それとも何か、俺の体をくわえてから取り合うつもりなのか? 半分こになっちゃうぞ?


「わ、分かった! 分かったから!!」


 これはガチの脅迫じゃないのか。ユリウスは冗談のつもりかもしれないけど、この犬共に果たして冗談を理解する感性が備わっていると思うか?


 それによくよく考えてみれば、ユリウスにとって迷宮やドラゴンが住んでいそうな秘境さえも、そんなに危険な場所じゃないのかもしれない。単独で70階まで登るくらいだ、俺達より安定してるかも。


「俺達がいつ故郷に帰るかは分からないけど、それまでなら一緒に行こうか」

「!」


 ユリウスが嬉しそうに頷いた。ホントに分かってるのかね。

 まあ俺達が帰っても、ロンメルトやリゼット、ガガンもいるし、なんだったらリリアに全部押し付けてもいい。ババアなんだから、孫のように可愛がってくれるだろ。


 そうさ、一緒にいれば皆ともきっと仲良くなれる。それで万事解決だ(問題の先送り)!!


 なんだかんだ言って、ちょっと安心している自分がいた。最善だとしても、やっぱり孤児院やケツアゴに預けて「ハイさよなら」っていうのは気分が良くない。


「よろしくな、ユリウス」

「(こくり)」


 ズボンを掴んでいた手が離れ、俺の手と繋がった。やれやれ、弟が出来た気分だな。


「ところでユウト」

「ん?」

「その犬を隠すように言ってくれないか? もう遅いかもしれないが」


 周囲でパニックが起こっていた。

 しまった。

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