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なぜ会話が成り立っているのだ

 飼い主?

 さっきまでの迫力はどこへやら、男の子に叱られたツヴァイリングヴォルフは耳をペタンと倒し、尻尾を股に挟む勢いで下げてしまっている。


「獣人……のようであるな。餓獣の仲間ということもあるまい。ふはは、珍妙なりっ」

「笑いごとではない! どうなっているんだ、あの子は。助ける必要は無さそうだが、餓獣を手懐けるなんて、聞いたこともない」


 ん? いや、俺と琴音は聞いたことがあるぞ。ここにはいないけど、ガガンも一緒に聞いていた。


「おおーい、お前がユリウスかぁー!?」

「知り合いなのか!?」

「いんや、人から聞いた。確か……」

「尻尾がフカフカの、リスの獣人なんだよね!」


 琴音も覚えてたか。変な覚え方だけどな。もっと重要な部分があったろうに。


「補足すると、動物と意思疎通できる変異属性の持ち主らしい。餓獣もいけるみたいだったし、微妙に見え隠れしてる尻尾もリスっぽいから、たぶん合ってる」


 事情を知らないリゼットとロンメルトに、俺達が見聞きした内容を伝える。


 ここ迷宮都市に到着する直前に森で迷って廃村に出たこと。

 そこは餓獣の群れに襲われて滅びた村で、生き残った老人が1人死期を待っていること。

 その老人から、孫のユリウスが迷宮都市にいるから、縁があれば気にかけてくれと頼まれたこと。


「なるほど、確かに彼がそのユリウスという孫の可能性が高そうだ」


 というか餓獣と仲良くできる人間がそうホイホイいるとは思えない。


「…………」


 俺の話が聞こえていたのか、男の子がツヴァイリングヴォルフから飛び降りて、尻尾をふりふり近寄ってきた。

 ファーストコンタクトは大事だ。だからリゼット、ロンメルト……そこで尻尾に飛びつきそうになってる琴音を抑えておいてくれ。


 ワンコはおとなしくお座りしているから大丈夫そうだな。


「そっか、やっぱりお前がユリウスで合ってるんだな」

「……」


 ユリウスがうなづいた。


「おじいさんなら元気だったぞ? あの様子ならまだ死にそうにないし、無理せず会いに行ってもいいと思うぞ」


 なんだかんだ淋しそうだったからな。それにあのおじいさんがユリウスを追い出したのは、自分のために拘束するのが嫌だったからで、たまに帰って顔を出すくらいはいいだろう。近いんだし。

 だがユリウスは難しい顔をしていた。


「え? そのおじいさんに迷宮に行けって言われた? まさかそれで塔のこんな所まで登ってきたのか?」


 そりゃ餓獣が敵にならないのなら、大した苦労もなく登れるだろう。食べ物も一応植物が自生している階層が多いから大丈夫だろうけどさ。


「バカだなぁ、それは迷宮都市で暮らせって意味で、迷宮を攻略しろって意味じゃないんだぞ?」

「………っ!!?」


 目を見開いて固まった。まあショックだろうな、もう何か月かかけて登ってきたんだろうし。


「今から戻ったんじゃ、もうおじいさんが死ぬ前に帰れない? ああ、そうか転移ポータルの使い方知らないんだな? まあ知らなきゃ分からないよな」


 変な岩がある、触りながら行きたい場所を念じてみよう! なんてなるわきゃない。


「ああ、そうだよ。今すぐにだって帰れるぞ?」


 ユリウスが嬉しそうに飛び跳ねた。そうだよな、やっぱり会いたかったんだよな。よしっ。


「みんな! 悪いけど今日の探索は中止でいいかな? ユリウスをおじいさんの所まで連れて行ってやろうと思うんだ」

「それは勿論かまわないのだが、その前に1つだけ確認してもいいだろうか?」


 なんでリゼットはそんな不可解なものを見るような目をしてるんだ? 琴音とロンメルトも首を傾げている。



「なぜ会話が成り立っているのだ」



「どういう意味?」

「だから……その少年は生まれつきか、迫害の結果かは知らないが口がきけないんだろう? なのになぜユウトは理解できているのかと聞いているのだ」


 リゼットの言葉を受け、ユリウスをじっと見てみる、ユリウスもまた、俺を見ている。


「生まれつきだってさ」

「そういう事を訊いているんじゃないっ!」


 あれ?


「喋ってないのに会話ができるのはおかしいだろう!?」

「オル君だって喋れないだろ?」

「え!? 悠斗君、オル君の言ってること解ってたの!?」


 そりゃ、もう2年以上一緒にいるんだし、なんとなく……なあ?


「みぎゃぅ!」

「表情がある分、ユリウスの方がずっとわかりやすいぞ?」

「えー? なんとなくってレベルじゃなかったけどなぁ」

「ああ、完璧に会話が成立していた……」


 うーん、そんなに難しいかな? 


「ふはははは、ではユートよ。汝を通訳に任命しようぞ!!」

「さんせーい」

「すまないが頼む。我々はそこまで解らない。もちろん努力はするが……ちょっとできる気がしない」


 しょうがないなぁ。

 ごめんなユリウス、お前の言いたいことは俺にしか伝わらないらしい。


「気にしてないってさ」

「あ、今のは私もわかったー!」


 そりゃ、首を振ってたからな。





 という訳で転移ポータルの所まで引き返してきたわけだけど、ここで問題が発生した。


「え、その犬も来るのか?」

「「ばうっ」」


 声をそろえて頷くな。仲いいじゃん。


「無理だ。塔から連れ出した途端パニックになる」

「だよな」


 しかも聞けばこのワンコ、双頭の仲が悪くて互いに妨害しあうおかげでAランクに位置づけされているけど、スペックだけならSランクでも高位に入るという話だ。


「ツヴァイリングヴォルフは世間的にも有名なのだ。強大な敵を知恵を使って倒す、という物語の敵役として理想的なために、よく題材にされるから」

「うむ、余の愛読している勇者の叙事詩でもあったぞっ! おお、もしや余の英雄譚が生まれるチャンスでは!? さあ来い!!」


 やめろ。


 しかしなるほど、ギリシャ神話のモンスターみたいなものか。

 鏡で石化の視線を跳ね返して倒すメデューサや、竪琴で眠るケルベロスが有名なのと同じ理屈だろう。絶対に勝てない相手を知恵で倒すのってかっこいいよね。


「ということだからさ、諦めてくれ」


 さすがはAランク。かなり知能が高いようで俺の言いたいことは解ってくれたみたいだけど、もの凄く不満そうだ。やっぱり飼い主なのか。


「……」


 くいくい、と服を引かれて下を見るとユリウスがいた。


「任せろって?」


 説得してくれるのかな。

 と思ったら背中に背負っていた大きな本--高さ50センチに厚さ10センチくらいある--を下ろして開いた。


「餓獣の、図鑑? ユリウスが作ったのか?」


 パラパラとめくられるページにはどれもクレヨンで描かれたような、いかにも子供の作品といった餓獣のイラストが描かれている。

 案の定、ユリウスはクレヨンを取り出すと楽しそうに白紙のページにツヴァイリングヴォルフを描き始めた。


「わぁ、リスくん上手だねぇー」


 リスって……直球すぎないか、そのあだ名。いや、ユ「リ」ウ「ス」だからいいのか? いやしかし--


「ふふ、かわいらしい絵だな。なぜ今なのかは分からないが」

「思い出に残そうとしているのであろう?」


 俺達が温かい目で見守ること5分、ユリウスのお絵かきタイムは終了した。

 無事完成した絵は、なるほどツヴァイリングヴォルフだ。所詮は子供の絵だけど、特徴をよく捉えているからなのか一目でツヴァイリングヴォルフだと見て取れる。

 才能あるんじゃないかな?


 なんて親バカが言いそうなことを考えていると、本が光り始め、呼応するようにツヴァイリングヴォルフも光を放つ。

 そして光が収まった時、ツヴァイリングヴォルフの姿はどこにも無かった。


「え? この中にいるのか?」


 ユリウスがツヴァイリングヴォルフが描かれたページをパンパン叩いている。便利な収納機能つきですか。

 イラストのワンコそれぞれの頭の上に名前らしき文字が書かれている。右の頭がデトラで、左の頭がシトラらしい。


「あ、ああ。たぶんそれで大丈夫だと思うぞ? な、リゼット」

「そうだな、問題ないだろう。しかしすごい魔法だ」


 だな。たぶん強化属性と空間属性のミックスじゃないかな? 空間はいわずもがな、動物と会話できるのは獣人の獣の部分と強化が混ざった結果だと思う。たぶんだけどね。


 じゃあ問題が無くなったところで早速行こう。里帰りと感動の再会だ。





 それから俺達はせっかくなのでガガンも誘い、ユリウスの故郷の廃村に向かった。

 

 騎獣を借りようとした所でユリウスから待ったがかかり、本から人数分の餓獣を呼び出した。複数体もいけるのか。つまり操っているのではなく、本当に友達として純粋に手伝ってもらっているってことだ。

 ひっそりと、ユリウスがいれば餓獣ドラゴンにも乗れるんじゃないかと企んだのは秘密だ。


 呼び出された餓獣にガガンは腰を抜かしていたが、どうしてなかなか大人しくて、特に抵抗もなく俺達を背中に乗せて走り出した。

 ただ、ユリウスを乗せたツヴァイリングヴォルフのデトラとシトラには嫉妬の視線が突き刺さっていたが。愛されてるね、ユリウス。


 餓獣達が駆ける。

 風を切り、あっという間に廃村まで辿り着くほど、とんでもない速さで。

 ぐちゃぐちゃになった髪を直しながら、琴音が乗っていた餓獣に文句を言っている。伝わらないと思うぞ。


 さて、目的の人物はどこだろうか?



 探し初めてすぐ、おじいさんは見つかった。

 なぜなら一番最初に探したおじいさんの家で、床に倒れていたのだから。

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