きゅーーん……
「ユゥートォォォォォォ!! お、おま、お前……」
「おはようリゼット」
「おはよー!」
「ああ、おはよう。じゃなくって!! ユウトお前知っていたのか!? 知っていたんだな!!?」
そりゃ知らなかったらあんな本プレゼントするわけないだろ。
いやー良かった良かった。この様子ならプレゼントした恋愛小説はちゃんと読んで、「デート」の意味も正確に理解できたみたいだ。
「? 何かあったの? 呼び方もなんか違うし」
「クックック……」
昨日俺とリゼットが一緒にいた所を目撃しているロンメルトが含み笑いを漏らす。それに気づいたリゼットが顔を真っ赤にして俺を睨んだ。ええっ、それも俺が悪いの?
「名前のことは、背中を預ける仲間に敬称は必要無いと思ったからだ。そんなことより、そんなことよりユウトが……この男が! うううう」
「ど、どうしたの? 悠斗君がどうかしたの!?」
琴音がこっちを見てくるが、わっかんなーい、とジェスチャーしておいた。
別に俺は悪い事はしてないよ。デートに誘われたから大喜びで乗っかって、面白そうな本をプレゼントしただけだからねっ。面白そうだと思ったのは本の内容ではなくリゼットの反応だけど。
「それは……くっぅぅぅ」
同じ女性である琴音を味方につけようとして、でも恥ずかしくて言えないらしい。いろんな意味で。
「もういいっ! ユウト、槍を渡せ! 昨日忘れてただろう!!」
「あ」
そういえば恋愛小説を渡した所で満足して帰っちゃったっけ。うっかりしてた。
ガガンから預かっていた新しい槍をガーランド袋から取り出す。うっすらと青い不思議な色の刃をもった槍だ。
「えーっと確か、魔法を使う度に少しずつ電気を貯めていく性質があるらしいぞ」
「え!? 普通にすごいのではないか?」
話題を変えようとガガンの武器に頼ったんだろうな。基本的に変な機能がついているから、一本あれば話題に困らない。
だけどその機能が「おい」と言いたくなるものが多い中で、本当に便利そうな機能だったのが予想外だったようだ。でも大丈夫、ちゃんとオチのある武器だから。
「貯めた電気は槍が砕けた時に放出されるってさ」
「……使ったら壊れるのか?」
「というか壊さないと使えない」
あと、意図せず戦闘中に壊れたら誤爆する危険もあるな。電気を貯めてるだけで、魔法を貯めてるわけじゃないからコントロール不可だ。自分もくらう。
ようするに超不安定で危険なバッテリーだな。
「愛着がわいた頃に壊す武器か。悪意がないだろうか」
「そこまで考えてないだろ、アイツも」
「念のため以前の槍も持ってきておいて正解だったよ」
使う時は、当たったら壊れそうな所めがけてぶん投げるしかないな。壊れる保障は無いけど。さすがガガン、なんて微妙な機能なんだ。
「ええい、いつまでここで話している! いざゆかん、立ちはだかる階層主を打倒すのだ!!」
「そーだよ、もう行こう?」
それもそうだ。でも最後にと、リゼットだけに聞こえるように呟いた。
「またデートしような」
「……覚えておけよ貴様」
後ろから槍が飛んでこないだろうか……。
さて、オベリスクに触れてやってきました69階。
と言っても70階への階段は一昨日の内に見つけてあるから、特に迷うこともなくサクサク進む。
「61階から続く密林地帯もこれで最後だなぁ」
「うんっ。そう思うとちょっと淋しく……ならないね」
「うむ。蟲やら蛇やらが、奇襲や不意打ちばかりしてくる、実に不愉快な場所であった。虫きもちわるいし」
「む、蟲か。あああ、嫌な記憶がよみがえってきた……」
リゼットはトラウマを植えつけられてしまったようだ。たぶん前に虫の巣穴に落ちた時だろうな。落ちた先には多種多様な蟲がびっしりと……思い出したら俺も気分が悪くなってきた。
この迷宮を作ったオリジンはリリアのお婆さん。つまり女性のはずなのに、よくもそんなおぞましい罠を設置しようと思えたものだ。
「ふはははは、しかしこの剣は楽しいなっ」
ロンメルトがガガン新作の伸びる剣を振り回す。ああ、縁日で見かける子供と同じだ。
「いいなぁー。私も、私もやるっ」
「ふははは、そんな細腕で持てるものか」
「ロンくんが持てるなら持てるよ。自分に魔法をかければいいだけだもん」
「……どうぞ」
ロンメルトが琴音に剣を渡した。
なんの訓練もしていない女の子と同列視されたからか、はたまた自分の栄光が琴音の魔法の上に成り立っていることを思い出したからか、テンションがだだ下がりだ。やっぱりロンメルトは琴音に逆らえそうにないな。
「私の槍は……ちょっとピンとこないな」
「まあ電気貯めてるだけだからな」
かくいう俺も、いくらか切れ味が良くなったかな? という程度だ。試作品らしいし、そんなもんか。
「悠斗くーん! あったよー、かいだーん!!」
さっきまで第二のロンメルトと化して剣をビョンビョンさせて遊んでいた琴音が手を振っている。そういえばこの辺りだった。
さあて階層ボスだ。気合入れないとな。
「これまでの流れからして、多分Aランクの餓獣だ。気をつけていくぞ!」
「Aランクか。昔一度だけ戦ったことがあるが、あれは別格だ。Bランクを基準に考えない方がいい」
「うえぇぇ、そんなに?」
「その時は近隣の村が2つと一個大隊が半壊したよ。アインソフがいなければ、もっと被害が大きくなっていただろう」
とうとう比較対象にドラゴンが出てくるようになったか。
一個大隊というと、この世界の基準で言えば500人前後。つまりここから先の相手は、一定以上の実力者以外は塵芥同然に薙ぎ倒せるってことになる。
そういえば前に聞いた覚えがある。現代の魔法士はAランクが限界だと。竜騎士リーゼトロメイアやセレフォルン王国元帥、百戦ケイツなど最高峰の実力者が死力を削って勝てるかどうか、ということだ。
もちろんその互角に戦えるリゼットがドラゴン無しとはいえパーティにいて、かつ魔法で強化している時点で俺達が負けることは、ほぼ無い。無いけど--
「ふむ。我らが敗北する理由は無い。が、犠牲者が出ないと断じる理由も無し……であるな」
ゴクリ、と誰ともなく息をのんだ。
リリアがいない今、俺達の中の誰も自力で倒したことのない相手が待ち構えているのだ。
ゆっくりと階段を登る。
やがて見えてくる荘厳にして重厚な扉。決して出してはいけないモノを封じているかのような雰囲気は、毎回のことながら扉を開ける手を躊躇させる。
「開けるぞ」
だが立ち止まってはいられない。俺とロンメルトで1つずつ取っ手を掴み、中を窺うようにそっと開いた。
「こ、これは」
琴音とリゼットが目を見開き、もっとよく見ようと前のめりになる。
一体なにが? まだ半開きだったけど、別に全開にする必要もない。取っ手から手を離し、俺とロンメルトも部屋の中を覗き込んだ。
「ツ、ツヴァイリングだ。ツヴァイリングヴォルフ」
いち早く敵の正体に気づいたリゼットが、その餓獣の名を告げた。
密林というには木が少ない広場の中心に寝そべる、全長10メートルを超える巨大な狼(犬?)。こちらに気づいたのか、むくりと持ち上げた頭は一つに胴体に二つ。
なるほど、双子ね。前にドイツの民承を調べている時にそんな単語あったな。
「おお、あれは余も知っておるぞ。図鑑で見たことがある。確か、片方の頭が火を吐き、もう片方が冷気を吐くのであったか?」
「そうだ。そして2つの頭は--」
ぐるる、と唸り声を上げ、ツヴァイリングヴォルフが立ち上がる。そして向かって右の頭がブレスを吐こうとした所を、左の頭が頭突きで止めた。
「ん?」
そして自分に任せろ、といいたげにブレスを吐こうとして、今度はさっき邪魔された右の頭が頭突きをしてこれを邪魔する。
「2つの頭は、仲が悪い」
「兄弟喧嘩かよ」
そりゃ別々の意識が同じ体で四六時中一緒にいればケンカもするだろうけどさぁ。
俺達が見守る中、ぎゃんぎゃんと吼え合うワンコ。仲良くしろよ、兄弟だろ。あ、いや、仲良くされたら俺達がヤバいのか。
どうしたものかと眺めていると、2つの頭の間でなにかが動いた。
「おい、なんかいるぞ?」
現れたのは、6、7才くらいの男の子だった。リリアよりも、さらに小さい。だがあのエセ幼女と違って邪気が無い。本物の子供だ。子供を見て本物かどうか考えないといけないって、なんなんだろ。
そしてどういう理由でかツヴァイリングヴォルフの肩に乗っかっていた男の子が、むっとした表情で2つの頭をペシンと叩いた。
「ちょっ!!?」
なにしてんだ、あの子!! 早く助けないと食い殺される!
琴音達も同様に考えたのか、意思の疎通もなくみんなで走り出す。だが俺達は直ぐに足を止めた。信じがたいものを見てしまったからだ。
「「きゅーーん……」」
子供に叩かれたツヴァイリングヴォルフが、まるで飼い主に怒られた犬のように縮こまっていたのだった。