その通りだな……ユウト
「気持ちのいい風だな」
「そうだなぁ」
丘の上から迷宮都市を見下ろす。遮られる物の無いそよ風が俺達の間を吹き抜けた。
青々とした草の絨毯の上に腰を下ろし、屋台で買って来た軽食を広げればアラ素敵、まさにピクニックの風景が出来上がりだ。
「ほら、オル君降りろ。頭の上でミミズなんて食べさせないからな?」
「みぎゃ」
オル君のゴハンは、セレフォルン王都でも食べたことのある巨大ミミズの丸焼きだ。見た目は極太のソーセージのようでそそられるし、実際うまいのだけど正体を知った以上食べたいとは思えない。
「うっ、それか。私はどうしても食べる勇気が持てないな。騎士仲間の男達は喜んで食べるのだが、どうも生理的に受け付けない」
「俺だって無理だよ」
オルシエラにもあるのかコレ。結構一般的なのかな? まあミミズだと思わなければ最高の食材なのかもしれないけどさ。
「オル君のエサは大体がグロテスクだからなぁ」
ミミズとかミルワームとか虫とか。トカゲなんだから当たり前だけど。
「そうなのだ。私のアインソフも気づいたらカエルを食べていたりして……。朝起きて会いに行った時に、人間の赤ん坊ほどはあるカエルを食べていた時は卒倒しそうだったよ」
「そ、それはキツイな」
「しかもその直後に顔を舐めてくるのだから堪らない……」
「そうそう! じゃれてくるのは嬉しいんだけど、さっきまで食べてたものを思い出すと……なぁ」
「あははは。そうかオル君もか。小さくてもやはり同じ爬虫類なんだな」
会話はすこぶる盛り上がったが、食事は一切進んでいない。二人揃ってその時のことを思い出して手が止まっていた。食えるかっ。
「ははは、はぁ……。こういった話ができたのは初めてだよ」
「そうなのか?」
「爬虫類は乳も取れなければ肉もおいしくないからな。家畜にならない、騎獣にもならないでは飼育する者などいないさ」
「そっか。役に立たない動物を飼う余裕なんて無いもんなぁ」
「ああ。飼っているとすれば道楽者の貴族くらいだろうが、残念ながら話は合いそうにないな」
そもそも自分で世話すらしないだろうしな。
「特に目的が無ければ、迷宮を攻略した後はぜひ私の家に遊びに来てくれ。アインソフを紹介させてほしい」
「もっちろん! 来るなって言われても俺は行くぞ!?」
「ふふ、心配せずとも心から歓迎するさ」
「くぅー、気合はいるなあ! 今すぐ塔を駆け上がりたい気分だ!!」
「お、おい。下手に慌てて死なないでくれよ?」
「わかってるって」
冗談のつもりだったのに、割と本気の顔で注意されてしまった。俺ってそんな暴走しそうなヤツに見えてるのか……。
「死ぬ、と言えばこんな噂を聞いたんだが」
「?」
「少し前なんだが、なんでも常識的に考えて辿り着ける筈のない階層で、子供がうろついているのを見た者がいるらしいのだ」
「子供?」
今の言い方からして、1人かな。何歳までを子供と扱うかは曖昧だけど、現代の魔法士は大人でも1人で20階まで行ければ英雄扱いだ。
「リゼットみたいに1人で登ってるってことか?」
「どうだろう。しかし目撃例はいくつかあるのだが、日が経つに連れて上の階層で目撃されているようだ」
「今は何階?」
「最後に聞いた話では、42階だったか。この町でも有数のパーティが見たらしい」
「42!!?」
有り得ないだろ! いやリゼットは51階まで1人で行ってたけど、それは元々勇名を馳せた騎士だったからだ。一国の最高戦力クラスがそうそういてたまるか。
「不可解だろう? それ故、こう噂されているのだ。その子は迷宮で命を落としたゴーストで、今なお迷宮を進み続けているのだ、と」
いや、真昼間にのどかな丘の上で、そんなおどろおどろしい顔して怪談話されても怖くないんだけどさ。
それにしても、常識離れした子供か……。
「まさかテロスじゃないだろうなぁ」
あの黒マントの少年(?)なら、迷宮も余裕綽々で登っていけそうだ。
「テロス? テロス・ニヒか!?」
「知ってんのか!? ってそうか、アイツ確かオルシエラの人間だったっけ。人間かどうか怪しいけど」
「ああ。と言っても詳しくは知らない。あれは元老院の懐刀という話だからな。なぜあのような得体の知れない輩を重宝するのか……」
あいつ自分の国ですら怪しいヤツ扱いなのか。
「実際の所はどうか知らないが、重要人物が暗殺されると必ずテロス・ニヒの仕業だという噂が流れるほどだ。それもあって『終わりのテロス』などと呼ばれているよ」
ちょ、ちょっとかっこいい名前かも。おれも『深蒼』って名前もらったけど、誰も呼ばないし……。
「噂のゴーストがテロス、か。ありえない話では無いが、あれが塔を登る理由も無いのではないか?」
「うーん、でも俺なんでか目をつけられてるしなぁ」
「オリジンだからだろうか? 気をつけろ、『終わり』の名の通りアレに目をつけられた人間は皆消息不明になっていると聞く」
その消息不明の人達はきっと、テロスと合体してるんじゃないかな? どういう原理かわからないけど、アイツは人間を食って取り込めるみたいだから。
どう考えても人間じゃないだろ。いやでも変異属性ってことも考えられるか。
「俺のこと狙わないように掛け合ってくれない?」
「すまないが私も所詮は一兵士、発言力などないのだよ。がんばってくれ」
ぐむむ、無理か。ってか最期すごい他人事だったなチクショウ。
まあ迷宮で帰還方法さえ見つかればどうにでもなるだろうし、悩んでもしかたないか。
「ゴーストがテロスと決まったわけじゃないしな」
「……そうすると本物のゴーストということになるのだが」
「あれ? もしかしてそういうのダメなのか?」
「得意では、ない」
いや明らかにテンション下がってるし。
「もし、もしもだがっ、本当に現れた時は任せたぞ?」
「え!? いやいやいや、俺だって本物の幽霊だったら無理だって!」
「お、男だろう!?」
「虫じゃあるまいし男だからって押し付けられてたまるか!」
「それに……オリジンだ!」
「俺の魔法と幽霊は関係無いぞ!?」
効くなら頑張るけどさ!
そうして馬鹿な話や真面目な話をくりかえす内に、いつの間にか日が傾き始めている。
幽霊の話もあって、俺達は暗くなる前にそそくさと丘を発ち町へと戻った。人のいない丘の上も落ち着く雰囲気があったが、人の溢れる街中もまた違った安心感を感じるな。
人ごみを掻き分け、リゼットの利用している宿を目指す。一応「気になるアノ子との距離を0にする100の方法」に則って、俺が前に立って道を切り開いていく。
「書物というのも馬鹿にできないものだな。今日はとても楽しかった」
「そうだな。こうやってのんびり話す機会も無かったもんな」
迷宮攻略を主としている以上仕方ないのかもしれないけど、塔の前で待ち合わせて攻略を開始し、終わったら収穫を山分けして解散という事務的な毎日だった。
迷宮内では気を抜けないから、雑談をするようなタイミングは昼食を取りに戻った1時間程度しかない。
事実、今日だけでいくつ俺の知らないリゼットの顔を見ただろう。
「なあユウト殿。こうして丸一日休みを取って『デート』するのは中々難しいかもしれないが、これからはもう少し交流を交えてみないか?」
「確かにちょっと余裕が無さ過ぎたかもしれないな。まだリゼットが「殿」をつけて呼んで来るくらいだしさ」
「む。外した方が良いだろうか? しかしユウト殿はオリジンで……」
二週間近く行動を共にしていて、まだそんなことを気にするって言うのなら、やっぱり交流が足りなかったってことなんだろうな。
「いや、その通りだな……ユウト」
言われた途端、胸に温かなモノが流れ込んだ。
リゼットは目的を同じくした仲間だ。だけど今日、ようやく友達にもなれたのかもしれない。そう思えた。
「またデートしような?」
「しかしリリア殿もあまり待たせてはマズイのではないか? 食料も無いだろうに」
「最悪、自分で自分の時間止めてしのぐだろ。あんな見た目でも1200年生きてる魔女なんだし」
確証は無いからのんびりはしないけどな。一人ぼっちは退屈だろうし。
「む。もう宿に着いてしまったか。名残惜しいが、また明日だなユウト」
「ああ、また明日……っとと。忘れる所だった」
懐から取り出しますは、本屋で購入した本。梱包してもらっているから、中身は見えない。
「はい、プレゼント。贈り物をしろって書いてたろ?」
「ふふ、そうだったな、では有難くいただいておこう。早速今夜にでも読ませてもらうよ」
「……きっと為になるぞ」
最後に軽く手を振って俺達は別れた。
セレフォルン通りに向かいながら、思い出し笑いをしないように自分に言い聞かす。初めてのデートを終えた俺の顔は、きっとみっともなくニヤケている。
「明日のリゼットの反応が楽しみだなぁ」
またニヤケそうになる頬を抑える。これはまた違う理由の笑みだ。
あの贈り物の本を読んだリゼットは明日、さぞ愉快な顔で合流場所にやってくることだろう。それを思うと、ぷくく……笑いが抑えきれない。
彼女に贈った本のタイトルは「薔薇のメインストリート」。
初心な少女が憧れの青年とのデートを夢見て奮闘する、恋愛小説である。




