確実に押し倒せる
「でえと?」
あまりにも馴染みの無い単語に、未開人のごとく聞き返してしまった。
クリスマスは家族と過ごすから知っているし、バレンタインも母親と近所の駄菓子屋のばあちゃんから貰ったことがあるけど、デートは無理だったんだ。
そういえば、中学の時にクラスの女の子にボーリングに誘われたことがあったか。でもその日はドラゴン探すために前々から計画していた日だったから断ってしまったんだっけ。
正直に理由も話したら、以後話しかけてもくれなくなった事を覚えている。
そんな俺が今、デートに誘われているというのかっ。
「ふふ、ユウト殿も知らなかったか」
いや、意味は知ってるけども。ていうか今「も」って言った?
「実は先ほど書店で人間関係にまつわる書物を見かけてな? ほら、私達はまだまだ出会ったばかりだ。これから厳しくなる迷宮に備え、少しでも高い信頼関係を築いておくべきではないだろうかと思ってな」
……さて、雲行きが怪しくなってきたぞ。
「私が読んだ書物によると男女の人間関係を良好にするためには『デート』なるものが最適なのだそうだ」
間違ってないけど間違ってる。
人間関係といったって色々あるだろ。仕事の関係だったり友人関係だったりさ。リゼットが知りたかったのはそっち方面なんだろうけど、手に取ったのは恋愛関係の本だったわけだ。
「なに、そんなに難しくはないようだぞ? とりあえず二人きりで買い物をすればいいらしい。ただ、最後になるべく高い場所で夜景を眺めながら食事をとると、より効果が見込めるらしいのだが……高い場所か。塔か?」
「いや違うだろ。あそこ窓とか無いし」
そもそも何階まで登ろうと景色は水路だったり砂漠だったりだし。そもそも食事なんてしてたら、俺達がおいしく頂かれかねない。
「ああ、あと高級宿を予約しておけば、確実に押し倒せる! と書いていたな。だがなぜ宿を予約することで決闘に勝てるのかが理解できないのだ。そもそも決闘してはダメではないか?」
「そうだな。ダメだな」
読んだの、男性向けの本かよ。しかも古典的なプランだ。いや、この世界の文明レベルを考えると時代の先取りになるのか?
「くっ、やはり書物など当てにできないか。いやしかし……どうだろう、試すだけ試してみないか? せっかく買ったのだ、もったいない」
そういって取り出した本のタイトルは「気になるアノ子との距離を0にする100の方法」だった。せめてアノ娘と表記していれば、こんな恥ずかしい誤解は生まれなかっただろうに。罪深い本だ。
イラストも添えていれば間違いなかったろうに、そういった表現方法はまだ無いのか味気ない文字だけの内容だった。
「100個全部試すのか?」
「心配しなくていい。ざっと見た所20個ほどしか書いていなかった」
「タイトル詐欺じゃん……」
まあ真実を告げずに初デートにありつこうとしてる俺には、文句を言う資格なんて無いのかもしれないけど。
だって仕方ないだろ! 思春期なんだよ! デートなんてしたこと無いんだよ! 例えばそれが罰ゲームか何かでやらされてるんだとしても、果たして断れるか!? しかも可愛いんだぞ!!!
中学の時のだって、本当に断腸の思いで断ったんだ。新幹線の予約が無ければと、何度涙を流したことかっ。
「では行こうか。おっと、人ごみを歩く時は一歩前に出て道を作るのだった」
それ男の役割じゃないか? あ、その本は男性用だったな。
「次は……さりげなく手を握る、か」
「言っちゃったし」
もはやさりげなさは望めないと開き直ったのか、リゼットがガシッと俺の手を掴む。やだ、男らしい……って、なんだこれ。
「では買い物に行こう。どこか行きたい所はっとと、待て待て、行き先は私が決めなくてはならないようだ。本来ならば事前に全て決めておかなくてはいけなかったのか。まあ、突然だったから仕方ないな」
「じゃあリゼットが行った本屋に行ってもいいか? なんか面白そうだ」
まさかこの世界で恋愛ハウトゥー本があるとは思わなかった。他にも何かあるかもしれない。いかんせんこの世界は娯楽が少ないからな。
「よし、案内しよう」
リゼットがグイっと俺の手を引いて歩き出した。
なんだろう、デートっていうか、母親にひっぱられてる子供になった気分なんだが。え? デートってこんな感じ? いや違うだろ。
「そういえばオル君が随分と可愛らしくなっているようだが」
「だろっ? ガガンに作ってもらったんだ」
「みぎゃ」
「ふふ、良く似合っているぞ」
柔らかく微笑みながらリゼットがオル君を撫でた。オル君は俺の頭に乗っかっているから、まるで俺が頭を撫でられているようで気恥ずかしい。
撫でるために距離が近くなっていることに気づいて顔が熱くなった。でも、いいぞ。デートっぽいんじゃないか?
なんてちょっと浮かれているとリゼットの足が止まった。
本屋だ。思ったより近かった。時代的に古書店みたいなものを想像していたけど、普通に日本の個人経営の店くらい小奇麗な店だ。
「ここだ。そうだ、確か何かプレゼントすると良いと書いていたな。よし、何か欲しいものはあるかな?」
「ストップ、たんま! 交代しよう! 役割交代!!」
「ん? 遠慮することはない」
「いや、そもそも男女の役割が逆なんだって」
「……デート、知らなかったんじゃなかったのか?」
「突然そんな気がしたんだ! あ、いや、思い出した! そういえば琴音がそんな風なことを言ってたような言ってなかったような!!」
役割が逆。それが全ての違和感の元凶だ。あまりに頼もしい後ろ姿でリードしてくれるもんだから、ついつい引っ張られてしまっていた。
「そうなのか?」
「間違いないねっ! よし、うん、じゃあちょっと本を見て回ろうか!」
「了解した」
20分ほど適当に見て回り、俺は1冊の本を購入した。店員さんにお願いしてプレゼント用に包んでもらい店を出ると、ロンメルトとばったり遭遇。
なんでコイツ休日まで鎧なんだ?
「む、そうか。安心するがよい、邪魔はせぬ」
なんか勝手に察して去ろうとしたのを呼び止める。
想像以上に的確に空気を読んでくれたことは驚嘆に値するが、立ち去る前に俺のガーランド袋に収納されている大荷物だけは持っていってもらいたい。
「ほう、余に新しい剣とな? ふむ、一見普通の剣のようだが……違うのであろう?」
「ガガンが作った剣に普通なんて無いよ。柄の一番上の部分に柔らかい箇所があるだろ? そこを握って振ると剣が伸びるらしい」
祭りの夜店なんかでそんなオモチャ売ってたなぁ。100均でも見たことあったっけ。
64階の密林階層で出没したカエルの舌が材料らしい。ロンメルトのパワースーツもどきの材料になるということで大量に確保したのが余ったんだろうな。
なにせもうカエル祭りだ。女性二人は戦力外になるかな、と思っていたら何ら躊躇なく怒涛の勢いでカエルを殲滅していた。
「確かに受け取った。明日が楽しみであるなぁ! はーはっはっはっは!!」
高笑いをしながら今度こそ去っていく背中を見送った。するとリゼットがちょっと期待した風にこっちを見てくる。ああ、そういうことか。
「リゼットの分も預かってるぞ。でも重いから宿に戻るまでは俺が持っとくよ」
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして」
さて、これからどうするかな。リゼットから受け取った「気になるアノ子との距離を0にする100の方法」をパラパラめくりながら考える。
ちょうどお昼時だから、昼食かな? 本の通りにやらないと後で文句を言われそうだけど、夕食については夜景うんぬん書いているけど、昼食に関しては特に言及していない。
というか小技ばかりでデートコースに関してはほぼノータッチだ。ひたすら買い物していろとでも言うのか。
「ふうん、女性がお弁当を用意してくれている場合は、二人だけになれる場所で広げるべし。だってさ」
「すまないが弁当の用意は無いのだ……」
「そりゃそうだろ。別にどっかで買ってもいいんじゃないか」
そしてできれば昼食で時間を稼ぎたい。だってやること思いつかないんだもの。突然だったんだから仕方ないだろう。
……そう考えると男女のポジションは交換して正解だったな。リゼットリードのままだったら「もう一通り試したから解散」となっている所だ。
だけどただの昼食で時間を稼ぐにはどうすればいいんだろうか。
「しかし二人だけになれる所か。つまり他の人間が来ない場所、ということだろう? この人と物の溢れた町でそんな場所は、宿の部屋くらいではないか?」
「ぶっ--いや、なんでもない大丈夫だっ」
さすがにそれは無理だ。理性だの煩悩だの言う以前に、石像のように固まって動けなくなる自信がある。
待てよ、そうか。町の中に無いなら、町の外に行けばいいんじゃないか。そう、ピクニックだ。二人きりになれて時間も稼げる、まさに一石二鳥。
「あの外に見える丘まで行かないか? ほら、本にも高い所がいいって書いてたしさ」
「あれは夜の話ではないのか?」
「どっちにしろ夜中に出歩くのは危ないから無理なんだし、昼でもいいんじゃないか」
町の外は勿論のこと、町の中だって夜は危ない。
なんたってここシンアルは交易の中心であると同時に欲望の坩堝でもあり、かつ粗暴で横柄で横着な討伐者の集まる所なのだ。だから基本的に夕食は自分の宿でとるのが普通。
残念だけど、今日のデートも夕食前にはリゼットを送り届けて終わりにする予定だ。不意打ちされたら実力差なんて関係ないから用心しないと。
「ではそうしよう」
ということでガルディアス通りからオルシエラ通りに移動して適当に食べ物を買い、俺達は門の外に出た。
少ししてから気づいた。ピクニックって自然の少ない都会の人だからこそ新鮮なのであって、むしろ自然の方が多いこの世界では微妙なんじゃなかろうか、と。