見かけによらず恐ろしい男だ
それからの探索はとんとん拍子に進んだ。
俺とリゼットは一切戦闘には参加せず、琴音も成長魔法をかけるだけだ。襲い来る餓獣達はすべてロンメルトの剣の餌食となっていく。
「ふぅーーーははははははははっ!! 弱い、遅い、脆い!! 余を満足させられる敵はおらぬのか--ぬおおお!? コトネ! 魔法がっ、魔法が切れたぞかけ直してくれぃぃ!!」
良かったじゃん、望み通り満足できる相手だぞ。敵が強くなったんじゃなくて、ロンメルトが弱くなったんだけどな。
慌てて琴音が魔法をかけなおすと、一転して餓獣を切り裂き、また調子に乗り始める。
1人で楽しそうだなぁ。
本当に我が道を行くって感じだ。オリジンの話をした時も、「運命だっ」の一言で済まされた。なにがどう運命なのかは未だによく分からないけど。
でも態度が変わったりしなかったのは有りがたかった。それがロンメルトなりの気遣いだったのかもしれない。
現在地は20階。今のところ琴音の魔法が切れない限りだが、特に危なげなく進んで来れている。リゼットの言によれば技術的には彼女と互角以上らしいから、魔法が使えないことを考慮しても40階近くまではソロでもなんとか辿り着けそうな勢いだ。
といっても時間も勿体無いから、そろそろロンメルトの練習期間は終わりにしてパーティ規模で攻略して行ってもいいだろう。
だけどその前に。
「そろそろ昼ご飯食べに戻ろうか」
「そだね。お腹へったー」
「む、やっと盛り上がってきたところなのだが……いや、言うまい。所詮、余はコトネに逆らえぬ身」
まあ生殺与奪の権限は握られてるな。
転移ポータルで塔の入口に到着すると、オベリスクのすぐ近くでガガンが待ち構えていた。その手には一本の剣が握られている。
早いな、もう作ったのか。目の下の隈からして徹夜したなコイツ。
「あ、待ってましたよ同志ユート! これ、試作品が出来たんでどうぞ!!」
渡された剣を抜いてみると、見た目は普通のショートソードだった。気になると言えば刀身の先端に穴が空いていることくらいか。
試しに振ってみても、特に何も起こらない。
「何かに当たらないと真価を発揮しないんです」
なら、と自前の剣を抜いて、それに向かって軽くぶつけてみる。すると、プシュという音と共に黄色い煙のような物が穴から噴き出した。
「? 花の匂い? まさかいい匂いのする剣とか言わないだろうな?」
「ははは、まさか。それは神経毒ですよ」
「何させてんのオマエ!!?」
慌てて剣を鞘にしまうが、やばいぞ結構吸ってしまった。手足の先がピリピリしてきた気がする。
「大丈夫ですよお。試作品ですから、ちょっと痺れるくらいですって」
「み、見かけによらず恐ろしい男だな、彼は」
戦慄するリゼットの声に、助けを求めようと振り返ったところ、全員俺から距離を取っていた。ちくしょう。
「アルムゲーターの牙の中が面白い構造だったので、改造して毒を仕込んでみたんです。折れにくくするためなのか、衝撃を与えると内部が収縮して固くなるんです。その力で毒が噴出するようにしてみました」
試す前に言え、と言いたかったが唇が痺れてうまく話せない。本当に大丈夫なのか? このまま心臓も麻痺しないだろうかと不安になったあたりで、ようやく痺れが抜け始めた。
こ、怖かった……。
「だがスゴイ切れ味だ。見てくれ、ユウト殿の剣が削られている」
え? と手元を見てみると、俺の元々持っていた方の剣(1200リオル)が3分の1ほど削り取られていた。もう手で折れるんじゃないかって状態だ。
毒さえ無ければすごい剣だ。
「なぜ毒など仕込む必要があったのだろうか……」
「え? なんでって、なんででしょう? なんとなく?」
徹夜のテンションって怖いな。
「どうです? 切ると同時に敵を無力化できるんですよ!? なんでしたらもっと強い毒を仕込みましょうか?」
「なあガガン……剣はさ、近接武器なんだよ。毒を出したら俺も吸うんだよ。そしてどう考えても餓獣より俺の方が毒が良く効くんだよ」
だからもう毒はやめよう。な?
「あ、でも毒は一回出したら無くなるんで、もう普通の剣ですよ」
「いいよ、それで。それで全然いいよ。俺の剣もう使えないから、これもらってくな?」
「はい、どうぞ」
ネタ装備は嫌いじゃないし、失敗は成功の元っていうけど、とりあえず使用者に害を与えてくるのは勘弁して欲しい。オリジンも耐久力は普通の人間なんだ。
「しかしアルムゲーターの牙は確かに凶悪だが、ここまでの切れ味があっただろうか?」
「あ、はい。刃は素材の中にあった鉱石を溶かしてコーティングしたものを念入りに研磨して作りました」
「え? ふむ、たしかによく見れば。このコーティングは私の槍にも可能だろうか?」
「そうですね……可能ですけど、土台の材質が違うので最適な粘度をまた研究しないといけないので、また一晩くらい時間がかかると思います」
そうか、とリゼットが難しい顔をした。頼みたいけど、徹夜した人間にもう一晩、とは言いにくいんだろうな。
「いずれ頼みたい。いいだろうか」
「はい。あ、じゃあ遅くなった時に備えて代わりの槍を用意しておきましょうか?」
「……毒はいらないぞ?」
そのまま槍の要望を聞き始めたから、それを止める。いい加減まわりの人の邪魔になっているし、食事がてら落ち着いて話した方がいいだろう。なにもこんな人ごみの中ですることはない。
という訳で俺達の泊まっている宿屋兼食堂の「今日のおすすめ亭」にやって来た。
各々注文し、席につく。ちなみに俺は「今日のおすすめ亭の今日のおススメ定食」だ。別にウケ狙いとかではなく、安くておいしいからだ。
「これが私のEXアーツ『雷の道』だ」
食事を終えた後、リゼットが机の上にゴトリと金属の塊を置いた。手の平大の、パイナップルみたいな形をした銅線の束に見える。理科の授業でみたコイルにそっくりだ。電気関係ということから、実際コイルみたいなものかもしれない。
あの槍がEXアーツじゃなかったのか。
「私はこれを槍に組み込むことで、槍自体に帯電させて魔力を節約しているのだ。新しい槍にも、これをはめ込む穴を用意してもらいたい」
結局リゼットは代わりではなくキチンとした槍を作ってもらうことにしたようだ。そっちの方が手っ取り早いもんな。ただ、変な改造はするなと念入りに釘を刺していた。
「わかりました。採寸させてもらいますね」
「電流は止められないから気をつけてくれ」
さっきから机に当たっていた肘がビリビリしてたのはそのせいか。電気マッサージみたいで気持ちいい。琴音みたく顔を押し付けて遊ぶ気にはなれないけど。
そしてさっきから妙に静かなロンメルトはどうしているのかというと、ガガンの持ってきた毒剣をまじまじと観察していた。
自分も発注するか悩んでいるのかと思ってみていたら、採寸を終えたガガンに一枚の紙を差し出した。
「鍛冶師よ、これを見て貰いたい」
ロンメルトが出した紙には、なにやら図形のようなものが沢山書き込まれている。一目見て設計図だということは解ったが、現代日本から来た俺が見ても全く意味がわからないほど複雑なものだった。
言うならば電子レンジの側面なんかに貼ってある配線図をより複雑にしたような、おおよそこの中世程度の時代にそぐわない代物だ。
「……面白いですね」
「わかるか!!?」
「多分ですけど、人体の動作をサポートするカラクリ機構じゃないですか?」
「その通りだ! 義理の父が研究者でな。生まれつき肉体強度の低い余のためにと設計してくれたのだが、理論は完成しても、それを作る技術も材料も無かったのだ」
そりゃそうだろ。カラクリってことは電気みたいなエネルギーに頼るわけじゃないんだろうし、動作をサポートって要するにパワードスーツだろ? 現代科学でさえ、やっと実用化されてきた代物を、この科学のかの字も無い環境で作れる訳がない。
「この剣、効果はともかく仕組みは見事なものだ。そなたならば、どうだ? 作れぬか?」
ロンメルトの嘆願に、ガガンは無言でじっと設計図と睨みあう。
どれほどそうしていただろうか。ガガンはうん、と頷くと驚愕の一言を放った。
「作れると思います」
マジで!?
「多少設計図を変えることになりますけど、素材さえ集まれば不可能ではないと思います」
俺はガガンをまだ過小評価していたのかもしれない。いや、していた。っていうかマジで? 何回も言うけどマジで? ガガンを地球につれて帰ったらノーベル賞とか取るんじゃない?
餓獣の変な性質を持った素材ありきなんだろうけど、それでも本当に作れたら天才なんてものじゃないだろ。その設計図作った人も大概だけどさ。
「おおお、そうか。そうかっ!! 必要なものを言ってくれ。必ずや揃えて持ってまいろう! 報酬も言い値で用意しよう。ふははは、今日はなんと素晴らしい日なのだ!!」
どうやら琴音の魔法で戦えるようになっても、結局自分の力だけじゃないことが不満だったみたいだ。設計図を大事そうに取り出していた様子からして、これが最後の希望だったのかもしれない。あるいはそれが、この町に来た最大の理由だったのか。世界中の物資が集結する町だからな。
「ふはっははは。そうと決まれば塔に向かおうぞ!! 腹ごしらえは済んでおるな!?」
済んでるけど、まだ何が必要なのか分かってないだろ。
でもまあ進んでおいても無駄にはならないし、夢が現実になりそうでじっとしていられない気持ちも分かる。もうちょっと食休みしたかったけど、付き合ってやるか。
ただし、腹がこなれるまではロンメルト一人に戦わせるけどな。
そして攻略を再開して21階。
四つん這いでキラキラ光る水を吐き出す鎧男の姿がそこにはあった。