し、信じがたい光景だ
翌日。
燦燦と照り付ける太陽。最高の迷宮攻略日和だね、迷宮内は天気関係無いけど。
着込んだ金属鎧が熱されてる人にとっては無関係でもないのかな? なんて思っていると、オルシエラ通りの方からリゼットが小走りでやってきた。
「おはよう、ユウト殿。コトネ殿。ロンメルト殿。どうやら私が最後のようだな、申し訳ない」
「おはよーリゼさん。私と悠斗君は今来たばかりだよ」
「王様が一番乗りだったな」
「ふははは、2時間前から来ておったからなっ。ヒマだったから素振りしていたのだ」
無駄なのか有意義なのか分からない時間の使い方だ。
ともあれこれで全員集合したな。
さて今日からロンメルトが参戦するんだけど、聞いた所まだ3階までしか行ったことがないらしい。つまりまた登り直しだ。転移ポータルは一度行った事のある階層にしか行けないから、53階に行こうとするとロンメルトが置き去りにされてしまうのだ。
だから戦力外だと判断せざるをえない結果になると、残念ながら置いていくしかなくなる。冷たいようだが最終的に上を目指せない人間のために、また数日かけて50階まで登って時間をふいにするわけにはいかない。
「じゃあまずは1階に行ってみるか」
3階に飛んでもいいけど、転移ポータルが混んでいるから時間がかかりそうだし1階からでいいだろう。
「侮るなっ、1階程度の敵など瞬殺してくれるわ! ふははは!!」
ガッチャガッチャと重そうに鎧を鳴らしながら意気揚々と突入していった。1階の敵なんて、うまくやれば子供でも倒せるって話なのに、妙に気合が入っているのが気になる。
「ぬおおおっ、危ない所であったわ! 貴様、余の宿敵と認めてやろうではないか!!」
入ってすぐの所でウサギと死闘を繰り広げている男がいた。
認めたくないが、俺はこの男をよく知っている。っていうかウソだろ、素手でグーパンしたら倒せるヤツだぞ、そのウサギ。
「し、信じがたい光景だ……」
リゼットもあまりの衝撃に空を仰ぎ見ている。
一方ロンメルトの死闘は続いていた。ウサギの攻撃はロンメルトの鎧に防がれ、ロンメルトの攻撃はウサギが華麗に回避する。
「お、おい王様!? 全然剣が振れてないぞ!?」
「当たり前であろう!! こんな重い物、持つだけで精一杯なのだっ!!」
「じゃあなんで持ってるんだよ!?」
身の丈程もある大剣を持ちながら、使いこなすどころか上段に掲げることすらできていない。プルプル震えながら辛うじて地面すれすれに持ち上げている状態だ。地面に鞘が転がっていることから、背中に背負った状態から引き抜くことさえできなかったようだ。
当然その剣閃は遅い。ナワトビ感覚で飛び越えられそうなくらい、見てから反応しても余裕で避けられる。
「これはひどいね」
琴音がこんな感想を漏らす、そのヤバさが理解できるだろうか。お前も剣なんて使えないだろうに。
「おおい、俺の剣貸そうかー?」
「うう、む。だがそんな剣では竜やゴーレムの装甲を突破できまい?」
「今お前が戦ってるのはウサギだ」
未来見すぎだろ。
「やむをえんか。では借りておこう」
投げてもキャッチできなさそうだから、近くまで歩み寄って手渡しした。途中、ウサギが飛びかかってきて、反射的に振られた大剣も飛んで来たが、どっちも普通に避けた。
「ふっははははは! 友より授かりし聖剣の力を味わうが良い!」
「お前それ聖剣とか言ってたらガガンに怒られるぞ?」
店売り1本1200リオル(6000円相当)だ。
剣先を天に掲げていることから、さすがにショートソードなら持てるみたいで安心した。と思ったのも束の間、さっきよりマシになったウスノロ剣は、やっぱりウサギに避けられた。
「あの鎧も脱がせた方がいいのではないだろうか?」
「……いやでも、あれが無いとアイツまともに攻撃くらうし」
ガッチャガッチャガッチャガッチャ。邪魔くさいのはモチロンの事、鎧の重さのせいで動きが遅すぎて話にならない。強くなるための装備が全力で弱体化に貢献してるって一体どういうことなんだ。
「だが十数年鍛錬してきたという話は本当だったようだ。綺麗な型をしているし、剣先もブレていない」
それは俺も思っていた。動きが遅すぎて攻撃が当たらないが、もしその動きをカメラで録画して早送りしたなら、きっと達人のような動きになるはずだ。
じゃあ鎧が無ければいいのかっていうと、そんなレベルじゃないくらい筋力が足りていない。多分あの剣が1回2回当たってもウサギは死なないんじゃないかな。あきらかに剣が軽い。重量がという意味では無く、振りぬく力が足りていないのだ。
「なるほどね。軽い剣なら振れるけど、致命傷を与えられないから一か八かで重い大剣を持ってたのか」
そっちはそっちで、そもそも攻撃が当たらないから本末転倒だったけど。
でも、結局足りないのは筋力だけってことなんだよな。だったら--
「琴音、王様に魔法かけてやって」
「りょうかーい」
ロンメルトを呼び戻す。呼んでもいないウサギまでついてきたけど、それはリゼットが上手にあしらってくれた。実力差が著しいせいか、美女がウサギと戯れている癒しの風景にしか見えない。
「お、おおおおお。力が漲っておるぞおおおおお!! ふっははははははぁぁ!!」
暑苦しいのが癒しを破壊した。もうちょっと見ていたかったのに……。
さっきまで持ち上げるのにも必死だった大剣をブンブンと振り回しながらロンメルトが復帰する。あれ、俺の剣はと思ったら地面に転がっていた、おい。
「宿敵よ感謝する! この成長は貴様との激闘あってこそであった!!」
そんなことはないよ。どうせ試してたよ。
意味もわからず宿敵にされたり感謝されたりしたウサギさんは、ロンメルトの雰囲気が変わったことを察したのか警戒をあらわにしている。
どんな攻撃も避けてみせるぜ、という意気込みが伝わってくるようだ。
「ふはは……ハッ!!」
決着は呆気ないものだった。
ドンっと地面を踏み割るようなロンメルトの突撃にウサギは素早く横に飛んだが、見事な剣さばきで対応し、大剣は吸い込まれるようにウサギを身体に直撃した。
見た目通り切れ味は大したことないのかウサギが両断されることはなかったが、きりもみしながら吹き飛んで地面に転がった。万が一にも生きてはいないだろう。
「ふ、はははっ。ふははははは!! 勝った、勝ったぞ! 生まれて初めて、餓獣を倒したぞお!!」
「は、初めてだと……? ならばさっきまでの自信はなんだったのだ……?」
「深く考えなくていいと思うぞ」
たぶん根拠のない物だろうし。
「コトネと言ったか! 感謝するぞ、この勝利はそなたの協力無くして有り得なかったであろう!」
そうだな。9割くらい琴音のおかげだな。
正直ウサギさんは琴音の魔法があれば幼児でも倒せる相手だし。もっと強い相手じゃないと、ロンメルトの剣技も持ち腐れってものだ。
「えへへ、どういたしまして。10分くらいで切れるから、またかけ直すね」
「おお、頼むとしよう! ふはは、いや素晴らしい魔法があるものだ! 強化属性か?」
んー。ロンメルトを正式に採用するまでオリジンうんぬんは黙っていることにしてた訳だけど、どうだろう。
リゼットに小声でで問いかけてみる。
「いいのではないだろうか? やはり剣技自体は見事なものだった。悔しいが、錬度だけならば間違いなく私より上だ」
「そこまでかぁ。まあリゼットには電撃魔法もあるけどな」
「ふふ、実戦経験の面でもまだまだ負けないさ。だが逆に言うならば伸びしろもあるということだ」
「うーん、琴音の魔法ありきだけど、掘り出し物だよな」
リゼットも同意なのか、頷いてくれた。正式採用で問題なさそうだ。
いや良かった。あんな壮大な目標を聞いたうえで、弱いからクビっとか言いたくないもん。ウサギに苦戦してた時は嫌な汗を流して、クビの言い訳考え始めてたよ。
「え、とね……」
言っていいのか分からず琴音が俺とロンメルトを交互に見ている。
「王様」
「む、どうだユウト。見事な勝利であっただろう? ふっははは」
「見事……? いや、うん。そうだな、凄い剣技だった。リゼットも褒めてたよ」
「…………ふ、っはははははははははっ!! であろう!? ふはははは!」
「うん。それで、だ。正式にパーティに参加してもらいたいと思う。一緒に塔の最上階に行こう」
こんなに早く合格を言い渡されるとは思っていなかったのか、ロンメルトは一瞬きょとんと俺の顔を見ていた。そして急に背を反らせて顔を隠すように上を見上げて、いつものように高笑いをした。
顔を隠す直前、目尻になにかが光って見えたけど、気のせいということにしておこう。
「がんばろうね! ロン君!」
「改めてよろしく頼む、ロンメルト殿」
「頼りにしてるよ、王様」
4人同時に握手はできないなと思って何となく拳作ってを出してみると、空気を読んだ琴音とリゼットも俺の拳に添えるように拳を合わせてきた。
そこにロンメルトの拳も重ねられる。
「良きかな良きかな! 余が塔に君臨する瞬間を見せてやろうではないか。ついてまいれ、家臣共よ!」
「調子に乗るな!!」




