ロン君はどんな魔法が使えるの
俺達が塔を登る理由は話した。オリジンうんぬんは様子をみてからだ。言いふらすタイプだったらたまらないからな。
「なるほどなるほど、そういった事情か。良かろうっ、このロンメルトが力を貸してやろうではないか。であれば塔の最上階への道のりも恐るるにたらぬわっ!!」
「その自信はどこから来るというのだ……」
ハーッハッハッハと笑うロンメルトに、リゼットがこめかみを抑えて唸る。真面目な騎士様には相容れない存在なのかもしれない。
「よろしくね、ロン君!」
「うむ! うむ? ロン……とな? おお、あだ名というヤツか!? ならばロトと呼んではもらえないだろうか、こう……勇敢そうな響きがあるであろう?」
「勇敢すぎる者を連想するから却下」
不満そうな顔をしてもダメだ。これだけは許されない。
「もう完全に決まってしまったのか……?」
「ホントにダメそうならちゃんと断るよ。他に人も来なさそうだし、とりあえず明日迷宮で様子を見てみよう、な?」
「そう、だな。私としたことが、チャンスすら与えない狭量な態度を取ってしまったようだ。すまない、ロンメルト殿」
「ハッハッハ、よきにはからえ!」
まあ本当は面白いからなんだけどさ。
それになんとなくだけど、弱そうに見えないんだよな。なんでそう思うのかは自分でもさっぱりわからない。実戦を見ればわかるかな?
「それで、ロン君はどんな魔法が使えるの?」
「……」
それまでの勢いがウソのようにロンメルトが黙り込んだ。それまでのちょっと馬鹿っぽい雰囲気が霧散し、沈痛な面持ちで口を開く。
「余に、魔力は無い。ノーナンバーなのだ」
「ノー、ナンバー?」
どういう意味? とリゼットに説明を求める。
知っていて当たり前みたいに言われたけど、聞いたことが無い単語だ。俺達がこの世界の生まれでないことを知っているリゼットはすぐさま補足してくれた。
「魔法士は第1期から第10期までというのは知っているだろうか?」
「ああ、それはさすがにな」
「ノーナンバーとは、その数字に当てはまらない者。すなわちオリジンの血を受け継ぐことができず、魔力を持たない者を意味している」
そういえば、いつだったか聞いたことがあったな。血が薄れすぎて、すでにちらほらと魔力が消失した世代が生まれ始めていると。言うなれば第11期。だけど魔法士ではないからその数字すら与えられなかった者達。だからケイツも魔法が無くても餓獣を撃退できるようにと、バリスタやらの攻城兵器の開発を急いでいたという話だっけ。
「……ハッハ、常識であろう。それとも他の呼び名で覚えておったか? イレブン、血乏世代、無能、役立たず、クズ、社会のゴミ、まあなんだって構わぬ。もう慣れた」
そ、そこまで言われてるのか。自分の子供や孫の代でそうなる可能性が高いだろうに。
「ああ、構わぬ! 魔法が使えねば剣を使うまでよ! どんな技術であれ、極限まで磨き上げたモノは何物にも劣らぬと余は確信しておるっ!!」
シャキィンッと背中の大剣を抜き放つロンメルト。うん、屋内で刃物振り回すのはよそうか。2階のギルド職員が、次なんかしたら追い出してやろうって顔してこっち見てるんだ。
「あれは10年前! 一向に強くなれぬ自分に腐っていた余の前に1人の剣士が現れた!!」
そうか、続けるのか。リゼットがギルド職員に申し訳なさそうに頭を下げている。職員が鼻の下を伸ばしていいよいいよしてるから、もう少しだけ大丈夫そうだ。
「凄まじい剣技の数々で餓獣共のことごとくを打倒しせしめた、その男。だが余は知っていた、その男が常人ならざる魔力を持ち合わせていたことを! 余は尋ねた、何故それだけの魔力を持ちながら魔法を使われないのか、と」
テンションが上がってきたのか、身振り手振りで一人二役を演じ切ってみせるロンメルト。なかなか熱意もあって、俺と琴音はモチロン、リゼットさえも清聴し始めた。
「男は言ったぁ! 己は剣に生涯を捧げ、剣もまたそれに応じ己の敵をこうして切り捨てているというのに、どうして他に頼る必要があろうか。とっ!!」
「うーん、もっともだ。よほどの鍛錬がなければその言葉は出てこない」
とうとうリゼットが感心すらし始めた。
でも感心する気持ちは俺も同じだ。剣しか無いならまだしも、魔力を持っているのにその言葉が出るってことは相当なもんだ。なにせこんな命の危険に満ちた世界、戦う手段は多いにこしたことはない。
そのお話の人物は、魔法に頼るなんて今まで鍛え上げた剣に対する裏切りであり侮辱だと思っているのかもしれない。また、剣さえあれば誰にも負けない確信も。
しかし変な人だな。普通、生まれ持った魔力をないがしろにして剣技を磨いたりしないと思うんだが。
「男の名はゲンサイ! 余の心の師匠である!!」
……わーお、聞き覚えのある名前でたぁ。
「ねえ、悠斗君。ゲンサイって……」
「うん、会ったことあるな」
「なんと、師匠を知っておるか!?」
「ちょっと一緒に飯食って道を教えてもらっただけだけどな」
この世界に来た時に彷徨った森を抜けた先で会った旅人だ。森で襲ってきたやつらをカウントしなければ、異世界での第一現地人にあたる。
強そうな人だとは思ったけど、やっぱり強かったのか。同時に納得する。確かに独特な世界の持ち主だったから、魔力とかシカトしてもおかしくない。着物の自慢したりと、和風が好きな様子だったから、刀が使いたい一心で剣技を磨いたのかもしれないな。
「フッハハハ、やはりこの縁は宿命であったか!」
いや、ほんとすれ違っただけなんだけどなぁ。
「あの出会いより10年! 余は剣技を磨き続けた。そしてその技が決して魔法に劣るものではないと証明するために、余はこの塔を制覇せしめんとやってきたのである!!」
「で、クビになったと」
「ぐっふ--言いにくい事を言うではないか」
だって事実だろ。
「一朝一夕で登れるなどと、はなから思っておらんわぁ! 何年かかろうとも、必ずや登りつめてみせようぞ!!」
「なぜそこまでして登る必要があるのだ? ユウト殿やコトネ殿は故郷へ帰るために、私は友の命を救うためだが、ロンメルト殿も何かやんごとなき理由があるのだろうか?」
剣が魔法に劣らないって証明するだけなら、50階まで登れば十分見返せる。それをわざわざ最上階までと目標を定めるからには、相応の理由があるに違いない。
「なに、証明がてら、他の血乏世代に伝えてやらねばなるまい? 剣でここまで行けるのだと。魔法は無くとも我らは餓獣を倒せると、これからの時代を生きていけるとな」
「それだったらやっぱり50階くらい登れば十分じゃないのか?」
「いいや。みな、こう思うであろう。あの者は剣に愛された才能の塊だったのだ。特別だったのだ。自分達とは違うのだ、と」
確かにそうだな。クラスメイトが50メートルを5秒で走ったからって、じゃあ同じ日本人で同年代の自分も同じくらい走れるはずだ、とは思わないな。アイツすげー、で終わる。
「だが最上階ならばどうか。自分達も努力すればその半分くらいは行けるのではないかと、そうは思わないだろうか?」
50メートル走に換算すると10秒か。余裕だな。なるほど、挑む気にもならない記録でも、その半分でいいと言われたら、じゃあやってみようかなっと思える。
「そう! 余が最上階まで登って見せたならば、餓獣に食われて滅びる末路のあると悲観しておる者達の励みとなろう。魔力を持たずして餓獣はこびる塔を制覇することで、未来の希望となれるのだ!!」
お、おおう。なんか想像以上に立派なこと考えてた。自分の都合だけで登ってるのが悪いことのように思えてきたよ……。
リゼットもみっともなく口を半開きにして驚いている。だよね、そうなるよね、まさかそんな崇高な目的があるとは想像もしなかったよね。馬鹿っぽい発言多かったし。
「ロン君、偉いねぇ」
「ああ、立派な考えだ。こんな人物を、弱いからと加入を渋った自分が恥ずかしい……」
命に関わるから、それは渋るのが普通だと思うぞ。
「でもなんでお前がそんなことしなくちゃいけないんだ?」
我ながら小物臭い質問だと思うけど、これで純粋な正義感だったら実際俺は小物でロンメルトは聖人君子だ。
「うむ。よい質問である。それは余が人々を導く立場にあるからに他ならぬ」
ん?
「余の名はロンメルト・アレクサンドル=F=ガルディアス。ガルディアス帝国現皇帝、ウルスラグナ・F=ガルディアスが第一子である」
んん?




