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弱かったからだっ

「ちょっと、アンタさぁ! あのちっさい子が時流の魔女様なら、なんで早く言わないのよ!! 思いっきり失礼な口きいちゃったじゃん! わかってんの!? 世界で一番発言力のある人なのよ!? ああもう、どーすんのよ! どーなんのよぉ!!?」


 体を引きずるように迷宮から撤退し、ギルドへと足を踏み入れた途端に不良受付嬢がからんできた。


「聞いてんの、ねえ? なんかボロボロじゃない?」


 そこに気づけたなら黙っててくれ。今は考えることが沢山あって、かまってやる余裕も暇も無い。


「時流の魔女、リリア・ラーズバード殿は……亡くなられた」

「……は? 何言ってんの? ってゆーかアンタ誰?」


 こいつ有名人の顔を知らなさすぎるんじゃないのか。リリアの事も知らなかった時点でそんな気はしてたけど、竜騎士リーゼトロメイアも知らないのか。勇名を轟かせてるって話なのに。



「私はリーゼトロメイア。ユウト殿達のパーティメンバーだ」

「あ、そ。で、魔女様が死んだって? なに? それで罰せられなくて済んだぁ、なんて思わせてから現れるってパターン?」

「事実だ。53階の罠によって転移されてきたドラゴンを足止めし、そのまま……」


 リゼットの言葉にギルド中がざわめく。

 ちょうど探索を終えて帰ってくるタイミングだったのか、ギルド内はすし詰め状態と言っていいほど混雑していて、ざわめきは加速的に大きくなっていく。


「うそ……でも、だって魔女様でしょ? ドラゴンだって倒せるんじゃん?」

「火岩のアッドアグニ」


 その一言でざわめきは消え、ギルド内が一瞬にして静まった。

 餓獣の種類を完全に把握している人間なんて、学者くらいしかいない。だがZランク、Xランクだけは別だ。数が少なく、圧倒的暴力であるそれらの名前は、餓獣に縁の無い生活をしている人間ですら知っている。ゼウス、オーディン、ラーなど、最高位の神の名前を知っていて当たり前のように、この世界の人々はその名前を知っている。


 少しずつ、ざわめきが戻り始めた。


「狭い洞窟の中で、退路を断つように現れたのだ。我々はリリア殿に救われ帰還が叶ったが、リリア殿はアッドアグニと共に崩壊した洞窟に閉じ込められてしまった。状況から見て、助かるとは思えないっ」


 受付嬢ユリーが俺の顔を見て、次に琴音を見た。

 琴音は迷宮から逃げ出す間もずっと泣いている。その姿にようやくウソでも冗談でもないと理解したのか、腰を抜かして椅子に座り込んだ。


 だが俺は特に声をかけるでもなく討伐者達の方に向き直った。

 何か声をかけるべきなのかもしれないが、俺は目的があってギルド(ここ)に来たんだ。そっちを優先する。


「すー……」


 大きく息を吸う。

 俺が何かしようとしていると察したのか、視線が集中するのを感じた。中にはセレフォルン出身なのか、よくも魔女様を見捨てたなと言いたげな視線も混ざっている。



「パーティメンバーを募る!! 目的地は塔の90階、および最上階への到達! 一直線に上を目指す! ギルドランクは問わない、死にもの狂いでついてくる覚悟のある奴は2階に来てくれ!!」



 ギルドの外まで聞かせる気持ちで声の限り叫び、俺はギルドの階段を登った。

 一瞬きょとんとしていた琴音とリゼットも、慌てて2階にやってきた。さて、誰か来てくれるかな?






「どういう事だ、ユウト殿」

「どうって、言った通りだよ」


 2階も1階と同じような作りになっていた。まあ、ギルドランクで1階と2階に分けているだけだから当たり前か。ただ、利用者が少ないからか小奇麗な雰囲気だ。


「リリアが抜けて戦力が足りないだろ? さすがにこの3人だけじゃ、90階は無理だと思うんだよね」

「それはそうだが、そういう事を言っているんじゃない!」


 言いたいことは分かってるつもりだ。リリアが居なくなった。はい、じゃあ代わり、みたいなのが良くないって言いたいんだろう。

 あんまり引っ張ると嫌われそうだから、さっきから考えていたことを話すとしよう。


「リリアは生きてる」


 ずっとうつむいていた琴音がハッと顔を上げた。


「ただの夢で出てきたドラゴンと同種のものが、そう都合よく出てくるか? リリアの見たって言う夢は、やっぱり予知夢だったと思うんだ」


 リリア1人で塔の最上階に到達。そこには何か怪物がいて、90階に降りたらそこにはアッドアグニ。どっちにも進めなくなったが、91階から99階までは居住区になっていたから仕方なくそこで生活をした、とリリアは言ってたっけな。

 そしてアッドアグニと遭遇した時、こうも言っていた。時間経過で元の90階に戻るハズだ、と。


「もし、リリアがアッドアグニと一緒に90階に飛ばされたとしたら、有り得ない話じゃない」


 時間経過で戻されるアッドアグニ。その時間まで生き延び、一緒に90階に転移したら。そしてボスというくらいだ、91階への入り口のすぐ近くに転移するはずだから、リリアがそこに逃げ込んだとしたら。

 リリアの夢は再現される。


「じゃ、じゃあ!」

「夢の通りなら、今頃ティータイムを楽しんでるんじゃないかな?」


 会って2日の人間に「あとは頼む」みたいな事言っちゃってさ。手伝うとは言ったけど丸投げするなっての。しかも「ありがとう」とか最期みたいな雰囲気で言ってたっけ? ぷくく、当分このネタでからかってやろう。


「最上階まで行った後にまた90階に戻ったってことは、多分居住区には転移ポータルが無いんだろ」


 侵入者対策だろうか。居住区にダイレクトでワープされたら迷宮の意味無いもんな。たぶん他の空間魔法士を警戒してのことだと思われる。

 だからって開き直ってティータイムに入るのはどうかと思うけど。


「うう、ん。話を聞くに、確かに可能性はありそうだ。だがもし、やはりただの夢だったらどうするのだ?」

「それを確かめる為に登るんだろ」


 どっちにしろ塔の上には行かなきゃいけない訳だし。


「リゼットはどうする? 加入した途端に最高戦力がいなくなったし、パーティ入るのやめとく?」

「侮ってもらっては困る。私は加入の際、最上階までと誓ったのだぞ? ましてや生存の可能性があるならば、もちろん共に迎えに行くとも。何よりアッドアグニだ。あれはきっと竜玉を持っているに違いない!」


 だよね、わかってた。特に竜玉の辺り。むしろあのドラゴンが持ってなかったら、もう絶望的だよ。


「待っててねリリアちゃん! きっと迎えに行くからね……いつか!」

「いつになるかなー? まあアイツ歳とらないし、いいよな」

「いや、良くは無いだろう……」


 塔の居住区って、1200年前に使ってたんだよな。食料ってどうなってるんだろうか。茶葉があったなら大丈夫、か?

 ……やっぱなるべく急ごう。


「という訳でメンバー募集を続行します」

「だが見つかるだろうか? 私とて、暇があれば探していたのだぞ?」


 そんなこと言ってたな。でもまあ、琴音の魔法があれば多少弱くても大丈夫だし、やる気があればなんとかなるんじゃないかな? だからランクは不問にしたし。

 の割にはさっきから誰も2階に上がって来ないんだけどさ。たぶん今1階で俺達のこと馬鹿にしてるんだろうなぁ。


「前衛が欲しいな。俺の剣術なんて、まだまだ付け焼刃だから前衛専門では無理なんだよ」


 その時、静かだった2階の広間に様々な楽器による、えらくカッコいい演奏が流れた。なんか軍隊の行進なんかに似合いそうな曲だ。


「前衛が欲しい。貴様、今そう申したな?」


 壮大な曲を背景に、こちらに歩み寄るフルアーマーの美男子。一歩歩くごとに床が軋む重装備に巨大な剣を背負ったいかにも戦士な格好だ。真紅の髪をファッサアアアさせて、男は不敵に笑んだ。


「我が名はロンメルト! 汝の呼びかけに応じ参上した。志を同じくする者よ、共に塔の頂を望もうではないか、ハーハッハッハッハッハ……まだ決まっておらんだろうな!?」

「ああ、うん。まだ決まってないよ?」

「で、あるか! ふはは、偉大なる余の登場を飾ろうと楽団を探していてな。遅くなったのではと危ぶんでおったのだ。おお、お前達もう下がって良いぞ? 大義であった、これは褒美である」


 どうしよう、変な奴だ。

 おつかれっしたー、と挨拶しながら階段を下りていく楽団を見送り、ロンメルトはこちらに向き直った。


「座ってもいいだろうか。この鎧、重いのだ」

「……どーぞ」


 なら脱げよ、と喉元まで出かかったが何とか飲み込んだ。いちいち突っ込んでいたら話が進まない予感があったのだ。


「えと、私達のパーティに参加希望ってことでいーのかなぁ?」

「いかにも! 運命であるな。余も塔の頂、その未踏の領域とやらを踏破し、頂上より下界を見下ろしてやろうと先日この町に来たところなのだ! だが昨日パーティをクビになった!!!!」


 そういやコイツ見たことあった。昨日塔の入り口でこんな重装備の人いたよ。そうか、あの後クビになったのか……。


「まあ良いのだがな! あの者達は低層での狩りに満足してしまった向上心の欠けた連中であった。上を目指す者として、別れは必定であったのだっ!」


 なんか堂々と言ってるけど、お前その向上心の無い連中から要らないって言われたんだぜ?


「だ、大丈夫だろうか? 自信と目標の高さは大したものだが」

「まあやる気さえあれば、あとはフォローするよ……琴音が」

「私!?」


 大丈夫だって、人参ですら戦えるようになったんだから。アホっぽい人だけど、人参よりは強いだろう。


「だが最低限の実力は必要だろう。キミ、ギルドランクは?」

「ほう、それを聞くか? ならばおののくが良い。余のランクはGだ!!」

「最低じゃねーか」


 この町に来てから登録したんだよな。流石に万年Gランクってことは……なぜか有り得そうな気がして怖い。本当に恐れ慄いてしまった。


「言いにくいかもしれないが、以前のパーティをクビになった理由は聞かせてもらえるだろうか」

「うむ、弱かったからだっ!!」


 言い切った! すごく堂々と言い切った!!

 なぜか面接官ポジションに就いていたリゼットも、愕然とした様子だ。


「そ、それはまだ剣を握って間もないからかな?」

「いやっ、鍛錬は物心ついた頃から1日たりとも欠かしたことが無い!!」


 す、すごい! それで弱いって、逆にすごいぞ! 見た所20歳くらいだから、15年は訓練してるってことになるのに弱いのか! 低層のパーティをクビになるくらいなのか!

 そしてそんなに弱いのに、なんて堂々とした態度なんだろう。


「では明日からよろしく頼むぞ、諸君」

「なぜ今までの会話で採用されると思ったのだ!? それに、決めるのはユウト殿だっ」

「あ、採用」

「何故!!?」

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