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ありがとう

 10年だ。10年間待ち望んでいた。もう一度会いたいと探し続けた。


「今だけは……会いたくなかったな」


 この狭い洞窟の中で、退路を断つように出現した圧倒的巨体。

 その表皮は冷め始めた溶岩。ゴツゴツした岩の部分と、煌々と輝く灼熱の部分を合わせ持つ。四つん這いで辛うじて洞窟に収まっている巨大な体躯は、ただ揺らした尻尾が壁に当たっただけで崩落の危険を感じさせる。そして今にも火を噴きそうな眼光は、しっかりと俺達を捉えていた。


 怖い。

 憧憬も浪漫も何もかも、捕食者に睨まれたことによる死の恐怖に塗り潰されていく。俺は……こんなものに会いたがっていたのか?


「か、火岩のアッドアグニ。Zランクの餓獣なのじゃ……」


 Zランク!? あのアガレスロックよりちょっと弱い程度の相手を、こんな狭い場所でどうしろって言うんだ!


「そして、ううむ……ワシが夢で見た90階の主じゃ」

「じゃあやっぱり予知夢だったの? リリアちゃんしか最上階まで行けなかったんだよね?」


 まさかリリア以外はここで死ぬって? 冗談じゃない。

 確かにかっこいいけど、俺が求めていたのはこんな理性の欠片も感じない怪物なんかじゃない。このドラゴンに殺されて終わりなんてのは納得できない。


「それは分からん。分からんが、とにかく何としてもこの窮地を脱しなくてはならんのじゃ!」


 そうは言っても出口はあのドラゴンの向こう側だ。

 そして唐突にこんな場所に飛ばされたからか、アッドアグニも一切の油断なく俺達を警戒している。きっかけは俺達かもしれないけど、転移させたのは俺達じゃないのに……。


「っ!? 来るぞ、ブレスだ!!」


 さすが竜騎士。俺にはちょっと深呼吸した程度にしか見えなかったのに、その意味を瞬時に理解したらしい。


理を喰らう鳥ルールイーター!!」


 ブレスが餓獣の異能なら、俺の魔法で食べられるはずだ。思惑通り、ジルはクチバシを大きく開いて吹き荒れる火山の噴火を思わせるブレスを食い尽くした。

 そして食ったら出す。


「やれ、ドラゴンブレス!」


 こんな状況でも思わず言ってしまった。言ってみたいセリフ第4位。

 だが溶岩そのものと言っても過言ではないドラゴンに、溶岩が効くはずがなかった。鬱陶しそうに固まった岩と灰を払って終わり。もったいないことをした。


 だがブレスを返されたことで危険な相手だとは認識されたらしく、こちらの様子を窺っている。なら今の内に作戦会議をさせてもらおう。


「サバ子、とりあえず現状確認」

「おそらく90階のボスを召喚する即死トラップじゃ。一定時間で元の階層に戻るじゃろうが、それがいつかは分からんのぅ。少なくともワシらが全滅する方が早いじゃろう」

「ごめんね……私がお宝とか言ったせいで」

「それは誰も期待してなかったから関係ないっての。反省は後だ、まずはどうにかしてドラゴンを突破しよう」


 なんとか洞窟から脱出したいけど、アッドアグニは本当に洞窟ギリギリの大きさだ。横を通ろうとしても、その体表の熱だけで人間なんて死にかねない。仮に通れたとしても、あの尻尾で打ちのめされそうだ。


「リリアちゃんの魔法で動きを止めたらどうかな?」

「うう、む。じゃがあの怪物相手では止めるのが精一杯で、ワシは身動きできんじゃろう」

「なら俺が担ぐ。それでどうだ?」

「その前に琴音の魔法で強化するべきじゃの。おそらく10秒程度しか止められんのじゃ」


 10秒以内に洞窟の外まで駆け抜けるなら、なるほど琴音の魔法は必須だな。ましてや俺はリリアを運ばないといけないんだし。


「私の魔法で麻痺……は難しい、か」

「ああ、俺が一回取り込んで強化しても怪しいな。琴音の作戦でい--避けろ!!」


 迫る無数の牙に、全員が飛びのく。物理攻撃は勘弁してくれ!

 置き土産に地形操作で岩の槍を口の中にお見舞いしてやったが、おいしそうにボリボリと食べられてしまった。岩系の体だからって食べるとは思わなかったな。


 ズシン、とアッドアグニの足が洞窟の地面を踏みしめる。どうやら様子見は終わりらしい。


「琴音、魔法を頼む!」

「うん、恵みの雨レーゲンフリューゲル!!」


 ジョウロの水が俺の体を濡らした。効果時間は10分あるから、途中で切れる心配は無い。

 上昇した身体能力を活かし、アッドアグニを翻弄する。あと琴音とリゼットに強化がかかるまで時間を作らないといけない。


 吐き出される溶岩をジルに防がせ、くり出される爪と牙を全力で躱す。その体温もあって、余裕をもって躱しても服と髪がジリジリと焦げていくのを感じた。

 おまけに速い。馬鹿でかい図体にくせに次から次へと攻撃を続けるものだから、洞窟の狭さとあいまって明らかに限界は近かった。


「悠斗君、イケるよ!!」

「分かった! リリアは俺に任せて、少しでも出口に近い方で待っててくれ」


 よし、全員にブーストがかかったな。危ないところだったけど、どうにかなったようだ。あとはリリアがアッドアグニの時間を止めるだけだ。

 リリアを迎えに向かい、出口に向かって移動を始めた琴音達とすれ違うその時、リゼットが叫んだ。


「ユウト殿!! 急いでくれ、アッドアグニの様子がおかしい!!」


 え? と振り返った時だった。

 アッドアグニ甲殻の隙間から光が漏れ、その体が膨張している。本能が全力で警報を鳴らし、俺はそれに従った。


「ジィィィィィルッ!!!!」


 アッドアグニ近くにいた琴音とリゼットを庇うように飛び出す。同時にアッドアグニは強烈な光と共に爆発し、その体を構成している溶岩を撒き散らした。


「ぐぅっ!!?」


 全身に衝撃を感じ、次いで浮遊感。無差別にばらまかれた破壊はジルの防御を抜け、直撃こそ避けたものの俺の体をボロ雑巾のように吹き飛ばしたらしい。

 地面に叩き付けられながらも、リリアを確認する。さすが、というべきか辛うじて防ぎ切ったようだ。琴音とリゼットも無事のようで何よりだ。


「悠斗君!?」

「ユウト殿!」

「みぎゃぁ……」


 慌てて俺に駆け寄ってきてくれるのは嬉しいけど、そうじゃない。まずは脱出だ、作戦変更。俺は動けそうにないから、悪いけど琴音に肩を貸してもらおう。魔法で強化している状態ならできるだろう。リリアはリゼットが運んでやってくれ。


 そう伝えたかったけど、しこたま背中を打ち付けたせいか声が出ない。


 やがて爆炎を引き裂いてアッドアグニが突撃してきた。狙われているのは俺達。大きく開かれた牙が琴音達の背後に迫るが、琴音は気づかず、リゼットは気づいたが対処する手段が無い。

 逃げろ、と叫ぶことすらできなかった。



 だがアッドアグニは止まった。まるで時間が止まったかのように。



「リリア殿!? 今止めては時間が!!」

「仕方なかろう。お前さんらが食われては結局全滅するだけなのじゃからの」


 全力を込めても10秒が限界だと言った魔法を、時間停止を使ってしまったのか。

 ここからリゼットがリリアを迎えに行くのに3秒、抱えるのに1秒。そこから戻ってくるのに4秒。残り2秒でアッドアグニは絶対に突破できない。


 リリアは……助からない。


「急ぐのじゃ、あと8秒じゃぞっ」


 リリアの下へ行こうとする琴音を押しとどめ、リゼットが俺を抱える。

 ゆっくりと、しかし強化無しで走るよりずっと速い速度で固まったアッドアグニの側を駆け抜ける。時間が止まっているため、その発熱も止まっていて問題無く通過することができた。


 出口に近づいていく中、背中にリリアの声が届く。


「のう、小僧。何故セレフォルンがお前さんらを戦争に巻き込むまいとしたか、わかるかの? 国民の命がかかっておるんじゃ、外道に堕ちてでも戦うのが王の務めであろうに」


 なんで今、そんな話を……。


「ワシの未来視で、戦争に負けると分かっておったからじゃよ。ならば異世界の者を道連れにするのは忍びないじゃろう? もはや出来ることは、少しでもガルディアスに手傷を負わせ、降伏する時に国民の尊厳だけはと条件を通させるくらいじゃ。それだけならオリジン無しでもできるからのう」


 琴音が何かを叫んでいるが、まったく耳には入ってこない。全霊をリリアの声に注いでいた。


「血の濃さが重要といっても、野心を抱く腹黒はどこにでもおるが、そういったつまらん貴族共はガルディアスの亡命しおった。あの国に残っておるのは、国の為に死ぬことを決めた者ばかりじゃ。優しい子ばかりであったじゃろう?」


 そうだな。琴音が、小説ではもっと卑劣な大臣なんかがいるのにおかしい、ってぼやいていたよ。


「ワシはあの優しい国を守りたかったのじゃが、難しいようじゃ」


 なんだそれ。1200年も生きてきたのに、なんであっさり諦めてるんだよ。長生きしてきたなら、こんな修羅場、何度も乗り越えてきたってくらい言ってくれよ。

 

「すまぬ。ワシの代わりに、力になってやって欲しいのじゃ」


 アッドアグニの時間が動き出す。

 リリアは……最初の場所から動いていない。魔力が尽きたのか、その場で膝を折って座り込んでいた。


「あの国を……友を見捨てないと言ってくれた時は、嬉しかったのじゃ」


 アッドアグニの甲殻が再び光を放つ。さっきの爆発をもう一度やろうっていうのか。やめろよ、もうリリアには防ぐ力も残ってないんだぞ!


 光が弾ける。

 限界を超えた洞窟が崩落を始め、俺達を引っ張っていたリゼットはギリギリで倒れ込むように洞窟の外に飛び出した。

 瓦礫が洞窟を塞ぎ、中の様子は一切分からない。分かるのは、もうリリアを助けに行くことができないという事だけだった。


 「リ……リア、ちゃん……」


 隣で琴音が泣き崩れる。リゼットも呆然自失としていた。

 洞窟が崩れる中で聞こえた最後の言葉が耳に残り、頭の中で繰り返される。


 『ありがとう』、と。




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