防御モード
「みぎゃ、ぎゃっ」
相棒のサンドアーマードラゴン(※アルマジロトカゲ)の声がする。もうご飯の時間か。ちょっと待って、今…………って違う!
寝ぼけた意識を振り払い起き上がると、そこには一面の緑が広がっていた。
一瞬神社に戻って来れたのかと思ったが、すぐに気づいた。神社に生えていた木は全て針葉樹だったけど、今見えている範囲の木は全て広葉樹。それに樹齢も明らかにおかしい。10人は手を繋いで輪になれそうな太い幹に、広く伸び太陽を隠す枝葉。ファンタジー映画でエルフ何かが住んでそうな、原始の森だ。そして俺たちをここに送り出しただろう門は、どこにも見当たらなかった。
ぐるりと見渡して、隣に倒れていた琴音に気づき、肩を揺さぶる。
「琴音! 大丈夫か琴音!?」
「う……ん?」
目をクシクシ擦りながら琴音が目を覚ます。
特にケガも無いみたいだ、と思ったら一か所あきらかに変なことになっていた。
「その髪、どうしたんだ?」
「悠斗君、髪の毛染めたの?」
琴音の、向かって右の耳元からの髪が緑色になっている。染めるにしたって緑は派手すぎるだろ。
って、俺も!!?
「うん。私から見て右側のもみあげの辺りだけ、青色になってるよ? わたしもなの?」
「同じトコが緑色に」
「なんでだろ。あんまり明るい色だとちょっと目立って恥ずかしいな……」
俺の青だって、そうとう挑戦的だよ。茶髪に青色は不自然だろ。何で色が変わってるのかは分からないけど、俺の髪なんだから色は選ばせて欲しかったな。いや、そもそも勝手に変色するなって話なんだけどさ。どういう現象なんだ、これ。
「それは後回しでいいや。とにかく、ここがどこか調べないと」
「そだね。うーん、屋久島の縄文杉くらい立派な木だけど、こんなの沢山生えてる場所なら世界遺産になってるかも」
そんな樹齢うん千年の木が当たり前に生えてる森なんて、世界遺産どころか前人未踏の危険地帯なんじゃ……。そもそもあんな不思議空間を通って着いた場所がまともな訳ないか。なら、しばらくサバイバル生活になることを想定して動いた方がいいな。
とはいえ森の中なら比較的簡単だ。これが絶海の孤島や岩石地帯なんかだったら絶望的だったけど。
「オル君。君のゴハン入れてるビニール袋もらうよ」
餌を取り出し、ズボンのポケットに移す。そして空になったビニールを裏返して、その辺に生えてた草を放り込んで密封。
「何してるの?」
「こうしとけば、そのうち草の水分が水蒸気になって中に溜まるだろ? 森の中だから果物とかあるだろうけど、まあ念の為」
ちょっと神社仏閣調べるだけのつもりだったから、サバイバルで役に立ちそうな道具をほとんど持ってないのが悔やまれる。バッグにあるのは懐中電灯とメモ帳にボールペンが2本。それと携帯電話だけだ。ナイフがあれば助かるんだけど、勿論そんなの持ち歩いてないし。
琴音を見る。巫女服だ。絶対何も持ってないな。
「遭難した時は動かない方がいいんだけど、救助なんか来ないんだから、とりあえず歩こう。とにかく蛇や虫に気をつけて、極力なにも触らないように」
木の苔の生え方で大体の方角はわかる。あとはどの方角に行けば安全か、だが……それはもう、勘で行くしかないな。
「わかった。……なんか手慣れてるね」
「まあ、ドラゴン探して山とか歩き回ったりしてたから」
準備万端で行った探索と、何も持たずに放り出された遭難とでは全然違うけど、泣き言なんて言ってられない。
「心配しなくても、おしっこ飲んだりはしないから。あれは砂漠とか、水分が全く無い状況で死にかけた時の緊急手段で……」
「そんな事心配してないよっ!!」
冗談言いながらも歩き出す。木がいちいち巨大なおかげで蛇に怯えながら枝を払う必要がないのは有難いけど、根っこも巨大なせいで中々歩きにくい。けど何がいるのか予想もつかない草むらの中に足を突っ込むのも怖いので、極力根っこの上を渡るように進む。
時々コケで足を滑らせコケそうになりながら、何とか進んでいると、突然胸ポケットの中でオル君が「きゃぅ……」とか弱く鳴いて、自分の尻尾を加えて丸くなった。
これはアルマジロトカ……じゃなかった、サンドアーマードラゴンが身の危険を感じた時の防御モード!!?
「走るぞ!!」
「え!?」
琴音の手を引いて木の根の上から飛び降りる。草むらの中にどんな毒虫がいようと、毒草や棘があろうと、不安定な根の上をたらたら歩いていたら追いつかれて狩られるだけだ。
ドスン、と後ろで何かが着地した音がして振り返ると……ああ、見たくなかった。
第一印象は密林の王者、虎だ。陛下と呼びたくなる風格を漂わせている。陛下がご空腹であらせられた。ヨダレとかもう、だらっだら。見てよあの口元、牙が収まりきってないよ。
琴音もその姿を確認し、ひっ!? と一息のんで逃走開始。
普通に考えて人間が動物と追いかけっこして勝てる訳ないのだが、意外にも走る速さは大して変わらないらしく、互いの距離は縮まっていない。
良く見れば虎にしては妙に足が細長いというか、どっしりとした力強さを感じない。最初に木の上から襲ってきたことから、もしかすると猿みたく木の上で生活している動物で、地面を走るのは得意じゃない可能性がある。
「だからって、このままじゃジリ貧だよな……」
走る速度が同じなら、スタミナ勝負になる。そして人間は全速力を数十秒しか維持できない。実際、琴音は既に倒れそうな顔でぜえぜえ言っている。
どうするか、と陛下を見ると何やらバチバチと音をたてながら、毛皮を青白く光らせている。その光はやがて一点に集まり、バチンと弾けるようにこっちへ飛んできた。
ウソだろ!!?
それに当たらなかったのは、完全にただの運だ。たまたま下りの段差があって、そこを通過した時に飛んで来たおかげで、光は俺達の頭上をかすめ、その先の木に当たった。その時の様子から想像するに、あの光の正体はおそらく電気。電気ウナギ程度のレベルじゃない。電気ネズミくらい使えている。
このままじゃスタミナが尽きる前に黒焦げだ。
「ええい、やってやる!」
オル君を琴音の肩に避難させ、Uターン。突然向かってきた獲物に陛下は少しだけ驚いた様子を見せるも、すぐに俺を食い殺さんと牙を剥く。だが直前、俺は懐中電灯を陛下の目に向けた。
「文明フラッシュ!!」
この薄暗い森の中で生きてきたなら、唐突な光で視界は潰れるはず。そしてメモ用品として持っていたボールペンのキャップを外し、その先端を陛下の目玉に狙い定める。俺のペンよ、今だけは剣より強くあれ!
互いに最高速度でぶつかり合い、その勢いでボールペンを叩き込むと、分厚い水風船を破ったような感触と共に陛下の目に深々と突き刺さった。
だが200kgはあろう巨体とぶつかった俺も、毛皮のごわごわ感と衝撃を全身に受けて吹き飛ばされた。無様に地面を何回転も転がり、木の根のぶつかって激痛を受けながら止まる。
血の味が口の中に広がった。
「かは……っ。どう……だ」
これでボールペンが脳まで届いていれば俺の勝ち。だが最後に何か固い物に当たったような感じがしたのが気がかりだ。もしあれが頭蓋骨の感触だったのなら……。
「ギャオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
懸念通り、奴は生きていた。ボールペンを目から生やしたまま、怒り狂った形相でこちらを睨んできた。おいおい、対等に命を奪い合ってたんだから、恨み言は言いっこ無しだろ、獣め。
さっきとは比べ物にならない光量で毛皮を帯電させている。もう怒りが勝って獲物が炭になろうが構わないって感じだな。
そんな雷光の前に飛び込んで来た影。
「悠斗君っ!!」
俺をかばうように抱きしめてくる琴音。
いやダメだろ、防げないって。死人が二人と一匹に増えるだけだから。だけどどうしようもない。痛みはともかく毛皮に残っていた電気のせいで体はちっとも動いてくれない。もう今にも電撃が飛んで来ようとしているのに、ピクリともだ。
嫌だな、こんなところで死にたくない。ドラゴンのも会えず、ついさっき決めた誓いも守れず。そんなのは絶対に…………嫌だ!
雷光が弾ける。
1秒とかからず俺達を焼き尽くすだろう光の前に舞い降りたのは、小さな青い羽毛の小鳥だった。