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男にとって傷ってのは勲章なんだぞ

 これで何度目だろう、10年前のあの日を思い返すのは。

 当時は知る由もなかったが、異世界へと繋がっていた石畳の回廊。そこに待ち構える黒いドラゴン。そしてその記憶を共有する俺を含む4人。俺と、琴音と、あと白い髪の同い年くらいの子と、1人だけ少し年上の女の子。彼女の印象はそう……魔法使いの様な恰好をした紫色の髪の女の子、だ。


「本当だ、似てる……」


 むしろなんで気づかなかったのか疑問なくらいだ。帽子1つでこうも違うとは。


「もうリリアちゃんってば、私達と会った事あるなら言ってくれればよかたのにー」

「……なんのことじゃ?」

「へ? だ、だって」


 いや待て、帽子の有無くらいで気づかない訳がないよな。俺はあの日の光景を夢にすら何度も見てきてるんだから。確かに雰囲気や服装は似てるけど、決定的に違う所があるじゃないか。


「なあ琴音。あの日、俺達と一緒にいた子は中学生くらいじゃなかったか?」

「あ……」

「ちゅうがくせい?」

「大体13から15才くらいの事だ」

「ならばワシではないのう」


 そう、リリアは見た目10才かそこらだ。大人で4,5才違っても大差ないけど、成長期の5年は別人と言っても過言ではないくらい変化がある。そしてリリアは魔法で歳を取らない。彼女が14才前後に成長する日は永遠に来ないのだ。


「未来のリリアちゃんが過去の来た、とかはないかな?」

「無いのじゃ。昨日も言ったが時間移動はワシの魔力ではできんし、魔力量は生まれつきで増えることは無いからの」

「それに時流の魔女様は1200年間一切老化していないのですし、未来の魔女様でも見た目は今のままじゃないでしょうか?」


 完全に論破されて琴音は不服そうだ。まあ運命を感じた瞬間に勘違いでした、では肩すかしにもなるよな。


「じゃあ、リリアちゃんのお姉ちゃんだったとか」

「姉はおったよ、1140年ほど前に天寿をまっとうしたがのう」

「そっかあ。もしかしたらリリアちゃんのお姉ちゃんも、リリアちゃんの魔法で若いまま生きてたりするのかもって思ったんだけどなあ」


 なるほどね。時間魔法の使い手はリリアしかいなくても、肉体の時間を止められているのがリリアだけとは限らないもんな。


「それは無理じゃよ」

「ん? そうなのか? 自分に使えたのなら、他人にも使えるんじゃないのか?」

「それができておれば各国の王がワシにへりくだっておるじゃろうなあ、かかか。世界征服も夢ではないわい」


 それもそうか。そんなお手軽に不老長寿になれるなら、偉い人達が何を差し出してもお願いしてくるに決まってる。ましてやリリアの母国であるセレフォルンに戦争をしかけてくるなんて有り得ないよな。


「あれはワシが9才の時じゃったか。暁のオリジン……父が戦死したのじゃ。それを聞いた時にのぅ、ショックで魔法が暴走してしもうたんじゃ。以来、ワシは歳を取らなくなったのじゃよ」

「そう、だったんだね……」


 偶然の産物だったのか。それにしても、魔法が暴走するなんて話は聞いたことがない。いったいどれだけの悲しみがそんな現象を引き起こしたのか。


「大好きだったんだね、お父さんのこと」

「かか、いまだに父様以上に尊敬できる人間には会ったことがないわい」


 大好きな人との死別がキッカケで、それからも延々と家族や友人の死を看取らなくてはならなくなるってのは、あまりにも残酷な話だ。もっとも本人はその長い年月の内に割り切ってしまっているんだろうけど、俺にはそれすラムゴい皮肉のように思えてしまう。


 空気が重くなったのを感じたのか、リリアがおどける様に言った。


「ワシも叶うなら、もうちいっとばかり成長してから時間を止めたいところなんじゃがのう? きっとすごいナイスバディになる筈なのに、残念じゃ」


 せっかくの気遣いだから乗っかるとするか。


「良かったじゃないか、永遠に夢を見ていられて」

「ね、姉さまはすんごかったんじゃぞ!? そりゃあもう凄かったのじゃ! 道行く男どもが首を180度回転させて振り返ってしまうくらいじゃ!!」


 死んでるよね、それ。


「でもそっか、リリアちゃんじゃなかったのかぁ。じゃあ……誰だったんだろうね?」

「コスプレ好きのそっくりさん?」

「そもそも記憶違いという事はないんですか?」


 俺と琴音がそろって記憶違いってことも無いだろう。


「10年も昔のことを鮮明に覚えているのは難しいと思いますし」

「インパクトが違うんだよ。ガガンは聖剣の話を初めて聞いた時のことを覚えてるだろ?」

「それはもう! 昨日のことのように!!」

「それと同じだよ。俺が初めてドラゴンに会って、強烈に刷り込まれた日なんだからさ!」


 あの回廊で出会ったドラゴンの雄大な姿は、俺の脳に完璧に焼き付けられている。その副作用で、あの瞬間以外の記憶はかすれてしまっているけどな。偶然引っ越した先が思い出の場所だったからよかったものの、そうでなければ一生思い出せなかったかもしれない。


「それに証拠もあるんだ。見ろ、ドラゴンにつけられた傷だぞ!」


 前髪を持ち上げて額を見せつけてやる。厳密にはドラゴンの撒き上げた石による傷だけど、それでも俺にとってはあの日を象徴する思い出の傷だ。日本でそれを自慢すると、そうか頭をぶつけたせいで馬鹿なこと言う様になったのかと同情されたけどな。


「…………どれですか?」

「は? どこって結構でかい傷だぞ? ほら、この辺っ」

「何もないのじゃ」

「うん、無いよ?」


 俺の思い出消えた!? でも転校初日にドラゴン見たって話を信じなかった田中に見せた時にはハッキリ残ってたはずなのに!


「10年間残ってた傷が、昨日今日で消えたってのか!?」

「ふうむ……」


 慌てる俺とは対照的に、リリアが冷静に何か考えこんでいる。なにか分かるなら教えてくれ、俺の思い出を取り返してくれー。


「地球にいた時は髪の色は変化しておんかったのかのう?」

「あ、ああ。こっちに来て目が覚めたら、俺も琴音も髪の色が変わってたんだ」

「髪の色が変わるのは、左のこめかみ辺りに魔力を生成、蓄積する機能があり、そこから漏れ出た魔力の影響じゃといわれておる。つまりお主らは地球にいたころは魔力を持っておらんかったということじゃ」


 そんなの当たり前だろ。向こうで魔法使えたら大騒ぎになるっての。


「滅紫のオリジンは地球にいたころに片腕を失っておったが、こちらに来た際に腕が治っておったという話を聞いたことがあるのじゃ。ひょっとすると世界を移動する時、最適な状態に体が作り換わっておるのではないじゃろうか」


 じゃあなにか、この体は地球にいたころの物とは別物ってことなのか?


「地球に戻ると、また地球用に換わるのかのう? なんにせよ確証の無い話じゃよ」

「とりあえず俺の傷は消えたままなんだな……」

「ま、そういうことじゃの」


 くそう、傷は消えても思い出は消えないんだからなっ! でも淋しい!!


「ええではないか、傷なんぞ無い方が」

「それは女性の考え方なんだよ。男にとって傷っていうのは勲章なんだぞ?」

「平兵士からやり直すんじゃな。案内を続けるぞぃ」


 温度差がすごい。

 琴音もこの価値観は分からなかったみたいで、さっさとリリアについて行ってしまった。ガガンがポンッと俺の肩を叩く。分かってくれるか、同志よ。


「行きましょうか、置いていかれますよ」

「……そうだな」





「さてでは最後の大通り、ガルディアス通りじゃが、ここは主に討伐者向けの場所じゃな」


 あきらかに雰囲気が殺伐としてるから、そんな気はしていた。武器持ってる人の比率が跳ね上がったし、全員武装してるし。


「向かって右側は職人街じゃ。装備関係の店や、それを作る工房なんぞが並んでおる」

「あ、僕が借りる工房はあそこの小道を入ってすぐの所ですよ」


 どれどれ? 小道に入ってみると、その先にもたくさんの工房が軒を連ねていた。この辺一帯の建物は全部工房なのか。で、通りに面しているのは有力な販売店ってところかな。

 カンカンと忙しなく金属を叩く音が響き、重なっている。ガガンも明日からここで武器を作っていくんだな。たくさん素材を持って行ってやらないと。どうせならちょっと見て行きたいけど、またいつでも来れるから諦めよう。


「通りの反対側に大きな建物があるじゃろう? あそこは迷宮内で手に入る物を売買するための場所じゃ。依頼などで採取した素材はギルドに納めるが、それ以外の素材はあそこに持っていけば買い取ってもらえるし、オークションに出してもええじゃろう。なんにせよ、これから一番使う施設じゃよ」


 まあギルドが素材買い取っても仕方ないもんな。職人が材料に使う素材を買うのに便利ってことで職人街の向かいに建てたんだろう。どういうシステムになっているのかは、今日の探索が終わった後にで実際に売りにいってみれば分かるか。


「ちなみにオルシエラ通りとガルディアス通りの間も町は治安が悪いので気をつけるのじゃぞ」

「はーい」


 スラムみたいなものかな? まあ特に何か施設がある訳でも無いなら近づくことも無いだろう。


「あと残っとるのはガルディアス通りとセレフォルン通りの間の町じゃが……小僧お待ちかねの場所じゃよ」

「?」


 何だろうと思いながらリリアについて行くと、えらく派手な空間が現れた。


「歓楽街じゃ! おおっと、小童達には刺激が強すぎたかのう?」

「いや、もうすぐ昼だから誰もいないし」


 あとお前も子供の体のくせに、なんでドヤ顔で歓楽街なんて案内してるんだ。肉体年齢9才に刺激とか言われても反応に困るだけだっての。


「いやなに、小僧共も男の子じゃから……のう?」

「気遣いのふりした嫌がらせだよな、これ!!」


 琴音が目を合わせようとしないのが地味にきつかったです。

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