リリアちゃんって……似てない?
「へえ、もうそんなに進んだんですか? さすが同志ユート!」
「いやあ、まだまだサバ子におんぶにだっこだけどな」
今日の朝食はステーキとスープ、あと微妙に固くてパサついたパンだ。日本人は唾液の分泌量が少ないから、だいたいのパンはパサついて感じるらしいんだけどさ。
「悠斗君、よく朝からお肉なんて食べれるね」
「昨日あれだけ動きまくったし、今日もだからな。パワーつけるなら肉だよ、肉」
医学的にはどうだか知らないけど、男の子は肉を食べたって事実だけで力が出る生き物なんだよ、気分的に。
なにせ昨日は本当に50階まで登らされたからな、まだ疲れが残ってる感じがする。どちらかというと餓獣と戦ったことより、琴音をトラップから救出することの方が大変だった気がするけど。巻き込まれまいとオル君も必死に危険を知らせているのに、その上で引っかかるのが琴音だ。それでもオル君のおかげで全トラップコンプリートは達成されずに済んでいる。
「それだけ頑張ったのに、今日も登るんですか? あんまり根を詰めると危ないんじゃ……」
「感覚が鈍らないように軽くだって話だから、登るのは午後からだよ。せっかく新しい町に来たんだから、色々見て回りたいしな」
「なら案内しますよ。昨日ちょっとだけ見てきたんで、少しならわかりますし。あ、でも魔女様が案内してくれるなら必要ないかな?」
それならそれでガガンも一緒に案内してもらえばいいんじゃないかな。
噂をすれば何とやら、リリアが食堂に入って来た。
「女将よ、今日のおすすめ亭の今日のおススメ定食を頼むのじゃ」
「あいよ、すぐ持ってくからお待ち」
ふざけてるようにしか聞こえないけど、ふざけてないんだよな。この宿屋の名前が「今日のおすすめ亭」で、その宿の食堂で一番人気の格安定食の名前が「今日のおススメ定食」なのだ。だから注文したリリアはふざけてなんかいない。だが名づけたこの店の店主(調理担当)は、きっとふざけてる。
「料理担当のイカツイ旦那さんと、かっぷくのいい女将さんがいて、看板娘がいないなんておかしいよね?」
「そんな小説の常識語られても……」
それにここの料理、不可解な位に用意されるのが早いから、今の「かっぷくのいい」って部分聞かれてるぞ。特に気にしていないのか、女将さんはケラケラと笑いながら今日のおススメ定食をリリアの前に並べた。あ、クリームシチューいいなあ。
「おや、いるじゃないのさ可愛い看板娘がここに」
「かかか、何十年前の話じゃ」
「お前が言うな、エセ幼女」
「エセッ……!?」
このババア、口が悪いし、人をからかったりする割に打たれ弱いな。豪快に笑って済ませる女将さんを見習ったらどうだ。
「そういえばガガンは昨日どうしてたんだ?」
「僕は親方の古い知り合いだという方に会っていて、鍛冶場を借りられることになりました。聞いてくださいよ、代金は1か月の売上の純利益3割で、もし1か月まるで売れなかった場合はタダなんですって!」
駆け出しに優しいシステムだな。
「いやあ、持つべきものは顔の広い親方ですね」
「逆に言うと繁盛したらもの凄い金額持ってかれるんじゃないのか?」
「……自分で言うのもなんですけど、それは無いんじゃないでしょうか。なにせ僕の作る武器はロマンばかりを、むしろロマンしか追求しませんからね!」
「その鍛冶場の家主、やっちまったな」
まあ腕前も何も知らない相手にそんな条件で貸してくれるのなら、元々儲けは度外視してるのかもしれないな。引退して後進のサポートを心掛けているとか、そんな理由で。
「道具なんかも備えつけのまま使えますし、本当に助かりましたよ。明日から使えるらしいので、ガンガン作っちゃいますよお!!」
「じゃあ昨日取って来た素材渡そうか? 何が使えるのか分かんないから適当に持ってきたんだけど」
餓獣を倒して手に入れるものは2種類ある。討伐者がギルドに納めて収入を得るための討伐証明部位と、ガガンのような職人や薬師が材料として使うための素材部位だ。
ここが迷宮都市とそれ以外の場所の違いなんだが、迷宮都市以外の各地では、素材部位は二束三文でしか売れない。いつ手に入るかも分からないものを当てにして商売する人間が少ないからだ。主な収入は討伐証明を提出して国からの報奨金をもらうこと。民衆の生活を脅かす怪物を倒すのだから、これが高いのだ。
だが迷宮の中で出現する餓獣は、倒しても倒さなくても誰一人被害を受けない。もちろん倒した分が補充されることで世界のどこかで餓獣が消えるんだろうが、自分達の国土と関係があるかどうかも分からない餓獣を倒したことに報奨金を払いたがらないのだとか。当たり前と言えば当たり前だな。
それゆえ、この町での冒険者の収入源はもっぱら素材部位だ。各階層で出てくる餓獣が決まっているから、安定した供給ができ、それに基づいた商売がたくさんある。
という訳でリリアに教わりながら剥ぎ取って来たのだ。どの箇所が使えるのかを記した本も出てるらしいんだが、50階以下の素材しか載っていないから俺達には無意味なんだそうだ。残念。
「鍛冶に使えない素材だけでも余裕で生活できるんだからウハウハだよなぁ……地球に帰るのが嫌になりそうなくらい」
なにせ鍛冶に使える物をガガンにあげても、それ以外も全部現代の最高クラス50階の素材だ。最高の薬の材料。最高の服の材料。最高の食材。これからもっと高い階層に行けば、更に高性能かつ高価な素材も手に入る。ま、お金がいくらあっても使い道無いんだけどね。
「同志ユートがいてくれなかったら、生活するために普通のつまらない武器をつくるのが精一杯になってたかもですね。本当にありがとうございます」
「いいってこと。ロマン武器欲しいし」
性能いいのが1本あれば、あとはネタ装備で何が悪いってね。
「じゃあ今日の夜にでも素材を見せていただいて、さっそく明日から作ってみますね」
「おお。俺が実戦で使う用の真面目な武器は、もうちょっと上の階の素材集まってからでいいからな」
「了解です」
さて、話している間に朝食も食べ終わった。遅れて食べ始めたリリアもたった今、パンの最後の一切れをゴクリと飲み込んだ。
「満腹じゃあ……」
「そういえばリリアちゃん何で朝から来たの? 迷宮に行くのは午後からでしょ?」
「うむ、良ければ町を案内してやろうと思っての」
渡りに船とはこのことか。ちょうどさっきそんな話してたしな。
「ガガンも来るよな?」
「お邪魔でなければ」
「二人も三人も一緒じゃよ。にぎわってはおるが、そう広い街でもないしのう」
宿屋とギルドの往復だけで生活できるけど、何か娯楽になりそうな場所があるといいな。
宿を出ると、まだそう日も高くないのに多くの人が行き交っていた。本当に賑やかな町だ。人口密度でいうなら、王都の倍はあるんじゃないかと思うほどだ。
「ではまず基本じゃが、この町は塔を中心とした円形をしとっての、その塔からオルシエラ、セレフォルン、ガルディアスのそれぞれの国土に繋がる3つの大通りがあるのじゃ。大体のものはこの通りに沿って配置されとるのでな、よほどの馬鹿でなければ迷う心配はないのじゃ」
そりゃそうだ、迷ったら町を囲う防壁に沿って歩けば、絶対に大通りのどれかに出る訳だからな。そこから塔に向かえば必ず町の中心に来れるということだ。
「つまり3つの大通りによって、この町も大きく3つの区域に別れておる」
形としては、丸を書いて、その中をYの形に区切った感じか。
「セレフォルン通りにはギルドがあるだけじゃ。そしてオルシエラ通りとの間の区画が住宅街になっておる。という訳でまずは塔に向かうのじゃ。この辺りは民家しかないからのう」
そういわれてみれば昨日ギルドを経由して塔に行った時も、全然店なんかは無かったな。町の核とも言えるギルドがセレフォルン側にあるから、他の便利な施設は全部ガルディアスとオルシエラ側に持ってかれたのかな。その辺りのバランスが偏ると不満が噴出しそうだし。
「あ、ギルド。やっぱり大きいねぇ」
「そりゃあのう。ギルドとしての機能はもちろん、ここでは町の運営もギルドの仕事じゃからの」
俺達討伐者が利用するのは1,2階だけだけど、ギルドは外から見るに5階建てだ。上3つは行政用ってことかな?
「昨日も前を通りましたけど、やっぱりスゴイ高さですね。この塔」
「かか、最上階まで行けたら、ガガン参上と壁に刻んできてやるのじゃ」
「え……や、やめてください。行ってないですし」
「過去の遺産は大切にしろ!」
リリアを連れて世界遺産に行ったら逮捕されそうだ。
「あそこの味気ない石の建物があるじゃろう? あそこはこの町の警備隊の詰所じゃ。犯罪関係はあそこじゃ」
見れば武力制圧バンザイな雰囲気の、いかにも強そうな人達がそろいの制服姿でくつろいでいた。ヒマそうでなによりだ。あんなのが控えていたら犯罪行為なんてする気にならなさそうだな。そもそもあの人達が犯罪者面というか、ヤクザみたいな顔の人しかいないんだが。
「お世話にはならんようにな」
「そうだな、色んな意味で関わりたくない」
「では左を見るのじゃ。方角的には西じゃな。こっちがオルシエラ通り、マーケット通りとも呼ばれとる」
露店が集まっているのか。屋台もあれば、地面に布を敷いただけのものもあるが、大勢の人が各々自慢の商品を披露していた。
「ちょいとギルドに行って許可をもらえば誰でも簡単に商売ができるのじゃよ。もっともその分、いまいち信用できん店が多いがの」
ようはフリーマーケットだな。ただ、中にはベテランの雰囲気を出した、しっかりとした屋台で威勢のいい呼び込みをしている人もいる。食べ物なんかもあるみたいだけど、果たして材料は安心して食べられる物なんだろうか。王都でのトラウマが蘇ってきそうだ。
「ん?」
ふと、近くの露天商の並べている商品の中に気になる物を見つけた。値段は……500リオルか。
「どうしたのじゃ?」
「案内してくれてるお礼だよ」
代金を支払って受け取った品をリリアの頭に乗せた。思った通りだ。
「む? 帽子、じゃのう?」
「わ、似合うよリリアちゃん!」
俺がプレゼントしたのは、黒と紫のトンガリ帽。最初に見た時から思っていたことなんだよ、あと帽子さえあれば完璧にイメージ通りの魔女ファッションなのになあって。
「見ろ、この帽子のツバの部分が時計模様になってるんだ」
「なるほど、時属性に合わせたんですね。よく似合っていますよ」
「そ、そうかの?」
1200年生きてても普通に照れるんだな。
ともかくこれでやっと、あと一歩足りないモヤモヤ感から解放される。見よ、このザ・魔女を。見た目幼女だけど。
「あれ? ねえ悠斗君、リリアちゃんって……似てない?」
「誰に?」
帽子が加わって更に魔女っぷりに磨きのかかったリリアに似てる人間なんていないだろ。少なくともこっちの世界に来てからは全然覚えが無いし、地球だったら完全にコスプレじゃん。
いや待てよ? 地球で……魔女ぽい服装?
「10年前……の?」
「そうだよ! 10年前にドラゴンを見た時に一緒にいた、魔女みたいな恰好のお姉さんにそっくりじゃない!?」
第1話の部分にイラストギャラリーを追加しました。
現在のところ、悠斗、琴音、ガガンのイラストを掲載しています。見るのは個人の自由なので、イメージと違っても文句言わないでね?