野菜食べにくくなるからやめろ
最初に姿を見せたのは1匹だけだったが、そいつを待ち構えている内に増える増える。まあ羽が生えていようがデモンなんてかっこいい名前もらっていようが猿は猿、群れる生き物だ。人間が言うと説得力あるね。
「見ててリリアちゃん! 名誉挽回するから!!」
琴音がジョウロをかかげる。何度見ても戦いに臨む姿には見えない。
「恵みの雨!!」
雨っていうか普通にジョウロから出た水を、胸元の革袋から出した種に注いだ。本来ならば何か月とかかる工程をなぎ払い、またたく間に種は芽を出し、葉を伸ばし、その赤い身を膨張させる。
「ニンジンじゃねーか!!」
「あーー!? 間違えたぁ!!」
デカい! 太い! でもニンジンだ。こっちの世界では違う名前だった気がするけど、そんなことはどうでもいい。
だが琴音はそこで諦めなかったらしい。ニンジンの根が2つに別れ、ズボッと地面から引き抜かれた。そしてそのまま2本の根を器用に動かし……走っちゃったよ。
「命を吹き込んでるのかえ?」
「いや、一生懸命あいつが操ってるハズだよ。もう俺にもどこまで行ってしまう気なのか分からなくなってきてるけど」
だってあのニンジン、華麗なキックで猿を蹴り倒してるんだぞ。
だがさすがの(?)ニンジンも最終的に7匹まで増えたレッサーデモンに押され気味だ。あ、今1匹倒したから6匹か。これは琴音の魔法の弱点だな。いくらでも操れるけど、操ってるのは琴音1人だから追加でニンジン戦士を作ることも、他のモノを操って援護することもできない。いや、できなくはないけど、意識が分散して上手く操ることができず、役に立たないのだ。
「俺達も行くぞ、ジル!」
「ピイ!」
ポンッと現れたもう1匹の相棒、理を喰らう鳥。リリアが猿は異能も使うって言ってたから12分に活躍できそうだ。異能ってようするに餓獣が使う魔法っぽい攻撃のことだろ? ペロリと頂いてしまおうじゃないか。
「けど、使ってくるまでは……ジル、地形操作だ!」
真下から飛び出した土の槍がレッサーデモンのケツから脳天を貫いた。自分でやっておいてなんだけど、エグイ。
「ほう? それはアガレスロックの能力かの?」
「ああ。ジルが馬鹿食いしたみたいでさ、いくら使っても無くならないんだよ」
俺の魔法の詳細はやっぱり報告を受けてるみたいだな。そう、今のはアガレスロックから頂いた地形操作能力。いったい俺の意識が無い間にどれだけ食べていたのか、迷宮都市シンアルまでの道程でもかなり使っているっていうのに、まるで減っている感じが無いのだ。
正直に言おう、超ありがたい。アガレスロック様様だ。まずはジルに食べさせないといけないという俺の最大の弱点がカバーされるんだからな。もっとも、いつかは無くなるだろうから無計画には使えないけど。
「だからさっさと異能を使ってくれよっ」
「キキィッ!!」
まさか言葉がわかるとは思わないけど、そこまで言うならやってやらあ、とばかりにレッサーデモンが異能を発動した。闇を圧縮したような真っ黒の球を、それぞれ1つずつ生み出して投擲してくる。
猿が投げてくるもので、一瞬ウ〇コを想像してしまった。
「ぴ、ぴいぃ」
俺の考えが伝わってしまったのか、ジルが嫌そうな声を出した。ごめん、がんばってくれ。
そしてそのウ〇コボールは当然だが琴音の方にも飛んで行っている。まずいな、琴音は運動苦手だから避けるなんてできずに浴びてしまうぞ、あのウ〇コ。
「に、ニンジンが身を挺して守った!? 漢だな、あのニンジン」
「キャ、キャルロットちゃん、私の為に……」
名前つけてたのかよ。しかも琴音の中では女の子設定だったのか? あんなに豪快に蹴り技くり出していたのに? いやまあ操ってた琴音は女の子だけどさ。
ていうか私の為にとか言ってるけど、お前が操作してたんだよな? お前が盾にしたんだよな? え、違うの? 勝手に動いてんの?
「キャルロットちゃんの仇ぃー!!」
新たに生み出されたキュウリと大根がレッサーデモンに飛びかかる。が、やっぱり二体同時は無理だったのか、あっさり爪に引き裂かれた。ということはやっぱり琴音が操ってるんだな。
「ああ! キョーコちゃんとキューリ夫人まで!?」
「野菜食べにくくなるからやめろ!!!」
食べる度に罪悪感に襲われたらどうしてくれる。あとキュウリとニンジンは分かるけど、キョーコはどっから来た。まさか巨こ--
「遊んどらんで早う倒さんかっ!!」
「よ、よし!」
ありがとうリリア。気づいてはいけない事に気づく所だったよ。
見ればジルもたっぷりアレを食べたようだ。何個食べたんだろうと思っていたら、器用に羽で教えてくれた。8個か、8個もウ〇コを食べたのか。
「じゃあ試しに1発だけ撃ってみるか」
攻撃が効かないことに驚いているレッサーデモンに向けてジルが口を開く。そのまま吐き出すだけでは威力が足りないような気がするので、魔力を上乗せして……発射。
発射、と思ったとほぼ同時にレッサーデモンの頭が吹っ飛んだ。み、見えなかった。しかも貫通して後ろにいた奴の肩もえぐり取ってしまってる。見た目は黒い玉だと思っていたら、そのまんま玉だったんだな。魔法という皮を被った物理攻撃だった。
「まあ強いからいいや」
アガレスロックの地形操作はいちいち地形が変わってしまうから、こういうお手軽な攻撃の方が使いやすそうだ。コイツら程度の相手なら剣だけで十分だし、もう使わずに温存しておこう。
「わわわ、このままじゃ名誉挽回できないよぉ!」
琴音が慌ててジョウロを向けた先にはニンジンが。またかよ。
「植物は簡単には死なないんだから!」
復活のキャルロット。追加された水の分、さらに巨大化して天井スレスレまで行ったキャルロット。腕まで生えて、猿を殴り飛ばしたキャルロット。
ああ、俺しばらくニンジン食えないや。
「ギギィィ!!」
ニンジンには敵わないと思ったのか、回り込んで琴音を狙おうとするレッサーデモン。作物を恐れる猿って……。ちなみに猿は人間の男性と女性を区別できていて、女性を狙って襲ってくるという話を聞いたことがあるんだけど、リリアには向かって行こうとしない。野生の勘でヤバさを感じたのか?
「ひゃああ!?」
「ま、行かせないけどさ」
琴音に飛びかかろうとしていたレッサーデモンを剣で切り捨てる。さすがに猿の姿をしているだけあってすばしっこいけど、残念だったな俺の師匠は更に人間ばなれした動きで襲い掛かってくるんだよ。
「あと1匹」
肩をケガしたのがもう1匹いるけど、出血量からしてもう動けそうにないからノーカウントだ。そして最後に残った1匹だが、ケガした仲間を見捨てて逃げやがった。
別に見逃してやっても俺はいいんだけど、リリアは文句を言いそうだ。なにをまんまと逃げられてるんだ、と。
「いい機会だし、琴音あれを試してみよう」
「うーん、大丈夫かなぁ?」
「最悪サバ子がいるし、大丈夫だろ」
何の話かとリリアが首を傾げているけど、さすがに説明していると逃げられてしまう。
「じゃあかけるよ?」
「うん、足で頼むよ」
膝から下がひんやりする。びしょぬれになる程の量じゃないからすぐに乾くだろうけど、ちょっと気持ち悪いな。
だけど効果は絶大だ。琴音の魔法を受けた俺の足は、自分の物じゃないみたいに軽く、そして力強い。
「は、はは。やばい、楽しいぞこれ」
レッサーデモンを追って走り出すと、まるで自転車を全力でこいでいるかのようにグイグイ加速していく。自転車でもスピードが上がると比例してテンションも上がる感覚があったけど、自分の足でとなると更に楽しい。
「キ、キキィッ!?」
振り返れば、俺。逃げ切れたと思ったか?
さっくりトドメを刺して琴音達の所に戻ると、ケガをしていた方の猿は人参戦士キャルロットが倒していた。このニンジンこの後どうする気なんだろう。
「どうだった?」
「めちゃくちゃ軽快に走れる。気持ちいいぞ」
「うわぁ、後で私もやってみよっ」
効果時間はまだ分からないな。アガレスロックとの戦いでは10分くらいで元に戻ったって話だし、多分10分続くんじゃないかな。
「なるほどのう。今のがアガレスロック討伐の決め手になったという琴音の魔法かえ? じゃが意識は無くなると聞いとったがの?」
「ああ、あれは魔力を込めすぎたせいじゃないかって話になってさ。目一杯力を抑えて使えばどうかってことで試してみたんだよ。いやーいい感じにパワーアップできてるぞ?」
「失敗してたらどうするのじゃ。次からは一言ゆうてからにせい」
「はぁーい」
いやあ、どこで試そうかと思っていたけど、フォローしてくれそうな最強クラスの魔法士がいたもんだからさ。怒られたけど。
「ふうむ、この塔で言えば60階までは行けそう、といった所かの」
「えー、そんなもんなのか」
オリジンってだけでもう少しいけると思ってたんだけど、さすがに甘かったか。曲がりなりにも誰一人走破したことのない塔なんだもんな。
「琴音は50階がせいぜいじゃな」
「う……」
「まだまだ経験不足じゃが、なあに経験を積むということに置いて、この塔以上の場所も無いわい」
それにリリアの言った階層の目安は、1人ならってことみたいだし、3人で協力しあえればもっと上を目指せるはずだ。
「かかか、では一度食事に戻ろうかの。今日中に50階までは行くぞい!」
「おー!」
「いや、琴音はもうちょっと緊張した方が良くないか?」
50階ってお前が1人で戦えるギリギリだぞ?