なんで二人とも私から離れるの
俺にはもう、呆然と立っていることしかできなかった。
俺の責任なのか? 落とし穴の存在に気づいていたのに、それを伝えなかったから……?
「でも見え見えだったじゃん!?」
「うむ、ワシもまさかアレに引っかかるとは思っとらんかった」
地面の色が違うとかいうレベルじゃない。一面の草原の中であって、ぽっかりと空いた茶色い地面。そこに置かれたベニヤ板のような蓋と、その隙間から丸見えの穴。むしろ無い方がいいんじゃないかという程度の草でカムフラージュされたその場所に足を踏み入れる人間がいるなんて誰が思う。
「というか底が見えないんだけど?」
穴を覗きこんでも見えるのは闇。琴音の魔法なら落下死の心配はまったく無いけど、これは一体どこに繋がっているんだろうか。
「まあ、心配せんで良い。すべり台のように1階ど真ん中へ放り出されるだけじゃ。草でクッションまで用意されとるよ」
なるほど、まだ手加減されている訳か。ただし恥はかかせる、と。知ってる人から見れば、落っこちてきた人はこんなマヌケな罠に引っかかったおバカさんだと解ってしまうからな。
「こ、こわかったよぅ……」
「あ、帰って来た」
「気をつけんかコトネ。あれに引っかかっておるようでは、この先ことごとくに引っかかってしまうのじゃ」
「うん、気をつける……」
気づけばもう琴音が落ちた落とし穴は復元されていた。罠は一定時間で復活するのか。
それからは苦難の道のりだった。いや、餓獣はリリアが倒してくれたから俺達は後ろを歩いていただけなんだが……苦難の道のりだったっ。
3F
「ひゃあ!? 気をつけて悠斗君、リリアちゃん! この草むらの中、草を結んで足を引っ掛ける仕掛けがあるよ!!」
「うん、それも丸見えだったな」
「罠なのか子供のイタズラなのかも分からんモノなのじゃ」
5F
「な、なんだか……眠く、なってきた……にゃ」
「ぎゃう」
「おおい、馬鹿! なんでそんな怪しげな色の花を持ってるんだよ!?」
「むむ、それはイム・ネクゴスという花じゃ。すごく眠くなるのじゃ」
「名前考えるのめんどくさかったのか!?」
10F
「ムシッ……虫、虫がぁーーいやああああああ」
「それはもう罠ですらないのじゃ」
「いやでもこの数はちょっと悪意あるぞ?」
11F
「この階層からは雪原地帯になるのじゃ」
「みぎゃっ」
「わあキレ--」
「……また琴音が消えたんだが」
「吹雪にまぎれて転移トラップがあるのじゃ」
「琴音ぇぇぇぇ!! どこだあ、返事しろぉぉぉぉ!!」
16F
「すごい! 雪だるまが一杯! ねえ私達も一個つくr--」
「雪原来てから1階ごとに消えてるな、あいつ」
「この階層では無数にある雪だるまのどれかの中に転移させられるのじゃ」
「どっかの事件簿でそんな死体の隠し方してたぞ! これじゃない! これでもない!!?」
19F
「この階は転移トラップはないのじゃ」
「良かったぁ! 毎回どっか飛ばされちゃうんだもん」
「こっちのセリフだ! 雪だるまなんか137個も壊したんだぞ!?」
「ぎゃう!」
「えへへ、ごめええええええええええええ、た、助けてええぇぇぇぇ……」
「たまに雪崩が起こって入口に戻されるがのう」
「先に言えよ!」
「言っても結局こうなってたじゃろう」
21F
「わわ、水浸しだよ」
「迷路状の水路か。でも足首くらいしか水量はないな」
「私長靴だからへっちゃむがっ!?」
「ところどころ深いぞい」
「あ、だからお前さっきから杖で水の中探ってたのか!! っていうか先に言えってば!」
「だからどうせ一回はひっかかるんじゃろ? 早めに済ませておこうかと、のう」
24F
「この階層は水が深いのでな、点在しとる巨大水草の上を飛び移っていくのじゃ」
「注意点は?」
「人が乗れるほど頑丈でない水草が混ざっておる。風で揺れるのは乗れんやつじゃから、見ればわかるわい。ええな? 揺れる水草は乗れん。復唱せい」
「揺れる水草は乗れない! 大丈夫だよリリアちゃん、いけもががぶあっぷ!?」
「ほらぁもうぉ嫌じゃぁ。やっぱり一回引っかかるんじゃぁアイツ……」
「なんかごめん」
28階
「ここは突然頭上に鉄砲水が降って来るのじゃ」
「それは回避しようがなくないか?」
「うむ、完全に運じゃな」
「みぎゃ……」
「なんで二人とも私から離れるの? ねえ待っはぶっぐももも!!?」
31F
「ここから二人にも戦ってもらおうと思うのじゃが……不安じゃのう」
31階からは洞窟の迷路だった。いかにも琴音の言っていたダンジョンって感じの場所だ。そしてリリアが露払いしてくれなくなる階層。ここで俺と琴音の能力を確認し、それに合わせて迷宮を攻略していくという予定だ。
だがリリアは微妙そうな表情で琴音を見ていた。
「こうもことごとくの罠にかかられると、先に進むのが恐ろしくなるわい。そろそろ即死する罠も出てくるのじゃぞ?」
「う、うう。なんで悠斗君とリリアちゃんは全然ひっかからないのぉ?」
28階のは運だからどうしようもないとしても、それ以外は注意深くしていれば気づける程度のものだったんだけど、琴音にはそれが分からないらしい。
「ワシも多少はかかったことがあるが、コトネは引っ掛かりすぎじゃ。婆様が生きておったら、なんと罠の作り甲斐のある娘だと大いに喜んだことじゃろうの」
おおよそ全部に引っかかってまわってたからな。それはもう体験してレポートでも提出するのかってくらい。
「逆に小僧は引っかからなさすぎるわい」
「なんとなくこう……違和感があるだろ? そこに近づかなければいい話だし」
「それが出来れば苦労はないのじゃ」
まあそこは秘境の中で天然のトラップを潜り抜けてきた経験と直感、みたいなものかな。なにが役に立つか分からないもんだ。
「そうだ! リリアちゃんの魔法で巻き戻してくれれば、どんな罠にかかってもへっちゃらじゃない?」
その手があったか。自分の魔法は全然応用できてなかったくせにな。あの水草の階層なんて、水草を成長させれば済んだのに。
「できんことは無いが、魔力を使い果たしてしまうのじゃ。確定した過去を変えるのは代償が大きくてのう」
「つまり起こってしまったことを無かったことにするのはコストがかかりすぎるのか?」
「うむ。例えばじゃが、餓獣に噛みつかれそうになって時間を巻き戻すのに1の魔力を使うとして、噛みつかれた後に巻き戻すと10の魔力が必要になるのじゃよ」
ちょっと複雑だな。
つまり餓獣が飛びかかってきた時点では、噛まれるのかどうかも未確定だけど、噛まれた後だと確定しているから、改変するのにコストがかかる、と。因果とかそんな難しい話が関わってくるんだろうか。
「じゃあリリアちゃんがタイムスリップして、過去の私に危ないよーって教えるのは?」
「時間操作より時間転移の方が魔力の消費が激しい……というより理論はできとるが、ワシの魔力では発動できんのじゃよ」
どんだけ消費激しいんだよ、第一期魔法士の魔力はほとんどオリジンと変わらないんだろう? なら誰にも使えないってことになる。タイムマシンはファンタジー世界ですら夢の話なのか。ちょっと残念。
「慣れれば判別できるようになるって。ほら、オル君だってできるんだし」
「オル君は野生の勘があるもん……」
「ぎゃう?」
何の話かって? オル君が凄いって話だよ。
「琴音が引っかかった罠も、全部オル君は反応してたからな」
あの時は何やってんのか分からなかったけどな、頭の上で何をもぞもぞしてるんだろうと思っていたけど、あれは罠に反応してたんだな。
「…………」
「どうした琴音」
「じゃあオル君貸してよぉー!」
「あ」
そっか、俺は自力で気づけるんだから、罠探知機を琴音に持たせれば万事解決じゃん。
「よろしくね」
「ぎゃう」
琴音が頭の上にオル君を乗せる。なんだろう、なんか寝取られた感がある。オル君の相棒は俺だよ?
「みぎゃ!」
「はっ! なに!? 何かあるの!? どうしよう、何かあるのは分かっても、何があるのか分からないよ!!?」
「どうしようもないな、お前」
ちなみに琴音があと一歩歩いていたら、上から岩が落ちてくるところだった。よくやったね、オル君。ビビってくれるだけで罠にかかる確率は下がるだろうし、そのまま教えてやってくれ。
「ううむ、不安は残るが罠に関してはええじゃろう。では本来の予定通りに行こうかの」
「戦闘だな」
「うむ、おあつらえ向きに餓獣が来おったわ」
見ればコウモリの羽が生えた猿がいた。
「レッサーデモンじゃ。異能と爪に気をつけるのじゃ」




