悪魔のごとき真紅の目
「なんか思ったのと違ーう」
「違うとかいうレベルじゃなくね?」
天の迷宮に入る前、琴音はこう言っていた。ダンジョンと言えば洞窟だ、と。ダンジョンじゃなくて迷宮だと訂正してやると、なら遺跡っぽい石の迷路だと。
現実は草原だった。
「俺、確かに塔に入ったと思ったんだけどな」
「お前さんは正気じゃよ。言うたじゃろ、ここは空間魔法の極みが作り上げた迷宮だとのぅ」
いや聞いてたけど、ここまでできるとは思わないだろ。
どういう原理かは考えるだけ無駄だろうけど、一体どういう理屈になってるんだろうか。塔とはまるで無関係な草原に飛ばされたのか、それとも塔の一階を拡張して草原を作ったのか。
「キレイな青空だねー」
「マジでどうなってるんだ、ここ」
「ワシはもう考えるのは諦めとるよ、かかか」
俺達より先に塔に入った人達もポカンと空を見上げている。初めて来た人なんだろうけど、あらかじめ調べてなかったのか。この光景は知ってても驚くかもだな。だが完全な初見は少数らしく、大体の人はさっさと進んで出現した餓獣と戦っていた。
「ていうか迷宮じゃないし」
「迷路になっとる階層もちゃんとあるのじゃ。10階ごとに雰囲気がガラリと変わるでな、飽きんぞい」
「へー、楽しそうだね!」
「最初の内は、の」
意味深なこと言わないでくれよ。
「ワシらはこんな階層、時間の無駄じゃな。さっさと行くぞい、30階まではワシが連れてってやるでな、何もせんでええ」
そう言うとリリアはテクテクと歩き始めた。
その横合いから狼の餓獣が飛びかかったが、リリアが杖を一振りするとビクンと体を震わせて地面に転がった。口からヨダレと一緒に泡を吹きながら痙攣している。
「ほれ、何をしとる。はぐれるでないぞ」
何もなかったかのようにリリアは歩き続けて、それを横で見ていた討伐者がそそくさと狼を横取りしていった。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないか」
速足で追いつくと、杖をブンブン振りながら反論された。
「急いだそうがええんじゃよ……戦争が始まる前に済ませてしまいたいのじゃ」
そうか、コイツはこんな姿でも、父親が国王の代からずっとセレフォルン王国を守ってきてるんだもんな。この非常時に俺達に時間をかけすぎる訳には--
「お前さんら、戦争に参加する気じゃろう?」
「え!? どーして知ってるの!!?」
「未来を見たからのう。お前さんらに関する未来視は3つじゃ。この世界に来ること、今朝の宿に泊まること、そして……戦場で死ぬことじゃ」
「……っ!?」
死ぬ? 俺達が? 戦争に参加することで?
もちろんそれは十分ありえる事だ。その覚悟ができているとは言えないけど、殺し、殺されるのが戦争なんだから。だけど予知能力者にハッキリと言われるのは衝撃だった。
「死んじゃうの? 私達……?」
「いや、コトネはまだ生きとった。その後でどうなるかまでは見えんかったのでな」
つまり未来視の中で死んだのは俺ってことか。
「全身黒ずくめの人間……逆光で顔も、性別すらハッキリとは分からんかったが、小僧はそやつの風変りな剣に貫かれて死ぬのじゃ。ワシとコトネは傷だらけで枯れ地に倒れたまま、見ていることしかできなんだ」
「ちょ、ちょっと待った! 三人ががりで負けたのか!? オリジン2人に第1期魔法士が、たった1人に!?」
「そうじゃ」
なんだそれ、未来の話なら俺と琴音も今より強くなってる筈なのに、それでも負ける相手って。それに黒ずくめとくれば……アイツくらいしか思いつかない。
「テロス・ニヒ」
「報告は受けておるよ。お前さんらに付きまとっとるオルシエラの特務じゃろう? だがおそらく違うじゃろう、特務の服では無かったし、戦い方も聞いた話とはまるで違ったわい」
そういえばテロスは剣なんか使いそうに無かったな。でもあいつは色んな人間を喰らって、その人間に変貌できるみたいだから、可能性はあるんじゃ。ていうかもう悪いこと大体アイツが関わっていそうなイメージがある。なんてったって黒幕臭が凄いんだ、あいつ。
「なにより逆光の中であってなおハッキリと輝く、あの血のように赤い眼……。聞いた話じゃが、ガルディアス帝国のオリジンは悪魔のごとき真紅の目をしとるらしいのぅ」
ああ、なるほど、全貌が見えた。辻褄も合う。
つまり俺はガルディアス帝国との戦争で、鐵のオリジンと戦って戦死するってことか。そうだよな、出てくるに決まってるよな。
「悪属性のオリジン……残念ながら、その魔法までは見れなんだが」
リリアが思い出すように目を閉じて、ゴクリと喉をならした。
「魔法なんぞ必要ないわい。ただの剣技ワシらを圧倒してみせおった……化け物じゃ。1200年前の、どのオリジンよりも強い。あまりにも、強すぎるのじゃよ」
「ええ。そ、そんなに?」
震えていた。
1200年、この戦いに満ちた世界で生き、魔法の全盛時代をその目で見てきた魔女が恐怖に震えてた。
「お前さんらが協力しようとするまいと、この戦争は負けるわい。ならば帰るべきじゃ、下手な思い入れができる前に急いでのう」
「うーん、それは無理かな」
「……なぜじゃ」
「もう思い入れがあるからな」
「うん、そうだね」
王都には結局1ヶ月も居なかったけど、アルスティナが自分の為に負担を負っている家臣を助けてあげたくて、一生懸命に夜遅くまで政治の勉強をしていることを俺は知っている。
女王として即位したばかりのアルスティナの立場を盤石のものにするために、アンナさんが恨みを買うことも厭わずになにやら暗躍しているという話を俺は聞いている。
兵士の訓練に自分の鍛錬、策略を話し合い、寝ても覚めても戦争に勝つことだけを思案し続けていたケイツが、過労から定期的に医者にかかる姿を俺は見ている。
「頑張ってる友人を見捨てるなんて選択肢はあり得ないんだよ。それはもう決まってる。あとは何ができるかなんだ」
「死ぬ、と知ってもかの?」
死ぬ危険のある場所に突っ込むことには慣れてる。そもそもこの迷宮だって、死ぬ可能性はあるんだから。まあ、リリアの見た未来が実現するならココで死ぬことは無いのかもしれないけどな。でも未来は変わる。落とし穴があると知っていれば、避けて歩くか埋めてから行けばいいだけだ。
「その未来ではここにいる3人で挑んだんだろ? ならもっと仲間を連れていけば、少なくとも未来は変わる。未来の俺より強くなれば、変わる。そんな曖昧なもので諦めないよ」
ドラゴンなんていないと馬鹿にされながらも探し続けた10年間。
「俺は諦めないことに関しては自信がある!」
「アレの強さを知らぬから言えることじゃ……が、ワシとしては有難い話じゃ。お主らがおればセレフォルンが滅びずに済む可能性が多少は上がるじゃろうからの」
そもそも逆効果なんだよな。
そうやって自分達を後回しにして俺達の心配なんてされても、そんな人達を見殺しになんてできないって気持ちが強くなるばっかりだ。
「ワシは未来のお前さんらの強さを見とる。もし戦争が始まった時点で、まるでその強さに追いついていないようなら無理矢理にでも元の世界に放り帰してやるわい」
「ううー、そんなことにはならないもん」
「ああ、そんな中途半端で帰れるかってな」
俺だって死にたくない。少なくともリリアが納得する位には強くなる。仲間も見つける。そして挑むんだ、史上最強のオリジンに。まだ一度も会ったこと無いけど、今度は勝ってやる。
「かか、ならこの塔の頂上くらい楽々辿りかねばのう」
そうだな。オリジンが作った塔も制覇できずに最強になんて挑めないか。
「ほれ、階段じゃ。30階まで一気に行くぞい。お前さんらに戦ってもらうのはそこからじゃ」
俺達は勇んで2階への階段を登り始めた。ところで食べ物持ってきてないけど、30階まで行くのに何時間かかるんだろう。
そんなことを考えながら2階の、1階と大差ない草原に足を踏み入れた時、琴音が落とし穴に消えた。