練りに練った渾身のイタズラ
スカイツリーを初めて見上げた時のことを思い出した。あれ、駅を出てすぐだから、いきなりすぎて唖然とさせられるんだ。同じように迷宮の話に夢中だった俺は、塔の存在をスコーンッと忘れていたせいで目と口を限界まで開いて見上げる羽目になった。
高い。
真下からだと頂上がどこなのか分からないくらい高い。見上げる首は限界まで曲げてもまだ足りず、背中ごと反らせることになっている。なんで倒れないんだ、これ。
その塔、天の迷宮のお膝下では多くの討伐者がひしめき合っていた。武器を持った者や、いかにも魔法頼みな者まで多種多様な装備で身を固め、それぞれのタイミングで塔の中へと入っていっている。
そして俺達も、という所で待ったをかけた。
「まさか怖気づいたのではなかろうな?」
ニヤニヤと変な笑みを浮かべたサバ子が聞いてくるけど、まんざら間違いでもない。このまま突入するにあたって、心配事があるのだ。
「オル君どうしよう……」
「ぎゃう……?」
「あ、忘れてたね。最近見かけなかったし」
「なんか体調悪そうだったからな。異世界だし、変な病気じゃなければいいけど」
腰に下げていた袋から相棒を取り出す。
ぐったり、というほどでもないけど、こころなしか元気が無い気がするんだよな。オル君とはもう2年の付き合いだし、気のせいってことは無いと思うんだけど。
「お主らの世界の生物かの?」
「ああ、アルマジ……サンドアーマードラゴンのオル君だ」
「悠斗君、リリアちゃんなら何かわかるかもだし、諦めて正直に話そうよ」
「うぐぐ……」
正直ってなんだ正直って。オル君は……オル君はっ。
「アルマジロトカゲっていう……珍しいけど普通のトカゲなんだ、実は」
「見れば分かるわい。こんなちっさいドラゴンがいる訳なかろう」
くっ、2年間隠し続けた真実がついに白日の下にさらされてしまった。
「ふむ……魔力に当てられたようじゃの。魔力の無い生物が、魔力の塊のようなオリジンの側にいれば無理なきことよのぅ」
「お、俺のせいなのか!? 治るのか!!?」
「心配せんでも、そのうち馴染んで平気になるわい」
良かった。ごめんなオル君、はやく元気になってくれよ。
「じゃあ置いていった方がいいんじゃない?」
「って言ってもなぁ。ガガンはもうどっか出かけてるし、あの受付嬢は当てにならないし」
まず預かろうとしないだろうしな。
「連れて行っても構わんじゃろ。50階まではワシがおれば危険も少ないし、野生に帰す気が無いのであれば、なるべく一緒におった方が馴染むのも早かろう」
「そうか……俺がちゃんと守ってやるからな、オル君」
「それに役に立つかもだしね。オル君にはもう二回も助けてもらってるし」
確か、森で陛下に襲われた時と、岩場で鳥に襲われた時だったな。オル君の野生の勘は、俺よりずっと早く敵を感知するからな。地球での秘境探索でも、何度オル君に救われたことか。
「ぎゃう……」
車酔いした人のようにフラフラしながら、オル君が定位置の俺の頭に移動した。大丈夫か、俺の体の部位では一番安全な場所かもしれないけど、一番揺れる場所だぞ。あ、別に酔ってる訳じゃなかったな。
「しっかし3人だけで大丈夫か? 他の人達は5人1組が多いみたいだけど」
ぱっと見た限りでは、前衛3の後衛2人っていうのが一番多いように見受けられる。あまりゲームはやらない方だったけど、多少は知ってるつもりだ。前衛が敵を抑えている内に魔法使いが詠唱して一気に殲滅するんだったかな。回復の属性は無いから僧侶ポジションは空席だけど。
「あれは別に役割分担しとるのではないのじゃよ。近距離魔法より遠距離魔法の方が威力があるわけでも発動に時間がかかるわけでもないが、遠くまで届く分、接近戦では使いにくいのじゃ。それに迷宮に中はそんなに広くないのでのぅ、全員前衛だと通路が狭くで戦闘に参加できない人間が出始めるんじゃ」
「そっかぁ、何人かは後ろから、前の人達の隙間をぬう様に攻撃しなきゃいけないんだね……危なそう」
「さすがに味方に当たらん程度の広さはあるわい」
俺達は3人だから、とりあえず通路で詰まる心配は無いか。サバ子が1人で80階近くまで行っているんだし、火力面でも問題無さそうだ。あとは俺と琴音で残り20階分の戦力を補えるかだけど、それはもう行ってみないことには分からないよな。
「百聞は一見にしかず、じゃ。50階までは特に苦も無く行けるじゃろう」
そのことわざ異世界にもあるんだな。
塔の下には二つの人だかりがある。
1つは普通に塔の入口だ。俺達と同じ新参者と、低階層でウロウロしてる人達で、そう広くない石門の前に列を作ってパーティ単位で少し間隔をあけて入っていっている。
もう1つは入口の両サイドに設置されている5メートルはある青緑色の石柱……っというより地面にクリスタルが突き刺さってる感じだ。オベリスクっていう奴かな。そのオベリスクに触れた人達が次々と消えていっているから、あれが例のワープマッシーンか。
俺達が入るのはもちろん一階入口からだ。
大人しく後ろに並んで順番を待つ。サバ子のネームバリューなら人ごみが割れてすんなり入れたりするのかな、と少し期待したんだけど、入口から入る連中はほとんどが初心者だからサバ子のことは知らないらしい。まさか自分達の後ろに並んでるのが伝説の魔女だとは思わないよな。
ベテラン組は気づいたみたいで、慌てて道を譲ろうとしていたけど、目的地はオベリスクじゃないんだよ。かわいそうに、間違えたことで仲間からいじられていた。お前らも体動きかけてたけどな。
「ううー、ワクワクするねー! 1階でもホントならいない筈のすっごいモンスターが出るかもしれないよね、お約束的に!!」
「なんの約束か知らんが、この塔を作った薄雲のオリジンはそんなミスをする人では無かったわい」
「知り合いだったのか?」
ありえない話ではないよな、コイツはオリジンのいた時代の人間なんだし。
「全員知っとるよ。あの時代はまだ今ほど人間の生活圏が広くなかったからのう。それに何を隠そう、空間のオリジン、リディア・ボルトキエヴィッチはワシの祖母なのじゃ」
「ババアの……ババアだと」
「そうなんじゃが、なんか嫌な表現じゃのう」
待てよ、サバ子は暁のオリジンの実子だったよな。ってことはオリジンの娘とオリジンの間に生まれたのがサバ子ってことになるのか。歳の差どうなってんだろ。暁のオリジンの方がかなり若かったのかな。
「イタズラが好きな方でのう、練りに練った渾身のイタズラを定期的にしかけに来るんじゃよ……」
「お前人の事言えないだろ」
「遺伝じゃ。問題なのは、恐ろしく綿密な計画をたててイタズラをする人だということじゃ。この塔も同じじゃよ、あの方が作ったのなら全てのハプニングが計算ずくじゃ」
それは安心すればいいのか? それとも恐れおののけばいいのか?
「迷宮史上、階層に見合わない餓獣が出たという話は無いのでな。そこはきっちりしとるのじゃろう。まあ90階以上は第1期がありふれていた時代ですらほとんど誰も到達できなんだから、その先は何が起こってもおかしくないがの」
え、ちょっと待って。パーティ全員第1期魔法士でも90階辺りが限界だったのか? 第1期ってほとんどオリジンと変わらないって話だったけど、これホントに最上階まで行けるのか?
いや、どうせ登ることになるんだからポジティブに考えよう。最上階まで行けたら、俺は魔法を使いこなせたとみなしていいって事だ。行けなかったら、まだ強くなれるってこと……実に分かりやすくて目標にしやすいな。
「でもやっぱり3人じゃ厳しいんじゃないかなぁ」
「と言ってものう、現代の人間で最上階を目指せそうな人材など、そうはおらんぞ。実際見つからなんだからお前さんらを呼んだのじゃぞ?」
「だよなあ」
ゲームと違って、レベルさえ上げれば誰でも強くなるって訳じゃないもんな。周りには大勢の討伐者がいるけど、最上階を目指そうなんて人間は一人だっているかどうか。
中にはゴツイ鎧を着こんで大中小と三本も剣を持った、完全に魔法使う気のない人間までいる。魔法が戦闘向きじゃないのか、最近少しずつ現れ始めてるっていう魔力0の人かもしれない。それでも挑もうっていうんだから、腕には自信があるのかな。
「ひとまず行ける所まで行ってみようではないか」
考えるのはそれからってか。行き当たりばったり感がすごいけど、行き詰ってみないことにはどんな戦力が足りないのかも分からないか。
そしてようやく俺達の番が回ってきた。意外と初心者が多いみたいだ。だけどこの内の何人が生きて塔から出てくるんだろうか。この迷宮での死者数は、年間で3000人を超えるというけど、それでもなお3国から次々と新しい生贄がやってきて、飲み込まれていく。
そして今目の前にあるのは、この世界で最も沢山の命を喰らってきた魔物の口だ。
ブルリと背筋が震える。
いや、具体的な数字を聞くとやっぱり怖い。50階までは余裕だと言われても、アガレスロックという強大な餓獣を倒したことがあっても、怖いものは怖い。
「……よし、行こう」
ヤバくなったらお願いします、サバ子様。




