このお兄ちゃんに無理矢理
何が起きた。
昨日の夜遅くに迷宮都市シンアルに到着し、何をするにも明日だなということで宿屋に向かった。そして琴音と男二人の二部屋をとって、さっさと布団に入った所までは覚えている。
だけど朝日の差し込む中、俺の布団の中で寝ている10才にも満たなさそうな幼女のことは、まるで覚えてないんだが。
いや、寝てない。めっちゃガン見してきてる。
同じタイミングで起きたらしいガガンが、愕然とした様子で震えている。なんとなく何を考えてるのかは想像がついたよ。
「ど、同志ユート……さすがにそれは幼すぎるんじゃ。というか相部屋に連れ込むなんて、僕は一体どうすれば」
「いやいやいやいや、待ってくれよ!?」
「まさかそれも……ロマン!? じょ、上級者すぎるっ」
ひっぱたいてやった。
「知らないって! こんな子供!!」
「うむ、初対面じゃ」
「初対面の幼女と、どうして同じ布団で寝てるですか!?」
「俺が知りたいよっ!!!」
何をどう間違ったら、新しい街に着いたばかりの夢と希望の朝がこんな大パニックになるんだ。わかりきっている、この幼女がいなければ普通の朝だったんだ。
濃い紫色のストレートヘアは地面につきそうなぐらい長く、いかにも魔法使いな黒いローブはサイズが大きすぎて地面についている。手には慎重より大きな杖を握っていて、あとトンガリ帽子でもかぶっていれば完全にザ・魔女って感じだ。
魔女?
「まさかとは思うけどお前、時流の魔女か……?」
「おお、自力で気づきおった。もっとアホだと思っとったんじゃが、予想が外れてしもうた……」
「勝手な予想して残念がるな!」
こいつが時流の魔女、リリア・ラーズバードなら、なんで俺の布団の中にいたのかも説明がつく。ケイツが言っていたからな、人をからかうのが生きがいみたいな人物だと。
「魔女ってくらいだから、もっと皺くちゃにババアかと思ってたよ」
「お前さんこそ勝手に予想しとるではないか」
残念がってはないだろ。
「どーしたのー? こんな朝から騒いで……その子どうしたの?」
隣の部屋まで聞こえてたらしく、琴音が眠そうに目をこすりながら部屋に入って来た。どうも俺達の声で起こしてしまったみたいだ。俺とかけっこう大きな声で叫んでたしな。
その時、リリアが目を怪しく光らせた。
「このお兄ちゃんに無理矢理つれてこられたのぉ……」
「ちょっ!?」
「…………う、わぁ……」
琴音さん、そんな目もできるんですね……。
虫けらを見る目? ゴミを見る目? いや、道端で立ちションしてるオッサンでも見るかのような目だ。むしろ大の方をしてるオッサンくらいの雰囲気を感じる。
心が折れそうだ……いや頑張れ俺! ここで頑張らないと社会的に死ぬんだぞ!
「ち、違うぞ!? コイツが例の魔女なんだよ! どうやってか俺達の居所を突き止めて来てたんだよぉーーー!!」
「……こんな子供を」
「時間を操れるって話だっただろ!? おかしくないって、子供でも全然おかしくなって!! っていうかガガンッ! 一部始終見てたんだから証言してくれよ!」
なんで「はっ!?」って顔なんだよ! それよりガガンも最初は勘違いしてたけど、なに? 俺ってそんなことやらかしそうな人間だと思われてるの!?
「とまあ、からかうのはこれくらいにしておくのじゃ」
「俺あんた大っ嫌いだよ」
「ちっさい男じゃのう。いや何が、とは言わんが」
俺が寝てる間にナニを見た!? てゆーかちっさくないぞ!!
「……ホントにリリア・ラーズバードさんなの?」
「かかか、そうじゃよ。意地悪してすまんかったねぇ」
「思ってたのと違うね」
そりゃ、普通1200年前から生きてる魔女と聞いて、少なくとも幼女は想像しないだろ。アルスティナは天然としても、ケイツとアンナさんは完全にわざと黙ってたな。こんなサプライズはいりません。
「見た目はどうあれ、中身はまぎれもないババアじゃよ。かか」
「見た目サバ読みすぎだろ……」
「サバ子ちゃんだね」
「……これこれそこの雑草や、騙そうとしてこの姿な訳ではないのじゃから、その呼び名はあんまりではないかの?」
「たった今騙そうとしてたよね?」
もしかして琴音のやつ、雑草呼ばわりされた事をまだ根に持ってるのか? 植物だけに根に……失敬。
今まさに雑草呼ばわりされたせいもあって、リリアと琴音の視線が火花を散らせて見える気がする。怖い。
「もしくはロリアちゃんとか? ロリア・ラーズバード?」
「おお、おお。ただの雑草じゃと思っとったら、この草め毒がありおるわ。猛毒じゃあ」
とても楽しそうな笑顔で舌戦を繰り広げる二人を前に、おれはガガンに呼びかけた。
「朝ごはん食べに行こうか」
「そうですね」
「置いてくなんてヒドイよ悠斗君……」
「まったくじゃ。こんなあどけないババアを放置するなど、紳士の風上にも置けんわい」
そんなこと言われてもな。あとそこのババア、色々ふざけすぎだろ。
琴音達が注文するのを見ながら、まだ少し温かいパンにかぶりつく。ううん、米が食べたくなってきたな。日本に帰りたいな。このババアがいない世界に行きたいな。
「それじゃあ改めて自己紹介しようかの。ワシはリリア・ラーズバード。色々聞いとるかもしれんが、暁のオリジン、アラン・ラーズバードの次女にして1189年の時を生きる魔女じゃ」
「あ。ソコこだわるんだな」
「……11年の差は大きいのじゃぞ?」
1200年も生きてて気にするのか。誤差みたいなもんだと思うだけどな。
「あだ名はサバ子で良かったのか?」
「小僧はコトネの味方かっ!」
「まさかさっきの事を、少しも怒ってないと思ってたのかい?」
変なウソをついたことは勿論、(ごにょごにょ)をちっさいと言ったことは許さない。ところで本当に見られたの? 冗談とかじゃなくて? 怖くて聞けない……。
「ぐむむ、年長者はもっと敬うものじゃぞ」
「肉体年齢は俺達の方が年長者だよ。そんなことより、どうしてここが分かったんだ?」
そんなことではないのじゃーっと叫んでいるけど無視無視。先にからかってきたのはアイツだ。やがて観念したのか悔しそうに反論を止めた。肉体に引っ張られてるのかな、全然年長者の余裕やら貫録を感じない。
「ここのことは未来視で分かったのじゃ」
「便利だねー。いいなぁ」
「そうでもないわい。見える光景は完全にランダムでのう、世界の広さを考えればそうそう思い通りの未来など見えぬ。事実、ワシはアガレスロックの襲撃を予見できんかったであろう?」
そういえばそうだな。未来が見えるなら、あの亀の対策を考えてある筈だし、なにより王都を離れてる場合じゃない。しかしそんなたまたまで宿の場所を突き止めたのか。
「ちなみにお主らがこちらの世界に現れることは10年前からわかっておったし、この宿に泊まることは12年前に見ておった」
「宿の方が先かよ、よく覚えてたな」
「ふふん」
ドヤ顔やめろ。
「で、その12年前から気になっとたのじゃが、そこの坊やは誰じゃ?」
「挨拶が遅れました。鍛冶師のガガンと言います」
「ガガンは俺の剣を作ってくれるって約束したロマンを追い求める同志だ!」
「なるほど、小僧と同じ穴のムジナかぇ」
その言われ方は引っかかるぞ。だいたい俺はドラゴンを、ガガンは聖剣を求めているんだから全然違うし。
「ではガガンとやら。今日はこの二人を借りるが構わんかの?」
「え、はい。僕も今日は鍛冶場を借りたりする予定ですから」
リリアの用件ってのはやっぱり迷宮のことだろう。元々そのために迷宮都市シンアルに来たのだから、探す手間が省けたってことなんだろう。
あまり朝食をとらない主義なのか、リリアはサラダだけをあっさり平らげると、勢いよく椅子から立ち上がった。
「では行くのじゃ、お兄ちゃん。ばあちゃんがこの町を案内してやろうではないかー」
「どっちのキャラで行きたいんだお前は」
「かかか」
とりあえず俺達はまだ食べ終わってないから椅子に戻れ。琴音なんて何故か朝からチーズフォンデュみたいなの食べてるんだからな。時間かかるぞ、あれは。鍋ドーンだぞ。
それから50分後、俺達は町へと繰り出した。長かったなあ……。




