死にに来たんじゃからのぅ
王都を出て1週間が経った。
俺は元々地球でもドラゴンを探してフラフラしていたし、ガガンが何度か行商に参加した経験があったこともあって、特に問題もなく進むことができていた。
そして目的地である迷宮都市シンアルまで、うまくすれば今日中にたどり着けるだろうと最後の村を出て4時間。
「迷った」
「迷っちゃったねー」
「ここどこなんでしょう?」
鬱蒼と生い茂る森の中、歩きにくそうにしているカケドリを走らせながら周囲を見回してみるけども、まるで状況は改善されない。ただひたすら合っているかどうかも分からない道もどきを歩き続けるだけだ。
来た道を戻ればいいと思った時には既に遅く、来る時には気づかなかった別れ道が顔を出していた。
とはいえ方位磁石は持っているから、死ぬまで彷徨う心配はない。今はガガンが地図と睨めっこしながらどうにか進んでいる状態だ。
「何か目印になる物がないと、本当にマズイですよ……。今どこにいるのか分からないと方角もわからないですし」
「目印……? あっ、そういえば1つ前の村で村長さんが言ってたよ? 廃村への道と間違えないように気をろよーって」
一瞬空気が凍った。
いやー、有難い情報だね。そうか、廃村があるのかー。それは目印になりそうだね、助かるね。道を間違える前に教えてくれたら、もっと助かったね。
「言ーえーよー! 分かれ道の時点でそれをさぁー!!」
「…………あっ!?」
「諦めましょう、同志ユート。もう今更ですし」
くっ、大人だなガガン。仕方ない、今更でも廃村があると分かっただけ助かったと思っておこう。
「その廃村ならまだ地図に載ってますね。良かった、そこまで行けばすぐに森を抜けられそうです」
まあ道なりに進んできてるから、道を逸れないように気をつけていれば着く筈だよな。廃村だから水なんかの補給はできないけど、前の村で大目に持っておいたから大丈夫だろう。
時々草が生い茂りすぎて道を見失いそうになりながら進んでいく。廃村になってから完全に道は使われなくなったみたいだな。辛うじて道とわかる状態からみて、1年くらいは放置されていたと予想できる。
「分かれ道からの時間からして、そろそろだと思うんですけど」
「これで見つからなかったら、途中で道を間違えてたってことになるのか」
「そうなったらお手上げだねぇー」
誰のせいだ、誰の。と言いたい所だけど、実は分かれ道で選択肢を間違えたのは俺だったりする。誰もツッコんでこないから、このまま黙ってよう。
「大丈夫みたいですよ。見えてきました」
「……良かったぁ」
草木の向こう側に除く木造の屋根。今見えている角を曲がれば入口が見えてくるだろう。
そう大した距離でもなく、カケドリの足はあっという間に曲がり角を越え、村の入口へと運んでくれた。
「なるほど、廃村だ」
入口の門の時点でボロボロに壊れていて、建物も半分以上が崩れ落ちている。ただその壊れ方に違和感を感じた。
「ねえ……人がいなくなったからって、こんなに壊れちゃうものなのかな?」
「いえ、これは明らかに壊されています」
だよな。さっきも考えた通り、この村から人がいなくなってから1年かそこらだろうけど、その程度の時間で建物が崩壊なんかする訳がない。
それに、大きな作業場みたいなものがあることから考えて、ここは林業が盛んだったと思われる。そして周りには真っ直ぐ伸びた立派な木がたくさんあるんだから、生活が成り立たなくなって人がいなくなるってことは無さそうだ。多少の生活苦なら、森の恵みで乗り越えられるだろうしな。
「餓獣に襲われたんじゃよ」
「!?」
いつの間にそこにいたんだろう……って言い方すると幽霊みたいで嫌だけど本当に気付かなかった。
廃屋の影から現れたのは1人の老人だった。こんな森の中の廃村にいるには不自然なくらい高齢な男性だ。腰も曲がっていて、杖無しでは歩くのも大変そうなのにどうやってここまで来たんだ?
「おじいちゃん、この村の人?」
「そうじゃよ、お嬢ちゃん。もう人と会うことも無いと思っとったんじゃが、道にでも迷われましたかな?」
「はい。迷宮都市に向かう途中、分かれ道を間違えてしまって」
「ここから北に向かえば森を出られるぞい。森さえ抜ければ迷宮都市の塔が見えるでな、そこまで行けばすぐじゃよ」
おお、また数日間森を彷徨うことになると思っていたのが一転、あっさり目的地にたどり着けそうじゃないか。なんとか今日中に着けるかな。
「おじいちゃんはここで何しにココに来たの? 危ないよう」
「ふぉふぉ、ええんじゃよ。ワシはここに……死にに来たんじゃからのう」
「死……っ!?」
死にに来たって……。そう言ったおじいさんの顔は穏やかだ。聞き間違いかと思ってしまいそうなくらい、日向ぼっこでもしてるかのような雰囲気を出しているけど、間違いなくそう言ったよな。
琴音もガガンも愕然としている。そりゃそうだ、平然と死を告げられたんだから。
「1年前のことじゃ、餓獣の群れが襲ってきよった。若いモンがどんどん死んでいく中、どういう訳が死に損なってしもうた。こんな、医者から長くないと言われとるジジイがのう」
「いや、だからって自分から死ななくても……」
「勘違いせんでくれ、自殺しに来たわけではないわい。ただのう、余命幾許もないと聞かされて、ならばここで最期の時を過ごそうと思っただけじゃよ」
そう言って指差した先にあったのは、生気の無い村の中において唯一生活感のある家だった。おじいさんが使っている家なのか、崩れていない廃屋を再利用したのかあちこち痛んでいるけど、崩れる心配は無さそうだ。裏手には簡単な畑もある。そろそろ収穫できそうな野菜ができている辺り、数か月前からここで生活してるのか……見た目より活動的なおじいさんだな。
「土壌が豊でのう、野菜なんぞ放っておいても勝手に育ちよるわい。川も近い、こんなジジイでも手足が動く内は困らんわい」
だけどその理屈でいうと、手足が動かなくなったが最後、その場から身動きできずに餓死してしまうってことじゃないのか。いや、それを理解してなお故郷で最期を迎えたいってことなのか。若干16才の俺にはまだ解らないない覚悟だ。
「ですが……言い方は悪いですけど、よく餓獣に襲われて助かりましたね。見た所あまり走れるようには見えないのに」
「うむ、逃げ切ったわけではないからのう。孫が、守ってくれたんじゃ。あの子は変異属性を持っとったからの」
「変異……属性?」
初めて聞いた単語だな。アンナさんの魔法講義には出てこなかったけど。
「変異属性というのは、ごく稀に生まれるオリジン10属性以外の属性のことですよ。1番有名なのはやっぱり時流の魔女リリア・ラーズバード様の『時』属性ですね。空間属性と強化属性の血を奇跡的なバランスで受け継いだことで生まれたと言われています」
なるほど、レアすぎて基本的に存在してないからアンナさんも説明しなかったんだな。一気に説明しないで、もう少し魔法のもこの世界にも慣れたら言うつもりだったのかもしれない。
「待てよ? でもそれで新しい属性が生まれるなら、もっと色んな属性が広まってるんじゃないのか?」
「いいえ、血の配合バランスが大切なので、配偶者の血が入ってしまうから直系の子供ですらバランスが崩れてしまうみたいなんですよ。兄弟で片方だけ変異属性という話もあるくらいシビアらしくて、だから変異属性は1代限りなんです」
「なるほどね」
現代なんて色んな属性が混ざりに混ざってるんだし、そうそう生まれてこないのも分かる。それがこの村にいたのか。
「強いんですねぇ、お孫さん」
「強い、とは違うかもしれん。あの子の『獣』属性は動物と対話をして手を貸してもらう魔法じゃからのう。そう……餓獣さえも手懐けてしまったんじゃよ」
なんだそれ、強すぎるだろ!? つまりあのアガレスロックなんかも操れるってことだろ?
ああでも属性は特別でも魔力は現代人なら、コントロールできる相手にも制限があるのかもしれないな。
「そのせいで村のもんから恐れられてしまっておってのう。実の両親が子供を捨てて村を去るほどに……の」
「ひどいっ」
「まったくじゃ。それで身寄りの無いあの子をワシが引き取ったんじゃよ。ああ、そうじゃ、本当の孫ではない。だがのう、ワシは子供がおらんかったから可愛くて可愛くて……ほっほっ」
朗らかに笑うおじいさんから、本当にその子を愛していることが伝わってきた。
「その孫はここにはいないのか?」
「ジジイの身勝手に付き合わせる気は無いのでな、無理矢理じゃが迷宮都市シンアルに行かせたわい。あそこはあらゆる人種が入り混じる三国の交流点だからの、きっとあの子を受け入れてくれる人と出会えるじゃろう」
寂しい話だな。本当は最期を看取って貰いたいだろうに、そのために孫を拘束したくないんだな。孫と一緒にきて看病を受けると、その分生き長らえて拘束時間も増える。無理矢理ってことは孫も最期まで一緒にいたかったに違いないのに。
「もし迷宮都市であの子と縁があれば、どうか良くしてやっておくれ。獣人でな、ユリウスという尻尾の可愛い男の子じゃて」
「尻尾……もふもふ」
「おちつけ琴音。ユリウスだね、覚えとくよ」
聞けばおじいちゃん思いの良い子みたいだし、会うことがあれば不仲になるってことは無いだろう。
「そろそろ行かんと日が暮れる前に着けんぞい」
「……じゃあ、失礼します。行きましょう二人とも」
「そうだな」
「うん……」
俺達が行った後、この人は何日生きられるんだろう。もしかしたら明日にも体を痛めて動けなくなるかもしれない。だけどそれをいくら気にしても意味は無いんだよな。このおじいさんは死ぬためにここにいるんだから。
おじいさんも心配をかけないようにか、笑顔で見送ってくれた。
「笑顔を向けられて悲しくなったのは初めてだったな」
「ホントだね。ユリウス君か……会えたら仲良くしてあげようね」
「まあ元々俺達にはこの世界の偏見とか関係ないからな」
この世界では餓獣と仲良くするなんて正気の沙汰じゃないんだろうけど、地球のサブカルチャーとしては魔物使いなんて珍しくもないし。
そんな事を話している内に、次第に木々の間隔が広くなってきた。
「森を抜けます」
すでに日は暮れ始めていた。
山の向こうに消えようとしているオレンジの光。その今日最後の光に照らされて、その塔は雄々しくそびえ立っていた。
「た、高い……」
あれが迷宮都市、シンアルのランドマークであり、根幹となる迷宮塔か。300メートルあったアガレスロックよりも更に高く、倍以上はある。600、いや700メートルか? 一体どんな技術を使えば山より高い塔を建てることができるのか。日本一高いビルですら300メートルだっていうのに。
でもこんな不可解な建物なら、確かに異世界に渡る方法が眠っていても驚くことじゃないな。
「あの一番上に行かなきゃいけないんだよね?」
「ああ、きっといい眺めだぞ」
「そう言われると、ついて行けないのが残念ですね。どんな景色だったか教えてくださいね?」
「簡単じゃないだろうけど、やってやろうじゃないか!」
カケドリを進ませる。
門に着いた時には、空は真っ黒になっていた。




