俺達の旅はこれからだ
「もう行くのか?」
アガレスロックの襲撃から5日が経過したセレフォルン王都、アセレイ。その西門に俺達はいた。
隣には二羽のカケドリ。その小さな体にどうにか縛りつけられた申し訳程度の荷物が、カケドリに積める精一杯の旅支度だ。
そう、俺と琴音は王都を出て行く。
といっても別に何か問題があって出て行くわけでも、追い出されるわけでもない。むしろ町中で英雄扱いされてむず痒いくらいだ。ドラゴンばかり追いかけていた人生で、人からちやほやされるなんて初めてだったから、どう反応すればいいのか分からなくて王都の人からは人見知りする大人しい人間だと思われてたりする。
「おみやげ楽しみにしてるねー?」
「ユート様、陛下の言葉はお気になさらず、そのまま帰られても問題ございませんので」
見送りはアルスティナとアンナさん、そしてケイツの3人だけだ。そもそも出て行くことは公表していないし、まだ門が開く時間じゃないから他に人もいない。
というかオリジンと元帥と女王がいるんだから、人がいるとマズイ。だから本来より早い時間に門を開けてもらうことにしたのだ。
「向こうに着いたら魔女殿と合流するといい。人をからかうのが生きがいのような人だが、面倒見はいい」
「嫌な生きがいだな……」
「1200年も生きていれば性格の一つもひねくれるさ」
「あー! そんなこと言ったらダメなんだよー!?」
「はい、陛下。ババ様に言いつけて差し上げましょうね」
「な、なに!?」
あーあ、魔女っていうのがどんな人か知らないけど、人をからかうことが生きがいな人間からの折檻なんて、ろくなもんじゃないだろうな。ぜひ見学させてもらおう。
時流の魔女、リリア・ラーズバード。セレフォルン王国の初代国王、暁のオリジンの娘で1200年前から生きている文字通りの魔女か。オリジンじゃないのにオリジナルの属性を持ってるらしいけど、時間を操るなんて反則じゃないのか?
そしてそのおばあちゃんこそが、今回の旅のきっかけだ。
「迷宮都市かぁ、どんなところか楽しみだねー」
「迷宮都市シンアルの巨塔、そこに地球に帰る方法があるかもしれないんだな」
アガレスロックが襲撃する直前に届いたらしいリリア・ラーズバードからの手紙。そこにはこう書かれていた。
『迷宮の最上階に有力な情報があると睨んだのじゃが、ワシ1人ではさすがに厄介じゃ。そこいらの魔法士程度では足手まといにしかならんから、オリジンの小童共をこっちに寄越すのじゃあ』
第1期魔法士でも無理な迷宮って、一体どんな所なんだ。だってオリジンと大して変わらない魔力に、時間なんて理不尽な属性なんだぞ? そんな人でも突破できない所、誰が好き好んで行きたがる。
だけどその危険な場所で俺達の帰還方法を探してくれている人からの救援要請を無視するのは、さすがに道徳的にありえない。
「俺達の事だ、俺達でがんばらないとな!」
「72階のドラゴンが厄介だって書いてるもんね」
「…………」
くっ魔女め、俺はもう手玉に取られていたのか。まるで心を操られているかのように、迷宮都市に引き寄せられてしまう……!!
「ここからシンアルまでは町や村が点在している。カケドリの足なら、下手に急いだりのんびりしたりしなければ野宿になる心配もないだろうが、餓獣も含めて油断はするなよ?」
「ああ、わかってる」
ちなみのこのカケドリは迷宮都市の騎獣屋に返却すればいいらしい。ちょっと手数料かかるけど、それは仕方ないね。辻馬車っていう手もあるけど、せっかくだから自分達で自由に旅がしたいということでカケドリを借りてきた。俺達の旅はこれからだ!
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「またねー」
帰る方法が見つかったとしても、まだ帰るつもりは俺も琴音も無いから、これが今生の別れじゃない。お土産、考えておかないとな。
カケドリに腰かけて、手綱を握る。
いよいよ始まるんだ、異世界での冒険が。くぅー、胸がおどるなぁ!!
王都を出て5分もしない内だった。後ろから大きな声で呼ばれて振り返る。心当たりなんてないけど、他には誰もいないから俺達なんだと思う。
事実、良く知る顔だった。
「ま、まってくださーーい!!」
「……ガガン!?」
昨日別れは済ませてきたのに、わざわざ見送りにも来てくれたのか。ミスリル剣はあの後返したんだから、それ以外に追いかけてくる理由なんてないよな。
っと思ったら何か変だ。鹿みたいな騎獣に小型の馬車を引かせ、ガガン自身は御者席で見事な手綱さばきを披露している。
「ガガン君どこか行くの?」
「寂しいこと言わないでくださいよ、コトネさん! もちろんついて行くんです。同志ユートの剣を作る約束もあるし、迷宮都市なら貴重な素材がたくさん手に入りそうですからね!!」
「……いいのか?」
来てくれるなら嬉しいけど、まだ修行中でとか言っていたしな。
「はい! 以前も言いましたが、技術自体はもう習得していますし、親方からも早く自立しろと急かされていましたから。それにあの時の同志ユートの言葉……目が覚めた気がします!」
なにか言ったっけ?
「僕の夢は聖剣を作ることです。でも親方はミスリルを鍛えたことなんてないし、もちろん聖剣を作ったこともない。あそこにいても、これ以上僕の夢には近づけません。ここから先は、僕自身で研究して、実験して、作ってみた、歩んでいかなくてはいけないんです」
そのために迷宮都市に行くのか。あそこは3国の中心、全ての国境に接する場所らしいから、色んなものが流通しているという話だ。鍛冶の腕を磨くにはこれ以上無い場所なのかもしれないな。
「でも、そんないきなり行って大丈夫なのか? 俺達は宿屋と飯屋があればいいけど、鍛冶はどこでもできるものじゃないんだしさ。剣とかも簡単に売れるものじゃないんじゃないか?」
「親方が言うには鍛冶場の貸し出しもしているそうですし、一応知り合いの業者への紹介状も書いてくれました。なにより、自分の好きなことをするんですから、どんな苦労でも耐えてみせますよ!」
「そうか……」
なら、俺がどうこう言うことじゃないな。
「じゃあ、よろしくな」
「はい! このミスリル剣もいずれ鍛え直して、最強の聖剣として完成させてみせますから、楽しみにしていてくださいね!」
「ガガン君も来るんだね! えへへ、やっぱり旅は人数が多いほうが楽しそうだよねー」
荷台にまだスペースがあるらしいから、カケドリに無理矢理のせた荷物を乗せてもらった。いやー、窮屈だったから助かったよ。しかしこの馬車、親方さんが餞別にくれたらしい。太っ腹だな親方。筋肉もりもりのヒゲモジャのイメージにでっかい腹が追加された。どんな人か知らないけど。
「一応聞いとくけど、ガガンって戦えるのか?」
「いえ、僕の魔法は戦闘向きじゃないですし、ケンカもしたことないですね」
そんなムキムキの腕した奴にケンカ売る奴もいないだろうな。顔は小学生、腕は土木作業員だ。
「じゃあ餓獣の相手は私達に任せて!」
「はい、さすがに戦闘でオリジン様の役に立てるとは思ってません」
「その分、鍛冶の方を期待してるぞ」
「そっちは任せてください!」
先の一件で自信がついたみたいだな、纏っている雰囲気が違う。頼りになるね。
「じゃあ行こうか。目指すは迷宮都市シンアルだ!」
「「おおーー」」




