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こんなにも一方的な力があっていいのか

 まるで夜だ。あの巨大な壁が、日の光を全部さえぎってしまった。そして壁はゆっくりと、しかし確実に倒れてきている。

 あれが倒れた時が、俺が、俺達が、アガレスロックと戦うために集まった人々が、王都で震える民衆が死ぬ時なんだ。


「もう、おしまいなの……?」

「昔のオリジンはたった3人で撃退したらしいけどな。だけど俺達は……できなかった」


 本当に凄い人達だったんだな。俺達も成長すれば、いつかはそれくらい強くなったんだろうか。だけどその為の時間をあの亀はくれないらしい。


「……ねえ、悠斗君。どうせ死んじゃうなら最後にやってみたいことがあるんだ」

「?」


 そうだな……童貞はもう仕方ないとして、せめてキスとかくらいは経験してから死にた--


「このジョウロの水をね、人間が浴びるとどうなるのか」

「…………そ、うだなっ! その手があったか!!」


 老化しそうで怖いから試してなかったけど、何もしなければ死んでしまうこの状況は、それを試すにはうってつけだ。もし最善の結果が現れたら、ひょっとすると起死回生の一手になるかもしれない。

 すごいぞ琴音。そして色々すみませんでした。


「試してみるか。正真正銘、最期の手段」

「うん。いくね?」


 琴音がジョウロを上に向かって放り投げた。銀色のジョウロは舞い上がり、やがて重力に引かれて落ちてくる。そして零れた水もまた、一緒に俺と琴音の頭上に降り注いだ。

 そして俺は意識を失った。




---------------



 ケイツ・ラーズバードは立ち尽くしていた。

 形勢の不利を察した時点でアルスティナ女王に避難を促す伝令を走らせていたが、間に合いはしないだろう。銃という距離感の重要な武器を使うケイツは正確に把握していた。この空を隠すような壁が王都に届き、さらにはギリギリで王城まで届くことを。


「これで……こんな亀のせいで1200年続いた王国が滅びるってのかよっ」


 国王ごと政治の中枢が潰れれば、セレフォルンという国は維持できない。地方の貴族がハリボテの王国を築くか、瞬く間にガルディアス帝国が侵攻し、大した抵抗もできずに乗っ取ってしまうだろう。絵物語で語られるような王族の末裔による復興は有り得ず、この国の歴史は終焉を迎えるだろう。

 そしてケイツは歴史に名を刻む。餓獣1匹に王都を蹂躙されたどころか、王族を逃がす事すらできなかった無能な将として。


「げ、元帥様!! これは一体……同志ユートとコトネさんは!?」

「ガガン、と言ったか。見ての通りだが、気に病むことは無い。その剣があろうが無かろうが、結果は変わらなかった」


 城壁の上に現れたガガンの手には、白銀にうっすらと青色の混ざった美しい剣が握られていた。


「途中までは、なんとかなるかもしれないと思えたんだがな」


 最初、アガレスロックの地形操作を防いで見せた時は歓声が上がった。地割れすら物ともしなかった時、誰もが勝利を確信して感謝したのだ。さすがオリジン様。ありがとうオリジン様、と。

 だが一変してオリジン達は窮地に追いやられた。地面がまるで生きているかのように蠢いて、悠斗と琴音を飲み込んでしまったのだから。


 オリジンでも無理なのかと絶望した時、辛うじて見えたジルの姿と魔力の光。

 まさかあの中でまだ抵抗しているのかと慌てて援護の魔法が飛んだが、焼け石に水という言葉がピッタリだった。

 だがそんな状況すら、悠斗達は打開して見せた。大地の奔流に対して、大地の津波で押し返して脱出し、そのままアガレスロックに向かっていったのだ。


「で、これだ」


 この壁は悠斗達だけではなく、城壁にいた全ての人々に絶望を与えた。こんな壁を、どうしろというのか。こんな壁を簡単に作り出すような化け物を、どうしろというのか、と。

そして残された希望、オリジンすらもただ立ち尽くしている。


「いいえ、見てください。同志ユート達はまだ諦めてないみたいですよ」

「なに?」


 双方の距離は3キロメートル以上だが、琴音がジョウロを放り投げる姿ははっきりと見えた。


「まさか、自分達に!!?」


 琴音の魔法は、ジョウロの水をかけた対象を成長させる効果を持つ。その使い道を考察していた時期に、人間にかけたらどうなるか、という案が出ていたことはケイツも知っていた。そして老化する可能性が高いことから廃案になったことも。その際に罪人で実験するという方法を提案して、琴音の気持ちの問題から却下されたことは記憶に新しい。

 それを自分自身で試すということは、これが本当に最後の手段だということを意味している。


「頼むぜ……頼むっ」


 その試みがうまくいく保証は無く、うまくいってもアガレスロックを倒すほどの力が手に入るとは限らない。彼らにはもう、祈る他なかった。


 壁が迫る。


(ダメ、だったのか?)


 もう20秒もあれば王都の半分が瓦礫と化すだろう。状況に変化は無い。

 賭けは失敗した。そう、思った時だった。


「…………ば、かな」


 ケイツは自分の目を疑った。自分の正気を疑った。

 パクリ、と。まるでかじられたような形に巨大な壁が抉られたのだ。長さ約8キロメートル。横幅5キロメートル。厚さ3キロメートルの岩壁が、垂直の大地が、その3分の1を食われた。

 途端に全ての力を失ったように、壁が砂となって崩れ落ちる。


「って、おいおいおーーーい!?」

「うわわわわ!」


そのまま落下してきた膨大な量の砂に、無駄と分かりながらも人々は逃げ惑った。だがそれは杞憂に終わる。砂は意志を持つ生物のように落下を止めて王都の上空から飛び去り、壁を生み出すために削り出されて窪んだ地面に戻って行ったのだ。


「ユート、コトネ……お前ら、なのか?」


 規模こそ比べ物にならないが、力の捕食に物質の支配は二人の魔法の性質に間違いない。

 何百人という人間が目を凝らせて一点を見つめる。砂が全て収まり元の地面に戻ったことで、ようやく悠斗と琴音の立っていた場所が見えるようになった。


 無言で立つ悠斗と琴音。その距離から表情などを窺うことはできないが、あまりにも静かだった。


 ゆっくりと彼らの足がアガレスロックに向けて進み始める。

 自信作の岩壁を崩されたことに驚きこそしたアガレスロックだが、その余力はまだまだある。一度だけ威嚇の音を出して足踏みをすると、再び大地がうねり、悠斗達に襲い掛かった。


「…………」


 だが悠斗達に近づいた側から次々と力を失って砂になっていく。そして悠斗に守られた琴音がスッと手を上げると、それ以降は砂の一粒たりともアガレスロックに従おうとしなくなった。

 必死で足踏みを繰り返すアガレスロック。先ほどまでとは打って変わって静まり返る大地。


「ぜ、全部支配してるのか!? 何キロもある範囲を全部……!?」


 最強の武器を失ったアガレスロックは、最大の武器に切り替えた。すなわち、その巨体での体当たり。あるいは踏みつけ。ドスンドスンと地響きを起こしながら、猛然と悠斗達に迫る。

 それを防いだのは、またしても琴音だった。


 胸に下げた革袋から取り出した種を数個ばかり落とす。すると地面に触れると同時に爆発するかのようにそれらが成長した。

 地面の表面で成長したために地下に伸びる事ができなかった根が地表を荒らし、広がる枝葉が地面を削り取る。その大きさたるや、樹木の常識をはるかに超えて小山ほどもあるアガレスロックを絡め取ってしまった。


 数個の種から生まれた数本の巨木は互いに混ざり合い、一本の大樹となって天を突く。その中に飲み込まれたアガレスロックは身動きを完全に封じられ、無様に手足をばたつかせるばかりだ。


「ブ……シュゥーー、ピュシューーー……」


 そしてアガレスロックは、絶対的な存在として君臨していた陸の王者は……怯えた。わずらわしいだけの羽虫だと思っていたものが、そのじつ自分を簡単に殺せる毒蟲だったと気づいたのだ。

この世に生を受けて1300年と少し。アガレスロックは生涯で初めての行動を取ることを選んだ。


「いけないっ、甲羅の中に隠れちゃいます!!」

「くそ! ユートの奴、なにをのんびり歩いていやがる!?」


 甲羅の中に逃げ込み、アガレスロックは暗闇の中で恐怖と屈辱に震えていた。同時に、安心もしていた。この護りは無敵だと歴史が証明していたからだ。産まれて初めて甲羅に逃げ込む相手に遭遇したばかりだというのに、過去の栄光を信じて……。

 そんなアガレスロックの目が光を捉えた。光の届かないはずの甲羅の奥だというのに。



 そして一方、絶対防御の甲羅に逃げ込む姿を、歯がゆくも見送ることしかできなかったケイツ達は、何故悠斗達が隠れようとするアガレスロックをあっさりと見逃したのか、その答えを目の当たりにしていた。


「こんな、こんなにも一方的な力があっていいのか……」


 悠斗の手がアガレスロックの甲羅を撫でる。バクンッ、と。ジルの姿は無いにも関わらず、鳥の嘴の形に食いちぎられる絶対防御。バクンッバクンッと何の抵抗もなく食べ進め、やがて愕然とするアガレスロックの顔が日の下に引きずり出された。

 

 丸かった甲羅が、歪な三日月のように削り取られ、誇りをも削り取られたアガレスロックの怒りが恐怖を塗りつぶす。


「ブ……シュゥゥゥウウウーーーッ!!!」


 頭だけでも20メートル以上ある大質量。それが弓なりにしなったかと思うと、悠斗に向かって振り下ろされた。隕石と大差ない頭突き。対する悠斗は受け止めるつもりなのか右手を差し出す。


「馬鹿な!? 受け止められる訳が--」


 地響き。そして弾かれるようにのけぞるアガレスロックの首。

 跳ね返したのではない。衝撃を食べて、吐き出したのだ。自分自身の頭突きを受けたアガレスロックは、さすがというか、それでも甲殻にはヒビ1つ入っていなかったが、そのショックでクラクラと目をくらませている。


 圧倒的だった。


 攻撃を無効化し、武器を奪い、動きを封じ、防御を貫いた。甲羅ですら破壊された以上、その力を頭部に向けた時がアガレスロックの最期になる。

 悠斗の手が、アガレスロックの頭に触れた。目を回しているアガレスロックには、もうそれを振り払おうとすることすらできない。


 琴音の魔法を浴びてから、ちょうど10分。とうとう決着の時が--




「あれ? 何してたんだ、俺。あのデカい壁はどこいった?」

「ひゃああ!! 悠斗君、前、前!! 亀ぇーー!」

「おわあ!? なんだこれぇ!!」


 ウソだろ……と。悠斗達の声を聞いた全員が天を仰いだ。

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