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神に挑むって、こんな感じなのかな

 すっかり静かになっちゃったな。

 さっきまであんなに賑やかだった王都の町が、今や人っ子1人いやしない。


「うう、緊張してきたよぉ」

「ダメだったらすぐに逃げるから大丈夫だって。日本の秘境で野生動物から逃げ回ってた俺の逃げ足は、ちょっとしたもんなんだぞ?」


 ま、いい加減に後が無いから、ここで失敗すると再挑戦はできないんだけどな。

 琴音の支配力が勝つか、アガレスロックの支配力が勝つか……こればっかりは、やってみない事には分からない。


「はあ……元帥じゃなけりゃ、とっくに逃げてるのに」

「ぶっちゃけんなよ……」

「姫さんの前やら部下の前やら、かっこつけなきゃならん場面が多すぎて困るぜ……あー、逃げたい」


 琴音の前でかっこつけるのは、もうやめるのか? ホントに余裕無さそうだな。


「ケイツさんも色々大変なんだねぇ」

「そーなんだよぉ、コトネちゃーん」


 おい、コイツ常に部下を連れていた方がいいんじゃないか? 緩みすぎだろ、もはや別人じゃないか。


「ほら、北門に着くぞ。凛々しい元帥様に変身しとけよー」

「さて、ゆくぞ二人共。我が国の未来を託す」


 マジでなんなんだ、このケツアゴ。



「元帥閣下だ!」

「元帥様!」

「ケイツ様!!」


 軍の頂点にしてセレフォルン王国最強の男の登場に沸き立つ戦士達。ああ、さっきの姿を見せてやりたいっ。


「これより最終防衛作戦を開始する! 兵士諸君はもちろん、討伐者の協力も期待している。と言っても諸君らが前線に出る必要は無い」


 驚いてる驚いてる。

 自信に満ち溢れた表情でギルドを出て行った男達も、さっきの一戦を見て心を折られたらしいな。前線に出なくていいという一言に、兵士ともども安堵し、同時に意味がわからずに不安をにじませている。


 戦うために集まって、協力して欲しいと言われて、戦場に行くななんて言われれば当たり前か。


「あら、アンタらも来たの?」

「お、生きてたか」

「勝手に殺さないでくんない?」


 そっちだって俺のこと勝手に殺してたくせに、身勝手な受付嬢だな。


「……元帥の知り合いだったんだ。大物じゃない、アンタらホントに何者?」

「ケツアゴの話聞いてれば分かるよ」

「ケツア……ぶふっ!!」


 大丈夫だケイツ、こっちは気にせず説明を続けてくれ。


「かつてない非常事態だ。正直に言おう、我々は勝てない。だがこの二人が協力を申し出てくれた!」


 ケイツが俺達を示したことで、こっちに視線が集まった。何千もの人の視線を向けられると、緊張以上に怖いな。

 こんな子供達がなんだっていうんだ、と思っているのが口に出されなくても伝わってくる。


「紹介しよう! 深蒼のオリジン・ユート様と、常緑のオリジン・コトネ様である!」


 どよめく人々。1つ1つは小さなざわめきなのに、幾重にも重なることで圧迫感すら感じるほどの音量になっている。それらが全て俺達に向けられているものだから、音と視線で押しつぶされるんじゃないかって幻想するくらいだ。

 隣で受付嬢ユリーも口をあんぐりさせて驚いていたから、渾身のドヤ顔をプレゼント。腹にグーパンが飛んで来た。


「簡単に信じられる話ではないだろう。1200年間現れなかったのだ、無理もない。だが噂くらいは聞いていよう、ガルディアス帝国のオリジンの存在を」


 俺達が最初なら、ただの語りだと思われて終わりだろうけど、前例があるからな。くろがねのオリジンだっけ、どんな人なんだろうな。


「異界との道が1200年の時を経て蘇ったのだ! そして我々を救う義理など無いというのに、この未曾有の危機にオリジンが手を貸してくださるという!」 


 おおおっ、と。こっちに向けられていた視線に期待のこもった。


「これよりお二方が餓獣に接近を試みる。遠距離魔法を持つ者は援護を、近距離魔法を持つものは壁上にて町に流れ弾が行かぬようにせよ!!」


 半分が壁に向かい、半分が援護って何すんだろって感じで突っ立っている。


「オリジンって……あの?」

「っても新米だから、逃げ帰ってきても怒らないでくれよ?」

「だっさー、うわだっさー。みんなガッカリするわね、だっさいオリジンで」


 そこまで言わなくても……。いや、たしかに逃げ帰ったりしたら、そんな雰囲気になるだろうけどさ。うう、かっこ悪いのはダメだ。おっと、肩を落として戦いに向かう姿もかっこ悪いな。シャキーン。

 そろそろ行こうか、絶対に負けられない戦いがここにある。


「死んだらもっとダサいわよ」


 斬新な応援だな。まあ精々がんばるさ。




 さて、改めて見るとやっぱりデカいな、アガレスロック。城から見ていた限り、アイツの領域は半径2キロメートルってところだ。徒歩10分くらいかな、向こうも近づいてくるから、5分間攻撃をしのげばあの亀に接触できると思っておこう。


 問題はまだガガンからミスリル剣が届いていないってことだ。


 だけどこれ以上は、アガレスロックの領域が王都に届いてしまう。だから近づくだけではなくて、時間稼ぎもしないといけない。あの攻城兵器の集中砲火を受けても変わらず歩き続ける奴を相手に、時間稼ぎを……泣きたくなってきた。


 壁から2キロメートルほど離れてアガレスロックを待つ。ズシンズシンと近づいてくる亀の足音はやっぱりカウントダウンみたいに聞こえてしまう。


「準備するね」

「頼むよ」


 ジョウロを取り出して周囲に水を撒く琴音。この一部分だけ見ればのどかなのに、背景の亀が大きすぎるんだよ。

 すでに見上げるほどに近づいてきているアガレスロック。どちらともなく息をのんだ。


 地割れなら琴音が木を育てれば脱出できるけど、串刺しにしてきたら……そして琴音の支配力が負けてしまったら。防げない。運よく刺さらなかった場合のみ逃げられる。その確率はきっと、かなり低い。

 アガレスロックが更に近づいてきた。その距離はそろそろ2キロメートル……アイツの支配領域に入る。


 体が硬くなっているのを感じる。琴音もアガレスロックの足元から視線を逸らせずにいた。

 本能が逃げたいと叫んでいる。理性が勝てる訳がないと諭してくる。


「10日くらい前まで、私達ふつーに学校とか行ってたのにね」

「はは、ほんとだよな」


 後ろに下がろうとする足を抑えつける。琴音は自分を庇って死んだ兵士に報いるために、俺は俺の夢が妄想ではないと確信するために、戦うと決めたんだ。



 アガレスロックが俺達を捉えた。……来る!!




 地鳴り、振動。そして目の前が真っ暗になった。

 これは……そうか、串刺しで来たのか。目の前には恐ろしく尖った先端を持つ、高さ5メートルはある岩の棘。360度全てを無数の棘が囲うようにそびえ立っている。

 そして俺達の足下は……変わらず平地だった。


「助かった……の?」


 琴音が腰を抜かせたように座り込む。かくいう俺も冷や汗で服が湿っていた。


「あ、ああ。琴音の支配力が勝ったんだ」


 同じように座りこみたくなる衝動を抑えて、ジルを呼び出す。

 ジルはパタパタと岩の棘に飛んでいくと、岩は砂となってボロボロと崩れおちた。良かった、全て想定通りになってくれた。これで少なくともアガレスロックの攻撃を防ぐ手立てができた。

 あとはガガンが剣を持ってきてくれれば、勝てる。


「やれるぞ、琴音。このままガガンが来るまで耐えるんだ」

「うん!」


 岩の棘が全て崩れる。ジルの仕業じゃない、多分死体を確認するためにアガレスロックが片づけたんだろう。このまま隠れてようと思ったのに……頭のいいやつめ。


 俺達の生存を確認したアガレスロックが大きくズシンと足踏みすると、今度は地震と共に大地が引き裂かれる。だが琴音の水を受けた地面はアガレスロックの命令に従わない。

 結果、まるで橋のように俺達の足下だけが割れた大地を繋いでいた。


 アガレスロックの歩みが止まる。


「ふふん、ビックリしちゃったみたいだね!」


 琴音が誇らしげに胸を張った。ほんと、頼りになるよ。俺一人じゃ手も足も出なかったからな。


 アガレスロックがブシューっと鳴いた。鳴いたのか、これ? その目に怒りの色が見える。これだけ強大な存在だと、怯えるよりも怒るんだな。目の前をブンブン飛び回る羽虫を潰そうとして、全然捕まえられない時の心境だろう。


 だけどここからだ。今の例え通りなら、ここから怒り狂って本気で殺しにかかってくるはずだ。


「気をひきしめ……うおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」

「きゃああああああああ!!?」


 岩の棘が突き出す。地面が土石流となって押し寄せてくる。勢いに乗った岩石が上から降って来る。地割れの幅が更に広がる。岩が爆弾のように弾け飛ぶ。

 くそっ、がむしゃらに攻撃してきやがった。ジルが忙しく飛び回って飛んでくる岩を砂に戻していき、琴音はジョウロを振り回し、俺も剣で小ぶりな石を弾いていくが、多すぎる!


「ブシュウウウウ、ブシュウゥゥーーーー!!」


 土石流が特にヤバい。質量が大きすぎて、琴音の領域内で防いだんじゃ、砂の塊にかわって落ちてくる。だからジルが琴音の領域を出るんだけど、防いだ後に帰ってこれず押しつぶされてしまう。生物じゃないから死なないけど、呼び出し直すたびに残り少ない魔力が削られていく。

 

「やばいっ!! ジリ貧だぞ!」


 王都の方向から飛んでくる魔法がいくらかの岩片を砕いてくれているから辛うじて防げているけど、それが無ければ物量で押しつぶされそうなくらいに余裕が無い。

 それじゃダメなんだ。俺達はアガレスロックに近づかないといけないんだから。そしてアガレスロックは足を止めて、俺達を潰すことに専念している。俺達は動けなくて、アイツも近づいてこない。そして俺と琴音の魔力は着実に減っていっていた。


「はあ、はあ--は」

「ぜ、え……くっそぉ!」


 琴音の魔力はかなり減っているのか、息が荒れている。俺もあと数回ジルを呼ぶのが限界だ。対するアガレスロックの攻撃は体質のようなものだから、ガス欠なんて期待できない。


 見誤っていた。

 剣を打つのにかかる時間も甘く見ていたし、仮に剣があったとしても、近づくことすらできないなんて--


 もう視界は地面と岩で占拠されていて、空も見えない。

 琴音が苦し紛れに木を育てて薙ぎ払おうとしたけど、あっという間に押しつぶされ、砕かれていった。この琴音の領域から一歩でも出れば、俺達もああなるんだろう。そしてこのまま突破口を見いだせなくても結果は同じ。


「ゆう、と君。私もう……」

「……ジル!! 吐き出せ! 今まで食った分、全部だ!」

「ピイ!!」


 食べたものを出す分には魔力は消費しない。

 ジルが吐き出した力の波が、俺達に襲い掛かっていた地面を飲み込み、巻き込み、取り込んでアガレスロックに向かう。ジルの支配力もアガレスロックに勝っていたのか、あの嵐のような猛攻が止まった。

 それは土石流どころじゃない、もはや津波だ。


「今だ、ジルの魔法の後を追って、一気に近づこう!」


 あの津波の付近なら、アガレスロックの攻撃は心配しなくていい。もちろん撤退もできるだろうけど、その後に待っているのは一方的な蹂躙だ。今、この瞬間が最後のチャンスかもしれないなら、行くべきだ。


 黙ってうなずいてくれた琴音と一緒に走り出す。

 近づいたら、甲羅に登ってガガンの到着を待とう。そこならアガレスロックもうかつに攻撃できないだろうからな。勝機が見えてきたかもしれない。


「ブッシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーーーー!!!」


 ひときわ大きい威嚇。悔しいか、亀。


「……うそ」

「え?」


 アガレスロックを目指して走っていた筈なのに、その先にあの大きな亀の姿は見えなかった。あるのはアガレスロックの姿を隠してしまうほど大きな大きな、地盤ごと持ち上げたんじゃないかという大きさの壁だった。


 なんだよ、初めから勝負にもなってなかったのかよ……。壁は王都まで届いて、その半分は粉砕してしまいそうなほどに、大きい。ジルの攻撃を津波だとはしゃいでいたのが馬鹿みたいだ。


「悠斗君! ジルくんに食べてもらって--」

「俺達が当たる部分が砂になるだけだよ。こんな質量じゃ、砂でも圧死するだろうな」



 壁がゆっくりと傾いてくるのを見ながら、なんとなく思った。

 神に挑むって、こんな感じなのかな。

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