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僕の物なんだ

 会議室の奥、バルコニーに出た。

 下を見れば逃げ惑う人々の姿。少し顔を上げれば北門で迎撃準備を進める兵士とギルドの討伐者達。そして正面をみると、とうとう山を越えてその全貌をあらわにした巨大な亀、アガレスロック。

 その進行速度はさすが亀。重量もあってか、もの凄く遅い。だが迎え撃つ側からすれば、ジリジリと近づいてくる死神のカウントダウンだ。


 そしてアガレスロックと王都の間には、さっき戻ってくる時には無かったものが設置されていた。


「1200年より更に古代……魔法が存在しなかった時代の兵器を再現した物だ」


 ケイツが自慢げに語るそれは、いわゆる大型弩砲バリスタ投石器カタパルトだ。ただし、異常にデカい。


「魔法が消えていく中で、黙って餓獣に食われてやるほど馬鹿ではないということだ。100年後、200年後のために開発させていた、魔法に頼らない対餓獣兵器。その威力、本番で試させてもらおうではないか!! はーはっはっはぁ!」


 多分これ、ケイツが推し進めた計画なんだろうな。このテンションの上がり方からして。


「まだ餓獣に通用する威力を出すためには魔法の補助が必要な段階だが、逆に言えば魔法で補助できる分、その威力は……すごいぞぉ?」


 なおも高笑いするケイツの眼下で着々と発射準備が進められていく。

 俺の知る限り、攻城兵器は文字通り城を攻撃するための物だから、狙った場所に当てられるような精密なものじゃないし、飛ばす矢や石も、火薬なんかに頼らないで遠くに飛ばす分、イメージよりも小さかったはずだ。

 だがいま平原に設置されているバリスタに装填されている矢は、大木を丸ごと使ってるのかってくらい大きい上に、先端を金属で補強してある。カタパルトに乗せられた石も、小さな小屋くらいの大きさがあった。


「あれ、ホントに飛ぶのかな……?」


 琴音が首を傾げるのも当然だな。でも飛んで、当たれば確かに凄そうだ。それでもビームより威力があるかというと、微妙だな。ただ、仮に威力足りなかったとしても、ビームと違って質量がある分、衝撃で怯んだりするという可能性は期待できる。


「さあ、そろそろ射程距離だ」


 自慢の一品の成果にワクワクしているケイツが見守る中、アガレスロックはそんな事しったこっちゃないとばかりにズシンズシンを歩き続ける。

 そして攻城兵器が一斉に稼働した。


 魔法で補強、軌道修正した矢と岩が正確にアガレスロックの頭に向かって飛んでいく。

 アガレスロックの方も勿論気づいているだろうが、ヤツが支配するのは地面で、矢と岩は空だ。そして頭をひっこめる気配も無い。


「よおっし、直撃だ!!」

「ひゃあ! やったぜぇ!!」


 おっさん二人が歓声を上げた。かくいう俺も上げそうになった。それ位とんでもない威力だったのだ。空気がここまで振動するほどの轟音に、舞い上がる土煙から飛び出してくる岩盤の破片。抉れた地面。


 そして何事も無かったかのように歩くアガレスロック。


「え?」


 それが誰の声だったのか分からない。ケイツの可能性が高そうだけど、俺かもしれないし琴音でもおかしくない。全員が同じように呆気にとられていたんだから、わかるわけがなかった。

 だけどそうなっても仕方ない。むしろ当たり前だ。あれだけの破壊を撒き散らした一斉砲撃を受けて、アガレスロックは気にした様子すら……せいぜい少し頭を振って、降りかかった土を邪魔そうに落としたくらいの変化しかなかったんだから。


「そんな馬鹿な!! さっきの凄かったじゃねーか!? この坊主の魔法くらい凄かったじゃねーかよお!!」


 叫んだのはドンだった。そうだな、俺の撃った光線と、種類は違うけど大差ない破壊力だったと思うよ。それが全部、間違いなく頭に当たっていたよ。

 だけど効かなかった。つまり俺の魔法があの時頭に当たっていても、きっと倒せなかったってことだ。弱点に最大出力で攻撃しても、倒せないってことなんだ。


「……効果が無かったなら、予定通り退却させろ」


 ケイツが伝令兵を呼んで告げた。

 ショックだろうな。自信作が通用しなかったってこと以上に、魔法が無くなった後の時代でも人々が餓獣から身を守って生きていけるようにと作った兵器が、その肝心の餓獣に効かなかったことが。


「あ、あれ? ねえ、退却するんだよね? あれ、亀さんに向かって行ってない?」


 琴音が指差す方を見ると、攻城兵器を操作していた兵士と、その護衛をしていた兵士、合計80人ほどの人間が無策にしか見えない突撃をしていた。

 おいおい、いくらなんでも無謀すぎるだろ、大体ケイツは退却しろって言ったんじゃないのか?


「なんだと!? やめさせ--」


 ケイツが言い切る前に、無謀な勇者達はアガレスロックの支配領域に踏み込んでいた。

 同時にセレフォルン王都を地震が襲った。それはもちろんアガレスロックの仕業なんだろうけど、奴は地震を起こしたかった訳じゃないらしい。


 大地が割れていた。遠い、けど確かに見えたのは地割れに飲み込まれていく80の命。


「地震が……天変地異がただのオマケなのかよっ!?」


 思わず唸ってしまう。予想を……想像すら遥かに超えた力だった。いや、だけど……。


「だけどあの能力なら、俺と琴音で抑えられるかもしれない?」

「ほ、本当か、ユート!!?」


 絶対じゃない。試して、ダメだった時には二人共死ぬことになる。でも思い付いてしまった以上、試さずに諦める気なんて無い。もっとも、今の光景を見てもまだ琴音がついて来てくれるなら、だけど。


「琴音の魔法、愛属性は水をかけた部分を成長させて、さらに操作できる」

「そっか。私が先に操作すれば、亀さんは操れないかも……」


 でもそれは琴音の魔法の支配力がアガレスロックのそれを上回ったらの話だ。ヤツの支配力の方が上だったら、水をかけても操れずにあっさり串刺しにされるか、地割れに落とされる。


「操るのはあくまで地形だけみたいだから、岩を飛ばしたりはしてこないと思う。だから、水のかかってない所から地面を伸ばして攻撃してくるだろうけど、それは俺の魔法でただの土の戻せばいい」

「おお、おおお、行ける……確かに抑えられるぞ!!」


 ケイツはやっと見えた活路に興奮しているけど、ガガンと3兄弟は意味が分かっていなかった。まあ俺達がオリジンだって知らないんだから、愛属性? なにそれ? な状態だろうな。

 それは後で説明してやるとして、アガレスロックの攻撃を防ぐことはできるかもしれないが、もう1つ、最大の障害が立ちふさがっているんだよな。


「でも倒せない。だって俺達には、アイツの装甲を突破する手段がないんだから」


 一瞬盛り上がりそうになった雰囲気が一気に沈んだ。

 防御はできても攻撃はできない。ならその先に待っているのは敗北だけだ。


「や、やっぱりダメなんだどー!?」

「死にたくないでやんすー!」

「ひひ……わ、わりーけど俺様達は先に逃げさせてもらうぜ?」


 別にコイツらがいたって何の役にも立たないだろうけど、事件の発端が逃げるってのもどうなんだ? そりゃあ、コイツら自分達がミスリルを抜いたせいだって未だに気づけてないんだけどさ。


「おっと、依頼されてたミスリルだ。死ぬ前にギルドに報告して、俺様のランクを上げといてくれよな」

「……はい、たしかに受け取りました」


 ガガンが複雑そうにミスリルを受け取り、ドン達を見送った。最期まで自分のことしか考えないヤツだったな……。


 ミスリルが、ガガンの手の中で不思議な輝きを放っている。

 ガガンの夢の第一歩。聖剣の素材に使われていたという、希少な鉱石。アガレスロックの眉間に突き刺さっていたコレを抜いてしまったばかりに--



「突き……刺さっていた?」



 琴音が不思議そうにこっちを見てきた。いや、ケイツとガガンも唐突な俺のつぶやきに顔をあげている。だけど待ってくれ。それよりも今、大変なことに気づいたんじゃないのか?


「そう、そうだよ。刺さってたんだよ、このミスリルは。アガレスロックの甲殻に、刺さってたんだ!!」


 なんで気づかなかったんだろう。何がアガレスロックの装甲を突破できない、だ。それを突破しているモノを一番最初に見てるっていうのに。


「ガガン、剣を打ってくれ。そのミスリルで、アガレスロックが王都にたどり着くまでの時間で打てる最高の剣を!」


 剣を打つのにどれくらい時間がかかるのかは知らないけど、いくらアガレスロックの足が遅いといっても全然足りないことは分かってる。でも、このミスリルで剣を作れば、その刃は確実にヤツの装甲を突破できるんだ。

 どうやって最初に刺さったのかは分からないし、なによりアガレスロックは動きを封じられただけで死んではいなかった。鉱石の状態ではダメなんだ。


「で、でも僕は見習いですし……親方に頼んだ方が」

「とっくに避難してるに決まってるだろ! ガガンしかいないんだ!! 大体、お前の夢を認めなかったその親方はミスリルを使ったことがあるのかよ!?」


 これは貴重な鉱石なんだろ? 伝説になるような代物なんだろ?


「だけどお前は勉強してるんじゃないのか? ミスリルの扱い方を。これはお前の夢なんだからな。そもそもだ、仮に他の鍛冶師がいたとして、お前はこのミスリルを渡して後悔しないのか?」

「だってそんなっ。この国の存亡がかかってるんでしょう!?」


 それを言ったら俺達だって、完成した剣をアガレスロックに突き刺しに行かないといけないんだぞ。だいたい俺は国民の命なんて不特定多数のことを守るために戦う訳じゃない。


 あの亀は俺に突きつけたんだ。夢ばかり見ている口先だけの雑魚だと。


 だから俺はあの亀にリベンジして、口先だけの夢じゃないことを証明するんだ。

 死んでいった兵士達は、俺に俺のかっこ悪さを自覚させてくれたキッカケにすぎない。それに感謝して仇は取るし報いてもみせるけど、俺が命を賭けるのは、常に俺のロマンに対してだけだ。


「まだまだだな、同志ガガン。命よりロマンじゃなかったのか? ミスリルの聖剣に命を賭けられると言いきったお前以上に、最高のミスリル剣を作れるヤツはいるなら言ってみろ」


 探し出して、そいつに頼んでくるからさ。

 そう言った時、ガガンの目に火が点った。ああ、良かった。この火がきっと、ミスリルを最高の剣に鍛えあげてくれるに違いない。


「僕が……打ちます!」


 ガガンが、放しかけていた手のひらのミスリル鉱石を強く、強く握り直した。 


「このミスリルは僕の物だ、この夢は僕の物なんだっ! 誰にも譲ってやるもんかぁっ!!!」

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