やる気は、あるか
王都に戻った俺達を迎えたのは、武装した数えきれないほどの兵士達と逃げ惑う民衆だった。琴音とガガンの姿は見当たらない。いるとすればギルドか城だろう。
人の波を掻き分けてギルドに向かうと、そこもまた武装した厳つい男だらけだった。
「おうおうおう、ドンじゃないか。お前らも緊急招集されたのか?」
大きな盾を担いだ重装備の男が声をかけてきた。兜のせいで顔は見えないが、なかなか強そうな風格があるな。
「いやまてよ? 確か招集はCランク以上だった筈だよな。ってことは、少しは頭の使い方を覚えたのか?」
「うるせえよ! まだDランクだがよぅ、今日の依頼で俺様もCにあがるに決まってらぁ!!」
だから上がらないっての、こんな事態を引き起こしてさあ。というか重装備の男の口振りからして、やっぱりランクが上がらないのは馬鹿だったからか。そうだよな、顔が悪いならコイツらも兜かぶってればいいんだから。それすら思い付かなかったんだもんな。
さてと、琴音はいるかな?。
「あれ? なにアンタ生きてたの?」
「勝手に殺すな」
ちょっと驚いた、こいつから声をかけてくるとは。受付の向こう側にいるイメージしかない受付嬢が、こっち側にいるのも違和感があるな。こいつの場合は特に。
「さすがに受付でボケッとしてないんだな」
「ってゆーか今からこのむさ苦しい連中と心中よ。もう最悪」
それはつまり、ギルドを代表して討伐者を現場で指揮するってことか?
「もしかして偉いのか、お前?」
「んなわけないじゃん」
「ってことは普段サボってたツケを払う羽目になったってことか」
「……うっさいなぁ。別にいいわよ、あんなの絶対勝てないんだし、どこに居たってどーせ死ぬんでしょ。一足先に逝ってくるわ」
本当になんてことないように言い切りやがった。あんまりにもシレっと言うものだから、それが強がりなのか心底どうでもいいと思っているのかは読み取れない。
気づくと俺は声をあげていた。
「琴音がどこ行ったか知らないか?」
「普通引き止めるトコなんじゃないの? まあアンタに引き止められてもキモイだけだから無視するんだけどさー」
そんなこと言われてもなぁ。そもそもアレは何がなんでも俺が倒すんだから、引き止める必要もない。いよいよもって負けられないって気持ちを多少強化はできたけど。憎たらしいけど一応は知り合いだからな、こいつも。死なれたら気分は良くない。
「コトネってあの三つ編みの子? それならアガレスロックのこと伝えてすぐ王城に向かったわよ。そういえば推薦状持ってたし、城に知り合いでもいるの?」
「そんなとこだよ、さんきゅ」
今度こそユリーは行ってしまった。その後を討伐者達がぞろぞろとついて行く。その半分は諦めたような顔だが、半分は自分ならなんとかなるって自信をみなぎらせている。でもその自信は多分あの亀を見るまでの儚いものだろうな。
あまりまとまってるようには見えないんだけど、頼むから先走って全滅なんてやめてくれよ。
「お、おい。俺様達も行った方がいいんじゃねぇのか?」
さっきまで話していた同僚が覚悟を固めて出て行ったことに焦りを感じたのかもしれないけど、この3兄弟が混ざったところで、な。
「それより一緒に城に行こう。ガガンが心配してるんだ、先に顔を見せてやらないと」
「そうだどアニキ。助けを呼ぶのに、とっても頑張ってくれてただよ」
「そうか、そうだな。がはは、よし城に向かうぞぉ」
今あきらかに安心したな。まあそう何度もあんな怪物に近づきたくはないか。
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やっぱり城も騒然としていて、編成の済んだ部隊から次々と城門を出ていた。
3兄弟が少し怪しまれたけど、俺と一緒だったことで門番の前を通過し、アルスティナがいるだろう執務室を目指す。ううん、いないかもしれないな、状況が状況だし。
怪しいのを3人も連れていることだし、ケイツの方を探した方が良さそうだ。近くの兵士を呼び止めて聞けば、すぐに場所がわかった。
3階、会議室としてよく使われる広間の前まで行くと、見計らったかのように扉が開き、ケイツがひょっこりと顔を出した。
「おお、来たな。こっちだこっち、早く入ってこい」
手招きに従って部屋に入ると、琴音とガガンがいた。
「悠斗君! 良かった……ガガン君から亀の話聞いて心配してたんだよぉ」
「そうだ、ガガン。ごめん忠告されてたのに止めきれなかった」
「いえ、僕の方こそ急いでいたとはいえ説明が足りず申し訳ないです」
いや、きちんと説明されてても止められなかっただろう。途中でなんとなく想像できてたし。間違ってたのは俺の止め方……殴ってでも止めるべきだったんだ。いっそ今からでも……。
ドンの顔を見ている内に湧き上がる気持ちに従おうとしたところで、アルスティナとアンナさんが入って来た。
「お待たせいたしました」
「うむ、全員揃ったな」
「全員って……これだけか? こんな一大事なんだから、もっと沢山お偉いさんがいると思ってたよ」
「そういった話は既に終わったのだ。オリジンに無理強いしないのがこの国の方針だ。ならば対策を考えるのにお前達は必要ないだろう?」
必要ないって言われると微妙な気分になるけどな。でもじゃあこの集まりはなんだろう。
「で……ユート。やる気は、あるか?」
やる気ってのはアガレスロックを倒す気かってことだよな。国からお願いはしないけど、俺が進んで戦うなら話は別だからね。
「俺達はアガレスロックを倒せないだろう。できることと言えば、民衆が逃げる時間を稼ぐくらいだ。もちろん女王陛下にも今すぐ逃げてもらう。だがな、お前が参加するなら、女王陛下にはギリギリまでドーンと居座ってていただきたいのだ」
王様がさっさと逃げるってのも恰好つかないもんな。あわよくばオリジンを味方につけて怪物を撃退してみせたという実績が欲しいってところか。
「もし協力したならば、我々がどう言い繕おうともガルディアス帝国とオルシエラ共和国はお前たちはセレフォルンについたと考えるだろう、ということも考慮して答えてほしい」
そうなるだろうさ。うーん、他の国も探検したかったけど、しばらくはお預けかぁ。でもこうなることは1週間前に琴音の宣誓を聞いた時点で決まっていた訳だし、遅いか早いかの違いだよな。
なにより俺はもう、あの亀を倒すって決めてるんだし。
「やるよ。最初からやる気満々だっての」
「もちろん、私もだよ?」
琴音も来てくれるなら頼もしいな。
「有難い。と、いうことです女王陛下。玉座にて勝利の報告をお待ちください」
「うん! がんばってね!! あ、窓から亀さん見てもいーかなぁ?」
「いけませんよ陛下。人間がグチャブチメチャアと潰れる所も見てしまっては情操教育に良くありませんからね」
そう思うなら表現にごせよ!?
そら恐ろしいメイドになだめられながらアルスティナが部屋を出た。あの人が教育担当って完全にミスキャストじゃないか?
「さて、強力な助っ人ができた訳だが、まだ油断はできんぞ」
当然油断なんかしないけど、さっきと違って今回は琴音もいるんだ。もしもし亀よ亀さんよ、今度は二人がかりで行かせてもらうぞ覚悟しろ?
「文献を調べたところ、アガレスロックは1200年前に出現した際、当時のオリジン3人がかりでも追い返すのが限界だったという怪物中の怪物だ」
待った! 亀さん待った!!
とんでもない相手だとは思ってたけど、そこまでなの!? ベテラン3人でやっとの相手をルーキー2人でどうしろと!
自分がまだまだ力を使いこなせていないから負けたんだと思ってたのに。昔のオリジンなら問題なく倒せるものだと思ってたのに。というか亀は万年、なんて言うけど、まさかその撃退されたアガレスロックさんと同一亀物じゃないだろうな。歳とるほどにパワーアップしそうなイメージあるんだが……。
「失礼します」
1人の兵士が入室してきた。見覚えがあるぞ、先遣隊としてアガレスロックに特攻した中隊の中にいた人だ。戻ってきたのか。……あの隊長はどうしたんだろう。報告なら隊長がするべきなんじゃないのか。
いや、わかってる。大体の想像は、ついた。
「うむ、報告を聞こうか」
「は。先遣隊は全滅。情報を持ち帰るために離れていた私を含む3名以外は、アーキウス中隊長以下147名全員が戦死しました」
……そうか。やっぱり死んでしまったのか、あの人達は。
もっとうまく出来ていたら死なせずにすんだのかな。あの光線で顔を狙っていたら。3兄弟の魔法でなにか策を思い付いていれば。気絶しない程度に抑えて、きちんと自分で引きつけていれば。ミスリルを抜くのを止めれていれば。……そもそも3兄弟を助けなければ。
「同志ユート、あなたは悪くないですよ。あそこには人型の餓獣が住んでいたんですから、時間の問題だったはずです」
顔に出てたのかな。ガガンが俺の肩に手を置いてそう言ってくれた。
そうだな。それにベテランのオリジンでも3人がかりだったんだから、俺1人がどう立ちまわっても同じ結果になったのかもしれない。でも、だから無駄していいって訳じゃない。
必ず倒そう。
報告を終えた兵士が退室していく。終始淡々と話していたが、部屋を出る直前に見たその肩は震えていた。それは悔しさからなのか、悲しさからなのか、怒りからなのか……恐怖からなのか。
「聞いていたかもしれんが、報告によるとアガレスロックの能力は地形操作のようだ」
「地形操作?」
「うむ。先遣隊も全滅を避けるために分散して様子見をしたようだが、隆起した地面に串刺しにされ、押しつぶされて……近づくこともできなかったようだ」
俺やオーガが攻撃を仕掛けた時は歯牙にもかけて無かったから使ってこなかったのか。でも俺が攻撃したせいで、人間に油断してくれなくなったんだな。
しかしどう戦ったものかな。人間は地面に立つ生き物なのに、その地面が敵ってことだろ?
「攻撃は遠距離に限定される……私の火魔法をユートの魔法で増幅するというのはどうだろうか?」
「似たような事して、もう魔力があんまり残ってないんだ。ついでに言うと通用しなかったよ」
ケイツの魔法は炎の銃弾だったはずだ。高熱の光線とそう違うとは思えない。
アガレスロックにビームを叩き込んだ時のことを伝える。途中3馬鹿が「あれはすごかった」だの「こっちが先に焼け死ぬかと思った」だのとヒートアップしていたが、結局のところ結果は甲羅を少し溶かしただけだ。そして溶けた部分ですら、追加攻撃しても貫通できそうにない分厚さを残していた。甲羅を突破するのは素直に諦めた方がいいだろうな。
「悠斗君の魔力が回復するのを待って、今度は顔にビーム当てたらどうかなぁ」
「でもコトネさん。あれは陸ガメですから、危ないと思ったら甲羅の中に隠れるんじゃないでしょうか?」
ガガンに言われて初めて気づいた。そうだよ、あれ亀だもんな。てことは引っ込められる前に一撃で仕留められるような攻撃を頭に当てないと倒せないのか。……昔のオリジンが苦戦した理由がわかったよ。厄介すぎる。
「ふっふっふ……」
何も手が無いのかと全員が思い悩んでいるっていうのに、何故かケツアゴがちょっと嬉しそうに不敵な笑みを浮かべていた。
「どうやら『アレ』を使う時が来たようだな」




