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ぷちっ

「早く坑道の外へ!!」

「ひいい!!」


 ガラガラと坑道の天井が崩れ始め、俺達は急いで外への脱出を急いだ。

 まだ重力に縛られたオーガが「ちょ、ま……」みたいな目を向けてきていた気もするが、悪いけどお前を助けてやる余裕は無いし、そもそも敵だから快く見殺しにした。


 外に飛び出し、太陽の光を浴びながら背後を振り返る。坑道を内包した山は、しかしその半分は山ではなかった。土と岩でできた山は半分以下で、そのほとんどが巨大な亀の甲羅だったらしく、表面に着いた土を落としながら動いていた。


「なんて……デカさだ」


 これがXランク。現在の人間では倒せないと言われている、最強クラスの餓獣。


「グガアアアアア!!!」


 半壊した山の一部が吹き飛んで、這い出てきた一体の人型。オーガだ、どこまでも頑丈なヤツ。


 勇敢というべきか無謀というべきか、単純に冷静でないだけなのか。オーガはアガレスロックを敵と認識したらしく、雄叫びと共に殴りかかった。


 あるいは俺達も期待していたのかもしれない。俺達4人がかりで動きを止めるのが精一杯だったオーガなら、3段階のランク差を飛び越えてアガレスロックに多少の痛手を与えてくれるんじゃないと。その傷をもって退いてくれやしないかと。


 ぷちっ。


 多分、アガレスロックはオーガを敵と認識はしていなかったと思う。それどころか、存在にすら気づいていなかったような様子だった。だからオーガは倒されたのではなく、ただ一歩踏み出した足に踏まれただけなんだろう。

 そうして俺達を苦しめた手強いBランク餓獣は死んだ。


「じょ、冗談じゃねぇ! せっかくCランクになれるってのに、こんな所で死んでたまるかってんだ!!」

「こんなヤツ起こしておいて、ランクが上がる訳ないだろ。せめて王都の方向には行かないように、あいつの気を引くぞ!」


 アガレスロックの顔はまっすぐ王都の方角を向いている。別に王都に用なんて無いだろうが、このまま真っ直ぐ進まれると、王都もまたさっきのオーガと同じように踏みつぶされてしまうだろう。何が何でも違う方向に言ってもらわなければ。


 カケドリに飛び乗って、アガレスロックの左側に回り込む。王都と反対側に行ってもらえれば最高だが、攻撃した相手に向かってくる保障は無いからな。下手に後ろから攻撃して王都の方に逃げたらと思うと、やっぱり横からが確実だろう。

 

 アガレスロックが移動を始めた。ズシンズシンと……いやそんなもんじゃないな、一歩歩くごとに地震が起こっている。


 こんなデカいもの、計ろうと思ったことが無いから確証はないが、地元の山の大きさが800メートルだったことを元に考えると--およそ300メートル。なんだぁ、はんぶんかぁ……なんて。比較対象が山って時点でおかしいだろコンチクショウ。平地で300メートルは大した距離じゃないけど、垂直に300メートルは嫌になるくらいデカい。オーガ100匹分だ。


「こ、こんな大きなもの、オラたちにゃどーしようもねえだよぉ」

「別に期待してないよ。お前らの仕事は魔力不足でヘロヘロになる予定の俺を、王都まで連れて帰ることだよ」


 アガレスロックを睨みつけてジルを呼び出した俺に、ガッシが目を剥いた。 


「なにする気でやんすか?」

「簡単だよ、カラッケツになるまで全力で攻撃して注意を引く。その後は頼んだぞ?」


 ガッシの闇魔法を増幅させて目くらましをすればとも思ったけど、見えるようになるまで止まるだけだろうし、もしかしたら真っ暗なまま前進し続けるかもしれない。今でさえ目的もなくただ歩いているだけのような状態なんだからな。


 だから攻撃して気を引くことにしたのだ。

 幸いにして、ここに来る直前にジルに食べさせたビームがまだ残っている。坑道内じゃ危ないから使わなかったけど、外でなら遠慮なく使える。遠慮どころか、オリジンの有り余りすぎて扱いに困るほどの魔力を、ありったけつぎ込んで骨まで消し飛ばすくらいの気持ちで撃ってやる。

 魔力切れの経験は無いけど、アンナさんが言うには無気力になって最悪の場合で気絶するらしいが、後のことを考えて失敗するよりは、全力を注いで後は丸投げだ。


「おうよ……テメェの体は俺様がキッチリ運んでやるから、安心してぶっぱなしやがれ!!」


 偉そうにすんな、お前の尻拭いだぞ。

 

 アガレスロックの進む方向はやはり王都。寝起きで散歩するのは勝手だが、そっちに行かれちゃ困るんだよ、デカ亀。

 ジルに魔力を与える。1週間前に兵士の水風船を大爆発させた時の感覚を辿りながら、あの時をはるかに超える魔力を与え続けた。


「ピ、ィイイーーー……!!!」


 ジルがクチバシを開くと、そこに赤と白の入り混じった光の玉が出現する。同時にサウナにでも入ったかのような熱気に包まれた。その熱がジルから発したものだというのは直ぐに分かったが、その上でさらに魔力を注ぎ込む。

 ジルの下の草がジリジリと焼けていき、こっちも息が難しくなってきた所で、ドン達が音を上げた。


「ば、かやろう……俺様達まで、殺す気……か!」


 うるさい。俺だってどうなるか分からないんだよ! でもな、山を攻撃するのに加減なんかできるかよ!

 だが、かくいう俺も、クラリと眩暈を感じた。それが暑さによるものなのか、魔力切れによるものなのかは分からないけど、これで魔法を撃つ前に倒れでもしたら笑い話にもならないな。


 できれば顔を狙いたいが、コントロールできる気がしない。いいさ、その甲羅ごとぶち抜いてやる。


「いけえええええええええええ、ジィィィルッ!!!!」

「ピッイイイイイイーーーーーーー!!!!」


 視界が真っ白に染まった。というかもう目を開けているのも危険なレベルの温度と光だ。

 轟音を上げて放たれた光の柱がアガレスロックの甲羅とジルを繋ぐ。軌道上の草木は触れてもいないのに焼き尽くされ、膨大な熱量は雲の流れにまで影響を与えた。


「もっとだああああ!!」


 まだだ、まだ気絶していない。なら、まだいけるってことだ。残りカスのような魔力まで全てかき集めえジルに託す。


 骨まで焼き尽くしてやると意気込んだ全霊の一撃は、しかしその光で視界が制限される中で見える限りでは、アガレスロックの巨体を揺るがせてすらいなかった。だがヤツの足は間違いなく前進を止めている。


「頼む、頼むからこっちを向いてくれ! こっち向きやがれウスノロどん亀野郎ーーーー!!」


 意識が薄れていく。それに比例するようにジルの姿もまた希薄になっていった。そうか、ジルを維持する力すら無くなったか。

 けどまあいいだろう、ロクに見えなくなった目でも、アイツは体が馬鹿みたいにデカいから良く見えたよ。


 やっとこっち見てくれたな、デカ亀。


 俺は安心して意識を手放した。


















「がはは、気がついたみてぇだな」


 目を覚ますと、走るカケドリに縛りつけられていた。並走するカケドリにドンが跨り、俺のカケドリの手綱を引っ張っていた。カケドリって引っ張っても走るのか。


「もうすぐ王都でやんすよ!」

「オラ達、生きて帰って来れただ!!」


 そうか、帰ってこれたんだな。はは、やればできるもんだ。


「起きたんならテメェで操縦しやがれ」


 体をよじらせて縄をほどき、ドンから手綱を受け取る。軽く引いてやると、カケドリは小さく鳴いて走る足を速めた。なんだかコイツにも愛着湧いてきたなあ、どれがどれだか区別つかないけど。

 カケドリの主導権を握り安定したところで、ドンが荷物から人間の腕ほどはある鉱石を取り出して見せびらかした。


「がはは、見ろよこのミスリルの輝きをよお。今日から俺様はザコ共に憧れられる立場だぜぇ? 笑いが止まらねーなぁ、がははははは」


 ったく、それを取ったせいで死にかけたってのに。まあでも全部終わったと思うと、そんな馬鹿な発言も聞き流せるね。

 だけどあんな化け物、野放しにはできない。被害が広がる前に力を蓄え、必ずリベンジしてやる。


 切り抜けた窮地を思い出しながら、廃坑道の方向を振り返った。待ってろよ、デカ亀。すぐにもっと強くなって決着つけに行くからな!




 山と山の間で、何かが動いた。ていうか山が動いた。



「……あれ、思ったほど離れてないのか?」


 結構寝てた感じがするんだけどなあ。それにさっき、もうすぐ王都とか言ってたし。


「そんなことないでやんす。ほら、もう王都が見えてきたでやんす」


 前を見ると、確かに王都だ。ま、あの亀デカかったもんな。こんなに離れて、途中に山も挟んでいるのに見えるほどデカかったのか……んん? 山のようにデカかったけど、山よりはデカくなかったような。


「追いかけてきとるんじゃねーだか?」

「ひははは、あのカメどえれー怒ってやがったからなぁ。ま、甲羅を溶かされたんじゃあ、仕方ねーわな!」




 は?




「いや、追いかけてくるようにしたんだから当たり前だろ。……もちろん撒いてから王都に向かったんだよな?」

「なんでだ? テメエが気絶しやがるから、さっさと王都で寝かせてやろうと優しい俺様が最短距離でだな……」


 開いた口が塞がらないって、本当になるんだなと変に冷静に考えていた。いや、そうじゃない。そんなこと考えてる場合じゃない。

 真っ直ぐ王都に向かった? 亀が怒って追いかけてきているのに?


 振り返る。


 山の向こうで甲羅が揺れる。さっきより大きくなっていた。近づいていた。


「馬鹿かお前らあああああああああああ!!!!?」

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