絶対に抜くな
5分ほど走った所で道を逸れ、徐々に砂利道に変わる中を20分走ったところに廃坑道はあった。
途中、何匹か餓獣と遭遇したけど、足の遅い奴ばかりだったから無視した。1発だけ追いすがって炎のビームみたいなものを飛ばしてきた餓獣もいたが、それはジルがおいしくいただいた。味があるかは知らないけど。
「ここだど! ああ、アニキ大丈夫だかなぁ……」
「それを確かめに行くんだろ」
カケドリを近くの木に繋ぎ、坑道に足を踏み入れる。他に2匹のカケドリが繋がれていたから、デンの仲間2人はまだ出てきていないはずだ。
坑道内はガガン達が来た時に松明を灯しながら進んだのか、一定間隔で火が灯されていて明るさは不自由しない程度には確保されていた。
コッコッと二人分の足音が坑道内に響く。静かだ、と思った時、遠くの方から何かが崩れるような音と、野太い雄叫びが届いた。
「あっちか!」
音の方向に走り出すと、近づいている証拠か、少しずつ届く音が多くなっていった。そして少し開けた場所に出ると、それはいた。
人型でこそあるが、3メートルはある身長に赤黒い岩のような筋肉。頭の角が無ければ、後ろからでは人間との違いは身長だけだ。だがそれは見た目だけの話。コイツを人間と間違えるなんてことは、この殺気がある限り有り得ない。達人でもなんでもない俺に殺気なんて言っても、わかるわけが無いはずだったんだが、今はっきりと分かる。
これが殺気。空気を痺れさせるほどに吹き出す、相手を殺し尽くすという意志、悪意。
鬼。
それが一番しっくりくる表現だった。
「やべ……魔法とか使ってこないタイプじゃん」
その時点で倒すことは諦めた。だってこんな筋肉の塊に剣一本で挑む気にならないし。なんとか出し抜いて、オーガを挟んで反対側で奮闘している二人を助けて逃げよう。
「デン!? てめえこのデブ、なんで戻ってきやがった!!」
「ドンアニキィ!! だって、だってオラぁ……」
「しかもソイツは昨日の新人じゃねーか!! 助っ人呼ぶにも相手選べってんだバカ野郎!」
あ、くそ。不意打ちしようと思ってたのにコイツらが叫んだせいで気づかれてしまった。正面から見ると、また凄まじい顔つきで、まるで怒り以外の感情を失くしてしまったかのようだ。なまじ人間に似ているせいで一層恐ろしく感じてしまう。
こんなの相手にここまで生き延びていたとは、さすが自称とはいえ実質Cランク。ひょろ長い方--ガッシとかいったか--も、ふらついてはいるが生きている。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
こっちに気づいたオーガが雄叫びを上げて、俺達にターゲットを変更して走って来た。ヤバい、俺はともかくデンは体型からして避けられない。
だがドンがすばやく回り込んでオーガの動きを止めた。すぐさま狙いを変えて振り下ろされたオーガの拳を、ドンの巨大な剣が迎え撃つ。地面が揺れたかと錯覚するような衝突。強化魔法の使い手なのか、一瞬だけドンとオーガの力が拮抗したが、地力が違ったらしい……オーガが大剣を弾き飛ばした。
「ア、アニキィィーーーー!!」
オーガのもう一方の拳がドンの頭蓋を砕かんと振り下ろされる。
だけどな化け物、俺はそれをさせない為にここへ来たんだよ!
「おらあーーーー!!」
渾身の蹴りがオーガの頭を直撃する。そのあまりの勢いにオーガの巨体が吹き飛んだ。
効いただろう? 今朝とりたての、新鮮なフラッシュヴァルチャーの加速能力つきの蹴りなんだからな。むしろ首から上が千切れ飛んでもいいはずなんだが、普通に蹴られた程度のダメージしか受けてないって、どうなってんだコイツの体。
「う、おお!? 助かったぜ、坊主。てかスゲエなお前」
「どういたしましてっ! 今のうちに逃げるぞ」
頭を揺らされたせいか、オーガはまだ立ち上がっていない。今なら逃げられると思ったが、ドンは油断なく剣を拾って構え直した。他の2人にも逃げる素振りはない。どうしたんだ。
「奴をなめんじゃねぇ! 俺様も何度か試したが、人間の足じゃあ坑道の半分の行かないうちに追いつかれるぞ!! あんな狭い場所で戦うよりかは、ここのがマシだってことでいっ」
マジかよ。そうこうしている間にオーガも立ち直ってしまったし、なんとか救援まで耐えるか、ここで倒すしかないってことか。
だがさっきの蹴りを警戒しているのか、オーガはすぐに向かってこないで、グルルと唸りながらこちらを睨んでいた。今のうちに作戦を立てさせてもらおうか。
「アンタらの魔法は?」
「俺様は肉体強化だ!」
「オラは重力だど! オラの手袋で触ったものは重くなるんだど!」
「あっしは闇でやんす! このボールをぶつけた相手の視界を5秒間見えなくできるでやんす」
くっ、またツッコミどころの多い奴が1人増えやがった。
でもこいつらの基本戦略はわかった。ドンが敵を抑えている内にガッシが敵の視界を奪い、その隙にデンが触って動けなくなった所をドンが斬るってとこか。実力がCランクってのもホラじゃなかったみたいだな、なかなか凶悪なコンボだ。
大体の敵はなすすべ無く倒されそうだけど、そうなっていないってことは何か問題があるってことか?
「その重力でアイツは抑えられないのか?」
「試したがダメだった。デンの魔力じゃあ、ヤロウほとんど変わらずに動きやがる」
「じゃ、それで行くぞ。あいつの視界を奪うところまで頼む!」
無理だと言ったのにやると言う俺に不満そうなドンだったが、オーガが突っ込んできたせいで何も言えなかった。
「くそったれがあああ!!」
全力の肉体強化でドンとオーガが打ち合う。一撃ごとに地面に亀裂が入り、瓦礫が弾け飛ぶ。だが本当にドンの実力がCランクだったとして、相手はBランクだ。やっぱりというべきか、全ての衝突でドンは打ち負けていた。剣を手放さないだけで精一杯の様子だ。
だが少しの時間、オーガの動きが止まれば十分だった。
「ほ、ほいりゃあ!」
ガッシの投げた黒いピンポン玉くらいのボールがオーガの肩に当たった。あやうく外れる所だったが、とにかく当たったおかげでオーガは突然キョロキョロし始める。ガッシがいうには、今ヤツは目の前が真っ暗闇になっているらしい。
せっかくとばかりにドンが剣を振り下ろすが、それはオーガの皮膚を少し斬ったくらいで止まっていた。頑丈すぎるだろう。
「さあ、仕上げだ」
「でもオラの魔法じゃ……」
それはさっき聞いたから分かってるよ。だからその魔法、俺がもらう。
「ちょっと気持ち悪いと思うけど我慢してくれよ」
「へ……ひいい?」
ジルがデンの手袋にかぶりつく。EXアーツは食べれないけど、その中身は別だ。しかしなんだか……ばっちいな。
俺の気持ちとは裏腹に、満足げに手袋から離れたジルがオーガの方を向く。
「ジル、発射!!」
「ピィーーーーーーーー」
風を切り、ジルが飛ぶ。目標はもちろんオーガ。5秒経ち、視界を取り戻したようだが、その眼前にはすでにジルが迫っていた。
「グガアアッグ……ググ…………ッ」
デンから借りた魔法に俺の魔力を上乗せされ、発動した重力場は周囲の景色が歪むほどに強力だった。そんな中でまだ生きているどころか、動こうとしているオーガは一体どこまで頑丈なのか。やっぱり正攻法では勝てる気がしない。
「これはどれくらいの時間続くんだ?」
「え? あ、オラは1分くらいだど」
なら10分以上は余裕だろ。ゆうゆうと坑道から脱出させてもらおう。
そう3兄弟に伝えると、俺が何をしたのか分からないからか不思議そうにしながらも、いま問いただしている場合じゃないと思ったのか黙って歩き出し……ドンが思い出したように足を止めた。
「っと待て。危ねえ危ねえ、ミスリルを忘れる所だったぜ」
そう言ってドンが向かった先、坑道の最奥にキラリと輝く真珠のような色の鉱石が埋まっていた。いや、突き刺さっていた。これがミスリル……。でもそういえばガガンが取るなと言ってたっけ。特に変なものでもなさそうだけど。
「って、なんだこれっ!!?」
「ひひっ、俺様もさっき見た時ぁ驚いたぜ」
坑道の壁だと思っていたソレは、よく見れば巨大な生物だった。大きすぎて何なのかまでは判らないが、ミスリルが刺さっている場所が眉間として、どうみても目と鼻がある。
「この鼻の形……爬虫類か? もしかしてドラゴンか!!」
ついに見つけた! と思ったらドンがゲラゲラを笑った。
「それもおもしれーが、コイツはでっけえ亀だ」
「亀ぇ!? これが!?」
言われてみれば亀かもしれない。にしてもデカすぎるだろ……全然動かないけど、死んでるのか?
「こいつぁアガレスロックっつうXランクの餓獣。化け物の中の化け物だ。いつくたばったのか知らねーが、こんなもんが王都の目と鼻の先にいたなんざ、冗談にしても笑えねーわな」
笑えないと言っておきながら笑っているドンは、がっしりとミスリルを掴むと、引き抜こうと力をこめ始めた。
「お、おい待てよ! ガガンからの伝言だ、ミスリルは絶対に抜くなって言ってたぞ。抜くとヤバいんじゃないのか!?」
「馬鹿言ってんじゃねえぞ。コイツを持ってきゃ俺達は晴れてCランク……1流の仲間入りよお! おいテメエらもぼけっと見てねーで手伝いやがれ!」
だからその依頼人が抜くなって言ってるんだろうが。こいつらのランクが上がらないのは馬鹿だからのような気がしてきたぞ。
だが馬鹿に馬鹿が続いて、ガッシとデンもミスリルを抜きにかかる。
「おい、やめろって言ってんだろ!」
「がははは、これで俺達はCランクだぁーーー!!」
そして遂にミスリルが抜けた。抜けてしまった。
地響きが鳴り、坑道全体が揺れ始める。
「な、なんだ!? 何が起こりやがった!!」
「この馬鹿3兄弟が! ガガンが絶対に抜くなって言った時点で想像できなかったのかよ! どういう理由か知らないけど、ミスリルのせいで動けなかっただけでーー」
ずっとミスリルを欲しがっていたガガンが、それを諦めてでも抜くなと言ったミスリルが、怪物の体に刺さっているとくれば、答えは一つしかない。
眠るように閉じていたアガレスロックの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
「コイツは死んでなかったって事だよぉ!!!」




