あのデブはかっこよかった
走る。走る。走る。東に向かって。
ガガン達が向かったのは北なのに東に向かっているのは、カケドリを借りるためだ。多分北門にも貸し騎獣屋はあると思うけど、「かも」に期待するよりは東で確実に借りて、門の外から北に向かうことにした。
走ること10分ほどで東門にたどり着き、貸し騎獣屋に飛び込む。
「あれ? もう来たのかい、早……」
「カケドリ2匹! 急いでくれ!!」
急かす俺に驚きながらも、店員の青年は何も聞かずに素早くカケドリを用意してくれた。
「ありがとう!」
「何があったかわからないけど、大事に使っておくれよ」
「もちろん!」
基本料金で1時間分の200Rを支払うと、琴音とそれぞれカケドリに飛び乗り、習ったばかりの拙い手綱さばきで駆けだした。
東門を出て、王都を囲む防壁沿いに走らせていると、さすが騎獣、あっという間に北門までたどり着いた。そこから真っ直ぐ伸びる道のどこかにガガンがいる筈だ!
それから10分も走った頃だろうか……少し前から不安に思っていたことを琴音が口に出した。
「ところで悠斗君、廃坑道の場所って知ってるの?」
「…………」
うああああああああ!!? 知らねええええ!!!
汗をダラダラ流す俺を見て察したのか、琴音が気まずそうに目を逸らした。
「あー……あ、悠斗君、人がいるよ! あそこあそこ!」
「よ、よし聞いてみよう!」
救われた。今ものすごく救われた。救世主は二人組らしく、王都にむかっているのか反対側からこっちに向かってカケドリを走らせていた。
お互いカケドリに乗っているものだから、見る見るうちに距離は縮まり、やがて相手の顔も目視で分かるようになった。
「って、ガガン!!?」
「同志ユート!? どうしてここに?」
「どうしてって……」
ガガンの隣にいる小太りの男は、昨日ギルドで俺達にからんできていた3人組の1人に間違いない。
「怪しい3人組が、誰も受けない依頼をわざわざ受けてお前を連れだしたって聞いたから、なにか企んでるんじゃないかと」
「な、なんだどー! オラ達そんなんじゃないどー!!」
俺の言葉に小太りが憤慨した。
「ドンのアニキが言ってただ。オラ達はシンヨーがねーから、Cランク違うんだど。優しくしたら、なれるんだどー!」
「あ、僕も事情は聞いてるんで、訳しますね」
そうして欲しい。滑舌悪い上に説明が雑すぎて意味がわからない……ていうかコイツ自身意味わかってないんじゃないか? ところでドンなのかアニキなのか……あ、ドンっていう名前か。
「彼らはもう3年もDランクで止まっているらしくて、実績では十分Cランクに上がれる筈なんだそうです。なのに上がれないのは、自分達がギルドの信用を得られていないからだと結論づけ、善行に励んでいるんだとドンさんが言ってました」
な、なるほど。悪人面すぎて信用してもらえないのか。かくいう俺達も、見た目で怪しい奴って決めつけてたからな……。
そうか、顔さえ見なければ、初めてのギルドで右往左往してる新人に声をかけた親切な先輩であり、誰も受けない依頼を率先して受けてくれる慈悲深い討伐者なんだよな。顔さえ見なければ。
「ごめん、悪かった……」
「ごめんなさい」
「もういいだ、なれっこだど」
苦労してるんだな。その苦労の一端は俺達だけど。
「でもじゃあ、あとの2人はどーしたの?」
琴音の疑問にガガンがハッとなって慌て始めた。そういえばゴツイのとひょろ長いのがいないな。ガガンに事情を離したっていうなら一緒にいないとおかしいんじゃないか?
「そ、そうだ、こうしちゃいられない! 早く救援を呼ばないと!」
「救援?」
「例のBランク餓獣と遭遇してしまったんです。2人が囮になってくれたおかげで、僕達は逃げることができたんですが」
命がけでガガンを守ったのか。
……助けに行くべきか? そもそも助けられるのか、俺達の力で。
「僕は王都に救援要請に向かいます。縄張りを出てこないとは思いますけど、同志ユートとコトネさんも危険ですので一緒に戻りましょう」
「……オラ、ドンアニキ達のトコ戻るど」
「デンさん!? ダメです、死んでしまいます!」
ガガンがうろたえながらも引き止めるが、デンと呼ばれた小太りは黙ってカケドリの向きを反転させた。おそらくは廃坑道の方向に。
「死んだっていいだ。オラ達ほんとうの兄弟でないだども、ドンアニキはオラを連れてってくれただ。ガッシはいつだってオラを励ましてくれただ。見捨てるくらいなら、一緒に死にたいんだど」
それ以上に、とデンは遠く……今も戦っているだろう兄弟のいる方向を向いて言った。
「死んでも、助けるだよ!」
デンを乗せたカケドリが走り出す。乗せてるものが重いせいでやや遅いが、それでも少しすれば見えなくなってしまうだろう。追いかけるなら、今のうちだな。
「琴音はガガンを王都まで送ってやってくれ。そんな大した距離じゃないけど、まだ餓獣が出る可能性があるからな」
「わかった。気をつけてね」
あと危なそうだからオル君も預かっといて。
「ちょ……まさか助けに行く気ですか!? 同志ユートはEランクでしょう? Dランクの彼らですら手も足も出なかった相手なのに!」
むむむ、俺達のランクが低いのは登録したばかりだからだぞ。実際の実力が何ランクかはわからないけどさ。理想をいうなら琴音にも来てもらいたい所だけど、それでガガンが餓獣に襲われたら目も当てられないからな。
「どうして……。こんな言い方をするのはどうかと思いますけど、彼らは他人じゃないですか」
「まだまだだな、同志ガガン。男のロマンってのはつまり、かっこいいかどうかだ」
どうみてもゴミにしか見えないものを集めているコレクターだって、そこに魅力を感じているから集めているんだ。理屈ではなく、心が叫ぶものが男のロマンだ。なら、今もそこにはロマンがあった。
「あのデブはかっこよかった。兄弟のために命を賭けたからってだけじゃなくてさ。死にもの狂いで頑張る奴はカッコいいし、応援してやりたくなるもんだろ? 他人とかは関係なくさ」
見た目は完全に子悪党だったけどな。おっと、いつまでも話していたらデンを見失いそうだ。そろそろ追いかけないと、俺は廃坑道の場所知らないからな。
「死ぬかもしれないのに……いえ、命よりもロマンを追うのが僕達ですよね。わかりました。僕も行きたいけど、救援を呼ばないといけないので行けません」
「それはそれだって。とりあえず救援が来るまでは生き延びてみせるからさ」
俺も魔法の相性によっては手も足も出ないからな。
「1つだけお願いが……ミスリルは取らないよう伝えてください。あれは取っちゃいけないんです」
「? わかった」
ミスリルを取りに行ったのにミスリルを取るなとはこれいかに? だけど問いただそうにも、いよいよデンの巨体が米粒くらいになるまで遠ざかってしまっている。……実際にミスリルを見ればわかるだろ。
カケドリの手綱を引く。
転ばないギリギリの速度で走らせると、すぐにデンに追いついた。この速度の差にちょっと笑いそうになったのは秘密だ。
「おうお? ユートどん、だたか……どしただ?」
どん!?
「アンタのアニキに、友達を助けてくれたお礼を言いに行こうと思ってな」
「そ、そうだか! ありがてーだ!!」
コイツ俺が新人だってこと忘れてるな。別にいいけど。そのままカケドリを走らせていると、デンが前を指差して叫んだ。
「む、ユートどん! 餓獣だど!!」
どん、やめてくれないかなぁ。
それよりも餓獣だな。前方にいたのはリムーとかいう牛型の餓獣だ。角と角の間で電気を貯めて突っ込んで来るのが特徴だ。というのも、今朝の狩場に向かう途中で電撃を食べさせてもらった相手だからよく知っているのだ。
というわけでイタダキマス。
カケドリの足は止める時間がもったいない。止まらずに駆け抜けながら、ジルに電撃を食べさせ、すぐさま吐き出させる。
電撃でこんがり焼かれた牛さんが、いい匂いをさせながら倒れた。今度焼肉食べに行こう。
「い、今なにやっただ……!?」
驚きながらヨダレを垂らすデン。お前も餓獣だったのか。
説明しても理解できる気がしないから、ほっとこう。そもそも俺自身、いまいちジルの事を細かく説明できる程わかってないし。
「ほら、廃坑道どっちだよ。俺知らないんだからさ」
「おうお? こ、こっちだど」