すぐに思い出したよ
さあ、ドラゴンを探しに行こう!
準備を整え出かけようとしたら、母さんに呼び止められてしまった。
「ちょっと悠斗。自分の荷物は片付いたの?」
せっせとダンボールを運ぶ父さんと、せっせと父さんに指示を出し続ける母さん。流石に引っ越して三日目じゃ、まだまだ全然荷物が片付いてないな。
今ここには三人いるのに、働いてるのは一人だから片付く訳ないけど。がんばってね父さん。ハゲるらしいから頭にタオル巻かない方がいいよ父さん。
俺の部屋も荷物であふれかえってるけど、服とドラゴン関係の本くらいだから簡単だ。
「ベッドとオル君の家は完璧だよ」
「ほぼ片付いてないじゃないの……そんな状態で、おまけに必死で片づけてるお父さん放置して出かけようなんて、いい度胸ね」
「棚に収まってるか、ダンボールに収まってるかの違いだよ? 変わんないって」
あと父さんに関しては母さんが手伝えば解決すると思う。絶対言わないけど。晩御飯を失いたくないんだ、ごめん父さん。
「いいじゃないか。遊びにいくんだろ? 友達はできたのか?」
ふう、と汗を拭きながら息をつき、父さんがやってきた。大丈夫かな……かなり頭皮が蒸れてそうなんだけど。自分の将来が心配になるから、父さん(の頭皮)には元気な姿を見せていて欲しい。
「まあね、これから一緒にドラゴンを探しに行くんだ」
「へぇ、それに付き合ってあげるなんて、なかなか器の大きい子だね」
「じゃあ行ってくる。父さん(頭皮)気をつけてね」
「ああ(体に)気をつけて頑張るよ。悠斗こそ、ドラゴンを見つけて食われるんじゃないぞ。ははは」
うん、さすがの俺も栄養になってあげるのはごめんだ。
おっと、急がないと田中との待ち合わせに遅れてしまう。せっかく一緒にドラゴンハントをしようと言って誘い出したんだ。そういやハンターランクがどうとか言ってたけど、何の話だろう。ドラゴンをハントするのにランクなんて無いだろ。
***
「おせえええ!! 何で幸せそうな顔でトカゲ掴みながら一時間も遅刻してんのお前!?」
「ごめんごめん。珍しい種類だったから、つい。ジュース奢るから勘弁して」
夢中で追いかけてた自覚はあったけど、まさか一時間も経ってたとはなあ。集中してると時間経つのがホントに早い。しかしよく一時間も待っててくれたな。さすがに心が痛む。
「ったく、それでいーよ。で、どこでやるんだ? まだこの辺のこと分からないなら案内するぞ? あっちにゲームしてても文句言われないマクロナルドがあるんだ」
そんなところにドラゴンがいる訳ないだろ。そこにいるのはピエロと素敵な笑顔のお姉さん、そしてビーフorチキンだ。
「いや、下調べはちゃんとしてるんだ。俺に任せてくれよ。これでも10年やってるんだから」
「お、おお。気合入ってんな。けど俺だって負けねーぞ。ハンターランクも455だからな!」
へえ……ハンターランクってなんだろ。
歩いてる間も田中はずっとよく分からない話をしてくる。集会所がどうとか、クエストがどうとか。でも生肉は分かるぞ。それでおびき寄せるんだな。今は持ってないけど、今度試してみよう。
だんだん目的地に近づいてきた。
都会というほどじゃないにしても、それなりに建物の密集した町の中で、不自然なくらい鬱蒼とした植物地帯。公園のように手入れをされている様子のない乱雑な木の生え方。経験から、中に入るまでもなく、そこがどういう場所なのかが俺には分かる。
「おいおい、まさか神社でやんのかよ? 確かに静かだし、ちょっとくらい騒いでも文句言われないだろうけどよぉ」
「でも龍について調べるなら、やっぱりまずは神社仏閣だろ?」
「は?」
「え?」
田中はポーチからゲーム機を出しながら固まっていた。
「あ、それ知ってるよ。BS-vitaだろ? けど今からドラゴン探しに行くんだから、後にしろよな」
「そっちかよおおおおおお!! お前日曜にドラゴン探すほどガチだったのかよぉ!? 普通ドラゴンハンター5だと思うじゃんかよおおおおおおお!!!!」
え? 何? そういうゲームがあるの? やだ、ちょっとやってみたい!
----少々お待ち下さい
「こんな素晴らしい物に今まで気づかなかったなんて……」
めちゃくちゃ面白かったです。もちろん俺が探してるのは本物のドラゴンだけどさ。それはそれ、これはこれ。やっぱドラゴンってさいっこうに格好いいよなぁ!
「だったら買えよ。鍛えるの手伝ってやるからよ」
「うーん……ちょっと前に小遣い前借りしちゃってるからな……。違うぞ、オル君。お前は悪くない」
胸ポケットからこちらを見上げる相棒の頭を人差し指でなでなで。愛いやつじゃ。
「何か月分だよ。そのトカゲそんなに高いのか?」
「3年分。オル君は23万円だったから」
「お前バカじゃねぇの!!?」
相場的にはまだ安い方だったんだけどな。だが仕方ない、仮に今もう一度チャンスがあったとしても、俺はオル君を選ぶ。だからそんな呆れ返った顔でこっち見んな。
「でも帰ったら試しに土下座してみよう」
「躊躇なくやるんだろうな、お前は」
そんなことで1日中ドラゴンと戯れられるなら、喜んで。
しかしそうすると悪いことしたな。呼び出した挙句一時間も待たせて、しかも特に来た意味が無いなんて。俺としては、ゲームの存在を知れただけで有意義だったけど、田中はホント何しに来たのかわからな--
「ごめん……今ちょっと笑いそうになった」
[言わなきゃわからなかったのによぉ!! いーよ、わかった。どうせだから今日はお前に付いていく! ジュースは奢れよ?」
ホントにいい奴というか。人付き合いが上手そうで見習いたいくらいだ。
「もちろん! これであと2年間一文無しになるけど、ギリギリ奢れるから」
「やめろよおお!! 奢って貰い難くなること言うなよおおお!!!」
そうと決まれば早速入るか。この立派な石段を登り切ったあかつきには、もれなく筋肉痛がついてくることだろう。
「……って、あれ?」
「どうした?」
「なんか見覚えが、ある」
この神社…………そうだよ、神社だ。あの記憶にある、あの神社!!
全速力で階段を駆け上がる。
間違いない。少しずつ見えてくる境内の様子は記憶の中のものと一致しているし、それらを見ることでどんどんと曖昧だった記憶が鮮明になっていくのを感じる。
そして全てが確信に変わった時、俺を出迎えたのは巫女さんだった。
「えと……久しぶり。悠斗君、だったよね」
「10年ぶりだな、あーっと……?」
やばい。名前が出てこない。
彼女が誰なのかは分かってる。あの日一緒に遊んだ女の子。あの光が当たると青っぽく見える髪とおとなしげな雰囲気は10年前の記憶の面影をしっかり残している。
もう1人の、あのお姉さんの方は元気にしてるかな?
「お? 柊じゃん。バイトか?」
やっと追い付いてきたのか田中。ていうか今の何? 柊? 俺は伊海 悠斗でこいつは田中(中田です)。つまり該当者はこの巫女少女のみ。何故こいつが名前を知っている。
「こんにちわ、中田君。バイトじゃなくて、家の手伝いだよ。ここ私の家で管理してるから」
「え? 知り合いなの?」
普通に話し始めた二人に驚いてると、田中が「何言ってんだ」的な顔を向けてきた。俺がおかしいの?
「だってお前、クラスメイトじゃん。昨日も普通に教室にいたぞ?」
まじでか。いや、でも仕方なくない? 緊張してたし、初日だし。そんな転校そうそう女の子チェックするようなキャラでもないし。
ていうか若干いまさらだけど可愛いな、この娘。やっぱ気づいててもおかしくないや。悪いのは私です。
「私達は悠斗君だけ見れば良かったけど、悠斗君は一度に大勢だもん。しょうがないよぉ」
うえーん。優しさが沁みるよぉ。
「でもお前ら初対面じゃないんだろ? そんな感じだった」
「うん。って言っても10年前に一回会っただけだからねぇ」
「お、俺も顔見たらすぐに思い出したよ!? 柊だろ! いやー懐かしーなぁー!!」
さっき田中が言ってたの聞いただけだけど、仕方ないんだ。覚えてないとか言える訳ないだろ。そうさ、これはこの娘を傷つけない為のやさしいウソ。るーるるー。
「えー……と。私10年前には琴音って、名前しか言わなかったんだけど。ごめんね、なんか気をつかわせちゃって」
うえええええん!!? やっちまったよ。田中が完全に馬鹿を見る目だよ。どうすればいいの、この空気!? 自業自得だけど誰か助けて!!
砂利の上にガックリと膝をつく。せめて最期だけは、誠実にありたく思います。
「申し訳ないです。名前以外は思い出したんです。本当なんです」
「突然敬語使いだしやがったぞ、こいつ」
部外者は黙っていなさい!!
「い、いいよぅ。気にしてないから。10年前だもん。覚えてる私の方が変なんだよ、えへへ」
後光が見えるよ。ここ神社だけど。寺じゃないけど。
俺、ドラゴンはまだ見つけられてないけど、天使を見つけました。ここ神社だけど。教会じゃないけど。
「じゃあ、改めて自己紹介しとくね? 柊 琴音です」