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カケドリ

「やっぱ遠いよぉ! 片道2時間は!!」


 現代っ子が叫んでいた。

 行きはワクワク感もあって気にならなかったんだろうけど、帰りはそうはいかなかったようだ。ほんの少し前に1度通っている道を2時間歩き続けるのは確かに辛い。おまけに帰りは餓獣にも遭遇しなかったから、本当にひたすら歩き続けるだけだった。


 といっても、もう城門まで来ているんだけど。

 前回と違って、すんなり通過できた。顔パスだ。身分証としてギルドカードを出す準備をしてたんだけど、よく考えたら兵士は全員俺達の顔知ってるもんな。


「鳥の報酬もあるし、余裕があったら昼から早速乗り物借りるか?」

「さんせぇー。1日に2回もこんなの無理だよぉ……」


 こないだ2日間歩き続けられたんだから不可能ではないと思うけど、気持ちの問題かな。

 

「あそこだよ! ほら、看板でてるでしょ?」


 琴音の指差した先には「貸し騎獣」の文字。ちょっと覗いていくか、値段とか気になるし。一般で利用されるものならいいけど、もし商人なんかをターゲットにした店だったら結構な値段になってもおかしくない。午後にいざ借りようとして無理だったら、俺もちょっとへこみそうだ。



「らっしゃーせー! そこに一覧があるから、種類と時間選んでよ」

「すいません、今は借りないです。こういうの利用したこと無くて、ちょっと見ていいですか?」

「初めて? めずらしーね、まあ自分の足で歩くのは悪い事じゃないよ。全員そうだと商売あがったりだけどねー」


 けらけらと笑う店番の青年は、人当たりの良さそうな人物だった。これなら色々聞きやすそうで助かった。

 示された一覧を見る。カウンターの上に、バーガー店のメニューのように貼りだされているソレには、たぶん騎獣の種類だろう名前と、それぞれの値段が書かれていた。1時間単位の値段と1日単位での値段があって、6時間以上借りるなら、もう1日借りた方が得みたいだ。


「一番安い、このボアボアってどんなですか?」

「君ら討伐者? だったらカケドリにした方がいいよ。ボアボアはあんまり頭よくないから、餓獣に会ったら勝手に逃げたり、人を乗せたまま突進したりするからね」


 ほらアレ、と店員が窓の外を指すので見てみると、足の太いニワトリがいた。


「ちっちゃくない?」

「あれ、人乗れるのか?」


 ニワトリにしては大きいけど、乗るにしては小さい。1メートルと少しくらいの体長しかない。あれに乗ると、大人が三輪車に乗っているような姿になるんじゃないのか?


「……結構乗ってる人いるのに、見たこともないのかい? 見た目以上にパワーがあって、人間を乗せた状態でも人の2倍の速さで走れるのさ。荷物ごとだって乗れる力持ちだよ。ま、乗せるスペースは無いから、そういう人はもっと別のを借りていくけどね」


 ふうん。移動だけだから十分かな。

 人間の2倍の速さで走ると言っていたけど俺達は歩いて2時間だったから、走って1時間。つまり片道30分の往復1時間で帰ってこれるってことか、そりゃいいや。


 値段は……1時間で100リオル。

 狩りの時間もふくめると大体2時間だから、二人で400リオルか。日本円で約2000円と考えると、ちょっと痛い。しかも1日2回借りることを考えると、800リオル。今日は臨時収入があったけど、無ければヒネズミ討伐が1200リオルだったから、1日に2500リオル前後稼ぐうち、800の出費になる。


「ちょっと痛い出費だな……」


 移動時間が短縮できる分、もういっそ丸一日借りて3,4回依頼を受ければイケるかな? でもあんまり根を詰めるとミスに繋がりそうだし、やっぱりもう少し余裕ができてからにすべきか。

 隣の琴音を見る。無言で訴えてきた。いける、借りよう、歩きたくないと。


「だーいじょうぶ、討伐者ならギルドカード見せてくれれば半額だから」

「え、そうなの? やったぁー」

「でも、なんで?」

「そりゃ、効率よく狩ってもらわなきゃ、オイラ達も安心して暮らせないからね。移動が大変だから1日1回しか仕事しない、なんて言われて餓獣が増えたら大変だろう? 金は貰える所からたっぷりいただくさ」


 なるほど。でも国の支援でもなく一商店がそんなことをしないといけない程、餓獣は人間の生活圏を脅かしてるってことなのかもしれない。


「なら、気合いれて狩らないとな」

「頼りにしてるよ。どうだい、カケドリの乗り方を教えてあげようか。乗った事ないんだろう?」

「わあ、いいんですか?」

「いーよ、あと30分は誰も借りに来ないし、返しにも来ないからね」


 じゃあお言葉に甘えさせてもらおう。なんたって日本で動物に乗る機会なんてまず無いから、さあ乗ってと言われてもサッパリだ。




 窓から見えていた放牧地に案内された。

 イノシシみたいな奴がボアボアかな? 他にも亀やら馬やら鹿やらがいるけど、一番多いのはカケドリだった。


「コイツを格安で貸し出せるのは、なんてったって繁殖が簡単だからさ。1日1個タマゴを産むし、成長も早い。オスとメスがいれば、あとは餌代だけで増えていくからね」


 その辺もニワトリなんだな。ていうかボアボアはアホだからダメだって言ってたのにニワトリは大丈夫なのか? よほどアホなイメージがあるんだが。


「あ、でもだからって逃がしたり死なせたりしないでくれよ? 罰金はレンタル料の1週間分だけど、単純に大事に育てた可愛い仲間だからね」

「もちろんだよぉ、こんなカワイイ子達を守らないなんて有り得ないよ。ね、悠斗君」


 でもなあ。いざとなったら真っ先に見捨てるのは……もちろん好き好んで死なせやしないから、店員さんを不安にさせない意味でも同意はしておこう。


「じゃあ乗ってみて。手は手綱に、足は……ここ、この首元から下がってるヒモの輪っかに乗せるんだ」


 カケドリは、背中にすべり止めもかねた背もたれが取り付けられていて、そこに座ってクチバシの辺りから伸びた手綱を握る。言われた通り輪っかに足をかけると、ポーズは車の運転する時と同じような形になってそれっぽい。


「カケドリは基本的にずっと下を向いてるけど、歩く時だけは前を向くのさ。つまり、手綱を引いて顔を上げさせると勝手に歩く。上げれば上げるほど速度も上がるけど、真上を向くまでやるとコケるから気をつけるんだよ?」


 言われなくても、そこまでしないって。

 手綱を引いてカケドリに前を向かせると、トコトコとゆっくり歩き始めた。少しずつ手綱を引く力を強めると、徐々に速くなり、やがて走り出した。

 離れてしまった店員さんの声が届く。


「左右の足掛けで引っ張った方向に曲がるよー!!」


 右足をかけているヒモを外に向かって引っ張ると、カケドリは右に曲がってくれた。

 ……楽しい。


 しばらく走って、店員さんの所に戻った。それを見て琴音も戻ってくる。


「すっごい素直でカワイイね!」

「だな、思った通りに動いてくれるぞ」


 大はしゃぎしていると、店員さんも満足そうに笑っていた。

 これを1時間50Rで借りられるなんて有難い。どうして今日の朝にここへ来なかったのか後悔せざるをえないな。午後から早速使わせてもらおう。


「また2時間くらいしたらきます」

「はいはーい、待ってるよー」


 貸し騎獣屋を後にする。さて、腹ペコだけどまずは軍資金が必要だからギルドに行こう。


 ギルドに入ると、やっぱりこの時間に報告が集中するのか長蛇の列ができていた。そして案の定というか……1つだけ誰も並んでいない受付がある。

 見なかったことにして他の所に並ぼうとしたのに、琴音は真っ直ぐそこに向かってしまった。


「悠斗君どーしたの? こっちこっち」

「こっちこっち、じゃないわよ。何呼んでんの? ってゆーか何でここに来んの?」


 諦めろよ、もう琴音の中でお前は友達にカテゴライズされてるから。多分人が並んでたって、コイツはここに来るよ。


「ほら、今日も暇つぶし持ってきたぞ」

「いらないっつーの、馬鹿じゃないの?」

「ユリーちゃん、お願い」


 ちゃんってタイプか? 同い年以下の女性は全員ちゃん付けになるのか。アンナさんはアンナさんだったし。


「……名前言ってないはずだけど?」

「怖い顔の人が教えてくれたの」

「全員そんな顔よ」


 待て、全員は言い過ぎだろ。少なくとも俺は顔が怖いなんて言われたこと無いぞ。でも何人かのコンプレックスに直撃してるっぽいから止めてあげて。


「んと、怪しい人だったよ」

「だから全員不審者ヅラだってば」


 もうやめろよ、そのやり取り! 10人くらい出て行っちゃったぞ!!


「別にいいけどね、名前くらい」

「うん。じゃ、これお願いね」


 琴音は討伐証明をグイと押し付けた。ユリーは忘れてなかったか、といった表情だ。だが証明素材の中の羽を見た途端、目を見開いた。


「はあ!? これフラッシュヴァルチャーの風切り羽じゃない! アンタらEランクでしょ!?」

「ああ、ばったり偶然」

「なんで街中で友達に会った風なのよウザいわねっ」


 ええ! だって偶然だし。


「アンタらに倒せる相手じゃないって言ってんのよ。どっかで拾ったんじゃないの?」

「ちゃんと倒したって。めちゃくちゃ速かったけど、森の中じゃ普通の鳥と変わらなかったぞ? だからあんな速いのにDランクなのは、そういう事だろ?」


 平地で戦っていたら、手も足も出なかった相手だ。あれでD、10段階の下から4番目なんて冗談にもならない。とっくに人類が滅びているはずだ。


「そーよ、倒し方が確立してるから低いの。森で会ったのなら、アンタらみたいなド新人でも倒せるわよね……それでも本来Cランクの依頼になる相手なのに」


 別に森で会った訳じゃないんだけど、琴音が森を作ったなんて言っても信じやしないだろうし、勘違いさせとくか。


「むしろヒネズミ倒せたことすら驚きよ。どんな手を使ったんだか……」


 え、ソコすら疑われんの? まあ確かに全身燃えてるから、魔法の相性次第では危険な相手だけどさ。でも曲りなりにも王家からの推薦貰ってるってのに、完全にコネか何かでもらったと思われてるな、こりゃ。


「……」

「…………」

「……はいはい、やらなきゃずーと居座るわけね」


 そうなるだろうさ。

 ようやく諦めたユリーが素材を持って奥に消えた。周囲がざわめく。これ毎回ざわめくのか。


「はい、合計5500R。文句は聞かないから」


 ヒネズミが1200Rでフラッシュヴァルチャーが4000Rだったから、途中で狩ったザコは全部で300か。5、6匹いた筈なんだけど、ホントにザコだったんだなぁ。


「無いよ」

「ランクは? ランクは上がらないの?」


 琴音はウキウキした様子で食らいついた。そういえば小説では偶然遭遇したモンスターが高ランクで一気にランクアップ、アンド有名人になるんだとか言っていたな。

 一応モンスターと遭遇はしたけど、そんなに高ランクでもないんだから無理だろ。


「そんな簡単に上がるわけないじゃん。大体アンタら新人なんだから、一番肝心な信用が無いっつーの。むしろアタシから信用を期待する方がおかしいのよ。わかったらもう他の受付に--」

「そっか……頑張るね!」


 人間ってそんなにも表情で面倒臭さを伝えられるもんなんだな。


「参考までに、Dランクに上がるにはどれくらい依頼をこなせばいいんだ?」

「知らない。テキトーにやれば?」


 ホントにこの受付嬢に関わってる限りランクが上がらないような気がする。なかなか苦労しそうだな、と思ってDランクのボードに貼られているガガンの依頼書を見ようとして、見つけられなかった。


「あれ? ミスリルの依頼は?」

「は? アンタ関係ないでしょ」

「依頼主と友達なんだよ、誰か受けたのか?」


 誰も受けてくれないって言うから俺が、と思ってたのに拍子抜けだなぁ。


「ふーん……2時間くらい前にブサイクな3人組が依頼主と一緒に出てったわよ。隣の受付だったから覚えてるわ」

「一緒に?」

「ミスリルの区別がつかないからでしょ? そんなに珍しくもないし」


 でもBランク相当の餓獣がいるかもしれないっていうし、心配だな。あと3人組っていうのが記憶の琴線に引っかかるんだけど、なんだったっけ。


「なんか、横で自分達は親切だの優しいだの必死でアピールしててさぁ、ちょーうざかった」

「あいつらかぁぁぁーー!!」


 昨日俺達に絡んで来た、とんでもなく怪しい3人組に間違いないだろ! 言動がまさしく奴らだ。


「ガ、ガガン君大丈夫かな? だってあの人達……」

「大丈夫じゃないだろ! 北の坑道だったよな、追いかけるぞ!!」

「はあ? なに言ってんのアンタら? てゆーか北はヤバい餓獣が多いから、坑道に着く前に死ぬわよ?」


 ユリーが何か言ってるけど、無視して琴音と走り出す。

 冗談じゃないぞ、せっかくできたロマン同志を失ってたまるか。あいつら、ガガンにもしものことがあったら……ただじゃおかない。

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