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残像だった

「今だ、喰え! ジル!!」


 飛んで来た火の玉をジルが飲み込んだ。纏っていた火が無くなり、30センチ程のヨダレまみれのネズミが地面に転がる。攻撃手段を失ったことに困惑するネズミを俺は剣で切り殺した。

 ヨダレが無ければ見た目可愛いから罪悪感が湧くけど、こいつもれっきとした餓獣。放っておけば人類を滅亡に追い込む生物の一種だ。

 

 ヒネズミ。安直というか、シンプルで実にわかりやすい名前だ。適当に名前つけていると、言語からどのオリジンの仕業かがすぐわかる。ガルディアス帝国の元となった、オオヤマト王朝を築いた藤原さんチのタケツナさんは、その功績の大きさと大雑把さで、敵国のセレフォルンでもよく名前を聞く。

 日本語でつけられた名前は大体が彼の仕業であり、そのほとんどが恐ろしくテキトーだ。この世界の人々も、日本語を習得してから余りの適当さに驚いたとか、驚かなかったとか。


 ともあれ、ヒネズミの討伐は無事に終わった。


「じゃあ、報告に戻ろっ?」

「複数同時に受けれた楽なんだけどなー」

「しょうがないよ。一つ一つ慎重にってコトでしょ?」


 そうなんだけどさ。いちいちギルドに戻らなければ、1日に3、4個の依頼をこなせるってのに、これじゃ午前と午後の2回が限度だ。早くランクを上げたいのに、まどろっこしいったらない。

 あと、餓獣なんて町の近くにひょいひょい出てくるもんじゃないから、移動も面倒なんだよな。同時に複数受注できたら、移動も一往復で済むのに。


「多分、最初だけだよ。ランクが上がったら一回の依頼こなすのにも数日かかったりするだろうし」

「……それもそうか」

「うん。初依頼、初達成……早く報告してゴハンにしよっ」


 昨日の食べ歩きが楽しかったのか、今日は王都を出る時からずっと、今日は何を食べるかって話ばかりしている。とりあえず屋台はよそう。それだけは譲れない。

 そうだ、昨日奢って貰った分、今日は俺が出さないとな。このヒネズミ討伐の合計報酬が1200リオルだから、一人頭600リオルか。日本円で3000円だから、二人分の食事で半分以上は無くなっちゃうな。

 午後からも頑張らないと。ここに来るまでにも何匹か依頼とは全く無関係のザコ餓獣を狩ったけど、ホントにザコだったから大してお金にはならないだろうし。


 王都に戻るために砂利道を進む。

 ヒネズミを探してやって来た山の岩場から王都まで、徒歩で片道2時間近くかかる。朝7時にギルドを出て、探索と討伐に1時間。トンボ返りしても太陽が真上に上がるような時間になるから、ゆっくりなんてしてられない。


「もうちょっと稼げるようになったら、馬みたいなの借りたいよな」

「ティナちゃんに言えば用意してくれるんじゃない?」

「っていうかアンナさんかな。でもそんなことで一々頼るのも情けないだろ?」


 買い食いしたいから金をくれ、だとか。移動が大変だから乗り物欲しい、だとか。あるいはもっと色んな服を着たいだとかさ。帰還方法を調べてもらってるだけでも有難いんだから、それ以外は自分の力でやっていきたい。最悪、帰る方法が見つからなかった場合のことも考えて。

 まあ、まだ時間があればアンナさんの訓練は受けるつもりだし、互いの近況を把握するのにも都合がいいから寝泊りは城でさせてもらってるけどな。ひとまず、旅に出るまでは。


「そういえば城門の所で『貸し騎獣』っていうのがあったよ?」

「そうなのか? 買ったら飼育とか大変だろうし、通る時に値段見てみるか」


 さすがに今日は収入的に無理だろうけどな。


「ぎゃうっ」

「どうした? オル君……これはっ」

 

 これはオル君の防御モード!?


「気をつけろ琴音! 何かに狙われてるぞ!!」

「えっ!?」


 慌てて琴音が首をブンブン動かして見回しているけど、岩、岩、岩で何もいない。だがオル君が反応してるってことは、捕食者が俺達を狙ってどこかから見ているってことだ。

 とにかくジルは出しておこう。


「ピュイィィーーー……」


 鳥の声。

 ちょっと待て、まだジルは出してないぞ!?


「上か!!」


 琴音を抱えて飛びのくと、さっきまで立っていた場所に鋭い鉤爪が突き刺さった。

 1メートルはある大きな鳥だ。ヨダレをだらんだらんさせてるから餓獣だな。ハゲタカに似ていて、首が長く、大きな嘴がある。が、嘴は武器としては使わないかもしれない。なにせ、今まさに使われた鉤爪があまりのも凶悪な形と大きさだからな。間違いなく、あっちが奴の最強武器だ。


「えと……確かフラッシュヴァルチャーだったかな? スゴイ速さで飛ぶDランクの餓獣だよ」

「Dか。あのトラの一個上だな。いいじゃん、俺達が強くなったなら倒せる筈だよな」

「どうかなぁ? あのトラさんだって、結局はジル君が倒してるんだし」


 そう言われてみれば、そうだな。いや、だからこそ俺がちゃんと魔法ジルを使いこなせてるかどうかが分かるとも言えるか?


「そんなに速いなら、どうせ逃げられないだろうし……やるぞ」

「うん。がんばろっ」


 ジルを呼び出し、琴音もジョウロを出す。


「琴音は避けられないから、まず木で自分を守れ! その後は動きを止めるのを優先して狙ってくれ!」

「わかった! 気を付けてね」


 琴音が首に下げた革袋から種を取り出し、それを地面に蒔いて水をかける。見る見るうちに成長した樹木は、琴音を守るためにオリのような形に枝を伸ばし、彼女を包み込んだ。

 といっても、あの巨大な鳥の突進さえ防げばいいだけだから、普通に隙間から出られるけど。


「さて、と。どうするかなぁ」


 剣を抜いて、フラッシュヴァーチャーもとい、ハゲタカもとい、ハゲを見る。既に自分の領域、空に舞い上がったハゲは、50メートルほど上から俺達を見下ろしていた。

 動きが速いって話の割に、バサバサと不恰好に羽ばたいている姿はドンくさそうだ。フラッシュって名前は果たして速さから来たのか、それとも光系の能力を持っているのか。


 餓獣にもまた、魔法のような力を持っている奴がいる。トラの電撃しかり、ヒネズミの炎しかり。むしろ、それがあって人類は滅亡間際まで追い詰められたって話だ。

 でも魔法ではない。そりゃそうだ、魔法は「魔物を倒す方法」の略なんだからな。特に名前は無く、単純にそういう生態としか思われていない。ドラゴンのブレスみたいな物だな。


 そしてジルは、奴らの起こした現象も食べることができる。トラの電撃も食べていたように。さらに言うと餓獣は別にオリジンとか関係無いから、10の属性に縛られてもいない。まあ、大体が10の属性と被ってるけど、中には全く関係ない能力もある。

 もしそれをジルに食べさせることができたら切り札になるから、ぜひ見つけたい。人間には使えない属性なんて、絶対に意表をつけるからな。


 さて、このハゲはどうだろうか。光るのか? 輝くのか、このハゲは。



「ピュイィィ!!」

「ピイ!」

「うわ、ややこしいな」


 同時に鳴くな、耳が痛い。

 なんて思っていたら、頭の上でオル君が暴れ出した。ヤバい、と横に転がると、一瞬遅れてハゲの爪が地面を抉る。


 チャンスだ、地面に着地した瞬間なら動きも遅いだろ。

 ところが俺の剣は空振りした。見上げれば遠くの空を飛ぶ鳥の影……速すぎるだろ!? これでDランクなのか。あ、現代で倒せる限界がBで、俺が現代っ子のアンナさんにまるで歯が立たない事を考えれば、そんなもんか。


 動きさえ止めてしまえば、ただの鳥なんだろうけど。


「琴音。見えたか?」

「見えた! と思ったら残像だった……って感じかな」

「見えなかったんだな」


 ふと気になる事ができた。試してみるか。


「ジル。さっき食った火の玉を撃て。当たらなくてもいいけど、なるべく不意打ちになるようにな」

「ピ!」

「琴音は奴が戻ってくる前に下準備をしてくれ」

「わかった。----すればいいんだよね」





 ジルが低空飛行で岩陰に隠れた頃、ハゲがゆっくりと戻ってきた。じっくり時間をかけて慎重に仕留めようってんだろうけど、そうはいかない。


「ピィ!!」

「ピュイッ!!?」


 余裕ぶっていたハゲの後ろに回ったジルが炎を吐き出す。が、それは紙一重で躱されてしまった。

 でもな、見たぞハゲ……焦ったな?


「実験成功だ。琴音、作戦通りに行くぞ!」

「うん……大きくなぁれ!!」


 草のほとんど無い岩場に森が現れた。

 琴音の持っていた種にジョウロの水をかけ、まだ成長はさせずに周囲にばら蒔いておいたのだ。それが一気に成長し、一瞬の内に森林が出来上がった。


「みんな、捕まえてっ」


 琴音の操る樹木がこぞってハゲを捕まえようと枝を伸ばす。ハゲは必死にそれを避けるが、さっきの神速は見る影も無かった。


「やっぱりな。勢い余って遠くまで飛んでいったり、不意打ちとはいえ大して早くもない火の玉に驚いたり……コイツ飛ぶのは速いけど、反応速度や動体視力はその速さに追いつけてないんだ。つまり障害物があれば、ぶつかるのが怖くてスピードを出せない」


 それが俺が奴の攻撃を避けられた理由でもある。速すぎてコントロールできてないのだ。おまけに速いか普通かの二択しかなく、ほどほどに速くは飛べない欠陥能力。だから障害物の無い場所で襲ってきた。

 今の奴はいわば、ロケットエンジンを積んで森の中を飛んでいるのだ。絶対に起動スイッチなんて押せないよな。


「ええーん、捕まえられないよぉー」


 さすが鳥、上手に避ける。だけどまだ俺達がいる。


「実験その2! やれ、ジル!!」

「ピピィーーー!!」


 ジルが口を開く。そして吐き出される電撃。ハゲはビクンと体を震わせて動きを止め、その隙に琴音が木の枝でハゲを縛り上げた。


 実験その2は、食べてから時間が経っていても吐き出せるのか、だ。岩場に来る途中で狩った餓獣から頂いた電気の力は、しっかりと発動した。今回は食べてから二時間程度だから、もう少し長い間放置した場合もそのうち試しておきたいな。


 さあ、チェックメイトだ。琴音が樹木を階段のように変え、俺に道を作ってくれる。その行き先はもちろん、縛られたハゲの元。駆け上がり、俺は剣を振り下ろした。


「ピュッ……ィ…………」




 仕留めたフラッシュヴァルチャーから討伐部位の風切り羽を取る。そして実験その3。死んだ後からでも力を奪えるのか。炎を吐いたりする能力の場合は無理だろうけど、この鳥は自分の体に作用する能力だったから、体を食べさせればイケるかもしれない。


「ピィ」


 結果は成功だった。勿体無いから試しに使ったりはしないけど、ジルの反応からキチンと奪えたことはわかった。ならついでに実験その4も行っておこう。

 

「ジル。さっきの火の玉か雷を、もう一回吐き出せるか?」

「ぴぃ……」


 無理か。吐き出した力が持ち主に戻るなら、持ち主が死んでいれば戻らないで何回でも使えるかと思ったんだけど。

 死体に戻ったんだとしたら、やっぱり2回食うのは無理だな。放出系は生き返ってもう一回使ってもらわないといかないし、肉体系ならもう死体はジルのお腹の中だ。……使うときに死体ごと吐き出したりしないだろうな。


「どうだった?」

「んー色々分かったかな。大漁大漁、この鳥なんてDランクだろ? 依頼無しでも、結構な報奨金がもらえそうだしな」

「えーっと、確か4000リオルだったと思うよ?」


 2万円か。命賭けにしちゃ微妙だけど、戦闘時間10分くらいだと考えたら破格だな。移動時間を無視すれば時給12万円。琴音が森を作れば楽勝だし、あぶく銭としては大金だな。ヒネズミの合計の3倍以上だもんな、儲けた儲けた。


 早く王都に戻って、ちょっと贅沢な昼食にしよう。間違ってもミミズが混ざってないような。

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