俺達は命よりロマン
「うわあ……すごい。こんなの初めて見た……」
琴音が肉塊を見下ろしながら感嘆の息を漏らしていた。すごいだろう、それが死なないギリギリの状態だよ。……ちょっと興奮して我を忘れすぎたかもしれない。
取り戻したオル君が肩によじ登る。下手に隠れてるより、出ておいた方がいいとオル君も考えたのかもしれない。
ところで、ここはドコだろう。
「琴音ー。来た道って覚えてる?」
「え? 悠斗君覚えてないの? 何にも考えないでついて来たから私も全然覚えてないなぁ……どうしよっか」
「うーん、テキトーに誰かに聞くか」
とはいえ、ここ30分ほど人が通りかかる度に大慌てで逃げるように去っていき、ついには誰も近づかなくなってしまっているんだよね。近くの建物も窓まで固く閉ざされていて、物音1つしない。
と思ったら、一軒だけカンカンと金属を叩く音をたてている家があった。家というか、店……か?
「鍛冶屋か? こんな奥まった場所に?」
というか周り結構な住宅地なんだけど、全力でケンカ売ってないか?
「すいませーん」
石造りの建物に備えられた木の扉を開けると、少しの熱気と大音量の金属音が俺達を出迎えた。なんだこれ、魔法かなにかで音を防いでたのか。
鍛冶屋なら武器とか鎧が一杯あるとおもったんだけど、見本らしい武器が数個置いてあるだけのガランとした空間だけが広がっていて、奥の本棚の前に設置されたカウンターにヒマそうに立っている少年が1人。
「あれ、お客さんですか? おかしいなぁ、予定は無かったはずだけど」
「や……ちょっと道を聞きたくて」
「ああ、そうでしたか。手も空いてるので、大通りまでご案内しますよ」
それは有難い。なんて親切な人だろうと思ったら、見覚えのある人だぞ、この男の子。
「なあ……さっきギルドにいなかったか?」
「え? そういえばその青い髪、掲示板の所にいた人でしたっけ?」
やっぱりか。さっき、ギルドで依頼を受けてくれる人がいないと愚痴ってた男の子だ。鉛色の髪に大きめのツナギ。顔は今初めてちゃんと見たけど、パッチリした目の女子に人気がありそうな可愛い系男子だ。それで腕だけムキムキなのは違和感が凄い。でもそうか、鍛冶をやってるから腕の筋肉が発達してたんだな。
「ところで、ここでは武器は売ってないのか? まさかこれだけってことは無いよな」
「あはは、討伐者なら気になりますよね、武器。でもウチは鍛冶屋ですからね、売るのは武具店に、です。たまにオーダーメイドの注文もありますけど、親方ったらそれを面倒がってこんな町の隅っこに隠れちゃったんですよ」
そりゃまた、付き合う方も大変だな。買い物とか遠そうだ。親方ってことは、この男の子は下働きか弟子かってとこか。まあ腕の筋肉からして間違いなく弟子だろうな。
「あの依頼で書いてたミスリルってのも鍛冶で使うのか?」
「あー……見られてましたか。あれは僕の個人的な物というか。いえ、鍛冶で使うことには変わりないんですけど」
男の子は照れ臭そうに笑って、話し始めた。
「僕が鍛冶を始めたきっかけになったのは、子供の頃に読んだ絵本なんです。聖剣を持った勇者が凶悪な餓獣を倒す話なんですけど、僕は勇者より鍛冶士をスゴイと思ったんです。だって餓獣を切り裂いたのは勇者の魔法じゃなくて、鍛冶士の打った聖剣なんですから」
なるほど。ロボットアニメで、負けたらパイロットは特訓とかしないで、ロボットを強化してリベンジする法則だな。いやアニメとか見ない方なんだけど、たまたま見てたアニメでパイロットが負ける度に新しいマシンに乗り換えるもんだから、ロボ造る人達も大変だなーと思ってたんだよ。
「それで、その聖剣を超える剣を打つのが僕の夢なんです」
「おお、聖剣。ロマンだな」
「ろまん?」
「迸る男の情熱! 憧憬! 理屈では語れない感性の爆発! それがロマンだ!!」
「はい! ロマンです!!」
コイツとは仲良くできる気がする!
俺も龍を求めている人間だからな。現代人はリアリストすぎると思うんだよ。
「それで、その聖剣にもミスリルが使われてると書かれていて……そんな折にミスリルを見かけたという情報を旅人が持ってきたものですから、我慢できずに依頼を。結局誰にも受けてもらえませんでしたけど」
「まあ、難易度の割には報酬少なかったからなぁ」
「……まだまだ未熟でして、僕の稼ぎではあれが限界なんですよ」
Dランクの基本的な報酬は1万リオル前後……日本円で5万円相当だ。下っ端アルバイトに生活費とは別に5万用意するのが大変だというのは、働いたことなくても想像できる。ちなみに依頼書に書いてあった報酬は確か7000リオル。Bランクモンスターと遭遇する可能性を考えれば12000は必要だと思う。慎重な人間なら、それでも受けないかもしれない。
「今回は諦めた方がいいかもしれないですね。元々ウワサ程度の情報でしたし。でもいつか、ミスリルの剣を打ってみせます。それこそ、ドラゴンの鱗だって斬れるような最高の剣を!」
「ドラゴンか!! よし、それなら試し切りは俺に任せろ!」
絶対に殺さないけど、ちょっと鱗一枚もらって試してみるくらいは大丈夫だろう。
「ええ!? 例え話ですよ!」
「いや、何を隠そうドラゴンに会うために俺はギルドに登録したんだ! どうせ会いに行くんだから、ついでに試して来てやるよ!」
「ほ、本気ですか? ドラゴンですよ? 出会ったら諦めてエサになれ、のドラゴンですよ? なんでそんな恐ろしいものに会いたいなんて……」
「だってカッコいいじゃん!!」
いつもならここで馬鹿を見る目で見られるんだけど、こいつなら……ロマンを理解するこの少年ならばっ!
「つまり……ロマンですか!?」
「その通り、ロマンだっ!!」
「なるほど、解ってきましたよロマンの意味。つまり相殺して無意味になると分かっていても双剣を火と水の属性にしたくなる感じですね!?」
「そうそう! ナイフ程度でも人は死ぬのに、わざわざ邪魔なだけのデカい武器を使いたくなる感じだ!」
「孵った時が自分の最期になるかもしれないのに、凶暴な餓獣の卵を見つけたら温めずにはいられない感覚もですか!?」
「ああ! っていうか俺もやったけど、大体普通のトカゲかヘビだったよ……」
「……命拾いしましたね」
と言っても日本での話だから、元々そんなに期待もしてなかったんだけどな。こっちの世界では本当に命取りになりそうだけど……謎の卵を見つけたら我慢する自信無いなぁ。だって常識的に考えて、卵といえばドラゴンだろ?
孵化に成功した爬虫類達、さすがに全部は飼えないから野に放ったけど、元気にしてるかなぁ。
「そうか……この気持ち、ロマンって言うんですね。胸の突っかかりが取れた気分です。僕がロマンを語るとみんな馬鹿にしてきて……親方なんてゲンコツが飛んでくるんですよ?」
「ま、命を預ける武器で実用性よりカッコよさを優先するのは難しいからな。だが俺達は命よりロマン。それでいいじゃないか」
「……師匠」
「違うな、俺達は同志だ」
ガッシと手を握り合う。苦節10年。とうとうロマンを語り合える人と出会うことができた。ありがとう、異世界。ありがとう、あー……なんか色んな人。
「俺は悠斗。ミスリルの事も俺に任せとけ。ぱっぱとギルドランク上げて、その坑道だっけ? そこへ採りに行ってやるよ」
「僕はガガンと言います、同志ユート。僕の鍛えた聖剣で、どうかドラゴンへの道を切り開いてください」
見つめ合う男と男。そしてそれを見守る女とトカゲ。
「……あ、終わった?」
ごめん、ヒマだったよね。
あとオル君と遊んでくれてありがとう。いつの間に琴音に乗り換えてたの?
「この子は琴音、俺の仲間だ。コイツはオル君、俺の相棒だ」
「あれ? 私、トカゲに負けてる?」
え、だってオル君とはもう一年の付き合いだし。サンドアーマードラゴン(※アルマジロトカゲ)だし。
「彼女も同志ですか?」
「ううん。私は友達として悠斗くんのドラゴン探し手伝うの。悠斗君も私のこと手助けしてくれる約束だし。持ちつ持たれつ……になれたらいいなぁ」
うん。どっちかっていうと今の所、一方的に俺が助けられてるんだよね。琴音は命の恩人だとかで逆だと思ってるみたいだけど。
「よろしくね、ガガン君。ミスリルのことは私も手伝うから」
「ありがとうございます。まだまだ見習いの腕ですけど、必要な物があれば任せて言ってください。僕にはそれしか恩返しできませんから」
「うん。その時はお願いするねぇ」
琴音は剣とか使わないから、果たしてガガンの出番はくるだろうか。鎧とか着けたら、ただでさえ遅い動きが更に遅くなりそうだし。信じられるか、この子ってば腕立て伏せ1回もできないんだぜ。
でも俺としては渡りに船だな。元々、餓獣の素材から剣を作ってもらう予定だったし、ロマンの理解者なら最高の剣を作ってくれるに違いない。
「ガガン。餓獣の素材を持って来たら、それで剣を打ってもらえないかな?」
「え……でも僕、まだ見習いですよ?」
「見習いは打っちゃダメなのか?」
親方の許可無く工房を使ってはいけない、とか。もしくは作ったものを渡してはいけないとか。
「いえ、特にそういう決まりは。自分で顧客を得た弟子はどんどん自立していくのが普通というか、むしろさっさと出ていけと言われてます」
ここの親方さん、面倒がりすぎじゃない? さっきからカンカン音はすれども、一向に姿見せないけどさ。鍛冶以外興味ない職人を想像した。
「確かに技術技法は全て教わりましたが、まだまだ一人前には程遠い腕でして」
「俺だってお前の腕なんか知らないぞ。ガガンの打った剣なんて見たことないからな」
俺がいつ、腕を買って頼むなんて言った。見習いだろうが、匠だろうが素人だろうが玄人だろうが、それは関係無い。
「俺達は同志だからな。お前の打ちたい剣が、俺の使いたい剣だと信じてるってことだよ」
ガガンは目を見開いて、少し考え……うなずいた。
「……分かりました。この工房を使わせてもらえる内はお金は要りません。その代わり、どんどん素材を僕にください。どんどん作って腕を磨きます。そしていつの日か、最強の聖剣を同志ユートに!」
「その剣からは……ビーム出るかな」
「基本です」
「変形は……」
「合体も、ですよね」
ふっ、話はついた。これはより一層、明日から頑張って依頼をこなさないとな。
早く高ランクになって、強い餓獣の素材を集めなくてはっ! ランクはギルドの独断と偏見で左右されるから、明日はあんまり受付嬢をおちょくらないように気を付けよう。
「でもその前にガガンには頼みたい事がある」
「はい、なんでしょう」
「道案内、お願いします」




