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その行儀の悪い指を一本ずつへし折ってやるぁ

「ひひ、遠慮するこたぁない……依頼でも手伝ってやろぉか? 俺達はDランクだからな、大体のこたぁ教えてやれるんだぜぇ?」

「いや……結構です」


 手伝ってもらったら、どうなんの? 後でもの凄い金額を請求されんの? それとも油断した所で捕まえて売り飛ばすの?

 なんにせよノーサンキューです。


「ああん? 親切で言ってやってんだろうが!」

「ひい!? 俺達、明日から活動する予定なんでっ」


 同じ様な形状の頭蓋骨の筈なのに、どうしてこんなに恐ろしい顔なんだ。くそぉ、そんな顔で怒鳴られたら平常心でなんていられないぞ。

 そうだ琴音、ジョウロだジョウロ! ぶっかけろ! ……俺の後ろに隠れないでくれませんか。


「…………ちっ。ならしょうがねーな。まあ明日も会えたら声かけてこいや」


 絶対会わないようにしよう。


「やれやれ、変なのに目をつけられたな」

「暴力沙汰にならなくて良かったねぇ」


 うん、でも君に迷わず盾にされたのは、ちょっと忘れられそうにないよ。

 

「あ、あは……Dランクとかはどんな依頼があるのかなー?」


 すごく白々しいぞ。まあいいや、結局なにも無かったんだし。

 DランクはEの餓獣の依頼になるんだよな。あの虎とかがこの辺りか。ならDまでは苦労なく上がって来れそうだ。



「……やっぱり誰も受けてくれないかぁ」


 隣に立っている15才くらいの少年が呟いた。

 ぶかぶかの作業用つなぎの様な服を着た、煤だらけの男の子だ。体つきは細いのに腕の筋肉は発達している。普段から重い物を持ってるんだろうか。もったいないことに銀色の髪は煤けて鉛のような色になっている。


 そんな少年が見上げる先を見てみると、一枚の依頼書があった。一枚だけ妙に色あせた紙だ。内容は「北の廃坑道でミスリルの採取」とある。

 それだけなら簡単そうだが、坑道内にBランク相当のモンスターが生息している可能性有りとも書かれていた。Bランクの餓獣と戦うならAランクの仕事だが、倒す必要は無いからDランクなのか。


 でもまあ、仮に俺のランクがDだったとしても、ちょっと躊躇するな。1ランク上でどれくらい強くなるか分からないけど、格上に遭遇して逃げなくちゃならない可能性が高い依頼なんて、心配事が尽きなさそうだ。報酬もかなり安いし、そりゃ誰も受けないや。


「ほら、行くぞ琴音。あんまり長居すると、またアイツらに声をかけられるぞ」

「そだね。お腹も空いたし、ご飯食べに行こっ」

「え、俺お金持ってないぞ?」

「大丈夫。野菜育てたのお城のコックさんにあげたら、お礼にちょっとお小遣いもらえたの」

「……」


 立場逆転しすぎじゃない? 戦わずして大活躍の目標達成してない? やばい、やばいよ。情けなさ過ぎて泣きたくなってきたよ……。


「この借りは……いつか返す」

「えー? 悠斗君は命の恩人なんだから、これくらいじゃ足りないよぉ?」

「命の借りは命の借り。金の借りは金の借りだ」

「そう?」


 明日はなるだけ金になる依頼を受けよう。

 今すぐ依頼を受けたい気持ちを抑えてギルドを出た。




 雑踏の賑わいが俺達を飲み込む。

 王の死からもうすぐ20日。お城の人々の尽力もあって、初日とは雲泥の差だ。アンナさんも、およそ元の明るさが戻ってきていると言っていた。


「どうしよっか? お店に入る? 屋台で食べ歩く?」

「そうだな。ゆっくり見て回りながら考えようか」


 今のところ屋台で色々試してみたい気分だけど、琴音は落ち着いて食べるのを希望するかもしれない。お金は琴音のなんだから、琴音の要望に合わせないとだけど、コイツはあんまりそういう事を言って来ないからな。こっそり様子を窺って、反応のあった所に決めよう。


「うわあ……目移りしちゃうねぇ」


 おいしそうな臭いを辿りながら歩いていると、広い場所に出た。

 一応は道なんだろうけど、両脇の建物は全て飲食店。通りの中心には、道の中に道を作るかのように屋台が2列になって並んでいた。人が多すぎて、もはや道としての機能は失っている。馬車とか通ろうものなら嵐のように文句が飛んできそうだ。

 王都の食べ物が全て集まってるんじゃないかって勢いで、まるで祭りだな。


「あれも、それもおいしそう!」


 琴音のテンションも祭り仕様になってるみたいだ。これはやっぱり食べ歩きで決まりだな。


「あの串焼きなんて旨そうだよな」

「うん! 買おう買おう!!」

「明日は俺が奢るから。今日は御馳走になりまーす」

「ふふん、任せて。おじさん、串焼き2本くださいっ」

「あいよ! 2本で80リオルだ」


 琴音が半銀貨を1枚渡し、おつりに銅貨を2枚受け取る。


 この国の通貨はリオル。一番価値の低いのが半銅貨で1リオル。その半銅貨が10枚で銅貨に、同じように10枚ごとに半銀貨、銀貨、半金貨、金貨、王金貨と上がっていく。日本円で換算すると、大体1リオル5円くらいだと思う。つまり今の串焼きは一本200円ってことだな。

 王金貨なんて1枚で100万リオル……500万円だ。名前の通り、この通貨のやり取りをするのは王家か豪商くらいだとか。もともと国庫の管理をしやすくする為に作られたらしいしな。


 しかし美味いな串焼き。これが巨大なカエルの肉だというのは琴音には言わないでおこう。いやさっき店の後ろに置いてあるのが見えたんだよね。それを言ってしまうと何も買えなくなりそうだから、教えない方がいいと思って。

 ……俺もドラゴン探しで遭難した時の経験が無ければ食べなかったろうし。いやしかし美味しいな。ほら、オル君起きなさい。ごはんですよー。


「おいしーね。むぐむぐ」

「だな。日本で食ったカエルより全然うまい」


 バレた時の為に、気づいていたことも内緒にしておこう。


「次はあれ、あれ食べよ」


 串焼きカエルを食べ終えた琴音が次に目をつけたのは、ホットドッグのような、パンに野菜と肉を挟んだものだ。ホカホカの旨味の詰まっていそうなソーセージが、何故かソーセージ以外の何かに見えてならない。

 琴音がお金を払っている間に、ちょっと舞台裏を拝見……おおう、マジか。


「はい、悠斗君のぶん」

「はは、さすがに躊躇するなぁ」

「遠慮しなくていいよぉ」


 遠慮じゃないんだ。むしろ食べるのを遠慮したいんだ。どうしよう、さすがに教えた方がいいのかな? でももう買っちゃってるし……。


「どうしたの? おいしいよ?」


 ああ、しまった。悩んでる内に琴音が食べちゃった。……仕方ない、こうなったら俺にできるのは、何も知らない顔でうまそうにかぶりつく事くらいだ。

 この極太のミミズを。


 何が悔しいって、めちゃくちゃ美味いんだよコレ。オル君も喜んでくれた。




「はあーお腹いっぱいだねぇ」

「明日はレストランを探そう、な?」


 次は味よりも安心が欲しい。

 安心と言えば、こまめに買い物をしていたせいで琴音が財布を出しっぱなしにしているのが気になった。


「財布、ちゃんとしまっとかないと盗まれるぞ?」

「わっ、そうだね。中世ファンタジーと言えばスリだもんね」

「いや、知らないけど」


 あたふたと財布を服の奥に隠す琴音。これで安心かな。と思ったら向かいからの通行人とぶつかってしまった。


「すみません」

「いえ、こっちこそ」


 噂をすればなんとやら。こいつ、スリだ。

 しかし下手くそだな。俺の服を探っているのがバレバレだ。だが残念だったな、俺は1リオルたりとも持っていないのだ!

 あれ? ポケットが軽くなったような……。


「うおああああああああああああああああああああああ!! オル君スられたああああああああああああああ!!!!?」

「ぅええええええええ!!?」


 どっちだ! どっち行った!?

 路地裏に入っていく男の影。逃がすかぁぁ!! 地の果てまで追いかけてボッコボコにした上で、その行儀の悪い指を一本ずつへし折ってやるぁぁぁ!!!


「ジル! 空からアイツを追え!」

「ピィ!」


 オル君と仲良しのジルが気合の入った返事を残して飛び立った。一瞬、非難がましい視線を向けられてしまった。仕方ないじゃん、まさか生物盗むとは思わなかったんだよぉ。


 ともあれ、向こうもまさか上空から追われているとは思うまい。これで逃げ切られる可能性は減ったから、琴音とはぐれない程度の速度で後を追う。全速力で追いかけたいけど、それをすると今度は琴音を探し回ることになるからな。


 薄暗い道を駆け抜ける。

 さすがに地の利は相手にあるのか、すでに影も形も見えない。だが油断して足を止めた時がお前の最後だ。いや、最期だ!


「ピィィーーーー……」

 

 ジルが呼んでいる。盗人よ、覚悟はできたか?


 路地裏を抜けると、いた。

 自分が盗んだものを確認していなかったのか、トカ……ドラゴンを盗んでしまったことに困惑している様子だ。

 ふふ、後悔し、謝罪するなら優しい心で許してやらないこともないぞ。


「ひ、ひいぃ!?」


 盗人が俺の顔を見た途端、もの凄く怯え始めた。追って来るとは思わなかったかい? どちらかというと恐ろしいものを見たかのような反応だが、ここには琴音と優しい笑みの俺しかいないから気のせいだろう。


「歯ぁ食いしばれやぁっ!! 歯動拳!」


 奥歯ガタガタ言わせたるわワレェ!!

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