弱そうなんですけど
やって来ました、討伐ギルド。
白と青の建物ばかりの王都の中で、真っ赤な屋根に防水加工だけされた木造の建物はとても目立っており、建物自体ぶっちぎりで大きい事もあって、一度来れば次からは迷うこと無く来れそうだ。
「し、新人は先輩にいびられるかも……」
「それ小説の話?」
「うん。ギルドで絡んできた冒険者をやっつけて実力を見せつけるのは、お約束だよ」
新人が来る度に絡むほど皆ヒマしてないと思うけど。でも、森で聞いた琴音の小説知識は、斜め上の方向に当たってたからなぁ。
気にした所で、気を付けようもないから気にしない事にしよう。
「そうだっ、絡まれたら人体実験のチャンスと思って、ジョウロの水をかけてやろうぜ」
「や、やだよぉ。それで浦島太郎みたいになったら怖いもん……」
浴びたらジジババになる水とか恐怖そのものだな。
でも合格したって言っても二週間の付け焼刃剣術は頼りがいが無いし、腰の剣はナマクラだ。頼りにしてるよ琴音さん……いつの間に立場逆転したんだろう。
考えない事にして、西部劇の酒場みたいな扉を開けて中に入る。
琴音の小説情報では、中は酒場と併設していて、酔っぱらった豪快な男達が冒険譚を肴に盛り上がっていたり、ハーレム系主人公がパーティメンバーを募集していたりしているという話だったけど、そんなことはなかった。
確かに酒場みたいに、丸テーブルが広間の中にいくつも置かれ、討伐者達が集まっているけど、アルコールなんかは一切無くて、どういう手順で餓獣を狩るかを真面目に話し合ったり、イケメンが女の子ばかりのパーティで机を一つ独占し、新しいメンバーを募集したりしている。
よく考えたら、これから命賭けの餓獣退治に行こうって場所で酒なんか飲むわけないよな。
一歩足を踏み入れた瞬間、ちらちらと感じる視線。剣術の訓練を受けていなければ、その視線の意味を正確には理解できなかったに違いない。よそ者を品定めしている訳じゃない。いや、多少はそれもあるだろうけど、この人達は自分を害せる距離に入ってきた存在を確認したのだ。つまり訓練でよくアンナさんに言われた「周囲の空間、地形などの把握」だ。
自然とそれができるくらい、危険な環境に身を置いてきているってことだろう。
「ふああ、混んでるねぇ」
「昼前だから、もっと空いてると思ったけど、そうでもないんだな」
てっきり朝に仕事を受けて、夜までに終わらせる、というルーチンワークで回っていると思っていた。まあ仕事も色々あるだろうし、早めに終わったとか昼からで十分だとかだろう。
しかし登録の為に受付に行きたいんだけど、この混み具合じゃ時間がかかりそうだな。
「あ。悠斗君、あそこだけ誰も並んでないよ」
「……それはそれで、何かありそうで嫌なんだが」
10人以上の列が5つ。受付は6つ。一番奥の受付にのみ、誰も並んでいないのだ。
「お約束としては、美人さんの所にみんな並んで、他の受付がガラガラってパターンなんだけどなぁ」
「……なら、あそこだけ受付が男とか、めちゃくちゃブサイクな受付嬢がいるとか?」
行ってみればわかるか。案外、新規専用とか、何かしらの専用受付だから空いているのかもしれないし。
近づくと、赤いポニーテールの結構美人な受付嬢が、俺達に気づいて顔を上げ……露骨に嫌そうに表情を歪めた。
「え? なに? ヤダもう何でこっち来んの? 超めんどくさいんですけど」
…………関係無い話なんだけど、携帯いじってるコンビニ店員ってムカつくよな。まったく客の目を見ないで、抑揚の無い声で接客されると、代金を顔面に叩き付けてやりたくならない? いやホント、全然関係ない話なんだけどね。
「あのさぁー、アンタ空気読めないとか言われなーい? 言われるでしょー」
「言われたことはあるけど、そんなに頻繁じゃないぞ。人生で数回くらいだし」
「それ、みんな遠慮してるだけだからー。全然読めてないからー」
なんで誰も並んでないのかは、いま理解できた。よし、他の列に並ぼう。と思ったら琴音が既に突撃していた。
「私達、登録しに来たんです!」
「……だから何?」
「手続きはここでやるんですよね?」
「場所は合ってるけど、アタシ以外のトコでやってくんない? めんどくさいから」
「私もあの列に並ぶのが面倒なので、お願いします」
琴音さん、かっこいいッス。あの態度に怒るでもなくグイグイいくのは俺には無理だ。そんな苦労とストレスを受けるくらいなら他に行ってしまう。
受付嬢の方も、こんな風に返されたのは初めてだったのか、きょとんとしていた。
「まあ……めんどうよね」
「はい。暇つぶしと思ってやってください」
「えー……ヒマっちゃヒマだけどさー。だるいじゃん」
「やってくれるまで諦めない私の相手もだるいと思ういます」
凄い。それを自分で言うのか。
というか琴音は並ぶの面倒がる性格じゃないだろ。言葉のキャッチボールを続けようとしてたら、引き下がれなくなったのかもしれない。
「ホントだるそう……はいはい、じゃあ適当にやるから。これ書いて」
受付嬢が折れた途端、周囲がどよめいた……ってどんだけだよ。
すると隣の列に並んでいた男が一人、列を抜けて俺達のいる受付に来た。
「んだよ。だったらずっと前から待ってる俺を先に済ませてくれよな」
「はあ? アンタらはめんどくさいから拒否ったんじゃないから。臭くて近づかないで欲しいから拒否ってんの。息止めながら話すの苦しいから、さっさと消えてくんない?」
男には特別キツイらしい。琴音が女性で、かつ粘ってきたから折れたのであって、男は彼女が折れるより先に心を折られるようだ。他の女性討伐者や受付嬢もちょっと驚いているから本当に今回のは異例の事態らしい。よくクビにならないな。
そして落ち込み、自分の腕の辺りを嗅ぎながら引き下がった男に追撃が飛ぶ。
「ちょっとアンタ。そこの臭いの。列から出たんだから一番後ろに並びなさいよ」
ひっでぇ!? 周りの人達も流石に「いいよ、気にせず戻れよ」と迎え入れて慰めていた。強く生きてくれ。大丈夫だよ、そんなに言われるほどは臭くないよ。
「書かないならどっか行ってくんない?」
「ああいや、書く書く。あ、そうだ紹介状があるんだけど」
もの凄い嫌そうな顔をされた。なんだろう、紹介状があると手間が増えるのか? 増えるんだろうな。
でも受け取って貰わないと困るから言い訳される前に出しておこう。
「……先に出せよ。もう書かなくていいから。封筒に書類入ってた」
「えー、もう書いちゃった」
琴音の手元をのぞき込む。出身地、〇〇県〇〇町〇3-14。属性、愛。ジョブ、オリジン。目的、元の世界に帰ること。
そっと、握り潰した。
「ってゆーか王家の推薦じゃん。なんなのアンタら……その割には、ちょー弱そうなんですけど」
「大きなお世話だよ」
「別にどーでもいいけどー。はい、Eランクのギルドカード。もう来ないでよね」
登録した直後に二度と来るなとは、これいかに。あ、自分の受付には来るなってことか。そもそも何の説明も無いんだけど、まさか仕様じゃないよな。
……隣の受付の人も新規登録だったようだ。同期ってことになるのかな。ところでそっちは懇切丁寧な説明があっていいね。
「はしょるな」
「もう適当に実践してきゃいーじゃん……。違ってたら違うってゆーから、アタシ以外の人がさあ」
「適当でいいから説明しろよ。いやもうホント、ノーヒントは厳しすぎるから。間違えるトコまで行けないから」
「Eランクって、どれくらいなのかな?」
最悪……と呟いてカウンターの下から取り出されたのは、ぶっとい冊子だ。「マニュアル」と書いてある。
「えーっとねぇ。ランクはこれ」
目次で「ギルドランクについて」と書かれたページを開いて、文章の一部をピッと指さした。レストランのメニューじゃないんだから口に出せよ。
なになに……。
ギルドランクは餓獣のランクに合わせて、X、Z、S、A、B、C、D、E、F、G、の10段階になっていて、まんま強さも比例されているようだ。つまりAランク討伐者はAランクの餓獣と大体互角ということだな。
備考欄には「現在は魔力総量の減少により、Aランクが人間の限界とされている。情けないから、せめてSは行けと発破をかけておくように」と書かれていた。
そしてAランクの依頼だからと言って、Aランクの餓獣と戦う訳では無いらしい。安全の為、Gランクでは餓獣討伐の依頼は無くて、そのままズレてAランクでは基本的にBランクの餓獣を推奨しているのだ。もっとも、依頼と関係無く狩りに出る人もいるようだが、その場合は国からの最低限の報奨金しかもらえないので、みんな依頼のある餓獣を狙うとのことだ。
またも備考で「ランクに従わない人の8割が死亡すると、しっかり脅しておくべし」と書かれている。内容とギルドの裏の顔とのダブルショックだった。
まあつまり餓獣の相手をするのはFランクからで、俺達は下から三つ目のEランク。下積みだけショートカットできたって感じかな。
「で、依頼ってのはどこで見るんだ?」
「あそこに貼ってる。てゆーかさぁ、それあげるからアタシに聞かないでくんない?」
とうとう仕事完全に放棄しちゃったよ。いや、それよりギルドの内情がチラチラ出てるマニュアル渡していいの? それ以前にコレ受付嬢のマニュアルだから。俺達は受付してもらう側だから。
……でもこの女に説明させるより分かりやすくて信用もできるのか。
「で、全部の仕事を貼ってるにしては少ないような気がするんだけど?」
「そうだね、教えてほしいなぁ」
「アタシ、アンタら嫌いだわ」
「俺もだよ。こんなに気が合ってるのに不思議だな」
こっわー……。赤い髪を逆立てて怒ってらっしゃる。うわ顔こっわー。
ちょっと調子に乗りすぎた。ほら琴音、逃げるぞ。仕事については貰ったマニュアルで確認しよう。
えーっと。このページかな?
一階はDランク以下の討伐者用で、それ以上のランクは二階か。つまりそこが一流との境界線ってことか。ドラゴンを目指すなら、二階には行けるようにならないとな。
で、ホールの入り口から一番奥の壁に設置された、横幅5メートルはあるボードが4つ。そこに貼られている大量の低品質な紙が依頼書ということか。その中から選んで受付をする……と。
それと依頼には無くても餓獣を倒して証明部位を提出すれば、国から報奨金がもらえるようだ。依頼で倒せば報酬と報奨の両方がもらえるってことだな。
なら依頼を受けて外に出たら、依頼以外の餓獣も見つけ次第倒していこう。お金は欲しいし、早くランクも上げたいからな。
「どんな依頼があるのかな? やっぱりゴブリンとか?」
「何がやっぱりなのか分かんないけど、ちょっと見てみるか」
上にEと書かれた依頼書ボードの前に移動。何人も先客がいるけど、邪魔になるほどじゃないな。
「ステッペンウルフの群れの討伐。村の近くにできた洞窟の調査。森の奥に生えるという月光草の採取。屋根裏にナニかいる助けて」
1つ切羽詰まった雰囲気のがあるけど、今日は王都の散策もしたいし、受けるのは明日かな。
じゃあ、とギルドを出ようと思ったら、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、そこにいたのは三人の討伐者。顔に見覚えはないから、初対面の人達だ。
「へへへ……よう、見てたぜ。新人なのにEランクで、おまけにユリーの受付に行っちまったんじゃ、全然ここのこと分からねーんじゃねぇか? 良ければ俺様が色々教えてやってもいいんだぜ」
あの横柄かつ横着な受付嬢はユリーというのか。そしてそれを教えてくれた上に親切な申し出をしてくれた人物は……親切とは無縁そうな面構えだった。893って数字に聞き覚えはありませんか?
「ゆ、悠斗君。来たよ、新人いびりだよ」
顔で判断しちゃいけません! え、左手が剣の柄に近づいてるって? いやだってどう見ても悪いこと考えてる顔だもん、こいつら。