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ご褒美があった方が良さそうですね

 



 セレフォルン王国に保護されて訓練を受けるようになって早二週間。

 何故だろう、アンナさんにボコボコにされている思い出しか無い。異世界だぞ、冒険はどうした。ドラゴンはどうした。


「あぎゃ」

「集中しなさい」


 木剣で殴られた。


「さあ、もう一度です。構えなさい」


 アンナさんが木剣をこっちに向けて、構える。慌てて俺も木剣を持ち直した。

 

 場所は執務室。奥でアルスティナがやはり書類にハンコをペタペタ。その隣の窓際で琴音が読書をしている。

 せっせと頑張るアルスティナ。のんびり過ごす琴音。そして木剣をぶつけ合う俺とアンナさん。これが同じ部屋の中に詰め込まれているのは絶対におかしい。おかしいのだが、アンナさんの本職は鬼教官ではなくメイドであり、また女王様の補佐なのだ。


 と、いう訳で俺は木剣を二本持ちながらアンナさんと行動を共にして、時間ができ次第すぐさま訓練をする、という日々を過ごしていた。何気に付き合いの長さが琴音を抜いて一位に踊り出ていた。この世界に来た時は、まさか二週間もメイドさんにくっついて城をウロウロすることになるとは思わなかったよ。


 ちなみに琴音はこの二週間、色んなものにジョウロの水をかけて経過を観察したり、城の庭に植物園を作ったりしていた。最初は花畑だった筈なんだが、いつの間にか林になり、今や第二の樹海になろうとしていた。楽しそうで羨ましい。


「集中が足りません!」

「ひぃっ」


 アンナさんの振り下ろしを間一髪で受け止める。受け止めた木剣がミシリと悲鳴を上げた。これ、目いっぱい手加減してくれてんだよな。恐ろしい。


「ではこうしましょう。いま私から一本取れれば、討伐ギルドに登録することを許可します」

「まじで!?」

「失敗すれば、次のチャンスはまた明日ですよ。さあ、集中してください」


 討伐ギルドは俺の目標の第一歩だ。

 通称、ハンターギルド。名前の通り、餓獣を討伐することで得られる報奨金で成り立っている協会だ。国からの報奨金。また被害者からの依頼などを管理している。

 登録せずに餓獣を倒しても国からの報奨金はもらえるけど、手続きが毎回面倒らしくて、餓獣を狩る機会のある人はみんな登録しているらしい。


 俺はそのギルドの話を聞いた時、就職先を決めた。


 この先、ドラゴンを探して旅をするにしてもお金が必要だが、この世界に短期のアルバイトなんて気軽に手を出せる仕事なんて無い。やるからには、数年は続けることになるのだが、それでは旅ができない。

 もし旅をしながら資金調達もしようと思ったら、旅商になるか、餓獣を狩るかだ。


 ところが登録することは禁止されていたのだ。まずは最低限の戦闘ができるようになってからだ、と。


「よぉ……し。約束したからな?」

「はい。手加減20%の私に一撃加えられるなら問題ありません」


 その20%って、二割減って意味だよね? 二割の力しか出してないって意味じゃないよね……?

 

「いく、ぞ!」


 剣を振り上げ、一気に間合いを詰める。アンナさんの戦い方では、受けも流しもしない。見切り、かわしてカウンターで合わせてくる人なのだ。剣は振り下ろさず、急停止して一歩後ろに下がる。

 が、フェイントは通用せず、下がって遠ざかった分もきっちり計って剣先が突きだされた。空ぶってくれたらと思ったんだけど、単純すぎたか。


「くおっっと」


 体を捻って何とか回避。服が切れたんだけど、それ木剣で間違いないよね? 本物使ってない意味が無くないか。


 さらに連続して出された突きを、大きく後ろに飛んでよける。この人の連続突きは点じゃなく面だから思い切り逃げるしかないのだ。だがそのせいで、トンッと壁に背をつけてしまった。いつの間にそんなに下がってたんだ!?


「地形の把握は戦いのさなかでも怠ってはいけません」


 いや、アンナさんが誘導したんだろ。

 横なぎの一閃を這いつくばるように避け、そのままアンナさんに向かって突っ込みながら木剣を振る。


 黒い影が宙を舞った。足首まであるスカートで何で飛べるんだ--見えっ……。


「うおわぁ!? あ、危なかった……」


 まさか空中から体勢をかえて斬りかかってくるとは。バレてないよね。


「悠斗様はなかなか私めのアドバイスを聞き入れてくださらないですね」


 え? 何か失敗したっけ。

 この二週間の訓練を思い出す。そこの勝利の為のキーワードが隠されているという意味かもしれない。なんだ。俺は何を忘れている?


「女性は視線に鋭敏だと言ったはずです」


 バレてた……。


「やはりまだまだですね。お覚悟」

「なんの覚悟っ!?」


 ヤバいトドメを刺しにきた。表情には出てないけど、もしかして怒ってる? ひょっとすると手加減の度合いが減ってしまったかもしれない。

 だけど、俺は負けられない。普段なら大人しく制裁を受けていた所だけど、今日は受けられないのだ。何故ならこれはドラゴンへの第一歩なのだから。


 アンナさんは突き主体の戦い方だ。トドメも突きに違いない。

 避けてみせる。保険として、突きじゃなかった時に備えて木剣は防御にのみ専念させよう……この木剣で攻撃する気は無いからな。


「ハッ!」

「ぬぅりゃ!!」


 そら恐ろしいくらい迷いなく脳天目がけて放たれた突きを避ける。前髪が少し切れたけど、問題ない。

 避けた後も走る勢いを落とさず、そのままアンナさんに体当たりをした。


「きゃ……」


 押し倒しながら聞こえた声にドキッとしながらも、平静を装ってアンナさんを拘束。首元に木剣を突きつけた。普段クールな人の可愛い声って、いいもんだ。

 アンナさんは突き付けられた木剣を見つめて動かない。まさかここから逆転とかないよな。


「……負けてしまいましたね」

「ってことは」

「はい、合格です」


 やった。やったんだ。これでギルドに登録できる。冒険に出られる。

 俺がアンナさんに勝っているのは体格の大きさくらいだと思って体当たりしたんだけど、正解だったみたいだ。


「やったああああ!!」


 ああ、喜びに飛び跳ねる体を抑えきれない。


「あと一週間はかかると思っていたのですが。次からも訓練の時も何かご褒美があった方が良さそうですね。新しいものを考えておきます」


 ご褒美だって? メイドさんからの、ご褒美……。

 アンナさんと喋っていると自分が思春期なんだと自覚させられるなぁ。もしかして年上好みなのかもしれない。


 琴音とアルスティナがジー……っと見ていた。いつから見ていたんでしょうか。押し倒して悲鳴上げさせた辺りは……考えないようにしよう。


「すごーい! アンナに勝っちゃった!!」

「はい、そうですね。次からは手加減30%でいきましょう」


 ちょい待って。パーセンテージ増えてるんだけど、そっちだったの!? さっきのは全力の20%!? アンナさんどんだけ強いの!?

 ってことは俺はアンナさんの15%くらいの実力か……。この世界の平均はどれくらいなんだろう。最近負けっぱなしだから、少し冒険が怖くなってきた。

 行くけども。


「陛下、例の物をお願いします」

「はーい」


 ん? なんだろう。アルスティナが机の引き出しから封筒のような物をだして、手渡してきた。羊皮紙がまだ一般的に使われている中、しっかりとした木から作られる紙だ。変な模様の印で封がされている。


「王家の印の入った推薦状です。これをもってギルドに登録すれば、多少ですが上のランクから始められます。討伐ギルドは餓獣の出現する可能性のある、全ての仕事をランク分けして斡旋しているのです。これだけ訓練して薬草採取も嫌でしょう?」

「超ありがたくいただきまっす」


 どれだけショートカットできる分からないけど、厳しそうなら簡単な仕事をすればいい訳だし、ランクが高くて損することもないと思う。少なくとも森の虎さんには勝てるんだし、ある程度は大丈夫なハズだ。


「私は一番下のランクからスタートかな?」


 そういえば琴音の分は無いのかな。いや、そうだそうだ、二週間殴られ続けた俺のご褒美を琴音もゲットするなんて不平等だもんな。へっへーん、今度はそっちが羨ましがる番なのだ。


「それで二人分ですので、問題ありません」


 問題あるよ。俺のやるせなさが大問題だよ。もちろん琴音のランクも高いに越したことはないんだけど、やるせないんだよ。


「私は陛下の側を離れることができませんので、案内を用意しましょう。すぐに行かれるのでしょう?」

「えー? ティアも行きたい」

「ダメですよ陛下。私に勝てないと城からは出られない事になっているのです」


 その理屈だとほぼ全ての人が閉じ込められるぞ。

 もちろんアルスティナを大人しくさせるための方便だろうけどさ。アルスティナが俺の木剣を拾ってアンナさんに挑みかかるが、あっさりと封殺されていた。

 頑張れ、幼女王様。100%のアンナさんを倒せたら、もしかしたら出られるかもしれないぞ。


「案内の者を呼びましょう」

「いや、せっかくだから王都見物もしてくるよ。まだちゃんと見てないからな」


 剣を作ってもらう鍛冶屋とか見てみたいし。面白い店がたくさんありそうだ。なんてったって異世界の町だからな。


「私ちょっと出歩いたことあるから、少しだけなら案内できるよ?」


 ……羨ましい。今日は目一杯楽しんでやろう。



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